第2話 水が失われた村③
ヒューズの町は、一言でいえば寂れていた。
町の入り口から、目立ってあまり人が多くはいなかった。まばらに数人がいるだけだった。
それも洗濯や買い物といったルーチンワークをこなしている母親らしき人とその周りを走りまわる無邪気な子どもの姿くらいであった。
「エリサ様……」
「うん。わかってる……。エヒドさんから聞いていたとは言え、まさか、これほどまでとはね……」
これは天候不順が1年、2年の話ではないことが分かる。
もう数年も続いているように感じる。
私が町に踏み込もうとすると、険しい顔をした農夫たちに囲まれる。
手には武器として鍬や鋤を構えている。
ライラは私の前に立ち、構えを取る。
「お前は……何者だ?」
「私ですか? 私は研究者のエリサといいます。朝早くから峠を越してきましたので、少しばかり休憩を、と思い、町に立ち寄らせていただいたのですが……」
「………お前が来た方向は魔王城の方向じゃないか……」
「……あちら側に言った人間は、ほとんどが帰ってこない。帰ってきたとしてもお前のように無傷で帰ってくることはない」
ああ、なるほど。どうやら、私は魔王城方面から無傷でやってきたから怪しまれているらしい。
どうやら、樹海に棲む魔物が誰も彼も攻撃対象としてみているようだ。
教育しなおさないといけないわね……、これは。
「私はあちらで薬草の採取を行っておりました。途中、エヒドさんという方の助けを頂戴することで、夜を明かすことができ、こちらまで戻ってこれたのです」
すると、町の人たちの顔色が変わる。
町の人々はお互いの顔を見合わせ、何やら囁いて話をしているようだ。
が、まあ、魔族である私にとってはそれは無意味なこと。私たち魔族の耳は人間の数十倍、数万倍の聴覚を持ち合わせている。そのため、囁いている声ですら普通の声で話しているのと同じように聞こえるのである。
どうやら、私とライラのことと、あとエヒドのことについても話している。
「あんた、エヒドに会ったっていうのは本当かい?」
「ええ、本当よ。ねえ、ライラ?」
「はい。私もこの目で確認しておりますので、間違いありません」
「……そうか。エヒドは、今回の異常気象に関して、魔王に援助の申し立てをすると言って、出て行ったきり帰って来なかったんだ……」
ああ、なるほど。
とはいえ、あの樹海を乗り越えるのは勇者くらいの力のあるものでなければ、無理だろう。
「確かにあの森の魔物は強いですからね……。エヒドさんは、森林組合の小屋で様子をうかがっているような感じでしたわ。でも、命があることが大切ですから……」
「あ、ああ、そうだな……」
「ところで、先ほど、異常気象ということでしたが、私どももエヒドさんからその話を聞いて、参りましたの」
「そ、そうか……。じゃあ、町長のところに案内するよ。詳しくは町長から聞いてくれ」
町の人々は構えていた農具を下ろして、私とライラを町長の屋敷に案内されることになった。
町の通りを歩いていると、色々と見れることが私にとっては楽しかった。
何よりも、これまで書籍でしか見てこれなかったのだ。もちろん、遠くの景色を見ようと思えば、魔法水晶を使えば見ることはできる。が、この魔法水晶というものは実は、思い通りになんでも見通せるものではない。遠方の状況を撮影する魔法水晶が必要となるのだ。
だから、使い勝手がいいわけではない。
閑話休題。
町の商店などは開いているものの、それほど商品が豊富には見えない。たぶん、異常気象の影響で、このあたりを交易路として使用していた商人たちも敬遠しているのであろう。
何よりも、魔王城に近い町なのだ。喜んで通行するわけではない。
それこそ、この町の特産品のワインを目的とした商人くらいしか通らないものだろう。
「ここだ……」
町の中で一番大きな屋敷に着くと、私とライラは屋敷の中に案内された。
応接室に案内されて、程なく時間が経つと、町長がやってくる。
それほど経ているわけでもない若そうな人、というのが見た目の印象だった。
「ヒューズの町長のグリルといいます。今回は異常気象の件でおいでいただけたとか……」
「ええ、エヒドさんから話を伺いまして、何かお手伝いできればと思い、やってまいりましたの」
「そうですか! それは助かります!」
希望が見えたからか、グリルの顔はパァッと明るくなる。
とはいえ、そんな顔されても、私にとってはうかがっていた異常気象がどうして起こっているのかを思うと、正直頭の痛い問題である。
そもそも雨そのものが降らないなんて、なかなかあり得ない話だ。
「ところで、この異常気象はどのくらい前から起こっているのですか?」
「もう5年近くになる……」
「い、5年も!? その間、国に何も言わなかったんですか!?」
「いや、言わなかったわけではない。だが、言ってもこんな辺境の町に何か支援を続けてくれるわけではない。最初に与えられたものは食いつぶしてしまった」
「はぁ……。なるほど。そもそも山からの水もかなり量は減っているような気がしますが」
「ああ、山からの湧き水も明らかに減ってきている。一体何が原因なのか……」
「ちなみにその源に行きました?」
「い、いや……。魔物が住み着いてな……。行けなくなった」
ああ、また魔物か……。お父様は一体何をしているというのだろう。
これほどまで野良魔物を増やしてしまったのは、明らかにお父様が魔物の統治ができていない証拠だ。
私は痛む頭を手で押さえつつ、
「グリル町長、ちょっと私たちで見に行ってきますので、場所を教えてもらえますか?」
「エリサ様!?」
ライラは抗議の声を上げようとするが、私はそれを征する。
「わかった。地図を用意するよ」
グリル町長はそう言うと、近くにいた者にすぐに地図を様子させる。
その間に、私たちは滞在するために用意された部屋に案内される。
町長が運営している宿屋の一室だった。
私は部屋に入ると同時に、ベッドに横になる。
昨日はエヒドの用意してくれた部屋で寝たが、明らかに硬すぎるベッドで腰の骨が死ぬかと思った。
私が伸びをして、リラックスをしていると、ライラは荷物を置くと、こちらに噛みついてきた。
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