第300話 「我流木剣工技」
他の人間たちを巻き込み、不慮の事故などで命を失うことを避けるため、【邪神】はジョブ・システムそれ自体を停止することはできない。
そして同姓同名の者のジョブを誤って停止することを避けるためにも、名前だけで検索することもできない。
検索には「戦闘」「生産」「一般」の大別カテゴリから選択し、さらに個人名で検索、固有ジョブがある者はそれを確認して――と、幾つかの段階を経る必要があった。
だが、出ない。
先ほどは簡単に検索できたはずの、アーロン・ゲイルの――クラン≪木剣道≫のメンバーたちのアカウントを見つけることができないでいた。
「なぜ!? どうして!? システムに存在しないとでもいうのですか!?」
混乱しつつも、戦闘系ジョブを与えられたアカウントを隅から隅まで確認した。だが、アーロン・ゲイルの同姓同名の人物はいても、目の前のアーロン・ゲイルやクランメンバーたちを見つけることはできなかった。
――当然だ。
【邪神】は戦闘系ジョブの大別カテゴリから検索しているのだから。
アーロンに与えられたジョブは、そして≪木剣道≫メンバーに与えられたジョブは、戦闘系ジョブなどではなかった。
それらは――生産系ジョブだ。
ゆえに、もしも検索するカテゴリを戦闘系から生産系へと変更すれば、【邪神】も目的のアカウントをすぐに見つけることができただろう。しかし、こうしてアーロンが自分を圧倒する能力を披露している以上、まさかアーロンに与えられたジョブが生産系ジョブなどとは思いもつかないはずだ。
(まあ、そんなことは教えないがな。せいぜい悩んで、時間を無駄にしろ)
思う。
こちらが確認を終えるまで、時間を稼ぐために。
一方で、もしも仮に、【邪神】が生産系カテゴリの中の『極剣』ジョブの存在に気づいたとしても、問題はなかった。
今や全ての木剣職人たちと木剣を司る神になってしまったルシアは、人造の神としても極めて稀な存在だ。
その大本はルシア・アロンが【神界】のジョブ・システム内にコピーしていた自我情報であり、アーロンたちが積み上げてきた新技能に応える形で、新たなアーキタイプ・インテリジェンスへと、その存在を昇華された。
そして――ルシアの自我情報はジョブ管理神として作成されたものではなく、ルシア・アロンの自我そのもので、完全に独立した自意識を持つ。
つまり、ルシアは他の神々とは違い、その権能を振るうのに人類の許可を必要としない。その制約を課されていない。自らの意思で己に許された範囲で、アーキタイプ・インテリジェンスとして与えられた権能を、思うままに振るうことができる。
一歩間違えれば第二の【邪神】ともいうべき危険な存在にもなり得るが、だからこそ、アーロンたちが【邪神】によってジョブ・アカウントを停止されそうになっても、『木剣神ルシア』の権能ならば、その操作を拒絶することができるのだ。
要するに、【邪神】は未だ気づいてはいないが、アーロンたちのジョブを停止することは事実上、できなくなっていた。
だが、【邪神】にはそれらの事実を推測する余裕も時間もなく……。
「もう、良いです……」
全てを諦めたような、低い声で呟いた。
ただし、諦めたのは自分の命ではなく……。
「わたくしは人類を救わねばならない。それがわたくしの使命。ですが……人類を救うために小を切り捨てる必要があるのならば、残念ですが切り捨てましょう。アーロン、そしてアイクル……あなたたちは、『再現』すら許されず、この場で消えなさいっ!!」
「ハッ!」
と、アーロンは馬鹿にしたように嗤った。
「できんのか、お前に? 俺に勝てもしない【邪神】さんよ?」
「――それはこちらのセリフですっ!! フィオナを傷つけられない貴方に、最初から勝ち目などありません!! それに、【世界断絶】で空間を区切ったのが間違いでしたね!! 逃げ場がなくなったのは、むしろあなたたちの方と知りなさいッ!!」
瞬間、【邪神】の周囲におぞましいほどの暴風が吹き荒れ――そして拡大する。
閉ざされたこの領域の隅々まで、全てを破壊し尽くすように。
神級魔法――【神嵐】
絶対致死圏の暴風が自身へ到達する直前、アーロンは静かに「移動」した。
「――パパ!?」
背後で成り行きを見守っていたアイクルの隣へと。
まるで瞬間移動のように、周囲の空気を引き裂くこともなく、ただ、そこに突如として現れた。
【瞬迅】でも【瞬光迅】でもない。
それは今のアーロンにとって、ただの移動だ。
ただし、それは肉体を操作したというより、オーラを操作したという認識に近い。
オーラを全身から噴出して、高速移動した――のではない。
いまや己の肉体そのものと化した白金色のエネルギー体――第三マテリアを操り、アイクルの隣に自身の存在を移したのだ。
その移動速度は――魔法発動に余計な工程を挟まねばならない【空間転移】よりも、速かった。
「大丈夫だ」
アーロンは安心させるようにアイクルに告げると、ストレージ・リングから「黒耀」を取り出し、振るう。
――キンッ!!
と、「黒耀」が白金色に変化した過程すら認識させず、腕を振り終えた瞬間にはもう、アイクルの周囲を白金色の光が繭のように覆っていた。
技名はない。
もはやアーロンにとって、この程度の行為は、いちいち大仰な名称を付けるほどのことではなかった。
第三マテリアの結界でアイクルを保護した後、さらに一本、「黒耀」を取り出し無造作に振るう。
――キンッ!!
と、この世の終わりとも思える桁外れの暴風が一瞬にして凪いだ。
「――――っ!!? な、何なのです、あなたは……っ!!」
愕然と驚く【邪神】へと、ゆっくりと距離を詰める。
必要な全てを把握するまで、じっくりと観察する。
そうしながら、ふと思った。
(いちいち剣を取り出すのも面倒だな……)
そして新たを「黒白」を取り出し、ちらりと見る。
(これも、もう必要はねぇか)
空間魔法に対処するための重属性武器。他にもストレージ・リングの中には、様々な属性に対処できるようにと、色々な属性大樹で作った木剣もある。
だが、今の自分に必要なのは、それらではなかった。
求めるのは、白金色のオーラ――第三マテリアを扱っても、消失しない剣。
そして剣一本分よりも、さらに多くの第三マテリアを一度に扱える剣だ。
それが無くば、自身のやろうとしていることは成功しないだろうという予感があった。
(なら、作るか)
決めた瞬間、足を止める。
無造作に、右手の「黒白」を第三マテリアに変える。
キンッ!! と音がして、手のひらの上に白金色の光球が浮かんだ。
その状態を保ったまま、ストレージ・リングに収納していた木剣を、一本ずつ取り出していく。
キンッ!!
と、光球を貫くように火属性の「紅蓮」が出現した直後、木剣は涼やかな音を立てて光球に吸い込まれた。
キンッ!! キンッ!! キンッ!!
と、新たな木剣を取り出す度に、音が鳴り、その全てが光球に吸い込まれるように消えていく。
キンッ!! キンッ!! キンッ!!
と、剣を打つ鍛冶場に響くような音が鳴る度、次々と木剣は消えていき――。
だが、【邪神】が最後まで黙っているはずもなく。
「な、何を……!? それを止めなさいっ!!」
神級雷鳴魔法――【
暴風から雷鳴へと纏う魔法を変えた。
雷の化身となった【邪神】から、一瞬して荒れ狂う轟雷が放たれる。
それは瞬時に、隔絶されたこの小さな世界を埋め尽くした。
神級雷鳴魔法――【神雷】
特異体ノルドが放っていた魔法などとは比べ物にもならない、圧倒的破壊の奔流。人間など一瞬にして塵芥に変えてしまうほどのエネルギー。
雷が埋め尽くす空間内部において、視界など効かない。
だが、【邪神】の知覚能力は、【神雷】の中に取り込まれたアーロンが未だ無事であることを認識していた。
防御も何もない。
【神雷】を放つ直前から姿勢すら変えず、第三マテリアで保護したリングの中から、淡々と剣を取り出しては、手のひらの上の光球へと吸い込ませていく。
やがて、全ての属性剣と数十本にもなる「黒耀」を吐き出して――その行為は終わりを告げた。
(馬鹿な……!!)
と、【邪神】は戦慄する。
アーロンの手のひらの上に、おぞましいほど膨大な第三マテリアが集束されているのを理解して。
(世界でも吹き飛ばすつもりですか……っ!?)
わずかでも制御が狂った瞬間、いったいどれだけの熱量が解放されるのか、想像しただけでも震えるほどだった。
唯一の救いは、ここが断絶された世界であるということだろう。
もしもそうでなければ、迷宮ごとネクロニアが文字通り「消失」する可能性さえあった。
一方、全ての剣を第三マテリアに変えたアーロンは、手のひらの上の光球を、さらに操作する――。
我流木剣工技――【創剣】……
キンッ!!
と、不思議に雷鳴すら貫通する音が聞こえた気がして。
【創剣】――「極剣」
光球は、一瞬にして剣の形に変化した。
瞬間、アーロンはその剣を振るう。
キンッ!! と、荒れ狂う破滅の雷鳴は、瞬時に消失した。
雷が晴れ上がった後のクリアな視界の中、アーロンが振り抜いた剣を目にして、【邪神】はひきつった笑みを浮かべる。
「もう……何なのですか、あなたは……」
アーロンが手にしている剣は、白金色の光を放ってはいなかった。
白地に金色の装飾が施された、優美な長剣。
第三マテリアから第一マテリアへの、逆変換。
神代においても不可能とされた現象によって、創造された剣がそこにはあった。
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