第279話 「友の導き」
≪白百合乙女団≫をネコにした張本人であるところのバリタチ・グレン――そして仲間である≪グレン隊≫の面々は、今――、
「くッ!? これでも手数が足りないのかい!?」
「グレンッ!! 前に出ないで!! 下がって!!」
十二枚の翼と両腕両足を触手に変えた、新たなる形態の偽女神たち相手に、苦戦していた。
仲間の一人がグレンに下がるように告げるが、グレンは下がらない。
「そんなわけにはいかないよ!! いつだってお姫様たちを守るのは、ナイトであるボクの役目なんだからねッ!!」
叫びながら、オーラの矢を放つ。
その手に持つのは「黒月弓」ではなく、友アルビスが遺してくれた「天霊弓」だ。
偽女神たちが【空間障壁】を展開していた先ほどまでは仕方なく「黒月弓」を使っていたが、障壁を破る必要がないとなれば、敢えて「黒月弓」を使う必要もない。
グレンは偽女神たちの触手攻撃をギリギリのところで捌き続ける仲間たちに加勢するため、後衛職にも拘わらず、むしろ前へ出ていた。
理由は幾つか存在する。
一つ、自分が前衛に存在することで、偽女神たちの攻撃が分散し、その分だけ仲間たちの負担が減ること。
二つ、より偽女神たちに近づくことで、自分の攻撃が一瞬でも速く敵に当たること。
三つ、前衛にいることで、幾分か射線を通しやすくなること。
だが、何よりも大きな四つ目の理由は……仲間たちを、自分の恋人たちを守るためだ。
「――――シィッ!!」
まさに矢継ぎ早に矢を放つ。
我流弓技――【土精旋回鋼矢】
我流弓技――【火精旋回爆矢】
グレンが放ったオーラの矢は、天へ飛び上がると瞬時に分裂した。その数は膨大で、数えるのも困難なほど。
莫大な数の精霊矢たちは、夜空の星々のように輝きながら、円を描くようにして地上近くまで降り、そしてグレンや仲間たちを護るようにその周囲を旋回する。
旋回する精霊矢たちはグレンたちに襲い来る数多の触手を、自らを犠牲にして防ぎ、あるいは爆発させて弾き飛ばした。
そして、それでもなおその数は容易に枯渇することはない。
グレンが一矢ニ矢と放つ度に、数百の精霊矢が補充され続けているからだ。
――少し前までのグレンならば、決して出来なかった芸当である。
(ありがとう、アルビス……そしておっぱいの君……君たちの、おかげだ……!!)
矢を放つ手は止めず、けれどグレンは不敵な笑みを浮かべ、心の中で二人に礼を言う。
一人は説明するまでもない。【神骸迷宮】46層の最奥で、死闘を繰り広げた
そしてもう一人は、グレンに「精霊魔法」というものを見せてくれた、49層のエリアボス――『賢者メイベル』だった。
自分を超える精霊弓技を、そしてその基となった精霊魔法を、実際にこの目で見たおかげで、グレンは数多の精霊矢を同時に制御するコツを掴むことに、成功していたのだ!
かつて死闘の最中、グレンを導くように友が告げた言葉が、脳裡に蘇る。
――もっと精霊のことを信じるんだな、グレン……!!
(ああ、まったく、その通りだったよ、アルビス……!! 今なら、君の言っていた言葉の意味が、よく
極限の集中の最中、グレンは楽しそうに笑った。
以前までの自分は、精霊というものを理解していなかった。だからせっかくの精霊弓技も、オーラを属性に染める程度の使い方しか、出来ていなかった。それゆえに放った矢も自分自身が制御しなければならず、アルビスのように多くの精霊矢を留め、かつ自由に動かすなんて芸当は、到底できなかったのだ。
しかし、友の導きと、その後に目の当たりにした本当の精霊魔法により、グレンは精霊弓技のコツを掴んだ。
(本当に、貴女には感謝しかないよ、メイベル女史……!!)
思い出す。あの素晴らしいおっぱい――じゃない! メイベルが行使した高位の精霊魔法を。まるで生きているかのように、自分たちの意思で躍動するおっぱい――じゃない! 精霊たちを!
精霊というのは、ああいうものなのだ――と理解できた時、グレンの中に足りなかった最後のピースが埋まったような気がした。
メイベルとイオの戦いに関しては、割とメイベルのおっぱいしか見ていなかったグレンだが、意識の一割くらいでは、きちんと精霊魔法も観察していたのだ!
そうして掴んだ、精霊弓技のコツ。
それを遠慮なく実践する機会を得て――――グレンは、グレンダ・フォン・ローレンツは、その才能を開花させていく……!!
(いける……!! まだまだできる! もっともっと……! もっと、やれる……!!)
矢を放つ。
精霊弓技――【
飛び出した緑色のオーラの矢は、弾けた。
弾けて無数の矢と化し、そして普通の矢の軌道でも、規則的な矢の軌道でもなく、それぞれが自由な意思を持ち動いているかのように、複雑で規則性のない軌道を描いて飛んでいく。
「「「――――!?」」」
風精の矢たちは、押し寄せる無数の触手を掻い潜り、偽女神の本体たちへちょっかいを出し始めた。
とはいえ、そのダメージは少ない。当たったところで、偽女神たちにとっては、一瞬で治癒できる程度の掠り傷に過ぎない。けれど、目や顔などを狙われれば、ダメージは無くとも鬱陶しく感じるのは間違いないだろう。
(そうだ! 君たちはそれで良い! 風の精霊は自由で、悪戯好きだ!)
風精の矢のちょっかいにより、僅かに、けれど確かに、偽女神たちの攻勢が鈍る。
その隙に、グレンはまたしても特別な矢を放った。
精霊弓技――【
放たれたのは水属性の矢。
それは無数に分裂すると、グレンたちと偽女神たちとのおよそ中間で停止し、その場でくるくると回り出した。
オーラの矢は瞬く間に変形し、形を変えていく。そうして生まれるのは、矢とは似つかぬ、拳大の球形オーラだ。
水色の球形オーラは高速で自転しながら空中に留まると、その場で襲い来る触手を待ち受けた。
そして、ぱしんっ!! と、鋭く打擲の音を響かせて、数多の触手を弾いていく。
「「「――――!?」」」
触手を弾くことが可能だと分かると、球形のオーラたちは、まるで踊るようにゆっくりと移動し始める。そこへ吸い込まれるように触手は衝突しては弾かれていく。
グレンが触手の動きを瞬時に判断し、その軌道上にオーラを移動させているのか?
――否。
(好きに踊ってくれ、水精の麗しきレディたち!)
グレンに水精の矢を操作している自覚は、もはやない。
精霊矢とはただ属性を乗せるだけの矢に非ず。その名の通り、精霊を宿す矢のことだ。仮初めの自我を与えられた精霊という名のエネルギー体は、それぞれの性格に従って、自由に動く。
そこにグレンの意思が介在することはあっても、操作する必要はない。
「ふふっ! 何だか……楽しくなってきたよッ!!」
水精の矢が無数の触手を弾くことによって、偽女神たちの攻勢、その圧力がさらに減少する。
グレンは作り出されたこの隙に、またしても新たな矢を放つ。
「真似してみるか……ゲイル師の技っ!!」
精霊弓技――【
射角を高く取り、天へオーラの矢を射ち上げる。
空高く飛び上がったオーラの矢は、放物線の頂点で、バラリと無数に分裂した。
そうして雨の如く、偽女神たちに降り注ぐ小さな矢たち。
「「「――――!?」」」
内包されたオーラ量から、恐らくは喰らったところで大したダメージはないと、偽女神たちは防御を選択しなかった。
その推測は間違ってはいない。
事実、偽女神たちの全身に突き刺さったのは、一つ一つが矢というより小さな棘のような大きさで、深く突き刺さることもなかったのだから。
しかし、次の瞬間、土精の矢はその真価を発揮する。
まるで植物の根のように、オーラを偽女神たちの体内へ侵食させていったのだ。
その結果、偽女神たちの動作が鈍る。まるでオーラの侵食を受けた部分が、石になってしまったかのように。
「やあ、レディたち……狙い射ちするには絶好の機会だね?」
偽女神たちは体内に侵食したオーラを追い出そうと、自らのオーラを操り抵抗する。そしてそれは、僅か数秒もあれば問題なく成し得ただろう。
だが、数秒もあれば、グレンが特大の一撃を放つには十分過ぎた。
引き絞った弓の間に、赤々と燃え上がるような光を発する、紅蓮の矢が生まれる。
直後、グレンは矢を放った。
精霊弓技――【
「――――!?」
矢の軌道は火線となり、その残像だけを偽女神の目に焼きつけた。
グレンが弓の弦から左手を放した瞬間には、すでに火精の矢は偽女神たちの一体へ、深く深く突き刺さっており――、
「――さようなら、レディ」
直後、偽女神の全身は油に浸された布が着火されたみたいに、一瞬にして、激しく燃え上がる炎に包まれた!
「――――!!」
偽女神が悶え苦しむように激しく身動ぎ、そして絶叫をあげる。
だが、それも長い時間ではない。火精の炎は偽女神の全身を貪欲に喰らい尽くし、程なく、その肉体を崩壊させ、魔力還元へと導く――。
グレンのその一撃は、かつて見たアルビスの一撃を、明らかに上回っていた。
グレンは次なる矢を準備しながら、どこか遠く、ここにはいない誰かへ向かって、呟く。
「寂しいものだね……友であり、師でもあった君を超えてしまうというのは……アルビス」
それは、僅か一瞬の、気の緩み。
次の瞬間、グレンは友の声を聞いたような気がした。
――まだだッ!! 油断するなグレンッ!!
「――――え?」
見えたのは一瞬。
土精の矢を自身のオーラで打ち破った偽女神たちが、動き出す。
だがそれは、今までの動きとはまるで違っていた。
――ボッ!!!
と、まるで黒い颶風が吹き荒れたような、あるいは黒い何かが勢い良く爆発したような。
グレンたちの視界を黒く蠢く何かが覆い尽くし――、
「――――ヅッ!!?!?」
間一髪、オーラによる防御が間に合ったのは、たゆまぬ鍛練の証だ。
しかし、オーラによる防御もその衝撃を防ぎ切ることは叶わなかった。
訳も分からず激しく吹き飛ばされ、宙を舞い、地面に叩きつけられ、そして何度か転がり、ようやく停止する。
「――グレン!!」
「グレン! 起きてっ!!」
(……あ、え? 皆……空?)
グレンが気づいた時、視界には空が広がっていた。
意識を失っていたのは、わずか数秒だ。だが、戦いの最中に意識を失っていたという事実にぞっとして、グレンは全身に走る痛みを無視しながら、素早く体を起こした。
そこでは――、
「み、皆……ッ!!」
仲間たちがグレンを護るように周囲を固め、必死で武器を振るっていた。
その姿に、全身から流血する満身創痍のその姿に、グレンは息を呑んだ――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます