第301話 「木剣職人」
ノア・キルケーの結界によって数多の偽女神たちより守られている≪木剣道≫メンバーたちは、結界の外で繰り広げられる激しい戦いを見上げていた。
宙を舞う偽女神たちの間へ、間断なく転移を繰り返すノアの姿は、ジョブを失ったクランメンバーたちには捉えることができない。
ただノアの側頭部に生えた角が発する赤い光が、あちらこちらで残光のように瞬いているのが見えるだけだ。
そして、ノアと偽女神どもの戦いは一方的だった。
ノアが放つ魔法の斬撃は、偽女神たちの障壁を容易く斬り裂き、空間ごと歪め、圧縮された偽女神たちは再生もままならず魔力還元されて消えていく。
もうすでに、ノアだけで200体近い偽女神たちを屠っているだろう。
その強さは明らかに、ジョブを失う前のクランメンバーたちすら凌駕していた。
だが、それでも、劣勢なのはノアだ。
幾ら倒しても偽女神たちは無尽蔵にリポップしてくるし、その数が減ることはない。一方のノアは、【邪神細胞】の暴走増殖により、体内から肉体が破壊される激痛に血を吐きながら耐えていた。
――そう長くは持たない。
高速戦闘の最中、ノアの有り様を視認できた者はいなかったが、それでもノアの限界が近いことだけは誰もが理解していた。
「くぅうううっ!!? ノア殿が命を懸けて戦っておられるというのに、拙者たちは見ていることしかできぬのか!!」
「口惜しいでござるッ!!」
「どうか、ノア殿、どうか勝ってくだされぇええええッ!!!」
「がんばえぇーっ!!!! ノア殿! がんばえぇーっ!!!!」
欲望の消えた綺麗な豚たちが、結界の外を見つめながら邪神ではない神に祈った。どうかノアよ、無事であれと。
そしてそれは、他のメンバーたちも同じだ。
結界の外の戦いを、ただ見守ることしかできないのが歯痒かった。
しかし、ふと≪酒乱の円卓≫のリーダーが気づく。
「お、おい! そういえば剣聖に隠者! アンタらならまだ戦えるんじゃねぇのか!?」
「む!? 言われてみればそうであるな!」
と、酒カスリーダーの言葉に、変態紳士も気づいて問うた。
「ローガン殿にエイル殿! 確か貴殿らも【邪神細胞】を移植されていたはず! ならばノア殿同様、戦えるのでは!?」
「――いや、無理だ」
だが、ローガンが悔しそうに顔をしかめながら首を振る。
「確かにジョブを失った今でも身体能力はそれなりに高く、そして大量の魔力が【邪神細胞】を通して供給されているのも分かる。だが、肝心のスキルが使えばければ、魔力をオーラに変換することさえできん。それではさすがに戦えんよ」
魔力だけあっても、オーラが使えなければ、魔法使いではないローガンに意味などなかった。
そして如何に身体能力が高くなっていても、オーラを使えない状態では偽女神たちの相手は到底できない。
そのことが理解できるからこそ、クランメンバーたちもそれ以上口を挟むことはできず、ただノアと偽女神どもの戦いを見守ることしかできない。
おそらくは、ノアが力尽きるその時まで――――と。
そう確信していた彼らクランメンバーたちは、直後、歓声をあげた。
「ぉおおおおおおおっ!? おいおいおいおい!! マジかよッ!?」
「これは……新しいジョブですの!?」
「なるほど……ルシア様がやってくれたようだな……!!」
彼らの全員が、一様に己の左手、その甲に浮かんだ紋様を確認した。
それは、見慣れない意匠の『限界印』。
彼らに新たなジョブが付与された証拠だった。
そして彼らに与えられたジョブは、大きく分けて以下の二通り。
――『上級木剣職人・気』
――『上級木剣職人・魔・属性(ジョブ喪失前に対応する属性)』
オーラを扱う者と、魔法を扱う者で分かれた形だ。
さらに固有ジョブに発現する者たちも多かった。
例えばイオの『木剣職人・賢者』や、愛好会の面々の『木剣職人・高弟』、カラムの『木剣職人・飛槍』などなど、様々だ。
「うはははははっ!! おい何だよこのジョブの名前はよ!?」
「幾らなんでも手抜きが過ぎるネーミングじゃないッスか!?」
「いやっ、これは遂に神から木剣職人だと認められた証ですよ皆さん!!」
「まあ、今は戦えれば何でも良いですわ!! 皆さん、行きますわよ!?」
「うぉおおおおんっ!! 今! 助けに向かうでござるよぉおおおノア殿ぉおおおおっ!!」
新たなジョブを手にした者たちが気勢をあげる。
そして結界の壁面まで移動すると、ガロンが外で戦うノアへ告げた。
「ノア様!! ジョブが復活しました! ここからは僕たちが戦います! 結界を解いてください!!」
直後、彼らを守っていた結界が解かれる。
≪木剣道≫の面々はガロンを先頭にして、偽女神たちへと駆け出していく。
そうして始まる二度目の戦闘。
ジョブ特性の違いにより、戦い始めは戸惑い、防戦一方となる。
しかし、誰もがすぐに慣れ始め、むしろ以前よりも高い戦闘能力を発揮し始めた。
それもそのはずだ。ジョブのネーミングセンスについてはともかく、それらのジョブは≪木剣道≫の面々にこそ最適化された、彼らのためのジョブなのだから。
「使える魔法は少ないですけれど、魔力制御が段違いに楽ですわ!?」
「オーラも制御しやすいみたいだね!!」
「魔力とオーラの制御補助に特化したジョブというわけか!! なるほど! 面白い!!」
「それに何か、感覚も鋭くなってるみたいッスよ!!」
「これならば、さっきよりも楽に戦えそうであるなッ!!」
一方、ローガン、エイル、クロエたちは、後方で彼らの戦いを見守るしかなかった。
「ふっ、さすがに私たちに『木剣職人』などというジョブが目覚めるわけもないか」
「まあ、俺たちは木剣なんて作ったことはないからな」
「あっ、ノア様です!!」
と、激しく戦っていたノアが、ローガンたちのそばへ転移で現れた。
途端に膝から力が抜け、崩れ落ちそうになるのをローガンが支える。
見れば、口元は大量の血で赤く汚れ、側頭部から生える角は、限界を迎えたように、先端から塵となって消えていくところだった。
ローガンは立っているのも辛そうなノアを、その場にゆっくりと寝かせた。
「ノア様……」
「ああ……ローガン……」
かつて仕えていた青年を、ローガンは悲しそうな目で見下ろした。
ノアがもう限界で、あと数分としない内に息を引き取るだろうことは、ローガンには一目瞭然だった。
「ご立派でございました」
「ふっ……立派なんかじゃ、ない……。ただの、罪滅ぼし、さ。……自己満足のね」
「…………」
そうかもしれなかったが、そうだと頷くことは憚られた。そしてノアのお陰で、自分たちが最悪の窮地を脱したのも事実だ。
だが、ローガンは軽薄に追従の言葉を口にするのを、良しとしなかった。
「何か……ございますか? 最期に」
「……エヴァに、帰れなくて、すまない、と」
「承知しました」
「あと、あの、ハゲ親父にも、謝っといて、くれ」
「…………」
「分かって、るんだ。父上も、家族に対して、情がない、わけじゃ……ない。たぶん、僕が死んで、一番悲しむのは……父上、だから……」
「……はい。承知しました。
「……ん。……――」
微かに頷いたのを最後に、ノアはゆっくりと目を閉じて。
そしてもう、二度と目覚めることはなかった。
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