第298話 「システム・コールッ!!!」
――ルシアが戦場に現れた。
その直後、周囲の偽女神たちを排除したルシアの要請のままに、アーロンは動き出す。
――【日神瞬光迅】
右手に握っているのは「黒白」だが、まだ【怪力乱神・日神】は解除していない。
肉体に残っている光属性オーラを用いて、超速の移動戦技で【邪神】の眼前に出現する。
「あ、アァアアアアロォオオオオンッ!!」
瞬間、至近に現れたアーロンへ向かって【邪神】が攻撃。フィオナのストレージ・リングから取り出した二本の「黒耀」を鮮やかに振るう。
その目にも止まらぬ連撃を、アーロンは――――躱さない。
「ぐぅうううううううう゛う゛う゛ッッ!!!」
――【気鎧】
【邪神】の双剣がアーロンの胴体に左右から深く食い込み、だが、両断することなく途中で止まった。
動きの止まった【邪神】の右腕を左手でアーロンが掴む。切断された肉体の部位をオーラを操り、無理矢理に元の「形」を維持して、肉体機能を回復した。
アーロンに突き刺さったままの「黒耀」が、アーロンの肉体によってガッシリと固定される。
「なっ、なぜっ!? フィオナ!? あなたが未来視を閉ざしたせいでッ!!」
【邪神】が叫ぶ。
フィオナが覚醒したはずの「未来視」の能力が使えなかったことで。
実のところ【邪神】は、フィオナと融合してから、ずっと「未来視」を発動することができずにいた。
もし発動できていれば、ルシアの出現も、アーロンが剣を躱さない選択をしたことも、事前に知ることができていたはずだ。
しかし、【邪神】がその未来を視ることはなかった。
その理由はただ一つ――。
【邪神】自身の叫びに答えが表れている。
「お前たちっ、早くっ、この男を!!!」
恐慌に駆られた【邪神】が、周囲の偽女神たちに命じる。
だが、その前にアーロンが動く方が速かった。
右手の「黒白」に魔力を流す。それを引き戻し、肉体に循環させる。光属性のオーラを排出し、重属性のオーラで肉体を満たす。
【怪力乱神・禍津神】――【禍津鋼体】
全身を漆黒に染めたアーロンは、次の瞬間、剣が突き刺さったまま、掴んだ右腕を引き寄せ、【邪神】に抱きついた。
我流戦技――【禍津重圧】
アーロンと【邪神】だけを包むように、黒のオーラが霧となって纏わりつく。
「く、くぅうううううっ!? は、早くっ、誰か……っ!!」
【邪神】が命じるが、周囲の偽女神たちもカインたちも、アーロンを攻撃することができない。
両者が抱き合っている状態では【邪神】をも攻撃してしまうかもしれないし、そもそも魔法攻撃は今のアーロンには効かない。かといってカインたちの【滅龍閃】を放とうにも、密着している状態では【邪神】まで被害を受ける可能性が高く、やはり使えない。
誰も助けられないのだと理解したその直後――【邪神】の声色が変わる。
密着したアーロンの耳元で、聞き慣れた声が哀願した。
「アーロン、お願い……っ、離して……っ!! 恐いの……っ!!」
「――――」
顔をずらして、至近にある【邪神】の顔を見つめた。
だが、それを見返すアーロンの瞳は、硬質な光を宿したままだった。
「フィオナはベッドの上以外じゃ、そんなことは言わねぇ」
「~~~~っ!!! は、離しなさいこの下郎ッ!! わ、わたくしにこんなことをして良いと思っているのですかっ!? わたくしは全ての人類に永遠の幸せを与えられる、唯一のっ!!」
「――もう遅い」
「――――!?」
アーロンが【邪神】の言葉を切り捨てた直後、【邪神】の背後に魔力が収束する。
瞬時、現れたのは銀髪幼女ルシアだ。
ルシアは右腕を邪神の背中へ翳すように向けていた。
「やれッ!! ルシアッ!!」
「んっ!!」
直後、ルシアの右腕が形を失い、ぐにゃりと盛り上がる。
赤と金色の入り交じった巨大な肉腫が、分離するように右腕から放たれる。
それは【邪神の右腕】。
本来のルシアの肉体の一部であり、今のルシアの意識が宿ったモノ。
赤と金色の肉腫は素早く形を変えて触手となると、【邪神】の後頭部、延髄の辺りにその先端を突き刺した。
びくんっ!! と、【邪神】が震える。
「あ、あぁああああああ゛あ゛あ゛っっっ――!!? わ、わたくしをっ、侵食しようと……っ!?」
肉腫は【邪神】の肉体に潜り込んでいく。
その体を侵食しようとしている。
「で、できると思っているのですか――っ!! そんなことがっ!!」
だが、当然、【邪神】も黙って受け入れるはずがない。
触手となって肉体に潜り込み、肉体の制御を奪おうとするルシアと、それを拒む【邪神】の両者で、鬩ぎ合いが発生する。
その戦いは、圧倒的に【邪神】が有利だ。
そもそも【邪神】から肉体の制御を奪えるようなら、最初からルシアも肉体を奪われることなどなかったのだから。
「消えなさいっ、ルシア!! わたくしの一部となって――っ!!」
不意を突いたことで、一瞬優勢だったルシアが、逆に【邪神】に飲み込まれていく。
あと数十秒で、完全にルシアの意識は消え去り、【邪神の右腕】が【邪神】に取り込まれるだけの結果となって終わるだろう。
しかし。
ルシアの目的は、最初からフィオナの肉体の制御を、【邪神】から取り戻すことではなかった。
ほんの数秒で良い。
フィオナの肉体の中に構築された、ブレイン・サポート・デバイスを操作すること。
それだけが目的だった。
ルシアは「自分自身」を【邪神】に対する防壁に利用し、稼いだ時間でブレイン・サポート・デバイスに接続する。
そして――【神界】の最上位管理者権限を持つ【邪神】のデバイスを、操作した。
祈りさえ籠ったルシアと、そしてフィオナの意思が、束の間【邪神】から発声器官の制御を奪い返したのか、【邪神】のものではない言葉が放たれる。
「し、システム・コールッ!!!」
それは【神界】システムに対する、最上位管理権限者の要請。
そして、ジョブを喪失するという最悪の事態に備えて用意しておいた、正真正銘最後の切り札。
ルシアとフィオナは、偽物ではない神に懇願するかのように、一息に叫んだ。
「要請!! 新技能のスキル&ジョブ化における専用アーキタイプ・インテリジェンスの生成っ!!!」
直後、フィオナとルシアと【邪神】の意識に、無機質な音声が要請への答えを告げた。
――新技能の有無を確認……。
――収集された技能情報から、ジョブ・システムに合致しない技能を1185件確認……。
――内、スキル&ジョブ化および新アーキタイプ・インテリジェンス生成のための要件を満たす技能は、1件のみと確認。
――最上位管理者の要請により、ジョブ・システムのアップデートを開始。
――当該技能を体系化、ジョブとスキルを構築……。
――システム内に当該技能のジョブ・スキル情報の存在を確認。構築を中止。既存の情報を使用。
――新アーキタイプ・インテリジェンスの生成を開始……。
――システム内に当該技能用の専用アーキタイプ・インテリジェンスの自我情報を確認。構築を中止。既存のアーキタイプ・インテリジェンスの自我情報の使用を承認。
――新アーキタイプ・インテリジェンス、ジョブ管理神『木剣神ルシア』の生成を完了。
――……ジョブ・システムのアップデート、および新ジョブ付与の要件を満たす71人へ新ジョブの付与を完了。
一連の音声、そしてシステムのアップデートは、現実時間にして1秒以下の間に始まり、そして完了された。
その直後。
ルシアの意識が宿っていた【右腕】を取り戻し、自らに取り込んだ【邪神】は、全身から莫大な魔力を迸らせる。
「ぁあああああああああああああっっ!!!! いつまで抱きついているのですっ!! さっさとっ、離れなさいッッ!!!!」
――【神体】
そして神級暴風魔法――【
自らの肉体に風属性を宿した【邪神】が、その全身から莫大な魔力にものを言わせ、凄まじい勢いで逆巻く暴風を生み出す。
「――――アイクルっ!!」
その寸前、アーロンは自ら拘束していた【邪神】の体から離れた。
右腕に握った「黒白」の切っ先を【邪神】の背後にいるアイクルへ向け、剣から放ったオーラで彼女の全身を繭のように包み込んだ。
【邪神の右腕】とルシアを失ってしまった今のアイクルは、魔法が使えない。あのままでは暴風によって全身を粉々にされていただろう。
だが、間一髪アーロンのオーラがアイクルを守り、暴風の勢いに乗るようにして空高くへ吹き飛ばされていく。
一方、アーロンも暴風に弾かれるように吹き飛ばされ、【邪神】と距離が開く。
「いい加減に――死になさいっ!!!!」
そこへ万物を粉微塵にするような威力の、鋭い竜巻が襲いかかってきた。
まるで槍のように細く、そして鋭く圧縮された竜巻が四本。アーロンの体を捉え、そして呑み込んだ。
暴風の唸りが他全ての音を掻き消す。
湖面に張られていた分厚い氷が余波だけで粉砕され、吹き飛んでいく。
そして――。
――キンッ!!
と音がして、一切の風が掻き消えた。
「くっ……やはり生きて……!?」
暴風の槍を消し去られた【邪神】は前方に視線を向ける。
そこには剣を振ったような姿勢で、腕を振り抜いたアーロンの姿がある。
ただし、その手の中に剣はない。
アーロンが暴風の槍を「斬った」ことは間違いないだろう。そう判断した【邪神】だったが、次の瞬間、「ぇ……?」と、小さく声をあげる。
依然として戦場に散らばっていた数多の偽女神とカインたち。
それら全てが一斉に形を失い、無数の光の粒子と化して散っていく。
今の一撃で暴風の槍だけではなく、偽女神とカインたちまで残らず斬り裂いたのだと、状況から理解してはいても――果たして、幾らアーロン・ゲイルでもそこまでの無茶苦茶な技量があっただろうかと不思議に感じ……。
「ぁ……」
わずかに俯き気味だった顔を上げたアーロンの、瞳を見た。
「いったい、ルシアは何をしたのです……!!」
アーロンの黒色だった瞳は、金色の光を放っていた。
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