第1話 魔王の娘って何だか面倒くさい!③
お父様とは決別して、私が折れるような姿を見せたうえで、玉座の間を退出した。
今はライラとともに自室に向かって歩みを進めている。
が、玉座の間を出て50メートルほど歩いたあたりから、私は先ほどまでのいらいらとした怒りの表情から不敵な笑みを浮かべたものに変える。
「やはり、予想どおりでしたね」
「ええ、ライラに言ったとおりでしょ?」
「はい。やはり、ルグルアール様はエリザベート様に対して少々過保護であることは否めませんね」
「いや、まあ、否めないっていうか、がっつりと過保護よね……。私の部屋の窓枠同様に、本当に鳥籠の中で飼いたいんでしょうね」
私は小さくため息をつきながら、こめかみの部分を人差し指で少しばかり押した。
(あー、本当に頭の痛い話なんですけれど……)
そのあとは無言で少し歩いていると、私の部屋に戻った。
ライラがドアを開けてくれて、私が入ると、すぐさま閉めてくれる。
防音も万全だ。
「で、エリザベート様はどうされるのですか?」
「決まってるじゃない! この家から出て行ってやるわよ!」
「やはりそうなるんですね?」
「あったりまえでしょ! お父様がどうしても認めてくれないというならば、自分で動かなきゃ! 自分で考えて、自分で立てた目標に向かってひた走るのよ!」
「で、ちなみにエリザベート様の目標というのは何ですか?」
「苦しんでる民を助けたいの!」
「あなた、本気で言ってるんですか!?」
ライラが物凄い衝撃を受けた表情をする。
私が何か、間違ったことを言ったのだろうか……。残念ながら自覚がない。
「何がおかしいの?」
「エリザベート様は、帝王学を学ばれましたよね?」
「うん! あの、禿げた教育監から教わったわ」
「それに、魔族と人間との闘いの歴史についても学ばれましたよね!?」
「ええ! なかなかの大型長編ドラマだったわね!」
「あれはドラマではありません。事実起きたことなんです!」
ライラはなぜか物凄い剣幕で私に迫ってくる。
どうやら、歴史を馬鹿にしたことを怒っているのかしら?
「ライラ。何をそんなに怒っているの? 私にはあなたの沸点が低すぎて、わからないわ」
「いや、エリザベート様、私の怒りの沸点は正常です。むしろ、エリザベート様の頭がおかしくなったのかと……」
「あなた、主に対して、なんてことを言うの……?」
「だって、そりゃそうじゃないですか! 先ほど、エリザベート様は、民をお救いになるとおっしゃったではありませんか?」
「ええ、言ったわよ? それの何がおかしいの?」
「だって、あなた、魔王の娘なんですよ!? そんなことしても何の意味もないじゃないですか!?」
「ええっ!? 意味はあるわよ! 帝王学でも学んだわ! 多くの民からの信頼を得ることが、国を引っ張っていくための原動力であるって。それに、先日、臣下の会議に参加した時も、あちこちの民が苦しんでいるという風に聞いたわ。だからこそ、今、私が民を救うと同時に政治に関しても学べるじゃない。魔王の娘として、これほど、有意義な家出はないわ!」
「………………」
ライラはポカーンと虚を突かれた表情をしている。
どうやら、私のことを
別に私が変わり者でも何でも構わないけれど、私の意志は固い。
「だから、私は今日の夜に家を出るわ。ライラは……好きにして構わないわ」
私はそう言いながら、家出の準備を始める。
まずは動きやすい貴族などが着ている戦闘服に袖を通す。
(うん! 動きやすい!)
家出の準備と、言っても大きなカバンに荷物を詰め込むなんてことはしない。
私は書棚に向かい、一冊の大きな聖典を取り出す。
聖典の表紙には、立派な貴金属による装飾が施されており、中心部分にはクリスタルが埋め込まれている。
さらに鍵穴まであり、厳重に管理がなされているのが、見て取れる。
「エリザベート様、それは?」
「これは、『万物の聖典』と呼ばれるものよ。私が生まれた時から所有しているスキルね」
「『万物の聖典』ですか……」
ライラにも教えていなかったもので、正直具体的にはどのような能力を持っているかなんてことは、彼女も知らない。
とはいえ、この聖典は非常に便利だ。
まず、私の魔力との認証をもって、
だから、他者に利用されることはまず、ありえない。
それに、この聖典は大賢者によって作り上げられたものらしく、人間が神の力を手にしてしまったら、というとんでもないことを想像して作り上げられた。
だから、『万物の聖典』にできることは、人間の欲望に大きく関係がある。
人間の欲望は、定義としては、「①生存欲」「②食欲」「③障害回避欲」「④性欲」「⑤安全欲」「⑥優越欲」「⑦愛情欲」「⑧承認欲」の8つから成り立っており、それぞれに合わさった能力を持っているらしい。
もちろん、すべてを使ったわけではないので、性欲とかがどういう能力を示すのかわからない。
だが、これは私にとっての全装備となるのだ。
たとえば、「生存欲」という項目から、水を作り出せたり、「食欲」から食料を作り出せる、といった具合に、魔力さえあれば、生きていくことに全くの支障が出ないチートアイテムになっている。
どうして、大賢者様が作ったこの聖典が、私のスキルとして持てるようになったのかは、よくわからないが、この際、そんなことはどうでもいい。
「エリザベート様、その聖典の能力が素晴らしいことはよくわかったのですが、そのような大きなものを持ち運ぶとなると少々お手間がかかるのでは?」
「ああ、それ? その辺もちゃんと考慮されているのが、この『万物の聖典』なのよ」
と、言いながら聖典の中から、革でできたベルトのようなものを腰に巻く。
ホルスターのようになっており、そこに聖典を触れると、すっとリサイズされて、ホルスターに留められる。
「もうなんだか便利すぎて、言葉が出ませんね。その能力とルグルアール様に匹敵する魔力量をお持ちとなると、エリザベート様のほうがお強いのではありませんか?」
「あはは……。残念ながら、お父様のほうが強いわよ。だって、経験値がありませんもの」
私は乾いた笑いを彼女のして見せる。
そう。私には残念ながら、経験値が足りない。いや、ない。
だからこそ、経験値が非常に重要になってくるわけだ。
「さてと、日が暮れて、警備が手薄になったことに、城の東の塔から旅立つわ。ライラはどうする?」
「…………私は」
と、彼女は言うと、私をそっと抱きしめてくる。
後ろから抱きしめられたということもあり、表情を読み取れない。
「……私は常にエリザベート様と一緒です。エリザベート様に助けられてから、ずっと共にある存在なのです。エリザベート様をおひとりにさせるつもりなど毛頭ございません。一緒に参ります。愛すべき主人をお守りするために」
「そう。わかったわ。あなたが一緒なら私も安心できるわ」
が、背後では息が荒くなっているライラがいる。
はて……、あ、もしかして……………。
「も、申し訳ありません。そろそろ精力がつき欠けそうなので、血をお恵みいただけないでしょうか」
そうだった。彼女は
だが、男は愛せずにどうやら、女である私を愛してしまった。
そのため、定期的に私の血を彼女に与えている。
私は指先にナイフで傷をつけると、ライラに差し出す。
彼女はとろけた表情をしつつ、血を美味しそうに吸い始めた。
その姿はまるで赤ん坊のようだ。
だが、私にとっては今、もっとも心強い存在であることには違いなかったのだ。
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