第223話 「私を信頼しろ」


 アッカーマン商会に買い物へ出掛けた――――翌日。


 俺の家にイオが訪ねてきた。


 といっても、大したことを話したわけではない。今日からしばらく、俺は重属性武器の製作に集中することになる。そのため、クランハウスの工房には顔を出せないから、クランメンバーたちのことはイオに任せる――と伝えただけだ。


 手短に話を終え、玄関まで見送りに出る。


「んじゃあ、悪いがあっちのことは任せるぜ」


 外へ出たイオへ、改めて念を押した。


「【邪神】討伐まであんまり時間はないが、修行のためにも木剣製作は続けてくれ。それから、重属性武器が出来上がったら、慣熟訓練が必要になる。さっき言ったメンバーにはそのつもりで伝えておいてくれ」


「ああ、分かっている。まあ、こちらのことは心配するな。【邪神】討伐ともなれば、さすがに油断するような馬鹿はいない。皆、集中して鍛練に励むだろうさ」


 振り向いたイオが力強く請け負った。


 さすがに探索者としての年季が違う。ここ最近はクランメンバーたちと一緒に俺を殺そうとしたりと、とてもそうは思えない姿を晒していたが、やはりイオにはクランのことを安心して任せられる貫禄があった。


「すまん、頼んだ。……ああ、そういえば」


 と、そこで俺は思い出す。


 昨日、俺とフィオナは顔を出さなかったが、クランハウスでは俺たち以外のメンバーが集められ、イオから四家で行われた神代やクロノスフィアに関する話と、討伐関連の話し合いの説明が行われていたのである。


 最初からイオに任せるつもりだったとはいえ、ずいぶんと面倒な説明を任せてしまった。それを今更だが微粒子レベルで申し訳なく思ったのである。


「昨日は説明任せちまって悪かったな。大変だっただろ?」


「――――ああ、まあな」


「……あのバカども、ちゃんと理解できたか?」


「――――大丈夫だ。きちんと説明した」


「…………そうか。ところで……何で目を逸らしてんだ?」


「――――私を信頼しろ」


「そのセリフは、せめてこっちを見て言えよ。……おい、ちゃんと説明したんだろうな?」


「――――私を疑うのか? 不愉快だ! 帰らせてもらうッ!!」


 イオはダッシュで走り出した。


「…………まあ、討伐にちゃんと参加してくれれば、文句はないんだが」


 追うのは止めておいた。


 クランのバカどもに、あの難解な話を説明して理解させろというのが、そもそも酷な話であったのかもしれない。


 ただまあ、実際のところ、イオがどういう説明をしたのかは気になるところだ。……後でちょっと確認しないといけないかもしれないな。


「んじゃまあ、さっさと作業に入るか」


 とにもかくにも、イオが帰ったので、俺はさっそく重属性武器の製作に移ることにした。


 自宅の工房部屋に移動し、作業台の前に立つ。


 最初にしたのは、エヴァ嬢から預かった四家所有の重属性装備――その確認だ。


 ストレージ・リングから装備を取り出し、作業台の上に並べて一つ一つ確認していく。これら重属性装備は、種類も大きさもバラバラだった。剣があれば槍もあり、斧や弓など統一性がない。それだけでなく、一番多いのは武器でさえなかった。


「腕輪が多いな……」


 おそらくは腕輪にオーラを通して、好きなときに重属性オーラを使えるようにしたのだろう。これならば、いちいち武器を取り換えることなく、通常のオーラと重属性オーラでの攻撃を使い分けることができる。


 だが……、


「……やっぱり属性が薄いな。これじゃあ、ノアどころか当主連中にも通じねぇ」


 腕輪にオーラを通して重属性に染めてみる。だが、薄青色のオーラはインクを水に溶かしたような薄い黒……いや、灰色に染まっただけだった。


 これでは属性が薄すぎる。


 腕輪を通したオーラをさらに腕輪に戻し、何度も循環させてみるが……、


「漆黒ってほど黒くはならねぇか……」


 だいぶ時間をかけて循環させてみたが、それでも「黒白」と比べれば大きく劣る。最終的には薄い黒色くらいにはなったが、時間が掛かりすぎて、とても実戦では使えない。


【邪神】の空間魔法による障壁を貫けるようにするには、腕輪では無理だ。防御も無理だろう。となれば……この腕輪はむしろ配らない方が良いだろうな。最初から【邪神】の攻撃を避けるように意識させていた方が、油断も生まれないはずだ。


 だが、もしかしたら武器であれば少しはマシかもしれないと、一つ一つ確認してみる。しかし……、


「うーん……腕輪に毛が生えた程度か。これ、何の素材で作られてんだ?」


 武器の性能も【邪神】相手には到底通用しないレベルでしかなかった。


 俺は素材が気になり、腕輪や武器の属性素材を確認してみる。するとおそらくではあるが、重属性を持つ竜または龍の素材と、重晶大樹の素材が使われていることが分かった。


 ただし、どちらも熱や薬品によって素材を変質させられた形跡がある。


 おそらく加工しやすくするために火や薬を使ったのだろうが、これによって元々の素材よりも属性付与の性能が劣化してしまったようだな。


 その点、俺の「黒白」は『重晶大樹の芯木』をそのまま削っただけなので、属性付与の性能劣化はないはずだ。


 加えて、使われている属性素材の質量も大きく違う。


「黒白」は剣一本が全て属性素材だが、確認した武器や腕輪は、ほんの一部に属性素材が使われているだけだった。大部分は別の素材か金属だ。


 たぶん――というか確実に、オーラを通すと重量が増す性質のせいだろう。重くなりすぎると、まともに扱えないからだ。


「武器も全滅だな……やっぱり、『重晶大樹の芯木』で作った武器で対応するしかねぇか……」


 俺は四家が所蔵していた重属性装備を、【邪神】討伐では使わないことに決めた。


「だが、『黒白』みたいに全体を重晶大樹で作っても、扱えそうなのはローガンとフィオナくらいだしな……。それにそうすると、素材の量が足りなくなる。となると……やっぱ『銀嶺』みたいにエルダートレントで外側を覆って、全体の半分程度を重晶大樹で作った方が良さそうだな」


 俺は重属性武器の作成方針を決めると、腕輪と武器をリングに収納し、代わりに薄墨色をした半透明な結晶体――『重晶大樹の芯木』を作業台の上に取り出した。


 その塊に左手から魔力を流して白く染め上げると、右手に展開したオーラの刃で素材を分割していく。


「最初に作るのは……フィオナ用の双剣にしておくか」


 重属性武器を渡す相手のジョブは様々だが、最初は慣れている剣から作った方が良いだろう。


「んー……しかし、エルダートレントとの複合となると、『銀嶺』よりもややこしいな。オーラ通すと重さが変わるから、それを考慮して重心を取らないとバランスが悪くなっちまう……」


 柄と鍔と剣身の一部を重晶大樹で作り、残りの剣身と刃の部分をエルダートレントで作るつもりだが、重晶大樹の部分の形を、少し変則的にしないと重心が手前に偏ってしまうな。


 たとえば剣身部分を細長く伸ばして、剣先近くで質量を多く取るようにする必要があるかもしれない。


 それに重晶大樹の方の形を変則的にすれば、エルダートレント部分も合わせて変則的な形に削らないといけない。今ではフィオナも「黒耀」を作れるが、この作業は単純に「黒耀」を作るよりも遥かに難しい。


「こりゃあ、普通に『黒白』作るより段違いで難しいわ……」


 削った重晶大樹に何度もオーラを通し、変化した重量を確認しながら、慎重に形を整えていく。


 気がつけば全身汗だくとなり、何時間も集中してしまっていた。


 ふと我に返ったのは、玄関から声が聞こえたからだ。


「ただいま」

「ただいまー!」


 フィオナとルシアの声。


 実は二人は、イオが来るより先に家を出て、買い物に行っていたのだ。


 食材などをまとめて買ってくると言っていたから、今の時間まで掛かってしまったのだろう。ちなみに今は、午後の三時過ぎといったところだな。


 ……まとめ買いにしても時間が掛かりすぎと思うかもしれないが、色んな店舗を見て回れば、これくらい時間が掛かってもおかしくはないのだ。


「……そういや、昼飯食ってなかったな」


 作業に集中しすぎて、食事を取るのを忘れていた。


 せっかくフィオナが用意して行ってくれたというのに、俺としたことが――――うっかりだぜ!


「ふむ……今の時間から夕食までとなると、とりあえず、今日は気合いの入ったスープはないだろうな……」


 実はフィオナの料理の腕は、だいぶ上がっている。そりゃあ、何度もアリサ女史のところで料理を習っているんだから、当然のことだ。最近ではちゃんと美味しい料理が食卓に並ぶことも、珍しくはなくなってきている……。


 そしてフィオナの料理は、手抜き料理の方が断然に美味しい。


 今日は調理時間も限られているだろうし、妙なことにはならないだろう。


 これでも俺はフィオナのことを、信頼しているんだぜ?


 昨日? 昨日は俺が夕食を作ったが。


「…………」


 そうして俺はその後も、作業を続けた。


 ――三十分くらい。


 いや……疲労、ってやつだ。だいぶ長時間作業してたからな。


 汗もかいたし、気分転換に水でも飲むかと工房を出て、台所に向かうことにした。ただし、足音を消しながら。


 別にフィオナたちが夕飯の準備を始めたような音が聞こえてきたからじゃない。


 いや、ルシアも手伝うと言っていたから、問題はないと思うけど、念のためね?


 ともかく、台所に向かう俺の耳に、次の瞬間、フィオナの得意気な声が届いた。



「――――硫酸よ!!」



 うん?


 …………俺の耳はおかしくなってしまったんだろうか?



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