3 なるほど、なるほどね……なんでやねーん!

 なんということでしょう。

 草がしげって大変なことになっているはずの庭は消え。

 緑あふれる小山こやまたちも、澄み渡る青空も消え。


 まるで砂箱サンドボックスのように真っ平らな手抜き地形の砂漠と、その下にいると持続ダメージを与えてきそうなあかい空――人類が滅んだあとです、みたいな光景に早変わり。


 ははは、この感じだと八百屋やおやとか肉屋とか無さそうだなー、困ったなー、うーん……何これ?


 落ち着け俺。整理するんだ。

 ゲームを開始したと思ったら実家にいて。

 実家だと思ったら、外は現実ではありえないことになってて。


 つまりこれはゲームで、ゲームの中に実家があると。


 なるほど、なるほどね…………なんでやねーん!

 なんでゲームの中に実家があるんだよ。

 個人情報漏洩ろうえいとかは――オフラインゲームだし大丈夫か。

 ……そういえば、幼なじみが言ってたな。


『最近のゲームはめっちゃ進化してるんだよ』


 はえー、これも進化のひとつなんすかねえ。

 いや、いくらなんでもゲームの中にプレイヤーの実家を召喚しちゃうのは進化しすぎだと思う。


 ……。一旦いったん、外に出て見て、本当に実家か確認するか。なにより、朱い空とかちょっと厨二心ちゅうにごころをくすぐられて気になるしな。


 ……でもなあ。いかにもヤバそうな雰囲気をかもし出してるし、もしかしたら外は危ないんじゃないか?


 いや、どうせゲームだ。まあ大丈夫だろ。



 よし、そうと決まれば外に出よう、とまどを開け――


 ゴオッ――!


っつ!!」


 体感50度オーバーの外気に襲われ、すぐに閉める。


 これ外に出ないほうがよくね?

 うん。外に出るのはやめて中から確認しよう。朱い空も窓から眺めればいい。

 べつに日和ひよったわけじゃない。うんうん。




――。

 ずっと持ってんのも変だし、と靴を玄関に置いてから。

 腹ってるしまずは台所だいどころへ。

 足を踏み出すたびに木の床がキシキシと鳴る。


 ……今のところ、実家そのものだな。


 外は世界の終わりみたいな感じになってたのに、家の中は不思議なほど静かで、心地よい涼しさだった。




 ――台所。


 足の長いテーブルの上に雑然ざつぜんと置かれた調味料や調理器具、色あせた古い型の冷蔵庫、焦げ付いた旧式のガスコンロなどがある。


 ぱっと見は実家の台所だが――

 よく見ると……汚れているはずの換気扇かんきせんがキレイになっていたり、テーブルの下にあるはずのこめびつがなかったりと、記憶にあるものと少しずつ違った。


 どうやら、実家そのものというわけではないらしい。



 グギュルル――

 ……なんか異常なくらい、どんどん腹減っていってるんだけど、なんだこれ。


 俺は食料を求めて、冷蔵庫を開ける。

 からっぽだった。


 台所を見回す。

 食べられるものはなにもない。


 諦めきれずにもっと見回す。

 やはり、食べられるものはなにもない。


 ……どうすっかな。

 もう水でいいからなんか胃に入れてえ。


 水……外があんなんになってるのに水道がとおってるわけねえよなあ……。

 いや、空腹度が存在するゲームで、開始時の拠点きょてんに水がないとかそんなことある? ワンチャン水道生きてんじゃね?

 すがるように、シンクに近寄り蛇口をひねると――経年劣化で蛇口がスムーズに回らない。そこは実家を再現しなくていい――水が出てきた。


 マジかよ! 水!

 棚からコップを取り出す間すらしんで、流れる水に顔を横にしながら近づけ、直接飲む。


 美味うまい! 星3つ!

 冷たい水が体に染み渡り、脳が歓喜の声を上げているのがわかるぜ……。


 ほっと一息つくことができた。

 行儀が悪いけど、ジャージのそでで口をぬぐう。


 うーん……しかし本当に水道が通っているとは思わなかったな。……もしかして電気とかガスも通ってるのか。


 ――照明から垂れる紐を引く。蛍光灯が点滅して柔らかい光を生み出す。

 ――ガスコンロのつまみを回す。点火プラグがチチチッとスパークして火がつく。


 電気もガスも通っていた。


 ええ……高温の砂地にどうやって水道・ガス・電気インフラを引いてんだ。いや、ありがたいけどよ。

 ゲームだしそういうところは気にしないほうがいいのかもしれないけど、ゲームだからこそ細かいところが気になるというか。


 まあいいや。これが良いゲームなら、進行させていくうちにどうやって水道・ガス・電気を引いているのかわかんだろ。



 ……さて、これからどうしようか。ヘルプもガイドも表示されないから自分で方針を決めないといけない。


 考えながら台所を眺める。しんと静かな空間が、ここには俺以外の人がいないことを伝えてきた。


 玄関に靴はなかったし、物音もしないし。

 このゲームは一人で進行させるタイプのやつなのかもしれないな。


 べつに一人でもかまわないけど、それならガイドとか表示してくれてもいいと思うんだ。

 今どきここまで不親切なゲームも珍しい。


 なんにせよ、まずはこの家――暫定ざんてい、俺の実家を探索しよう。

 何があって何がないのか、何ができて何ができないのか。

 それを把握はあくしないことには始まらない。


 えーと、和室と玄関と台所は調べたから、次は……隣の部屋、居間いまを調べるか。


 ゲームの謎インフラや不親切さ、その他もろもろの不自然さに、わずかな不満をいだきつつも、それはそれでおもしろいかなと、自分を納得させながら。

 最悪の場合、あのヤバそうな外の世界を探索することも、視野に入れて。


 探索を進めようと、居間へ続く引き戸を開けると――



「――――」


 少女が、こちらに背を向けて、着替えていた。


 戸を開ける音に反応して少女が振り向く。

 動きにともなってつややかな羽色ばいろの髪がひるがえり、黒いキャミソールに包まれたささやかな胸が視界に入る。


 目が合う。まっすぐと透き通るような若草色わかくさいろひとみ


 その瞳から目が離せなくて、見つめ合い――


「――ごめん!」


 言いながら戸を強く閉める。



 人いるのかよ!

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