4 よく見たら|漂《ただよ》うほこりで日光が乱反射しているだけだった

 人いるのかよ!


 突然の出来事に心拍数がね上がる。

 くそっ、うるせえぞ心臓。暴れんな。

 胸を押さえても、激しい鼓動こどうがおさまることはなく。


 落ち着け。頭を回せ。

 戸に背を預け、深呼吸をしながら考える。


 まさか人がいるとは思わなかった。しかも着替えてるとか予測できるわけねえだろ。


 ――ひと目見ただけで数瞬すうしゅん思考が飛んでしまうほど美しく、さらにこのゲームで初めて出会ったNPC。

 俺がゲームを作る側の人間だったら、そういうNPCには大事な役割をもたせて設置する。

 あの少女は、十中八九じゅっちゅうはっく、重要なNPCだ。


 ああクソ……つまりここであの少女にマイナスの感情をいだかれてしまうと、ゲームの進行に支障ししょうをきたす可能性も考えられる。


 そして俺は、あろうことか初対面で少女の着替えを見てしまった。

 俺が相手の立場なら、たとえそれがハプニングだったとしても着替えを見られて良い気はしないだろう。場合によってはキレるまである。


 まずいぜ、この状況。

 もしかしたら詰んだかもな……。


 ――戸の向こうからスルスルと衣擦きぬずれの音が聞こえてくる。

 さすがはちく100年オーバーの木造建築だ。隙間が多くて遮音性しゃおんせいなんぞ皆無かいむ

 ……じゃあなんで、俺が台所にいるとき、居間から何も音がしなかった……?


 だめだ、考えがまとまらねえ。



「もう、入っていいわよ」


 少女から声がかかる。



 はー……よし。

 ゲームの進行が難しくなるかもしれないとかは一旦いったん忘れて、できることを1つずつやろう。

 まずは着替えを見てしまったことを心から謝る。

 こういうときは初手しょてが大事だからな。いいか俺、まずは謝るんだ。


 そう決めて戸を開け、口を動かすが、


「さっきはごめ――」


 黒のワンピースをまとった少女を視界に入れた途端とたん、動けなくなる。


 ――つややかな長い黒髪を、左右でくくるだけのシンプルなおさげにして。小柄な体でりんと立っている。


 見慣れたはずの実家の居間が、少女がいるだけで別世界に見えた。


 その美しさたるや、心なしか少女の周りに輝く粒子が見えるほどで…………よく見たらただようほこりで照明の光が乱反射しているだけだったし、少女のおさげは拙くも結ぶ高さが不揃ふぞろいだった。


 そのとき、


「べっ、べつにあんたのこと待ってたわけじゃないんだからねっ!」


 少女がビシッ、と指をつきつけ、言った。

 古き良きツンデレだった。


「そして問おう。あなたが私の主人公か」


 と思ったら、今度はカッコいいセリフを放った。


 キ、キャラがつかめねえ……。

 俺はなんて返せば良いんだ……?


「こ、こたえよう。私は貴方あなたの主人こ――」


「さあ、まずは座って?」


 わかったこの少女めっちゃ自由な人だ!

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Believe in Your Bravery [A] <ビリーブ・イン・ユア・ブレイブリー [エー]> 猫戸ヤマメ @NekotoYamame

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