エピローグ 神々の見守る世界で・4


 変態の集団に捕らえられたクリフたちが連れて来られたのは、ネクロニア外縁区画にある貸し倉庫の一つだった。


 倉庫の中で手足を縛られ床に座らせられたクリフは、周囲の変態たちに話しかける。


「ねぇ、おじちゃんたちは、どうしてこんなことするの? 何がもくてきなの?」


「ああん?」


 本来なら答える必要のない問いであったが、男たちは暇だったのか、それとも何か理由があってか、口の端にニヤニヤとした笑みを浮かべつつ答えた。


「ガキに話したところで理解できるとは思えんが……まあ良い。教えてやるよ」


「「ありがとー!」」


 素直にお礼を言うクリフとリシア。


「チッ! 何だこのガキども、調子狂うな……。……ふんっ! 良いか? 俺たちはお前らの父親と母親に恨みがあるんだよ」


「パパとママに? なんで?」


「……俺らは4年前まで、イーリアス共和国の開戦派議員どもに雇われていた工作員だった。あそこは金払いが良くて良い雇い主だったぜ。だが、何も金だけが理由で雇われていたわけじゃねぇ。俺らも祖国のために思想を同じくする人間だった。祖国の発展のため、どんな汚い仕事でも進んでやっていた……」


「思想。しってる。パパもおれは胸より腰と尻と太ももがえろい女がこのみの思想だっていってた」


「それは思想じゃねぇ。性癖だ。――いやそんなことはどうでもいい! 重要なのは4年前、共和国に乗り込んできたお前らの親は、開戦派議員を一人残らず潰し、工作員だった俺の仲間たちも潰しやがったってことだ。お前らの親のせいで俺らの雇い主はぶた箱行きになり、絞首刑に処されたのも大勢いる。そして俺たちの仲間はぶた箱に放り込まれることもなく、その場で殺された……。分かったか? お前らの親はひでぇ奴なんだ。人殺しなんだよ!!」


 勝手に感情が昂り、ヒートアップした男が幼いクリフたちに断罪するように告げる。


「だからっ!! 俺たちはお前らを人質に≪極剣≫と≪暴虐の女神≫に言うことを聞かせる! これは正当なる復讐だ! それにアイツらの罪はそれだけじゃねぇ! 【神界】が解放されたこの時代に、アイツらや一部の人間だけが神代の技術の恩恵に与っている!! 全ての人類にもたらされるべき恩恵を、アイツらは不当に独占してやがるんだ!! だから俺たちが奴らからブレイン・サポート・デバイスや空間魔法などの神代の恩恵を取り戻し! その力を持って正しく世界を導いてやる!! ふはははははっ! その後で、俺たちに逆らった奴らは処刑してやるっ! もちろん、お前らの親たちは真っ先にな! はっはっはっはっ!!」


『まったく、勝手なことを言う』


 不快そうに言うルシアの声が、クリフとリシアに届けられた。


『クリフ、リシア。アーロンたちがこいつらの仲間を潰したのは事実だけど、それはこいつら自身に原因がある』


『そうなの?』


『そう。4年前、共和国の開戦派工作員はブレイン・サポート・デバイスを手に入れ、【神界】にアクセスするために元【封神四家】の者たちやクリフ、あなたたちみたいにデバイスを持つ者たちを拐おうとした』


『!? ぼくたち、誘拐されたの?』


『クリフたちは拐われる前に気づいて、フィオナが返り討ちにした。でも、拐われた者も結構いた』


『たいへん!』


『ん。大変なことになった。それで捕らえた工作員たちに色々して口を割らせた後、クリフたちが狙われて激怒したフィオナとアーロンたちが共和国に乗り込んだ。そして首謀者たちを潰して回った時の、あまりの暴れようにフィオナには≪暴虐の女神≫の二つ名がつけられた……』


『ママ……』


『それにデバイスや【神代】の技術の開放は、混乱を避けるため段階的に行っていくと、この私が決めたこと。アーロンやエヴァたちは私の協力者だから先にデバイスを開放しただけだし、フィオナに至っては【邪神】が作っていたのが残ってたし、クリフたちには開放してるんだし。それに各国の指導者層の一部には、すでにデバイスを開放している。閲覧できる情報に制限は掛けてるけど』


『?』


『つまり、アーロンたちが【神代】の技術を独占しているというのは、全くのデタラメ。こいつらの元親玉……開戦派議員にはデバイスを開放しなかったから、それで逆恨みした挙げ句暴走したのが、4年前の事件の顛末』


『じゃあ、パパとママはわるくないの?』


『当然。悪いのはこいつらで、しかも単なる逆恨み』


「あのね! あのね! おじちゃん!」


 ルシアの説明を聞いていたリシアが、特に考えることもなくルシアの言葉を男たちに教えてあげた。素直なので。


「ルシアさまがわるいのはおじちゃんたちの方だっていってるよ! さかうらみ? だって!」


 反応は激烈だった。


 ただし、リシアにとっては思わぬ方向に。


「何だと!? ルシア様? それは『最高神ルシア』のことか!? お前ら、ルシア神と話ができるのかッ!!?」


「う、うん。リシア、ルシアさまとおはなしできるよ?」


 リシアが肯定した瞬間、倉庫内にいた男たちがクリフとリシアの周囲に押し寄せる。


 会話していた男が代表してか、興奮したように要求した。


「なら! ルシア神に言え! 今すぐ俺たちにブレイン・サポート・デバイスを授けろと!!」


『ルシアさま?』


『ダメって言って』


「あのね、ルシアさまがダメだって!」


「な、なぜだッ!? 神代の恩恵は公平に与えられるべきだ!! 力を与える対象を神が恣意で選別して良いはずがないッ!!」


『ルシアさま?』


『神様だから自由に選別して良いに決まってるだろって言って』


「あのね、神さまだからじゆーにせんべつして良いにきまってるだろ、だって!」


「――――ッ!!?」


 男は激しい怒りでぶるぶると震えた。


 次の瞬間、ナイフを取り出した男はリシアに刃の切っ先を突きつけ、叫んだ。


「ふっ、ふざけるなッ!! 知っているんだぞ!! お前らが神代の人間たちに作られた人造の神であることを!! 人間様の被造物なら人間様に従え!! このガキどもを殺されたくなかったら、さっさと俺たちにデバイスを与え――――」



 ドガァアアアン――ッ!!!



「――ろ?」


 と、倉庫の壁の一角が、唐突に吹き飛び、大穴が開いた。


 見れば、粉塵舞う穴の向こう側には、前蹴りを放った姿勢の一人の男がいる。


「「パパ!」」


 クリフとリシアが男を呼んだ。


 穴から入ってきたのは黒髪に金色の瞳をした男――アーロン・ゲイルだった。


「おいクソども、それ以上、俺の息子と娘に近づくな」


「「「――≪極剣≫!!」」」


 男たちは4年前、かつて自分たちに悪夢を見せた男の登場に身構える。だが直後――、



 ズバン――ッ!!!



「「「!!?」」」


 アーロンが入ってきたのとは反対の壁から、何かが断たれたような音が響き、次の瞬間、壁面の一角が無数のサイコロ状に斬り刻まれて、瓦解した。


 生じた穴の先から、白地に金で装飾を施された、優美な細剣を両手に握って、鮮やかな赤髪に金眼の女性が入ってくる。


「「ママ!」」


 入って来たのはフィオナ・ゲイル。


 彼女はクリフたちを囲む男どもに、絶対零度の視線を注いでいる。


「どうやら……4年前は手加減しすぎたみたいね? まだこんなことする気のある奴らが残ってたなんて……」


「「「――≪暴虐の女神≫!!」」」


「――って、その名前で呼ぶんじゃないわよ!!」


 悪夢の再来。


 男たちにとって、二人の怪物がもうここまで来たのは予想外であったが、元々、子供を人質に言うことを聞かせ、従えるのが目的だったのだ。


 むしろ脅迫状を出す手間が省けたと、男たちはクリフとリシアを抱き抱え、その首筋にナイフを当てて、アーロンたちの動きを牽制する。


「それ以上近づくんじゃねぇ!!」

「そこで止まれ!!」

「このガキどもの命が惜しかったら、俺たちの言うことを聞いてもらおうか!!」

「ちょっとでも妙な真似をしたら……そうだな、まずは男のガキの方を殺す!! 分かったな! 分かったら返事をしやがれッ!!」


 対するアーロンは「ハッ!」とバカにしたように笑った。


「そういうことは、人質がいる時に言うんだな。人質もいねぇのにそんなこと言っても、間抜けなだけだぜ?」


「は? てめぇ、何を言ってやがる? てめぇのガキどもが人質になってるのが見えねぇのか!? ふざけたこと抜かしてるとガキどもが痛い目にあれぇえええええええええっ!!?


 と、クリフたちを抱き抱えていた男どもは、急に腕の中から重さが消えて――腕の中にいたはずのクリフたちがいなくなっていることに気づき、すっとんきょうな声をあげた。


「「アイ姉ちゃん!!」」


 続いて、クリフたちの声が聞こえた方へ慌てて振り向くと、倉庫の出入り口の反対側、自分たちから数メートルも離れた場所に、いつの間にか銀髪金眼の美少女が、両腕の中にクリフとリシアを抱えて立っているのを見る。


「く、空間魔法か!?」


 すぐに気づいた。


 一方、弟妹を転移魔法で助けたアイクルは、腕の中の二人にじとっとした視線を向ける。


「クリフぅ? リシアぁ? アンタたち、寄り道しないで、真っ直ぐ工房に向かうって、姉ちゃんと約束したわよねぇ?」


「「ごめんなさい!!」」


 クリフたちは素直に謝った。


 そうして屈託のない笑顔を浮かべながら抱きついて来るので、アイクルもそれ以上怒れなくなる。苦笑しつつ、二人を床に降ろした。


「まったくもう……」


 無事で良かった、などとは言わない。


 無事なのは知っていたからだ。そもそもルシアに二人のことを頼んでいた時点で、クリフたちの安全は保証されていた。どうしようもない何かがあれば転移で避難させることもできたし、二人が傷つけられそうになれば、障壁を張って守ってくれただろう。


 神々の中で唯一、完全な自由意思を持つルシアは、全ての人々にとって公平な神などではない。身近な人々をほんの少し贔屓し、お気に入りの者を守ったりしてくれるような――良く言えば、人間味に溢れた神だった。


 そのことを、かつて同じ肉体を共有していたアイクルはよく知っている。


「さて……この間抜けどもをどうすっかなぁ」

「どうしてくれようかしらね?」


 アーロンとフィオナが、人質を失った男たちに聞かせるように話す。


 対する男たちは、もはや計画が完全に瓦解したことを理解していた。4年前の(彼らにとっての)惨劇では何とか逃げ延びることができたが、その際に目撃した、二人の怪物の強さは骨身に沁みるほど知っている。


 それに人質を奪い返そうにも、空間魔法を使える相手に、そんなことができるとは思えなかった。


 ゆえに、彼らが取るべき選択は一つ――。


「逃げろ!!」


 男たちは一斉に、倉庫の出入り口へ向かって走り出す。


 だが……。


 ガラガラガラ――と、男たちが辿り着くより先に、倉庫の扉が勝手に開いていく。


「なっ、はあっ!?」


 そうして開いた扉の先には、揃いの戦闘服を着用した、何人もの武装した者たちが待ち構えていた。


 その集団の先頭に立つ男が、コツ、と足音を鳴らして、倉庫内に踏み入る。


 それは見事な髭を生やした体格の良い壮年の男で、右手には抜き身の長剣を握っている。顔の上半分は仮面に隠されて見えないが、どこか獅子のごとき雰囲気を放つ人物だった。


 その半歩後ろには、付き従うように同じ仮面をつけた、こちらも壮年の男がもう一人。細身だが良く鍛えられた体躯に、白髪の、妙に気配の薄い人物だ。元の髪は黒色だったのか、完全な白髪というわけではなさそうだが。


「――イーリアス共和国、開戦派工作員組織『千蛇』の残党だな?」


 男たちの退路を塞いだ、獅子のような人物が告げる。


「我々はネクロニア評議会所属、特務執行機関『秩序の剣』だ。大人しく投降するならば良し。だが、抵抗するならば――殲滅する。如何か?」


「~~~~っ!!?」


 完全に囲まれ、逃げ場も抵抗の余地も失ったと理解した男たち――『千蛇』の残党たちは、


「……わ、分かった。投降する。だから、殺さないでくれ」


 大人しく投降する事となった。



 ●◯●



『千蛇』の残党が立て籠っていた貸倉庫の前。


 拘束され、連行されていく男たちを眺めながら、アーロンは『秩序の剣』を名乗った仮面の男二人と話していた。


「アーロン、すまないが『千蛇』の残党の身柄は評議会で預からせてもらう。上が共和国との政治的なあれやこれやに使うと言っているのでね」


「まあ、それは構わんが。政治の話も俺には分からんし、勝手にやってくれ」


「ああ、助かる」


「しかし、急な事件にも駆り出されて、大変そうだな、ローガン」


「私としては処刑されなかっただけ良かったと思っているよ。仕事柄、戦う相手にも不便しないのも良い。今日は戦いにならず残念だったが、今の生活に不満はないな。それからローガンではなく、アルファ・ワンだ」


「……こいつに付き合うのも大変なんじゃないか、エイル?」


「ふっ、もう慣れた。それから、俺はエイルではなく、アルファ・ツーだ」


「……そうか」


 どこか呆れた様子で頷いて、


「んじゃまあ、俺たちは帰るぜ。構わんだろ?」


「ああ、事情はすでに、ルシア様から上に報告がいっているようだからな。事情聴取の必要もないだろう」


 事件に巻き込まれたというか、当事者となったアーロンたちは諸々の聴取に拘束されることもなく、すぐにその場を後にすることになった。



 ●◯●



【神骸都市】改め、【神座都市ネクロニア】。


 そこは長らく姿を消していた神々が再び姿を現した地であり、神々と人が交わる新たな時代において、中心となる都市だ。


 新たな神と古き神々が、最もにいると言われている場所。


 実際に【神樹迷宮】の遥か最奥に行けば、神と会話することさえできるという。


 そして神々が再び姿を現した以上、神々と人の距離は縮まっていくだろう。この都市を起点にして。


 そんな――神々が見守る世界で、しかし人々の暮らしは大きくは変わらない。


 新たな変革の波は徐々に、そして確かに広がり始めているけれど、多くの人々がそれに気づき、実感するまでにはまだ時間が掛かるだろう。


 だが、それはきっと神々の不在期間に比べれば、一瞬のように短いものだ。



 空がすっかり茜色に染まった夕焼けの中、都市の通りを五人の家族が仲良く歩いている。


「ねぇねぇ、ママたちは今日のおしごともうおわり?」

「そうよ。アンタたちを迎えに行ったので最後ね。後は家に帰るだけ」

「おつかれさまでした!」

「いつもごくろうさまです!」

「クリフ、リシア……アンタたち、さては反省してないわね? お姉ちゃんの言うこと聞かずに勝手なことして……」

「ママ、もっと言ってやって」

「そうね。アンタたちが今日、何してたかルシアからも説明してもらおうかしら?」

『クリフたちは今日――』

「「ルシアさま言っちゃだめぇ~!!」」

「じゃあ、代わりにパパからお仕置きしてもらおうかしら。どう、パパ?」

「そうだな。ママの言う通り、これはお仕置き案件だな」

「「え~!?」」

「え~じゃない! 家に帰ったらブッチュッチュの刑だ!!」

「「ブッチュッチュの刑はやだ~!!」」


 活気に溢れる雑踏の中、五人の家族の姿は仲睦まじく会話しながら、やがて人混みの向こうへ消えていった――。






 極剣のスラッシュ――finale!





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