第276話 「超賢者時間」
ガロンたちのユニオン・スキル【鉄壁】のお陰で、空間魔法の一斉掃射という最悪の事態は免れていた。
しかし、空間魔法や射撃系魔法無しでも、偽女神たちの強さは本物だ。
全身に重属性付与を施し、両腕を剣へ変えて近接戦闘を挑んでくる。
魔法だけではなく多種多様なスキルを使いこなす偽女神たちに、≪木剣道≫の面々はパーティー単位で挑み、一体、また一体と討伐していく。
だが、それは偽女神たちへの牽制攻撃で戦う数を制御し、パーティーメンバーによる連携で、何とか討ち取っているに過ぎない。
戦闘の開始からずっと、≪木剣道≫の面々は全力で戦い続けていた。
当然、その消耗は激しい。
最初に限界が訪れたのは、≪剣舞姫に蔑まれ隊≫&≪剣舞姫に踏まれ隊≫――つまり、八人の豚たちであった。
「ぶひぃいいいいいいいいいいッ!!」
致命傷となる、偽女神の斬撃を何とか剣で、あるいは杖で受け止める。
しかし、その圧倒的な膂力から繰り出される一撃は、容易く豚たちを吹き飛ばした。加えて、時には斬撃ではなく――なぜか斬撃以外は防がずに肉体で受け止めるという、豚どもの奇妙な習性に気づき、偽女神たちは敢えて打撃を繰り出した――それら容赦のない拳や蹴りが豚どもの全身を打ちつけ、彼らを派手に吹き飛ばす。
不幸中の幸いなのは、彼らが戦っている場所はガロンたちの【鉄壁】の効果範囲内であり、魔法攻撃が著しく制限されていることだろう。
それがなければ、とっくに全員やられていてもおかしくはなかった。
だが、頼りの綱であるガロンたちも、いつまでも持つというわけではあるまい。すでに≪木剣道≫の面々は息つく間もない全力戦闘を十数分にも渡って続けており、戦闘開始すぐのような勢いは、徐々に翳りを見せていた。
すでに数十体の偽女神は討伐している。
それでもまだ、半分以上の偽女神たちが健在だった。
「ぶひょるぅぁあああああああああああッ!!」
ドッゴンッ!!! と、人間の肉体が発してはいけない盛大な衝撃音を響かせながら、また一人と、強烈な拳打を喰らった豚が吹き飛ばされ、飛沫を上げながら地面を幾度もバウンドしていく。
彼らはすでに、服など襤褸を超えた木っ端微塵の布切れと化して散っており、惨めな全裸と成り果てていた。
しかし――、
「き、きた……!! 来たでござるよぉおおおおおおおおッ!!」
彼らの特性を忘れてはいけない。
敵からのダメージを「フィオナからの責め苦」へと脳内変換することにより、ダメージを快楽へと変えてしまう、常識外れの戦技(?)があるのだ。
我流戦技(?)――【ラブ・チェンジャー】
積み重なった快楽は、彼らを精神的絶頂へと導く。そして……、
「ふぉおおおおおおおおおおおおッ!!」
その場でブリッジした豚の一人が、空へ向かって勢い良く腰を突き出した。
そこから、白く光り輝く何かが一直線に舞い上がり――そして、弾けて雨のように降り注いだ。
オリジン・マジック――【
白き慈愛の光は豚たちの全身に降り注ぐと、急速に傷を癒し、さらには持続治癒と身体能力上昇のバフ効果までも付与する。
傷の癒えた豚たちは、ぶひりっと立ち上がった。
「これで、まだまだ戦えるでござるよ……!!」
「拙者たちの弾が簡単に尽きると思ってもらっては、困るでござる……!!」
「拙者たちは限界のその先へイケるなら、今日、ここで死んでも構わない覚悟でござるゆえにっ!!」
「「「――――!?」」」
そして豚たちは――いや、己の業を真正面から受け止め、それを究めんとする修羅道を突き進む漢たちは、再び、果敢に偽女神たちへ挑みかかっていく!
何度倒しても倒しても、まるでアンデッドのように起き上がる漢たちに、偽女神たちは、今では微かな動揺を隠せないでいた。
どうしてここまで戦えるのか?
何がこの豚人間たちを掻き立てるのか?
理解できない。理解できない。理解できない……!!
それゆえにおぞましい何かを反射的に遠ざけようとするが如く、偽女神たちは激しい打撃を繰り出しては、幾度も豚たちを吹き飛ばしていく。
やがて、当然のようにその時は来た。
「「「ぶっ、ぶひぃいいいいいいいいいいいいいッ!!」」」
8人全員が、ほぼ同時に精神的絶頂へ達する。
ブリッジからのオリジン・マジック&戦技。
絶頂と共に放たれるそれらは、通常時の攻撃とは一線を画する強大な力を秘めている。
「「「――――!!」」」
豚たちと相対している偽女神たちは、思わず身構え、障壁に全力を注いだ。
だが……、
「……ぶ、ぶひっ!?」
「ば、バカな……弾切れ、でござるだと!?」
チョロっと。
力なく放物線を描く魔法とオーラ。
愕然とする豚たち。
放たれたのは、それまでのレーザーのごとき迸りではなく、まるで飛沫のごとく力のないそれであった。
天へ届いて雨のように降り注ぐどころか、たった数センチ進んだところで力なく落下へ転じ、ぱたりと地面へ落ちる。
――それも当然だった。
彼らはこの戦闘中、すでに何度も絶頂を繰り返していたのだ。
僅か十数分という短時間に、一人当たり8回を超える絶頂。
「ぐう……ッ!?」
「し、心臓が……!?」
豚たちは胸を押さえて苦しんだ。
短時間での複数回に渡る連続絶頂。それは彼らの心臓に大きな負担を強いていた。
魔力はまだある。つまり、弾切れなどではない。しかし、肉体の方が先に限界を迎えてしまったのだった。
「――――?」
「――――」
「――――!!」
どうやらもう、起き上がっては来ないようだぞ? ――と、偽女神たちは察した。
その瞬間、慈愛の微笑みをニタリと邪悪なものに変化させると――一気に襲いかかってくる!
「ぶひぃいいいいいいいいいッ!!?」
「ぶひょるるるぁあああああああああッ!!?」
「ぶひぃッ!? ぶひぃッ!? ぶひゃぁあッ!!?」
倒れた豚たちを容赦なく蹴り飛ばし、殴り飛ばし、髪を掴んで無理矢理起き上がらせては、吹き飛ばないように髪を掴んだまま何度も殴りつける!!
豚たちも最低限、オーラや魔法で防御するが、それも焼け石に水に過ぎない。豚たちの力ない防御など容易く貫いて、偽女神たちの攻撃が、彼らに深刻なダメージを蓄積させていく。
(き、気持ち良さが、感じられないでござる……!!)
【ラブ・チャンジャー】が発動しない。
過ぎたる行為はただただ苦しいだけのもの。
――危機。
豚たちは命の危機に瀕していた。
偽女神たちの為すがまま、肉体を痛めつけられながら――このまま、その命が果ててしまうのかと思われた……その時!!
(((…………!!)))
死を目前にした彼らは、新たな領域の扉を開くことになる。
感じたのだ。自分たちの意識が、認識が、明確に変容されていくのが。感覚はどこまでも研ぎ澄まされ、感情や苦痛、何かへの執着が取るに足らないもののように思えてくる。どこか遥か高みから、現実を俯瞰しているかのような意識の分裂感。
絶頂に次ぐ絶頂に次ぐ絶頂のその先へ――――今、至る。
消える。
彼らの性欲が、煩悩が――――消える!!
「ああ……!!」
殴られながら、蹴られながら、彼らの表情から強張りが消えていく。そうして浮かぶのは、他者に感情を悟らせぬアルカイック・スマイルだ。
「ああ……!!」
今、偽女神が再び自分を殴ろうとしているのを察する。拳が顔面に到達するまで、一瞬にも満たない刹那の時間だろう。しかし不思議なことに、彼はまるで、時が止まっているかのようにそれを認識することができた。
パンッ!!
と、繰り出された拳を左手で受け止める。
重属性付与された鉄塊よりも硬い拳に、オーラを纏った拳打だ。人間の身体能力で、簡単に防げるような威力ではない。
だが、彼もまた左手に重属性のオーラを纏うと、確かにその拳打を受け止めてみせたのだ。
「もう、それは結構です」
アルカイック・スマイルを浮かべたまま、諭すように告げる。
次の瞬間、彼の右手に握られていた重属性木剣――「黒月」が、ゆるりとした動作で突き出された。
「――――!?」
決して速くはない。
なのに、剣先が心の臓を貫くまで、偽女神は反応できなかった。そこには一切の敵意も、殺意もなかったのだ。まるで、食卓に置かれた調味料に手を伸ばすかのような、何気ない動作。
豚を殴るために障壁を消していたのが仇となった。
まるで肉体を構成する細胞と細胞の間に滑り込むかのように、するりと胸に突き刺さった「黒月」。
偽女神がそれを抜こうとするよりも速く、彼は剣技を発動した。
木剣道流剣技――【重轟刃】
ボバンッ!! と、偽女神の肉体が体内から爆ぜる。
胸から上を木っ端微塵に吹き飛ばされて――しかしそれでも、偽女神は死なない。
すぐさま再生しようと肉体の断面を蠢かせる偽女神に、彼は――、
「大人しく死んでいなさい」
ヒュンッと、再び剣を振るった。
ただし、直接は斬りつけない。
木剣道流剣技――【重牙轟連刃】
虚空を掻いた剣線から大量のオーラが放たれ、それはすぐさま無数の刃と化す。
黒き小さな刃たちは、するりと空中を滑り、再生中の偽女神を囲んだかと思うと、次の瞬間――トトトトトッ!! と、一斉に偽女神に突き刺さった。
直後、爆発。
至近からの黒きオーラの爆炎を、全身に纏ったオーラの鎧で防いで、彼は冷徹な光を瞳に宿し、攻撃の結果を見届けた。
「ふむ……どうやら、これくらい肉体を破壊すれば、さすがに再生はできないようですね」
偽女神は再生することはなかった。
木っ端微塵に吹き飛んだ肉片が、すでに魔力還元されて光の粒子へと変わっているから、倒したことは確実だろう。
彼はひび割れ、もはや壊れかけたメガネをクイッと指で動かすと、その位置を調整した。
「それにしても、この状態ならば【連刃】と、さらにその合技まで使えるとは。となると……」
元々彼は、まだ【連刃】を使うことはできなかったはずだ。しかし、それが急に可能になったのは……。
と、視線を仲間たちへの方へ転じる。
その瞬間、自分たちを襲っていた残り二体の偽女神が、勢い良く吹き飛んだのが見えた。
オリジン・マジック――【インフェルノ・ブレイズ=バレット・フォーム】
オリジン・マジック――【タイダル・ウェイブ=レーザー・フォーム】
放たれたのは炎と水。
本来、高温かつ巨大な炎を生み出す代わりに、その場から動かすことのできないはずの【インフェルノ・ブレイズ】。そして大量の水で敵を押し流し、あるいは圧殺するための【タイダル・ウェイブ】。
火魔法と水魔法の中でも、特に変化の難しい魔法で、それらを弾丸、あるいはレーザーのような水流へと変化させることは、イオ・スレイマンでさえ成功したことはなかった。
それを可能としたのは、無論、彼の仲間たちだ。
『賢者』とは違い、それぞれ火術師と水術師という専門職ゆえに可能となったのだろうが、それでも今までの仲間たちなら、あそこまでのことはできなかった。
それが急に可能となったのは、おそらく……、
「私と同じ状態へ至った……ということですかね」
吹き飛ばされた偽女神ども、その肉体は半分ほども失われ、もはや原型を留めていない。しかし、止めを刺すのは間に合わなかったようで、続く追撃を偽女神たちは再生しながら【空間障壁】を展開して防いだ。
その隙に、彼は自分と同じように立ち上がった仲間たちのもとへと合流する。
仲間たちはアルカイック・スマイルを浮かべた顔で、彼を出迎えた。
「どうやら、皆も私と同じ状態へ至ったようですね」
「ああ、そのようです」
「まるで生まれ変わったような気分ですよ」
「魔力が、オーラの通りが今までにないほどスムーズだ。これなら、今まで出来なかったこともできる」
「感覚もやけに鋭敏です。何もかもが手に取るように
肉体の再生を続ける偽女神たちに、追撃することもなく話し込む。
余裕を見せているのでも、慢心しているのでもない。ただ分かるのだ。今の自分たちにとって、偽女神たちは脅威にはなり得ないと。
「ふむ……私たちのこの状態、名付けるとするならば……」
今まで意識の8割以上を常に占めていた性欲と煩悩が消えたことで、意識の10割を戦闘へ向けることが可能となった、この状態。
それを彼らは、こう名付けた。
「
それは滅多に見ることは叶わない、性欲と煩悩に封印されていた、彼らの本来の姿。
「さて、それではさっさと、戦いを終わらせましょう」
「「「了解」」」
余裕に満ちたアルカイック・スマイルを浮かべ、彼らは再生を終えた偽女神たちに向き直った――。
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