第199話 「姉御姉御姉御ぉっ!!」

 ★★★まえがき★★★

 明けましておめでとうございます!

 今年もよろしく御願いいたします!

 というわけで新年一発目、厳かにいきたいと思います!

 ★★★以下本文★★★




「クロエ、転移するなら【封神殿】に転移してくれない?」


 というフィオナの言葉により、俺たちは【封神殿】に転移することになった。


 何でも、そこにオーウェンたちがいるらしい。敵によって急に転移させられたから、心配しているかもしれない、ということであった。


「了解しましたぁ! でも、【封神殿】に転移して大丈夫ですかね……? まだ魔物がいるんじゃあ……?」


「それは大丈夫よ。ここに来る前に、あらかた討伐してあるわ」


「フィオナ、スタンピードの核も討伐したのか?」


「ええ、イグニトールだったわ」


「アーロン抜きでこんなに早くスタンピードを鎮圧したのかい? それは凄いな……!!」


 と、ローガンが呆れたような驚いたような顔で言うのに、うんうんとクロエも頷いている。


 フィオナは素直な称賛に少し恥ずかしそうに頬を赤らめ、


「まあ……私一人でやったわけじゃないですから」


 と答えた。


 ともかく、そんなわけで俺たちは地下の【神殿】から地上の【封神殿】へと転移することになった。


「ではではっ、行きますよぅ~!!」


 クロエの周囲に全員が集まり、それから魔法が発動する。一瞬の浮遊感に包まれると、次の瞬間には視界が切り替わり、地上に転移したことを悟った。【神殿】内部に充満していた熱気が消え失せ、柔らかに吹き抜ける風が涼しく感じるほどだ。


「ふぅ~……」


 短い時間だったとはいえ、あの地下では色々なことが立て続けに起こった。だが、地上に無事帰ってきたことで、ようやくそれらから解放されたような気分になり、思わず深く息を吐き、うっすらと目を閉じながら天を仰ぐ。


 涼しくて、心地好い。


 …………まるで、天と地と人が一体となり、宇宙を感じるような心地だ。なぜか心身が整っていくのが分かる……。おかしいな。俺は秒単位で死線を潜り抜けなければならないような鉄火場で戦いを続け、さらには実際に死にかけたというのにな。


 なぜか不思議と、今の気分は悪くないんだ。


「アーロン、大丈夫?」


「ん?」


 声を掛けられて目を開けると、フィオナが心配そうな表情で俺の顔を覗き込んでいた。


 どうやら俺の体調を心配しているらしい。まあ、あんなことがあったしな。


「ああ、大丈夫だ。何ともねぇよ」


 心配させないように笑みを浮かべながら答えると、


「おーい! 皆!」

「姉御!! 無事か!?」

「皆さん――って、親方に剣聖ローガンッ!?」


 オーウェン、ザラ、エリオットら、【封神殿】境内で戦っていた≪木剣道≫の面々が、俺たちに気づいて駆け寄って来た。


 しかしそれにしては、少々解せねぇ反応だ。俺は眉間に皺を寄せて、なぜか一定の距離を保ったまま近づいて来ないオーウェンたちに問う。


「おいお前ら、ローガンの奴は分かるが、何で俺まで警戒してんだよ?」


 俺の言葉に互いに顔を見合わせて何事か意思疎通すると、代表してオーウェンが答えた。


「それは……いや、その前に聞かせてくれ。その親方、本物なのか、姉御?」


「何でフィオナに聞くんだよ」


「安心しなさい。このアーロンは本物よ」


 と、フィオナがオーウェンたちに答える。それから俺に事情を説明した。


「アーロン、地下で言ったでしょ? 地上にアンタの偽者が現れたって。それで警戒してるのよ」


「ああ、なるほどな……」


 そういえば、俺の偽者に拉致られたんだったか、フィオナは。


「親方が本物だってのは理解した。だけど、もう一つ聞かせてくれ」


「あんだよ?」


 面倒くさそうに水を向けると、オーウェンの視線がノアを肩に担いだローガンへ向いた。


「何で、剣聖がここに? 敵なんじゃねぇのかよ?」


 警戒する理由はそれだったらしい。まあ、当然か。


 詳しく説明した方が良いんだろうが、面倒だ。俺は簡単に説明することにした。


「倒した。捕虜にした。以上だ」


「……まあ、親方のことだから、剣聖に勝ったってのは信じるけどよ……拘束とかしなくて、大丈夫なんだろうな?」


 そんなオーウェンの疑問に答えたのは、当のローガンだ。


「ああ、安心してくれ。これ以上暴れるつもりはないよ」


「…………その言葉、信じるぜ? っていうか、襲ってきても返り討ちにしてやるからな?」


「了解した。大人しくしていることを約束しよう」


 苦笑しつつ、ローガンが答える。


 ……たぶんオーウェンたちが束になってかかってもローガンには勝てないだろうが、黙っておこう。今の消耗したローガンなら、もしかしたらオーウェンたちだけでも勝てるかもしれんしな。勝てなくてもこっちには俺もフィオナもいるし、問題はないだろう、たぶん。


 ――ともかく、そうして最低限の事情を説明し終え、オーウェンたちが警戒を解いた直後だ。


「姉御ぉっ! すまねぇっ!!」


「きゃっ!? ちょっ、何よ!?」


 ザラがフィオナに抱きついた。


 疲れているせいか、躱せなかったフィオナはザラを引き離そうとしている。しかし、だいぶ強い力で抱きついているのか、ザラが離れる気配はない。


「アタシを庇ったばかりに、姉御が危険な目に!!」


「無事だったから別に良いわよ! 離れなさい!」


「無事だったなんて嘘なんだろ!? じゃあ何で服装が変わってんだよ!? ハッ!? まさかケダモノどもに襲われて!?」


 ザラの奴、どうしてそこで俺を見る?


「違うわよ!! これは戦いで服が破れたのよ!!」


「戦い!? やっぱり危険な目にあってたんじゃねぇか!! 怪我は!? 怪我はねぇのかよ姉御!?」


「ない! ないわよ!! だから服を捲ろうとするんじゃないわよ!!」


 フィオナのコートの裾を捲ろうとするザラ。


 どうしてだろう? なぜかあいつから乙女団と同じ気配を感じるんだが?


「姉御姉御姉御ぉっ!! すーはーすーはー!!」


「ちょぉっ!? 離れっ、なさいっ!!」


「…………」


 俺はフィオナに抱きつくザラの背後に静かに近づくと、ゴンッ! と、その頭部に軽く拳を振り下ろした。


 ――【轟衝拳・微弱】


「ごぺぇッ!?」


「ふむ……」


 気を失って倒れ伏すザラを他所に、体内の魔力を確認してみる。だいたい五パーセントってところか。あと二、三十分もすれば二割近くまで回復するだろう。


 それにあれだけ【怪力乱神】を使った後にしては体調も良い。おそらく、フィオナの治癒魔法のおかげだろうな。


 前回のスタンピードの時とは違って、今回は死にかけたと言ってもちょっと心臓を貫かれた程度だ。損傷も少なかったし、その分だけ体力的にも回復してくれたのだろう。


 俺は自分の体調を確認すると、オーウェンに問う。


「オーウェン、【封神殿】周囲に魔物はいねぇみたいだが……ってことは、結界は再起動されたのか?」


「あ、ああ……一応、さっき確認してみたけど、結界は元に戻ってたぜ。だから新手の魔物はもう出現してない。周囲の魔物はあらかた倒したから、あとは街中に散った魔物を狩ればスタンピードは完全に終了だな」


「そうか……なら、ここから移動して他のクランメンバーと合流するか。フィオナ、他の奴らはどこにいるか分かるか?」


「えっと……市街に救援に向かわせたパーティーの他に、四家の屋敷がスタンピードとは別で襲われてたから、各家一パーティーずつ救援に行かせたわ。だから、たぶんまだ、各家の敷地内に残ってると思うけど……」


「んじゃあ……まずはキルケーの屋敷に出向いてみるか。エヴァ嬢もいるかもしれねぇしな」


「……! そうね!」


 と、フィオナが勢い込んで頷く。


 やっぱりエヴァ嬢が心配だったらしい。


 方針を決めると、寝ているザラをオーウェンが拾って、俺たちはキルケーの屋敷に向かって移動し始めた。



 ●◯●



 移動はクロエもいるため、ゆっくりだった。


 それに【封神殿】周囲の様子を確かめたかったというのもあるし、俺も魔力を回復する時間が必要だったからな。


 そのためキルケーの屋敷に向かって大参道を歩きつつ、魔物がいないかを確かめていくが――、


「……ここら辺には、もう魔物はいねぇみたいだな」


「そうね」


 大参道には魔物の姿がない。


 まあ、魔物どもからすれば、ここには襲うべき人間もいないし、立ち止まらずにさっさと走り抜けるのが当然か。おそらくというか、ほぼ確実に市街へ移動しているのだろう。


 とはいえ、フィオナの話じゃ「核」も討伐したという話だし、おまけに【封神殿】の結界も再起動している。スタンピードの魔物が全滅するのも時間の問題だろう。市街地に散った魔物は、他の探索者たちに任せるしかない。


 そんなわけで戦闘もなく、俺たちはゆっくりと大参道を抜け、外回りにキルケーの正門へと移動する。


 正門前には何人かの騎士たちが警戒するように立っていたが、周囲に魔物の姿はない。やがて、正門にいた騎士たちがこちらに気づき、その内の一人がこちらへ近づいてきた。


「アーロン! 無事だったか……って、ローガンさんッ!? なぜ!?」


 遠目には騎士に見えたが、近づいて来たのはガロンだった。どうやらキルケーに救援に行ったのはガロンたち≪鉄壁同盟≫だったらしい。


 そして俺たちと一緒になって歩いていたローガンを見つけ、警戒したように腰を落とし、剣の柄に手をかける。


 俺はオーウェンにしたように、簡単に説明した。


「安心しろ。今のところは敵じゃねぇ。捕虜だ」


「やあ、久しいな、ガロン。アーロンの言う通り、恥ずかしながら捕虜になっているよ」


 と、ローガンが片手を挙げながら挨拶する。


「捕虜って……何が何やら……って、言うかですね、ローガンさん」


 納得したのか、それとも考えることを止めたのか、頭を振りつつ剣から手を離したガロンだったが、今度は何やら、ローガンが担いでいる人物に視線を止めると、マジマジと見つめた。


「その、肩の上にいるのはもしかして……」


「ああ、察しの通り、ノア様だ」


「生きて、いらしたのですか……」


「……まあ、それに関しても話をしなければならないだろう。悪いが、我々を中に入れてくれないかね?」


 その質問に、ガロンはこちらを振り返る。


「アーロン……大丈夫なんだな?」


 敵であったはずのローガンを拘束もせずに中に入れて、大丈夫か? ――という確認だろう。


 俺はそれに頷いて答えた。


「ああ、大丈夫だ。万が一の時は俺が対応する」


 魔力も戻ってきたしな。


「そうか……分かった。では、全員、僕について来てくれ」


 そう言って、ガロンは踵を返すとキルケーの正門に向けて歩き出す。


 俺たちもガロンに続いて、ぞろぞろと歩き出した――――が、何歩も進まない内に、なぜかガロンが足を止めてこちらを振り向いた。


「アーロン」


「どうした?」


 真剣な顔のガロンに、何か懸念でもあるのかと首を傾げる。やっぱりローガンは拘束しておいた方が良いとか、そういう話だろうか?


 そう推測してみたが、どうも話は別なことだったらしい。


 ガロンは一言一句区切り、言い含めるように、力強い口調で言った。




「アーロン……服を、着ろ」




「…………、っ!?」


 なんてこった。


 今まで全裸だったことを、忘れていた。


 道理で地上に転移してきた時、風が涼しいと思ったわけだぜ。


 まさか俺としたことが、服を着ていなかったことを忘れるなんてな。まあ、今日は色々あったし、無理もない話ではあるんだが……な。


「ああ、そうだな。服を着よう」


 俺はストレージ・リングから着替えを取り出し、服を着始めた。


 そんな俺から視線を逸らし、ガロンは次に、ローガンに視線を向けると口を開く。


「ローガンさんも、服を着てください」


「――ッ!? そういえば、私も裸だったな」


 ローガンの奴も自分が全裸であることを忘れていたらしい。まったく、人のことは言えねぇが、間抜けな奴だぜ。


「私も服を着よう。すまんが、誰かノア様を預かっていてくれないか?」


「……じゃあ、私が預かっておきます」


 ローガンはエリオットにノアを預けると、リングから服を取り出し、着替え始めた。


 そんなローガンから視線を逸らすと、ガロンは次に、フィオナを始め、≪木剣道≫のクランメンバーたちにぐるりと視線を巡らせ、責めるように言った。


「ここまで、何で誰も指摘しなかったんだ」


「「「…………」」」


 サッと、全員が視線を逸らした。


 どういう意味だ。



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