第225話 「黒月」
――次の日からもフィオナが料理をする日々は続いた。
幸いにも「一緒に料理をする」という約束通り、俺も調理を手伝うことによって、フィオナの超次元アレンジレシピは何とか阻止することができ、普通に美味しい料理が食卓に並んでいく。
ただ、蛇やら亀やらサソリやらを俺だけ食べさせられるのには参った。
まあ、とは言っても、ゲロマズ肉片や鉄臭いワインなどに比べれば、だいぶマシだ。
蛇はただの蛇だし、少し癖があって骨が多いだけで、普通に食える。ポーションが必要になるわけでもないのだから、こんなものはただの肉だ。
亀は意外にも、普通に美味しかった。スープにされて出されたが、また食べたいくらいの美味しさだったな。そんな俺をルシアが変質者へ向けるような目で見ていたので、無理矢理スープ食わせてやったら態度は一転し、美味しいと喜んでいた。
サソリは素揚げにされて塩を振った物を出されたが、味も食感も完全に海老だった。いや、身の方ではなく、カリカリに焼かれるか揚げられるかした海老の殻だ。
唯一、完食できなかったのが虎の睾丸である。
丸ごと二個が煮込まれてスープにされたのだが、いやもう臭ぇし臭ぇし、とにかく臭いのだ。絶対料理の仕方が間違っていると思う。というか、そもそも食材ではないと思う。
ともかく。
俺だけ奇妙な食材を食わせられる以外は、実に平和な食卓だった。虎の睾丸だけは食えなかったが、他は全部ちゃんと食べたしな。フィオナにしては普通の料理で安心したぜ。
しかし。
どういうわけか、俺はその日から眠れなくなってしまった。寝ても一時間や二時間で目覚めてしまって、その後はもう眠くならない。
かと言って疲れが残っているかと言えば、そんなこともない。むしろ無駄に街中を全裸で駆け回りたくなるほどに、元気に溢れている。
「――ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」
深夜、街の上空を【空歩瞬迅】で駆け回っても元気を発散し切れなかった俺は、寝ることを諦め、木剣製作に精を出すことにした。
ほぼほぼ一日中、高い集中力を保ったまま、作業に没頭する。
そうして作業開始からたった四日で、なんと全ての作業を終えてしまったのだ。
完成した木剣や、渡す相手に合わせた武器や防具を作業台の上に並べ、最終チェックする。
『重晶大樹の芯木』と『エルダートレントの芯木』を組み合わせた複合木剣&武器シリーズ。
銘は「黒月」とした。
「黒月」シリーズは『重晶大樹』を使っているだけあって、オーラを通すと重量が増して扱いづらいが、「黒白」よりはだいぶ軽いし、使う奴らは全員俺より身体能力が高いからな。超重量武器ゆえの扱いづらさに慣れれば、いちいち魔力を通して軽くせずとも振り回せるようになるだろう。
んで、余裕があったので他にも木剣を作ってみた。
というのも、四家に供出させた『属性大樹の芯木』を使った木剣だ。
全属性の素材が揃っていたので、これで全ての属性の木剣が完成したことになる。
それらは次の通りだ。
『火晶大樹』から――「紅玉」
『水晶大樹』から――「藍玉」
『風晶大樹』から――「翡翠」
『地晶大樹』から――「岩鉄」
『光晶大樹』から――「黎明」
『闇晶大樹』から――「夜天」
『氷晶大樹』から――「白銀」
『雷晶大樹』から――「鳴神」
『重晶大樹』から――「黒白」
『聖晶大樹』から――「秘蹟」
何か作るのに苦労するかと思ったが、まったくそんなことはなかった。
初めて「白銀」を完成させた時と比べても、だいぶオーラの制御力は成長しているし、『重晶大樹』のように特異な性質を持つ素材はあっても、加工に苦労するほどではなかったしな。
「まあ、作ってはみたものの……『黒白』以外はあんまり使いそうにねぇなぁ……」
【邪神】討伐において――だけではなく、基本的に「黒白」が最も性能が高いからだ。一応、それぞれの属性が弱点となる敵に対しては使い道はあるし、「黎明」や「鳴神」はオーラの飛翔が速いという特徴もあるから、まったく使わないということはないだろう。
それにレイド戦などにおいては、「秘蹟」はかなり活躍しそうな性能ではある。
だが、これらが必須かと問われれば、答えは否だな。
そんなことは最初から分かっていたが、それでも作ってみたのは理由がある。それぞれの素材の特性を把握しておきたかったのだ。
というのも……、
「全ての『属性大樹』を組み合わせた複合木剣……どうにか作れないかと思ったが、やっぱ無理だったか……」
そう、俺はとある木剣を作ろうとしていた。
それは全ての属性大樹を組み合わせ、全ての属性を好きに扱える、「俺が考えた最強の木剣」である。
この構想は「白銀」を完成させた時にはすでにあったが、同時に、たぶん作れないだろうという予感もあった。
その理由は、複合木剣である「銀嶺」や「黒月」に組み合わせている素材が、属性を持たない「エルダートレントの芯木」である時点でお察しだろう。
属性とは魔力やオーラを特化させた状態のことであり、それゆえに二つ以上の属性が融合することはあり得ない。すなわち、複数の属性大樹を組み合わせたところで、属性に染まったオーラ同士が反発するか、あるいはオーラの属性が上書きされてしまうのだ。
よって、二つ以上の属性大樹を一本の剣に用いるのは、意味がないどころか弱体化にしかならない。
それに全属性の複合木剣が完成しないこと以外にも、実は今、俺には一つ懸念があった。
極技にも耐え得る「黒白」であるが、果たしてローガンとの戦いで使用した「白金の剣」化した時にも、崩壊せずに済むかという問題だ。
たぶん、無理だろうというのは薄々と理解しているが、【邪神】と戦う前に確認してみなければならないだろう。
できれば、「白金の剣」化にも耐えることのできる究極の剣が欲しいものだが……今のところ、作れるような気はしなかった……。
都合良く「属性大樹の芯木」よりも上位の素材とかあれば良いのにな。
世界樹とか、神樹とか……。
●◯●
――んで、その日の内に。
俺はさっそく出来上がった「黒月」シリーズを持って≪木剣道≫の工房へ行き、イオにそれらを渡した。
重属性武器は完成したが、明日は用事があって顔を出せないことをイオに伝えて、後のことを頼んだ。
それから一夜明けて翌日。
俺とフィオナとルシアは、早朝からネクロニア郊外、北に広がる草原地帯の一角に転移魔法でやって来ていた。
目的は「白金の剣」化に「黒白」が耐えきれるかどうか、ルシアの意見を聞くためだ。もう『重晶大樹の芯木』は無くなってしまったので、まさか実際に「黒白」で試すというわけにもいかない。
「黒白」は一本しかないから、壊すわけにはいかないのだ。
それで人気のない場所を選んで「黒耀」を取り出し、オーラを注ぎ込んで「白金の剣」化する。
キンッ! という涼やかな音を立てて、「黒耀」は白金色の光で出来た剣へと変わった。それを見て目を丸くするフィオナとルシアの前で、俺は剣を振るう。
手の中から剣が跡形もなく消失したのと同時、無形の斬撃が前方へ向かって静かに走った。
――静寂。
影響は何もない。
自然の風以外で、大気に微かな揺れの一つも起こらない。
「…………良し」
どうやら成功したようだ。これ自体にまったく意味はないが、「何も斬らない」ように斬撃を飛ばしたのだ。
たぶんだが、地下の【神殿】でローガンに放った技には、この技術が必要だと推測している。
斬るものを選択するとは、それ以外のものを斬らないことでもあるからだ。
具体的に何をどうしたのかと聞かれたら困る。理論立てて説明できるようなものではなく、酷く感覚的な技術なのだ。たぶんだが、剣を振る前、事前に剣自体の性質を変えているのだと思う。
この一歩先の技術が、おそらくローガンに放った魔力を斬る斬撃になるはずだ。
――まあ、それはともかく。
「どうだった?」
背後を振り向いてルシアに問う。
ルシアとフィオナはしばらく、ぽかんと口を開けて固まっていた。
やがて、最初に我に返ったルシアが口を開く。
「……今、なにしたの?」
「ああ、そいつは――」
と、俺は何も――空気すらも斬らないように斬撃を飛ばしたことを説明した。
「えぇ……? なによ、それ……」
フィオナが酷く困惑したように呟く。
だが、ルシアは逆に、何か合点がいったように頷いた。そして説明し始める。
「ん、今のアーロンの言葉で、だいたいわかった。やっぱり、さっきの状態になったら、重晶大樹の剣でもたえられないとおもう」
「ふむ……何か耐えられる素材とかないのか?」
「ない」
ルシアは、はっきりと断言した。
「なぜなら、白金色にかがやいた時点で、すでに剣を構成しているぶっしつは崩壊しているから」
「…………どういうことだ?」
「白金の剣」化は切り札だ。さすがにしっかりと理解できるところは理解しておきたい。俺はルシアに詳しく説明してくれと頼んだ。いや、知ったかぶりとかしたことねぇけど。
「おそらく、さっきの状態は、剣の質量をエネルギー化している。ただ、エネルギーといっても、熱ではなく事象改変エネルギー。魔力ではなく、たぶんオーラにちかい性質のものだとおもう」
「……続けてくれ」
「あれが物質の熱量変換だったら、ここからネクロニアまでふきとばす規模のだいばくはつがおきているはず。そしてそれは制御できない。でも、アーロンはあれを制御していたようにみえた」
「ふむ……」
「そしてあれがオーラだとしたら、さっきみたいな、『何も斬らない斬撃』というのは放つことができないはず。それは『魔力だけを斬る斬撃』もおなじ。オーラは魔力に物理干渉するという性質をくわえたものだから」
「確かにな……」
「つまり、あれは魔力とオーラの中間みたいなそんざい、だとおもう。剣という質量を消費して、エネルギーをふやし、エネルギーを制御できる範囲で、のぞむ事象を発生させる…………たぶん、それがあの技の正体」
「……つまり、『黒白』でも『白金の剣』化したら、崩壊するってことか」
「……さいしょからそう言ってる」
ルシアがジト目で睨んできた。
おいおい、まさか俺が話聞いてなかったと思ってる? それは舐めすぎってもんだぜ?
「ルシア、お前の説明でだいたい理解した」
「…………」
「おい、その欠片も信じてない目を止めるんだ。つまり、こういうこともできるんじゃないか?」
俺はルシアの説明を聞いて、もしかしたらできるんじゃないかと思ったことを説明していく。
全ての話を聞き終えて、しばらく考え込んでいたルシアは、顔を上げると目を丸くして言った。
「おどろいた。アーロンはまれにかしこい」
「ん? はは、どういう意味だコラ」
こめかみグリグリすんぞ?
「言葉通りのいみ。だけど……たしかに、アーロンのいったことは、可能性があるとおもう。ただ……魔力だけを斬るより、ずっとむずかしいとおもうけど」
「まあ、そうだよな……」
せっかく究極の剣を作れるかもしれないと思ったが、【邪神】を倒すまでには到底間に合いそうもないな。
その時はもう仕方ないと諦めるしかないか。
だが、収穫もあった。ルシアの説明を聞いて「白金の剣」がどういうものなのか理解が深まったおかげで、色々と応用技の見当もついてきたからだ。
不測の事態にも対応できるよう、できることは増やしておきたいしな。
――ともかく。
その後、俺たちは確認も終えたので、ルシアの転移魔法でネクロニアへ戻った。
●◯●
家に戻った後、俺は万が一のことを考えて属性大樹の木剣や「黒耀」のスペアを作っておくことにした。さっき考えた「アレ」が本当にできるかどうかは分からないが、そのためにも、あるいはその練習のためにも、木剣のスペアは必要になるだろうからな。
んで、俺が再び工房に籠っている間に、フィオナたちは何処かに出かけるようだ。
食材の買い出しかと聞いたら、なぜか答えを濁された。
ともかく、二人を見送り、俺はスペアの木剣を作れるだけ作る。
それから時間は過ぎ、フィオナたちが帰ってきたのは空が茜色に染まる時間帯だった。買い物にしては、ずいぶんと遅いから、何か用事でもあったのか。
「ごめん、遅くなっちゃったわ。すぐに夕飯作るから」
「ああ、それは別に構わんが。俺も手伝うし」
すでに夕方で調理の時間は限られているとはいえ、油断はできない。一人で料理させるわけがなかった。
そんなわけでここ数日習慣となったように、フィオナと一緒に台所へ向かおうとして――、
「アーロン」
「ん? どうした、ルシア?」
ルシアがいつもとは違う様子で、声をかけてきた。
何か変だなと思って見つめると、なぜかルシアはどこかそわそわしているような、あるいは狼狽えているような、それでいて何かを恥ずかしがっているように顔を赤らめながら、
「きょ、今日はわたし、ゼファーちゃんの家にとまろうとおもう」
「はあ? ……それはまあ、構わんが……」
急にどうしたと言うのか。フィオナの護衛がどうのと言い出したのはルシアだろうに。
思わず怪訝な眼差しを向けると、まるで言い訳するように早口で告げる。
「あ、あしたのお昼くらいにはもどってくる!」
「お、おう……」
「ぎゃくに言えばあしたのお昼まではもどってこないからっ!!」
「ああ、うん、そうか……」
それまでフィオナのそばから離れるなということだろうか。きちんと護衛しろよ、と。
「分かった。まあ、フィオナのことは任せろ」
「ん……。じゃ、じゃあ、そういうわけだから……!!」
そう言って、ルシアは転移魔法で姿を消した。アロン家の屋敷にでも転移したのだろう。
その後、久しぶり――ってほどでもないが、数日ぶりに二人きりになった俺たちは、一緒に料理して夕飯を食べ、交代で風呂に入った。
夕食の席でフィオナに、
「そういえば、今日は二人でどこ行ってたんだ?」
と聞いたが、
「それは、後で話すわ」
と返されてしまった。
何か改まって話すようなことでもあるのかと少々気になりながらも、夕飯を食べ終え、それぞれ風呂に入り、そしていつも寝る時間が近づいてくる。
「もしかして、話すの忘れてんのか……?」
と思ったが、改めて聞きに行くような話でもない。俺は自室の明かりを消すと、ベッドに横になった。
「まあ、明日聞けば良いしな……」
そして今日はもう寝ようと、目を閉じたところで――、
コンコンコンッ――と、部屋のドアがノックされた。
「アーロン、まだ起きてる?」
「ん? ああ、起きてるぞ」
「……部屋に入って、良い?」
「ああ」
体を起こし、ベッドの縁に腰かける体勢で返事をした。
がちゃりとドアが開き、フィオナが部屋に入ってくる。そして室内に窓から差し込む月明かりがフィオナを照らし出した時、
(――――は?)
思わず息が止まった。
フィオナは髪を下ろし、下着の透けるベビードールを身に着けていたからだ。
当然ながら、いつも寝る時、フィオナがそんな格好をしているということはない。
硬直して凝視する俺から、フィオナは恥ずかしがるように顔を逸らしながらも、
「……隣、座って良い?」
と聞いてきた。
それに俺は「あ、ああ」と半ば以上反射的に頷く。
フィオナが俺の隣、ベッドに腰かけると、途端にふわりと、フィオナの少しだけ甘い匂いが香った。なぜか――――というか、いや、なぜかも何もないのだが、異様に喉が渇くような感覚に陥る。
一方、フィオナは少しだけ俯いたまま、話し出した。
「今日、どこに行ってたかって聞いたわよね」
「ああ、うん……」
「ごめんなさい、アーロン」
「ああ、うん……いや、何で謝る?」
反射で頷きそうになったが、何とか謝った理由を聞く。
するとフィオナは、気まずげにその言葉を口にした。
「今日、アーロンの暮らしてた孤児院に行って来たの」
「――――!!」
「それで、そこの院長さんから話を聞いたわ……昔の、アーロンのこと」
「……そうか」
その言葉で、すでに察していた。
これからフィオナが話そうとしていることが、極めて真剣な、真面目な話であることを。
そしてたぶん、勝手に俺の過去を調べたことで、俺が機嫌を損ねるのではないかと、フィオナが不安に思っていることも。
それは半分正解だ。
この時点で、俺の心はすでに冷静ではいられなかった。
なぜならば――――、
(――――いやこの状態で真面目な話すんのぉおおおおおおおおおッッッ!?!?!?)
お前の格好がエロくて話なんか入って来ないんですけどッ!? なんだそのスケスケはッ!?
こっちはもうとっくにリビドーゲージが天元突破してるんだがッ!?
俺、この状態で真面目な話しなきゃいけないのかよッ!?
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