第214話 「都合の良い話だな」
「……ここまでの話で、なにか疑問があればきく」
クロノスフィアの裏切りについて言及したルシアは、しかしそこで言葉を切ると、質問を受け付けた。
それに対し、最初に手を上げたのはイオだ。
「話を聞いていて気になった点が幾つかある。質問良いだろうか?」
「よい」
「では……まず一つ目、ナノマシンやデバイスとやらを作り出す魔法技術と、現在の我々が使っている魔法技術が根本的に異なっている気がするのだが、その点はどうなっているのだろうか? 確かに生産系ジョブなどには特定の物を加工する魔法があるのは知っているが……それにしても話に聞くナノマシンやら迷宮そのものやら、果ては魔物まで作り出せるようには思えない」
先ほどの話からずいぶん話題が変わった。
室内には非常に重苦しい雰囲気が漂っていたから、もしかするとそれを変えようと思ってのことかもしれない。
「それはかんたん。現代の魔法はジョブ・システムによるものだから。ジョブ・システムは個人が使用する目的で開発された。半物質によって複雑な構造物を生成するためには膨大な術式を要する。これはデバイスの補助があっても人間の脳で処理できる情報量じゃない。それに魔力の効率もわるいから、ジョブ・システムには組みこまれなかった」
「ふぅむ……つまり、ジョブで扱える魔法というのは、本来の魔法に比べて簡略化されたものということかね?」
「そうだけど、それだけとも言いきれない。現代の魔法はいくつかの属性として体系化されているけど、本来、魔法に属性というものは存在しなかった。もっと自由度のたかい技術だった。でも、あえて干渉可能な対象をしぼることで、事象改変を効率化する術式をもうけた。それが属性。属性の影響をうけた魔力は、属性以外の事象を改変できなくなる」
「なるほど……ということは、属性魔法とは魔力消費や威力を効率化するために開発されたもの、という理解で間違いないかね?」
「それでかまわない。いっちょーいったんある」
「ふむ……では、二つ目の質問だが、現在のジョブ・システムに、一般ジョブと生産ジョブが存在するのはなぜだろう?」
「――ん? どういうこと?」
「いや、元々は戦争競技のために開発されたものなのだろう? それなのに戦闘用以外のジョブがあるのが疑問でね」
「ああ……それは、技能、技術の保管と継承のため、都合がよかったから。神代の人類ははたらく必要がなく、大半がニートだった。おおくの仕事が、魔導機械やアンドロイド、ゴーレムなどで代替可能だったから。でもそうなると、それまで人類がつちかってきたおおくの技術が失伝してしまう。必要がなくなったからといって、それらが失われるのは危険なことだと、文明衰退を経験した人類は学んだ。だから文明発祥から必要とされる基礎的な技能をジョブとして継承できるようにした。……まあ、それはそれとして、魔法で簡易化できるところは簡易化したりしたけど。人類の本質は怠惰」
「……ジョブで神代の高度な魔道具……魔導機械が作れないのは? それができれば、神代以降もそれなりの技術を継承できたと思うのだが」
「さっきの魔法の話と、おなじ理由。術式が膨大すぎて、個人ではあつかえない。あと、ブレイン・サポート・デバイスを失ったことで、発現しなくなったジョブもある。ほんらいはもうちょっと高度なジョブも、システムには存在する」
「ふむ……なるほど。ありがとう。私の質問は以上だ」
「ん。……ほかに、質問はある? ……ないなら話を続ける」
質問は出なかった。ルシアは話を再開する。
「四家が抱える秘密については、すでにほとんどを話した。だからここからは、現在抱える問題について話す」
問題……クロノスフィアというジジイが暴走している問題だろうか、と思ったが、違った。
「クロノスフィアが行方不明なのも問題だけど、もっと重要な問題がある。現在、【神骸】の封印は解け、おそらく……ううん、確実に、【邪神】が復活している状態にある。実は――」
と、ルシアが語ったところによると、こうだ。
実は数日前のスタンピードにおいて、ノア・キルケーは【神骸迷宮】最深層より【神骸】を持ち出していたらしい。
本来であれば地下の【神殿】に立ち並んでいた巨大な柱……【模造封棺】とやらに納められるはずだったが、そうする前に、不幸にも【神殿】が破壊されてしまった。
さらにノアが【神殿】に転移してきたことで、これまた不幸にも……というか、襲ってきたのは向こうなんだが……俺と戦闘になって気を失ってしまった。
【神骸】の移送には【空間凍結】の魔道具とやらを利用していたらしいが、どうも長時間【神骸】を封じるには心許ない性能であったらしい。
気を失っていたノアがキルケーの屋敷で目を覚ました後、慌てて当主たちに事情を説明し、亜空間に収納していた魔道具を取り出し、嫌な予感に駆られながら中身を確認してみた。
すると実に不思議なことに、中は空っぽになっていたらしい。
ルシアや四家当主たちの説明というか推測によると、【邪神】が自力で【空間凍結】に抵抗し、転移で何処かへ消えてしまった可能性が高いそうだ。
しかし、これで【邪神】が復活したというわけではなく、その前に、すでに復活していたことは確かだ。
というのも、【神殿】に封じられていた「邪神の右腕」から意識を移した『
秘密結社クロノスフィアとしては、俺たちが特異体ノルド討伐戦の時に戦った偽天使が『死』だと思っていたようだが、ルシアの言葉によれば、あれは『死』本体ではないらしい。
理由は二つ。
本体だとすれば弱すぎること。
そして奇妙な話ではあるが、本体にしては再生力が高すぎることが理由であるとか。
高度な知性を有する存在が再生するには、【邪神】がそうしていたように記憶や自我を記録する、ある程度以上の記録装置または組織が必要であり、小さな肉片から他生物に寄生し、自身を再生するような真似は【邪神】であっても不可能であるらしい。
ノルドに宿っていた偽天使が小さな肉片から再生できたのかどうかは不明だが、分体が肉片から再生したのは確認しているし、偽天使がそのような再生の仕方をしても、違和感はないように思えた。
そして【邪神】復活の証拠もあるようだ。
それは現在、【神骸迷宮】を襲っている異変。
これについて説明したのは、ギルド長だ。いつものふてぶてしい態度は鳴りを潜め、真面目ぶった態度で語る。
「現在迷宮内部では、魔物の再発生がなくなっており、先日のスタンピード以前から存在したと思われる魔物の姿も低階層では確認できておりません。ギルド有する斥候部隊が実際に内部を調査したところ、討伐していないにも関わらず、魔力還元されていく魔物の姿を目撃しております。また、一から五層の洞窟階層では、内部構造に変化が見られ、昨日の時点では六層以降の遺跡階層にも同様の変化を確認しております。加えて、六層に設置されていた転移陣が失われており……探索者ギルドの見解としては、迷宮の≪変遷≫に相当する現象ではないかと」
この説明に、ルシアは補足を加える。
「≪変遷≫だとしたら、前回の≪変遷≫から時期がはやすぎる。だから≪変遷≫ではないとおもう。これは迷宮の設定自体を変更した場合におこる現象……≪大変遷≫の可能性がたかい。現代の地上でそれができる権限を持つのは、【邪神】またはクロノスフィア以外には存在しない。そして迷宮に変化がおきた時点で、クロノスフィアがカドゥケウスの屋敷に留まっていたことは、ナハトが確認している」
ルシアの言葉に、ナハト・カドゥケウスが肯定するように頷いた。
「つまり、【邪神】はすでに復活し、迷宮最深層、『テラフォーマー007』の管理領域に到達している。……【神界】との接続を断たれた【邪神】は、神代のころに比べれば、比較にならないほど弱体化しているはず。それでも、人類はいま、とても危険な状況にある」
【神骸】の封印が解かれ、【邪神】が復活した。
クロノスフィアとやらの寿命という問題があった以上、遅かれ早かれ起こり得た事態ではあっただろうが、それを止めるために動いたことが【邪神】の復活を早めてしまった。
まったくもって笑えない話だ。
「でも」
と、ルシアは言う。
「今の状況は、【邪神】を滅ぼせるチャンスでもある。現在の【邪神】は【神界】のバックアップをほとんど受けていない状態にある。ジョブ・システムから技能情報を取得できるのと、無尽蔵の魔力が供給されていること……くらいのはず。おそらく、今の【邪神】なら、アーロンたちの協力があればたおすことができる。そして【邪神】さえ倒してしまえば、クロノスフィアの暴走はどうとでもなる。クロノスフィアは【邪神】ほど強くない」
一拍、息を吐いて、ルシアはこちらを見た。
「だから、【封神四家】は探索者ギルドと、クラン≪木剣道≫に、協力を要請したい」
「…………ずいぶんと、都合の良い話だな」
俺は言った。
正直な話、苛ついていた。
四家は四家でクロノスフィアの行動を止めようとしていたことも、理解している。それでも……もう少しどうにかならなかったのかと思わざるを得ない。せめてスタンピードなんてバカな真似を起こさせないことくらい、何とかならなかったのかと。
じゃなきゃ、あいつらは……いったい何のために死んだんだ……?
それだけじゃない。
「何で俺らが協力してやらねぇといけないんだ? 勝手にスタンピードを起こして【邪神】を復活させちまったのは、お前ら四家の一部だろ? しかもお前らは俺らが迷宮を踏破しようとしたのも邪魔した。お前らは俺らの味方なのか? 違うだろ? それが自分たちに都合が悪くなったから協力しろだぁ? ……舐めてんのか?」
ぐるりと室内を見回す。
四家の当主たちは、答える言葉を持たないというように押し黙ったままだ。
しかし、長い沈黙の後、エヴァ嬢の親父――アイザック・キルケーが口を開く。
「……確かに、以前、君たちの活動を邪魔した件は詫びよう。四家としては仕方のないことだったとはいえ、済まなかった」
「…………で?」
「……だが、今は世界の危機なのだ。世界が滅べば、君たちだって無事では済まない。誰もがこの問題の当事者のはずだ。いがみ合っている場合ではないだろう?」
「…………で?」
「だ、だから以前のことは水に流し、ここは協力し合おうではないか。……どうかね?」
「……なるほど」
俺の言葉にアイザックが喜色を浮かべる。しかしそれも一瞬のことだ。
「――――だが断る」
「は?」
分かってねぇなこいつは。口だけの軽い謝罪に何の意味があるんだ?
「俺たちは【封神四家】を信頼できないと言っている。仮に運良く【邪神】を倒せたとして、お前らが自分たちの不祥事を隠すために、俺たちを背後から襲わないという保証もない」
秘密結社クロノスフィアとは、言ってしまえば四家の身内なのだから。
それを公表するようなことを、こいつらがやるとは思えない。むしろ隠そうとするのではないか?
「ぬ、ぬぅ……ッ!!」
と、アイザックは言葉に詰まった。
っていうか何だその反応。まさか本当に襲うつもりだったんじゃねぇだろうな? このハゲ、ますます信用できねぇぜ。
「……どうしても、協力しないと言うのか……ッ!?」
「どうしたら協力してもらえるのか、テメェで考えろ」
「…………ッ!! ……もう良い」
ふっと、俺から視線を逸らすと、アイザックはルシアに声をかけた。
「ルシア様、幾つか、確認したいことがあります」
「…………なに?」
「【邪神】はバックドア・ジョブの持ち主を狙っているのでしたな?」
「……そう」
「バックドア・ジョブがなければ、【邪神】は【神界】に接続することはできず、少なくとも最悪の事態は避けられる。そうですな?」
「……アイザック、そこからさきは、言わないほうがいい」
「いいえ。これまで世界を守ってきた【封神四家】の当主として、私たちにはそれを成す大義名分も権利もあると存ずる。この喫緊の危機を解消するために、フィオナ・アッカーマン君には死ん――――」
「――お父様ッッッ!!!!」
エヴァ嬢がアイザックの言葉を止めるように、立ち上がり、激しい怒気を含んだ声で叫んだ。
だが、もう遅い。
「――――――――おい」
俺は、かつて記憶にないほど――――ぶちギレた。
「――――殺すぞ?」
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