エピローグ 神々の見守る世界で・3


「おじちゃんたち、ごちそうさまでした!」

「ごちそーしゃまでしたー! じゃあね~!」

「おう、気ぃつけて帰れよ!!」


 クリフとリシアは《酒乱の円卓》でケーキのみならずお昼もご馳走になった後、おっさんたちに礼を言って店を後にした。


 ちなみにおっさんたちはまだまだ飲むそうで、店から動く気配はない。


 二人だけで店を出たクリフたちは「さて、これからどうしよっか?」と話し合う。


「う~ん……リシア、あそびたい!」


 と、本来行くべき場所のことを忘れ、すっかり遊ぶ気になっているリシア。


 クリフも体力が有り余っているのか、うずうずと体を揺らして、「じゃあ、そうしよっか!」と妹の提案を受け入れる。


 そうして二人相談した結果、向かうは「豚妖精の小道」を抜けてさらに幾らか進んだ先にある孤児院だ。


『酒乱の円卓』のおっさんたち同様、クリフたちの両親と付き合いのある人物が経営している孤児院で、クリフたちはすでに何度も訪れており、ここの子供たちと友達になっていた。


「「こんにちわーっ!」」


 と勝手知ったる我が家のように孤児院の中に入っていくと、大勢の子供たちの中に混じって、優しげな風貌の紳士がいた。


「おや? クリフとリシアではないか。今日は君たちだけで来たのかね?」

「院長先生こんにちわ!」

「うん、そうだよ! おにぃちゃんとリシアだけー!」

「ふむ……まあ、君たちにはルシア様がついているから問題はないのか……? だが、二人だけであまり危ないところへ行ってはいかんぞ?」

「「はーい!」」

「うむ。我輩は少し、まだ仕事が残っているのでな。敷地から出ないように皆と遊んでいなさい」

「「うん!」」

「クリフー、リシアー、庭でおいかけっこしようぜ!」

「「やるー!」」


 院の子供たちに誘われ、クリフたちは庭へ出て遊び始めた。


 それから数時間――。


 楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、空が茜色に染まり始める時刻となる。


 思う存分遊んで体力を発散した二人は、そろそろ帰ることにした。


「「院長先生! みんなー! またねー!」」

「「「またなー!」」」


 と子供たちに見送られ、孤児院を後にする。


 クリフはリシアと手を繋いで歩きながら、「そろそろパパたちも迷宮から戻ってくるころだな」と告げる。


「うん! だから、はやくおうちかえろー」

「そうだな。あんまり遅くなるとパパたちにしかられちゃ――――あ」

「ん? どうしたの、おにぃちゃ――――あっ」


 そこでようやく、クリフたちは気づいた。


 自分たちが工房に向かうと嘘を言って姉と別れ、探索者ギルドへ出向いたことを。そしてそのまま、工房に行くのを忘れ、酒カスおじさんたちに昼食を奢ってもらったり、孤児院で遊んだりして夕方になってしまったということを。


 これは完全に、叱られる案件であるということを。


「ま、まずいっ! リシア! 工房にいくぞ!」

「おにぃちゃん、うんっ!」

「急げ、リシア! おこられるのがママや姉ちゃんならまだいいけど、パパがおこったりしたら、ブッチュッチュの刑だぞ!」

「ブッチュッチュの刑はやだぁっ!!」


 もはや時既に遅しだが、クリフたちは工房へ向かって急いで走り出した。


 まだ両親も帰って来ていなければ、そして学校を終えた姉が工房に迎えに来る前に辿り着ければ、ワンチャン誤魔化せるかもという希望を捨てない。


 どんなに絶望的な状況に思えても、諦めなければ希望はあると、アイ姉ちゃんも言っていた。


 クリフたちは希望を捨てず、最良の選択をする。頭の中に描いたネクロニアの地図を思い浮かべ、現在位置から最短距離で工房へ向かうルートを割り出す。途中、皆から二人の時は避けろと言われていた裏路地などをルートに選択し、急いで走り抜けようとして――。



「――ガキども、止まれ」



 クリフたちの行く手を遮るように現れた見知らぬ男が、路地の前方に立ちはだかった。


「わっ! だ、だれ!?」

「おじちゃん、リシアたち、そこ通りたいから、通して?」


 それは怪しげな風体の男だった。


 ネクロニアの中央区なら何処にでもいそうなスーツ姿だが、つばが広めの帽子を目深にかぶって顔を隠すようにしている。


 男はクリフたちの質問には答えず、ただ脅すような低い声で一方的に告げた。


「お前ら、≪極剣≫と≪暴虐の女神≫の子供だな? 大人しく俺について来い」


「お、おにぃちゃん……」


 男が発する不穏な気配に、リシアが不安そうにクリフへ体を寄せる。


 クリフは妹の手をぎゅっと握り、「気をつけろ、リシア」と言った。


「たぶん、あいつ変態だ……!! 世の中には子供がだいすきでゆうかいとかする変態がいるから、気をつけろってパパたちが言ってたことがある……!!」


「へんたい、こわい……っ!!」


 子供たちにはとっても優しい院長先生とは大違いだと、リシアは変態に恐怖した。


「だっ、誰が変態だガキども!! ふざけるな!!」


「――!? や、やっぱり……っ!! 変態はみんなそうやって否定するんだって、パパも言ってたもん!」


 クリフは確信した。目の前の男が変態であると。


 このままでは自分たちのてーそうが危ない。てーそうが何のことかは良く分かっていなかったが、確かにそう思った。


「にげるぞ、リシアっ!!」

「うんっ!!」


 と、クリフたちは踵を返し、男とは反対側、来た道を戻るように駆け出した。


 だが――。


「逃がさんぞ、ガキども。痛い目に遭いたくなかったら、大人しく言うことを聞け」


 いつの間にか、反対側にも後ろの男と同じような格好をした変態が待ち構えていた。さらに言えば、その変態の後ろにも仲間らしき変態たちの姿が何人か見える。


 クリフたちは足を止め、絶体絶命のピンチに動揺した。


 このままでは変態たちの餌食になってしまう――と、そこへ、声がかかる。



『まったく……。クリフ、リシア、そのまま何も聞こえないふりをして、私の話を聞く』



 声。


 だが、それは肉声ではない。


 その場にいる者たちの中で、クリフとリシアにしか聞こえない「神様」の声だ。


 クリフとリシアはそれが当たり前であるかのように、「神」の声と同じ思念で、「神」へ声を返した。


『『ルシアさま!』』


『アーロンとフィオナとアイクルにはもう連絡したから、クリフたちは私の言う通りにして。良い?』


『う、うん、わかりました。でも、どうするの?』


『まず、そいつらの言うことを聞いて、大人しく捕まること。そうすれば、手荒なことはされない』


『え?』


『大丈夫。もしもの時は、私が助けてあげるから』


 大人しく捕まれという指示に色々と疑問はありつつも、クリフたちの胸に、もう不安はない。なぜならば、彼らは「ルシアさま」がどのような存在かを知っているからだ。


 ――『木剣神ルシア』


 木剣と木剣職人を司る最新の神であり、数多の神々の中で、唯一自由に行動することを許された存在。そして【邪神】消滅後、封印されていた神々の世界を解放し、かつて【神骸迷宮】と呼ばれていたネクロニアの迷宮を、【神樹迷宮】へと作り替えた存在。


 かつての【邪神】討滅においては、≪極剣≫に力を授けた存在としても知られ、様々な媒体で語られ広まった「神殺しの英雄譚」の影響もあり、今では『太母ミリアリア』を差し置いて「最高神」などと呼ばれるほど偉大な存在である。


 まあ、正直クリフたちはそこまで詳しい事情を把握してはいないが、幼い頃から知っている存在ゆえに、彼らにとっては家族同様、無条件の信頼に値する存在だった。


 そういったわけで、クリフはルシアの指示通りに、変態たちへ言った。


「わ、わかりました……。変た、皆さんに、ついていきます」

「ますー!」



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