第2話 水が失われた村①

 私とライラは、夜の闇に隠れたまま東の塔の見晴らし台にまでやってくる。

 もちろん、周囲に警備などもいない。

 交代制の警備には少しの間、眠ってもらうことにした。

 この辺は、ライラの使う魔法の中に「睡眠」があり、助かった。

 私としては、ここからある程度の距離を滑空スタイルで、飛ぼうと考えていたので、城の中で1、2位を争える高さの東の塔の存在は非常に助かった。


「じゃあ、行くわよ。『偽装』!」


 私が「万物の聖典」を片手に、言葉を発すると、私とライラの服は、闇夜にも十分に目立たない黒っぽい色合いに変化する。

 準備が整った。


「『滑翼』!」


 と、言葉を発すると、転生前の世界で見たことのあるグライダーが出てくる。

 本当にこの聖典は便利だ。

 転生前に使っていた道具の構造を理解していれば、具現化できるのだから。

 私は聖典をホルスターに直し、グラインダーに手を掛ける。


「ライラは私の体にしっかりとしがみついていなさい! もちろん、重力魔法を唱えて、体重を極限まで軽くしておいてほしいけど……」

「ああ、それでしたら……」


 と、言って、ライラは左手の銀色のブレスレットにはめ込まれたクリスタルにキスをして、


「liten《縮小》!」


 そういうと、見る見るうちに彼女の体が小さくなっていく。

 あっという間に人形のようなサイズに変化する。


「これくらい小さくなれば、エリザベート様の胸元に入れていただけるかと」

「あら、本当ね! これはすごく便利だわ!」


 私はひょいと彼女をつまみ上げ、貴族戦闘服の胸元を少しだけあけて、そこに彼女を入れる。

 これならば、しっかりと捕まっていてさえくれれば、落ちることもないだろう。


「ところで、心なしか、あなたの顔が赤いような気がするんだけど……」

「大丈夫です。私は今、最高の幸せ空間に包まれているのを満足しているところであります」

「は、はぁ……」


 たまにライラはよく分からないことを口走る。

 私のことを愛しているとは言うけれど、私たちは性別が一緒なのだから、そういう対象としてみるのは違うという気がする。

 しかし、どうも最近のライラの様子を見ていると、本当に私のことを愛している状態なのでは……、いわゆる、ガチ恋パターンなのでは、とさえ若干感じ始めている。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 気にしても仕方のない話なのだ。

 何だか胸元が息でむず痒い感じもするが気にせずに、気持ちを改める。

 私はグライダーにつかまり、そのまま空へと飛び出した!


「『風翔』!」


 「万物の聖典」ですでに唱え終え、発動を待たせてあった呪文を解き放つ。

 私の周囲に風が起こり、その風が私たちのグライダーを空へと押し上げていく!


(よし! 上手く風でグライダーを押し上げた! この高さからなら、魔王城の周囲にある『悪魔の樹海』を超えることができる!)


 風を掴んで数分間の滑空の旅に出る。

 私の胸は高鳴りでいっぱいだ。だって、これまで外に出ることを許されていなかった私にとっては、初めての外界なのですから。

 とにかく、私が魔王の娘であることを知られるのはまずいですからね……。


「ライラ?」

「はい。ここに!」


 と、私のふくよかなお胸の間から、顔を出してくる。

 何だかこの娘、変態にしか見えないんだけれど……。


「旅の間、私のことはエリサと呼ぶように」

「はぁ……。どうしてでしょうか?」

「私が魔王の娘であるということを知られないためよ。だから、私も角を先ほどから隠しているでしょう? これだけでも見た目は変わるものよ。もちろん、私は外界に出たことはないけれど、魔族であることや魔王の娘であることを知られるのは、これから旅をする中で何かと面倒なことになるかもしれないわ」

「わかりました。たぶん、私のことを知られている方は少ないと思いますので、私の名前はそのままで……」

「そうね。あと、お父様のことは極力会話の中では出さないようにしましょう。話すとしても、『お父様』『旦那様』という言葉で話すようにしましょう。決して、お父様の名前だけは出さないようにね」

「かしこまりました」


 話をしている間にもグングンと風を受けつつ、前に進み、「悪魔の樹海」を乗り越えていく。

私のグライダーは何事もなく、「悪魔の樹海」を乗り越えることに成功した。

 予想していたよりも遠くに降り立つことができた。


「案外上手くいったわね。て、そろそろ出てきてもらえるかしら……」


 と、言って、私は小さくなって胸元に収まっているライラを引っ張り出し、外へ投げ捨てる。

 すると、ポンッという破裂音と同時に術を解いたいつものライラがそこに現れる。

 が、私は目ざとくあることに気づき、指摘する。


「ライラ……、鼻血が出てるわよ。あなた、私のことを好きというけれど、もしかして……そっち系?」

「そっち系といいますと?」


 ライラは手持ちのハンカチで鼻血を処理して、冷静に問い返してくる。

 ああ、なんだか私から指摘するのも変な感じね……。


「な、何でもないわ……。それよりもここはどこかしらね……」

「わかりませんが、夜は魔物もレベルが上級になりますゆえ、どこかで身を潜めれるならば潜めた方が宜しいかもしれませんね」

「そうね。今のまま『偽装』を解除せずに少し、前へ進みましょう。もしかすると、森林管理組合が使用している小屋などがあるかもしれませんからね」

「本の知識だけでよくそこまで考えられますね……」


 ライラは普通に感心している様子。

 普通に暇すぎるので、魔王城の図書室の本を片っ端から興味を引くものから読んだというのも今思えば、役立ったのだろう。

 一般常識的なものや料理のレシピ集、地方の産物や種族関連の書籍などたくさんのものを読んだ。

 おかげで、知識だけは揃っている。

 だからこそ、あとは実地訓練ということになるのだ。


「まあ、本の知識もある程度は役に立つってことね……。ほら、小屋が見えてきたわ」

「本当ですね。とはいえ、何やら煙が昇っていますが……、誰かいるんでしょうか」

「そうね。きっと誰かいるんでしょうね……。ちょうどいいじゃない。情報を集めるにも、話をするのが必要だわ。あなたもそのメイド服では戦いにくくないの?」

「安心してください。この服は戦闘にも向いた生地で加工されているんですよ。全属性の魔法効果の激減や布地の薄さ以上に防御力も高いんですよ」

「ああ、最近流行りだした魔力を塗り込んだ絹糸を織り込んで作った『魔力絹』と呼ばれるものね。あなた、私の貴族戦闘服よりも高価なものを着ているんじゃないの?」

「そんなことありません。エルサ様の貴族戦闘服も同等の能力……防御力に関してはそれ以上の能力を持っているではありませんか」

「さすがライラね……。『鑑定』のスキルもかなり上達しているわね」

「お試しになられたのですか?」

「いいえ、感心しているだけよ。まあ、ここで話をしていても何も始まらないから、さっそく小屋にお邪魔してみましょう」


 私はそう言うと、ライラを連れ添って、小屋に向かったのだった。

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