第228話 「勘弁してくださいっ!!」


 アリシア・ゲイルは村に住む少年少女たちにとって、絶対的なガキ大将として君臨していた。


 幼い頃から度を越したやんちゃで、喧嘩っ早く、年上の少年たちと喧嘩になっても無敗を誇っていた。子供の頃は女の方が成長が早いこともあり、体格面でも同年代なら有利、少し年上でも同等くらいの身長だったからだ。


 それでいてアリシアは、喧嘩が上手かった。


 喧嘩の上手さとは、極論してしまえば「躊躇いの無さ」だ。


 子供の喧嘩に高等な技術なんて必要ない。他人を、そして急所を攻撃することに躊躇いを覚えない者ほど喧嘩での勝率は高かった。


 その点、アリシアは図抜けていた。


「――シャアーっ!!」


 と、村の悪ガキどもと目を合わせて数秒、戦いの火蓋を最初に切るのはいつもアリシアだった。


 殴り合いの喧嘩になるかならないか、普通ならば互いに探り合いを始めるべきところ、アリシアは一瞬の躊躇もなく殴りかかる。


 真正面から不意を突かれた悪ガキどもは反撃もままならず、暴君アリシアの前に膝を屈していくのが日常の光景であった。


 しかし、悪ガキどももやられてばかりはいない。


 アリシアの暴虐に対抗するべく、時には徒党を組み、時には待ち伏せ、時には不意打ちし、バキバキに折られた悪童としてのプライドを取り戻すべく、幾度も戦いを挑んだ。


 普通ならば、悪童たちの勝利は揺るぎなかっただろう。


 だが――――アリシアに与えられた暴力の才能は悪童たちのそれを遥かに凌駕していた。


「囲んだていどで私をたおせるかぁああっ!!」


 砂による目潰し、男ならば耐えることのできない急所攻撃――金的、人数で囲んでアリシアを背後から拘束しようとした悪童は容赦ない噛みつきによって負傷し、対するアリシアはこの頃いつも持ち歩いていた『聖剣ブラッディベル(訓練用の木剣)』を堂に入った構えで振り回す。


 ――アリシアは多対一でも悪童たちに勝利した。


 この時、アリシア十一歳。カルツ村の永世名誉ガキ大将が誕生した瞬間である。


 この戦いは「亀丘の戦い」としてカルツ村の少年少女たちの間で語り継がれることになる……。


 一方、全ての悪童たちを傘下に収めたアリシアだが、両親たちは楽観していた。今はまだ男勝りでやんちゃな娘だが、これからさらに成長していけば、男女の筋力差は残酷にも開いていく。そうなれば同年代の少年たちにも勝てなくなり、自然と女性らしく成長していくだろう……と。


「父さん母さん! 私、将来は探索者になるからっ!!」


 ――ならなかった。


 両親たちが期待したようにはならなかった。


 アリシアは探索者になるという夢を実現するため、村の自警団で大人たちに混じって訓練するようになる。両親は幾度も考え直せとアリシアを説得したが、アリシアが心変わりすることはなかった。


「私は田舎で終わるような女じゃないわっ!! 探索者の聖地、ネクロニアに行ってそこでも頂点に君臨してやるの! 世界中に私の名を轟かせてやるわ!!」


 両親に向かってそう語るアリシアの瞳には、一欠片の不安さえ浮かんではいなかった。絶対にそうなるという、確信にも似た自信だけが輝いていた。


「無理だ! 探索者がどれだけ危険な職業か、お前は何も分かっていない!!」


 父が怒鳴るように説得するのにも、しかしアリシアの決意は揺らがなかった。


「危険が何よ! 危険を恐れてちゃあ、偉大なことは成せないわ!! それに諦めさせようとしても無駄よ! ビルたちも私と一緒に探索者になるって言ってるから!」


 ビルたち――というのは、アリシアと同年代の悪童どもである。「亀丘の戦い」でアリシアに敗北した子供たちが、ビルたちであった。


 以前は村の覇権(?)をアリシアと争っていたビルたちであったが、今ではすっかりアリシアの信奉者となり、探索者になるというアリシアについて行く決意を固めている。


 アリシアはビルたちをパーティーメンバーとして、ネクロニアで成り上がる計画を立てていた!


 しかし、父はなおも反対する! 探索者はそんなに甘いものではないのだと。


「そんなに探索者になりたいなら、父さんを倒してからにしろっ!! 父さんにも勝てないようじゃ、探索者になるなんて夢のまた夢だぞ!!」


「上等よっ!!」


 そうして二人は庭で対峙した。


 父のジョブは一般系ジョブの『農夫』。戦闘系ジョブに比べれば微々たるものではあるが、身体能力に僅かな補正が掛かるジョブであり、加えて父は村の自警団に所属してもいる。


 いくらアリシアが強いと言っても、それは所詮子供レベルでのこと。おまけにこの時十二歳のアリシアはジョブを持っていない。どう考えても勝ち目は皆無だった。



「――ぐぅうわぁあああああああっ!!?」



 だが、アリシアの天賦の才は、父の想像を遥かに超えていた。


 目潰し! 金的! ブラッディベル! ブラッディベル! ブラッディベル!!


「しゃーっ!! んなろーっ!!!」


 アリシアは勝利し、股間を押さえてうずくまる父の頭に足を乗せると、木剣を掲げて勝利の雄叫びをあげた。


 ――こうして、探索者になるための障害を着々と排除していったアリシアを阻む者は、誰もいなくなっていった。



 しかし。



 アリシア十三歳の頃、事件が起こる。


 それは――――恋だ。


 アリシアとて乙女。心も体も成長すれば、恋の一つもしたくなるというもの。


 そしてアリシアが恋したのは、近所に住む二歳年上のダリルであった。田舎の村にあって、アリシアの周囲に侍る悪童どもとは異なり、性格は穏和で、優しく、年下の子供たちから慕われていたダリル少年。十五歳になり『農夫』のジョブを得て、最近ではどこか頼り甲斐のようなものさえ感じられる彼に、アリシアは恋をした。


 恋をして――恋を自覚した瞬間、アリシアは行動に移る。


「な、何かな、アリシアちゃん……」


 アリシアはダリルを呼び出した!!


 オドオドと、何事かと緊張するダリルの前で腕を組んで仁王立ちし、アリシアは告白する。



「ダリルぃ! 私と結婚しなさい!!」



「――え゛っ!!?」


 兵は拙速を尊ぶ!!


 交際などと、まどろっこしい真似をアリシアはしない! 彼女はダリルに結婚を申し込んだ!


 そしてその表情には不敵な笑みさえ浮かんでいる。余裕! 彼女には余裕があった! まさか断られるなど、微塵も思ってはいない! なぜなら自分は美少女だから! おまけに喧嘩だって強いし将来は最強の探索者として名を馳せ、金も名誉も権力も手に入れる予定である!


 こんな自分を振る男など、存在するわけがない!!


 アリシアはそう確信していた!!


 一方、アリシアが告白した瞬間、ざわりと、無音の衝撃が走る。


 そこは村の広場。その中心で対峙するアリシアたちを遠巻きにするように、村の子供たちが野次馬として集まっていた。子供たちはダリル兄ちゃんがいったいどう返答するのかと、固唾を飲んで見守っていた。


「は、はわわ……!! あ、姉御……!!」


 中でもビル少年は焦りに焦りまくる。彼はアリシアに惚れていたのだ。アリシアも外見だけ見れば間違いなく美少女。加えて気の強い美少女に虐げられたいという性癖を開花させてしまったビル少年にとって、アリシアはまさに理想の相手だった。


 だが、まさかライバルが現れるとは思っていなかった。なぜならば、アリシアはカルツ村では絶対的な暴君として同年代の少年少女たちの上に君臨しているからである。


 アリシアの中身を知らない初見の男ならいざ知らず、村の人間でアリシアに恋をする人間が、自分以外にもいるなどとは考えていなかった!


 それがまさか、アリシアの方から恋をするなんて!


 はらはらと見守るビル少年と子供たちの前で、ダリルは一度、ぎゅっと目を閉じて開けると、覚悟を決めたような顔で、アリシアの前に跪いた。


 そして懐から何かを取り出すと、アリシアにそれを恭しく差し出す……!!




「こ、こ、こっ……こ、これでっ、勘弁してくださいっ!!」




 ダリルは泣きながら肩を震わせていた!


 アリシアに差し出された物――――それは、もちろん指輪……などではなく! 小袋に入ったダリルの全財産だった!!


 ただ断れば殺されると思ったダリルは、全財産を渡すことで許してもらおうと考えたのだ。


 ダリルにとっても、アリシアは恐怖の象徴だったのである!


 ――こうして、アリシアの恋玉砕事件は幕を閉じた。


 ちなみにダリルはこの二ヶ月後、胸の大きな幼馴染みと結婚することになった。



 ●◯●



 かくしてアリシアは恋から卒業し、探索者として成功を掴むべく、日々鍛練に邁進することになった。


 そうして月日は流れ、およそ二ヶ月前、アリシアは十五歳となる。


 十五歳となったその日に、アリシアは教会で戦闘系ジョブを選択し、『初級剣士』のジョブを得た。


 しかし、十五歳になっても彼女はカルツ村を旅立ってはいない。理由は単純で、彼女がパーティーを組む予定の舎弟たちに、まだ誕生日を迎えていない者たちがいたからだ。


 しかしそれもあと数日のことである。


 三日後にはパーティーメンバーの最後の一人が誕生日を迎え、その翌日には全員でネクロニアへ旅立つことになっていた。



 ――だから、である。



 アーロン少年が姉の『聖剣ブリュンヒルデ』を隠した理由は、剣がなくなってしまえば、姉が村に留まってくれるのではないかと考えたからだ。


 アーロンは姉のことが――もちろん家族としてだが――大好きだった。


 確かに性格は傍若無人な暴君で、よく虐められるし泣かされたが、そればかりではない。優しい時もあったし、一緒に遊んでくれる時もあったし、村の悪童どもに虐められた時、姉は必ず助けに来てくれて悪童どもをボコボコにしてくれた。


 ……まあ、悪童どもがアーロンを虐めていたのは、実は姉であるアリシアに仕返しできない腹いせであったりするのだが、幼いアーロンはそのことに気づいてはいなかった。一生気づかなくて良いだろう。


 ――ともかく。


 そんな姉はアーロンにとってヒーローであったし、憧れだった。


 だからこそ、死亡率の高いと言われる探索者になどなってほしくなかったし、ずっと村にいてほしかった。


「…………」


 そんなアーロンの内心を、アリシアも気づいていた。


『聖剣ブリュンヒルデ』の隠し場所をアーロンから聞き出し、取り戻した後、アリシアたちは家族で朝食を取っていた。


 その席で、アリシアは父に言う。


「ねぇ、父さん」


「ん? どうした?」


「今日は畑の手伝いしなくて良いんでしょ?」


「ああ、後で父さんたちは畑に行くが、今日は自警団の訓練があるし、お前たちは休みで良い。……アリシアも今日の訓練に参加するのか?」


「今日は休むわ」


 と告げて、今度はアーロンの方へ顔を向ける。


「アーロン、今日は川に遊びに行くわよ!」


 にっと笑って告げるアリシアに、ふて腐れていたアーロンは、ようやく機嫌を直して笑った。


「――うん!!」



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