第278話 「獣神特化」


 第三変化――【獣神特化】


 いまや全身にオーラを纏い、完全な獣の形態と成った彼女たちは、触手の拘束を解いて地面に降り立つ。


「「「――――!?」」」


 対する偽女神たちは、高速で触手を再生しながらも、驚愕混じりの困惑に襲われていた。


 今、何をされて触手を破壊されたのか? なぜ、触手は木っ端微塵に吹き飛んだのか?


 ――答えは単純だ。


 彼女たちは全身へ纏った分厚いオーラの一部を爆発させ、触手の拘束から力ずくで逃れたに過ぎない。


 しかし、それは言うほど簡単なことではなかった。


 少なくとも、体の一部をオーラで覆っただけの、第二変化までの彼女たちでは不可能だっただろう。あれだけの威力の爆発を肉体の至近で起こしては、自分も無事では済まないからだ。


 だが、全身をオーラで覆った状態ならば、それも可能だった。


 無論、それは魔力の消耗が激しいということを意味する。しかしどちらにしろ、こうせねばあのままやられていたのは間違いない。


 かくなる上は、自分たちの魔力が尽きる前に偽女神どもを駆逐しなければならないと、彼女たちは覚悟した。


 そうして今にも飛び掛からんとするかのように、四肢を曲げて身を低くする。


 その姿に、偽女神たちは息を呑んだ。


【獣神特化】へ至った彼女たちの姿は、人と獣の不格好な中間だった先ほどまでとは違う。それはこの世界でも、人を含めた食物連鎖の頂点に君臨する獣の王の似姿だ。


 そう、百獣の王と呼ばれる獅子……ではなく。


 自然界では人間以外にそれを殺せる動物はいないと謳われるほど、並外れた身体能力を持つ虎……でもなく。


 生まれながらに人間に奉仕されることを約束された、獣の中の貴族……、


「ふしゃーっ!!」

「にゃあんっ!!」

「なぁあおうっ!!」


 それは大きな猫の形をしていた。


≪白百合乙女団≫はネコである。タチではない。深層心理に刻み込まれたその性質が、彼女たちを猫の形に変化させた――のかどうかは定かではないが。


 しかし、猫の姿に変化したこと自体は、間違いというわけではなかった。


 ゆらゆらと、オーラで出来た長い尾剣を揺らしつつ、偽女神たちと睨み合う――のは、僅かのこと。


 次の瞬間、猫どもは「にゃっ!!」と一斉に走り出した。


 地面を跳ねるように、全身を躍動させながら凄まじい速さでジグザグと疾走する。


 そんな彼女たちへ勢い良く突き出される触手。再び自分たちを捕らえようとする無数の触手たちは、逃げ場などないほどに四方八方から彼女たちへ迫った。


 それらを回避――――できない。


 触手の数は膨大であり、その動きは目視するのも難しいほどに素早く、そして触手を繰り出す偽女神たちは狡猾かつ巧緻に触手を動かした。


 第三変化を迎え、先ほどまでより遥かに高い身体能力を発揮する彼女たちと言えども、それら全てを回避するのは不可能だった。


 押し寄せる触手が猫どもを捕らえ、そして――、


「にゃっ!!」


「――――!?」


 するりっと、触手の拘束をすり抜ける。


 偽女神は拘束から抜けられた事実に、そして何より、その際に触手から感じた奇妙な手応えに困惑した。


 あるいは音速を超えて視界外から打ちつけられた触手に、パンッ!! と弾かれ宙を舞った彼女たちは――、


「にゃんっ!!」


「――――!?」


 くるりっと回転すると、しゅたんっと、何事もなかったかのように着地する。


 人体など一撃で木っ端微塵にする威力の鞭打を喰らっても、ほとんどダメージがない。


 なぜか?


 全身に纏った分厚いオーラが鎧の役割を果たしたのか?


 もちろんそれもあるが、それだけではなかった。彼女たちのオーラの肉体は、鞭打の威力を全身に分散させ、吸収したのだ。そう、あたかも水の如く。



 我流獣技――【猫体液身】



 きっと誰もがご存知だろうが、猫の体は液体である。彼女たちはできる限り、オーラで猫の形だけではなく、その特性をも模倣した。


 すなわち、全身を覆う分厚いオーラは、液体のように容易く形を変え、衝撃を吸収するのだ。だからこそ、触手の拘束からも簡単に逃れることができた。


 そして――彼女たちは数多の触手を乗り越えて、偽女神たちの至近へ迫った。


 とんっと、軽やかに、高く跳躍。


 偽女神本体を間合いに捕らえた猫は、振り上げた右前足を目にも止まらぬ速度で叩きつけた!


「ふしゃあっ!!」



 我流獣技――【猫パンチ】



 全ての人間を魅了してやまないぷにぷにの肉球は、彼女たちにも備わっている。


 おまけにそれは、本物の猫よりも遥かに巨大な肉球だ。


 そんなものを、高速で繰り出されたら、どうなるか?


 そう、幸せになって、昇天するだろう。それは偽女神と言えど、例外ではなかった。



 ボパンッ!!!!



 と、【猫パンチ】を喰らった偽女神の全身が、木っ端微塵に吹き飛んだ。


 巨大な肉球は偽女神に叩きつけられた瞬間、そのエネルギーの全てを衝撃力へ変換し、爆発した。無論、一度の【猫パンチ】で肉球どころか足を一本失う始末だが、それもまたオーラに過ぎない。【猫パンチ】を放った彼女は、地面に着地するなり、すぐさま右前足にオーラを注いで再生した。


 一方、粉々に吹き飛んだ偽女神は、再生することなく魔力還元が始まっている。


「「「――――!!」」」


 偽女神たちの判断は迅速だった。


 自分たちの触手という選択に対抗するために、この「敵」たちはオーラで完全に肉体を覆うという選択をした。


 その結果として、事実、自分たちの攻撃は有効でなくなってしまっている。


 ならば、もはや触手に拘るのは危険なのか?


 ――否。


 触手による拘束は難しくはなったが、多くの魔法を封じられた現状、この形態はやはり効果的なはずだ。しかし、再生のために常時治癒術を展開するのは間違いだ。


「敵」どもの全身を覆う分厚いオーラ。そして先の一撃に込められた膨大なオーラ。


 二つの事実から、偽女神たちは最適な選択を導き出す。


 空間魔法――【空間結界】


 瞬時に伸ばした触手を縮めると、偽女神たちは己の周囲を【空間結界】で囲った。


 その真意は、「敵」どもの自滅を誘うためだ。


 今も「敵」どもは一秒が過ぎるごとに大量のオーラを消費している。ならば自分たちは防御に徹しているだけで、「敵」はいずれ魔力が尽き、継戦能力を喪失するだろう――と。


 それはまさにその通りではあったが、しかし、そう甘くはなかった。


「にゃぁあん」


 王者のように鳴き、一匹の猫が結界に閉じ籠った偽女神たちに近づく。


 その猫は、他と違って黒い色をしていた。



 第三変化――【獣神特化・重王形態】



 重属性のオーラを纏った黒猫は、「黒月」を内包した尾剣をするりと伸ばした。


 伸びる。伸びる。伸びる。


 まるで偽女神たちの触手のように、するすると伸びていく黒き尾剣は、優に十メートルを超えるほどの長さまで伸びて――、


 ひゅんっ!!


 と、目にも留まらぬ速さで振るわれた。



 我流獣技――【尻尾ふりふり】



 バキャンッ!! とけたたましい音を立てて、偽女神たちの【空間結界】が斬り裂かれる。


 ガラスが砕け散るように消えていく結界。


 そこへ――、


「「「にゃぁあんっ!!」」」


「「「――――!?」」」


 結界が消えるのを待ち構えていた猫どもが、一斉に飛び掛かった。


 そして繰り出される【猫パンチ】。


 偽女神たちが全て駆逐されるのが早いか、それとも彼女たちの魔力が尽きるのが早いか。


 戦いは新たな展開を迎えていた――。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る