第222話 「フィオナのママです」
アッカーマン商会、ネクロニア東区画中央通り支店。
大通りに店舗を構える大きな支店、その上階にある一室で、アリサ・アッカーマンは仕事に精を出していた。
ネクロニア中に点在する各支店から上がってくる商品ごとの売り上げを確認し、どんな商品が売れているか、なぜ売れているのか、売れているならばこの傾向は以降も続くのか否か、続くならば仕入れを増やすことができるか、できないならば代替となる似た商品を確保できるか――――などなど、商品の仕入れや在庫の管理などに関する事柄を決定していくのが、彼女の仕事の一つだ。
その重要な仕事をこなしている最中、部屋のドアがコンコンコンッとノックされた。
「どうぞ」
と促せば、入って来た部下がアリサに報告する。
「アリサ様、お嬢様がお見えになりましたが」
「あら? 私に会いに来たの?」
「いえ、買い物に来られたようです。ですが……例の男性もご一緒のようで、一応、ご報告をと」
「――すぐ行くわ。娘はまだ店にいるのよね?」
「はい」
アリサは仕事を中断し、すぐに席を立った。
というのも、「例の男性」が店に来たら報告するようにと、あらかじめ言付けしておいたのだ。
アッカーマン商会にとって重要な人物とは言えないが、娘の母親としては大変に重要な人物であり、また、件の人物個人としても無視し得ない影響力を持っている。
何しろ名実ともにネクロニア探索者のトップ探索者であり、最大クランのクランマスターだ。僅か数日前にはスタンピード関連で大きな手柄を挙げ、【封神四家】の当主たちに屋敷へ招かれたという話も聞いている。
そういった立場だけで見ても、VIPとして対応するのは当然の相手と言えた。……本人を知っていると、とてもそうは思えないが、一般に知られている肩書きだけでも、大商会が無碍にできない相手なのだ。……意外に思うかもしれないが。
そんなわけでいそいそと部屋を出て、階下の店舗部分に降りていく。
そうしてすぐに、アリサは娘たちを見つけた。
「あ、お母さん、今日はここだったのね」
「!? ……アリサさん、ご無沙汰しております」
アリサの姿を見つけた娘――フィオナ・アッカーマンが声をあげ、続いて娘のそばにいた男性――アーロン・ゲイルがどこか気まずそうにしながら硬めの挨拶をした。
「フィオナ、アーロンさん、いらっしゃ――」
だが、そんな二人に近づいて行ったアリサは、その足を途中で止めることになる。
視線は娘とアーロンの間、その一点に固定されていた。
「え……?」
思わず戸惑いの声が漏れた。
そこにいたのは、娘とアーロンの二人と、片方ずつ手を繋いだ幼い少女だった。
一瞬、仲睦まじい三人の様子に、
(え? 子供? フィオナの子供? 私の孫? 初孫?)
などと思ったアリサであるが、すぐにそんなわけはないと考えを否定する。
幼い少女の見た目は七歳くらいであり、さすがにそれはあり得ないだろう、と。それに髪や目の色がフィオナ、アーロンのどちらとも違っている。
銀色の髪に特徴的な金眼、そしてどこか神秘的なまでに整った容貌を持つ幼女。髪色や目など、身体的特徴から【封神四家】の一角、アロン家の御令嬢だとすぐに判断したアリサであったが――直後、その推測を根底から覆すような発言が、件の幼女から飛び出した。
「はじめまして、アリサ。わたしはルシア。フィオナのママです」
「!?」
「ちょっ!? 何言ってんのよルシア! 説明が面倒になるようなこと言わないでよ!」
娘の慌てたような声は、すでにアリサの耳には入っていなかった。
あまりにも衝撃的な自己紹介に思考停止したのも一瞬、すぐに彼女の優秀な頭脳はルシアと名乗った幼女の言葉、その意味を推測し始める。
当然だが、フィオナの母は自分だ。それは間違いない。
では、ルシアの言葉は意味のない嘘か冗談の類いなのだろうか?
(いえ……嘘を吐いている顔ではない……たとえるなら、当たり前の事実を口にしただけのような、そんな雰囲気を感じるわ……)
自分はフィオナのママである。その事実に欠片の疑問も抱いていないような、そんなルシアの態度。
もしも先の言葉が真実であるとするなら……可能性は、もはや一つしかなかった。
この世でフィオナの母を名乗れる存在が、自分以外にも、もう一人だけ存在することに、アリサは気づいたのである。
ゆえに、アリサは戦慄混じりに呟いた。
「まさか……アーロンさんのお母様が、こんなにお若いだなんて……!!」
「――お母さん!?」
配偶者の母! つまり、義母! それもまた母に違いはないと!!
もうお分かりかと思うが――アリサは混乱していた!!
「何でそうなるのよ!? どう見たってアーロンのお母さんじゃないでしょ!?」
「で、でも、フィオナのママを名乗るってことは義理の母……つまり、配偶者であるアーロンさんのお母様ってことじゃないの……?」
「そっ、な、はあっ!? ……ま、まだ結婚してないわよっ!!」
「……いずれそうなるから、今からフィオナのことを
「違うわよ!! っていうか髪の色とか瞳の色とか、それ以前に年齢がおかしいでしょうが!」
「とても……お若い見た目なのね?」
「若作りにしても限度ってものがあるでしょうが!」
「あー、アリサさん。俺の母親はもう亡くなってまして……」
母娘のやりとりに、アーロンが気まずそうに口を挟んだ。
「あら、そうでしたの? それは……聞きにくいことを聞いてしまいましたわね。ごめんなさい、アーロンさん」
「いや、お気になさらず」
アーロンが訂正すると、ようやくアリサも少し冷静になれたようだ。ルシアがフィオナの義母ではないと理解して――――首を傾げた。
「でも、じゃあ、さっきの発言はいったい……?」
「それは――むぐっ!?」
アリサの疑問に説明しようとしたルシアの口を、フィオナが塞いだ。
「この子はルシア・アロン。名前の通りにアロン家の子よ。ちょっと理由があって、しばらく一緒に暮らすことになったの」
「まあ! やっぱりアロン家の御令嬢だったのね。――初めまして、ルシア様。私はフィオナの母で、アリサと申します」
フィオナのママ発言は、冗談か何かだったのだろう――と、とりあえずは納得しておくことにした。
アリサは大商会を経営するアッカーマン家の一員であり、耳にする情報も普通ならば知ることのできないものも多い。
正確に知っているわけでも推測できるわけでもないが、娘たちが四家との関わりの中で、口外できない情報を知っていることも――何となく把握していた。
おそらくは、そういった関係の中で、アロン家の令嬢と一緒に暮らすという不思議な状況が発生したのだろう、と。
「それで、今日は普通に買い物に来ただけなのかしら?」
「うん。ルシアの分のカトラリーとか、お皿とかコップとか、そういう物を買いに来ただけ」
「そうなのね。じゃあ、私が案内するわ」
と、アリサがフィオナたちについて、店内を案内していく。
ルシアの意見を聞きながら、色々なカトラリー、食器類などを紹介し、ルシアが楽しそうに選んでいった。
その途中、アリサは娘を捕まえて、常々気になっていたことを聞いた。
「ところでフィオナ? アーロンさんとは、最近どうなの?」
「……どうって、何よ……?」
「いつ結婚するの?」
「結婚!? し、しないわよ!! ……まだ。い、今は色々と忙しいのっ!!」
「ふーん……まあ、スタンピードがあったばかりだし、あなたたちが忙しいのは理解しているけど……じゃあ、子供は?」
「え? こ、子供!?」
「そう、子供。初孫の顔はいつくらいに見せてもらえるのかしら? そろそろ妊娠した?」
「なっ……はあっ!? し、してないわよ!!」
顔を真っ赤にして否定するフィオナに、アリサは「はあ」とため息を吐く。母は心配なのだった。
(前にアーロンさんと話した時は、子供ができたと言っていたと思ったけれど、それは勘違いだったみたいだし……)
以前、アーロンと話した時(注・100話突破記念SS。第100.5話参照。作者ページの近況ノートにあります)、アリサはフィオナに子供ができたと喜んだが、さすがにそれが勘違いだったことには気づいている。あれから数ヵ月経ってもお腹が大きくなる兆候がなかったからだ。
(でも、一緒に暮らしてるんだし、普通に考えたら子供ができてもおかしくないのよね……)
娘とアーロンが同棲していることは、当然アリサも知っている。
そしてすでに何ヵ月も一緒に暮らしていることも。
だが、まさか娘がいまだに処女であることなど、アリサの想像の埒外であった。当然、すでに何度も致しているものと考えていたのだ!!
「フィオナ、あなたが探索者として成功しているのは分かっているけど……少しは焦りなさい?」
「な、何よ……? 行き遅れるって言いたいの……?」
「そうじゃなくて……あんまりうかうかしていると、他の女にアーロンさんを取られちゃうかもしれないでしょう?」
「他の女……? 誰よ……?」
フィオナの瞳から光が消えた!
だが、人を殺しそうな娘の視線にも、母は臆さず続ける。
「誰ってことはないわよ。誰だって可能性はあるでしょう? アーロンさんはモテるだろうし」
「アーロンが、モテる……?」
フィオナの顔に疑問符が浮かんだ!
フィオナにとってモテると言えばグレンのイメージがあるが(!?)、アーロンがグレンのように周囲の女性たちからキャーキャー言われている場面など、見たことがなかったからだ。
しかし、娘の様子にアリサは深いため息を吐く。
「はあ……あのねぇ、フィオナ。何暢気なこと言ってるの! アーロンさんはトップ探索者で最大手のクランのマスターで、さらに今回のスタンピードではクランとしてだけじゃなく、ご本人もスタンピードを起こした首謀者を捕まえた英雄で、二年前のスタンピードでも大活躍した≪極剣≫ご本人だっていう話でしょう! おまけに事業(木剣工房)を起こして、それも成功して、噂じゃグリダヴォル家の当主様や、他国だとローレンツ辺境伯様とも繋がりがあるって話じゃない! そんな超優良物件を周囲の女性が放っておくと思うの!?」
「……? ……?? ……???」
フィオナは自分が知るアーロンと世間の一般的な評価の乖離が大きすぎて、しばし戸惑った。
しかしながら、今アリサが言ったことは全て嘘ではない。それどころか実際には他にも大きな手柄をあげているし、さらに高く評価されていてもおかしくはないのだ――――と、フィオナは気づいた。
「――!!」
「どうやら、やっと気づいたみたいね……」
アリサは娘の暢気さに脱力したが、それでも圧倒的に有利なのは娘だと考え直す。
がしりっとフィオナの両肩に手を置いて、発破をかけた。
「良い? 誰かに取られる前に、きちんと勝負を決めるのよ」
「勝負を、決める……?」
どういうことだろうと戸惑うフィオナに、アリサは教える。
「子供を作るか、それとも最初に籍を入れて結婚式を挙げるのでも、どちらでも良いわ。必要なら、お母さん、とっておきの薬を仕入れてあげるから」
「と、とっておきの薬って……?」
「夜が凄くなる薬よ」
夜が凄くなる薬。その言葉に
――ともかく、こうしてアリサから存分に発破をかけられた後、フィオナたちは買い物を済ませて店を後にした。
そうして家に帰る道中、フィオナは考える。
今までアーロンの周囲に「そういう人物」はいなかったとはいえ、確かにライバルの出現は警戒するべきなのかもしれない。
そして母の言うように、自分は少し焦るべきなのかもしれない、と。
(夜が……凄くなる、薬……)
フィオナのリビドーゲージが上昇した!!
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