第198話 「おかえりなさい、ルシア・アロン」


【神骸迷宮】50層。


 その本来の領域から離れた虚無の空間。


 眼下に巨大な青い惑星の虚像を望む極寒の領域において、空間を漂っていた「  それ」は、迷宮に訪れた異変に気づいた。


「――――!!」


 迷宮の管理を司る『管理者の高座フリズスキャルヴ』の存在する51層へと、誰も入ることのできないように、【封神殿】の機能によって張られていた結界が消滅し、空間が繋がったことを知覚したのだ。


  それ」にとって、この上なく忌々しい強力な結界。目と鼻の先にある『管理者の高座』に辿り着くことを阻む、ふざけた結界。


 奇しくも本来の役割から逸脱しつつも、紙一重で世界を平和に保っていた結界が、今、消えたのだ。


 それは間違いなく好機。


 しかし、それに気づきつつも、しばらく待つ。


【可能性知覚】により、先に51層へ侵入した何者かが、今の自分では勝てないほどの強者だと理解したがゆえに。


 それが自身を消滅させ得る可能性を万に一つも持つならば、挑むべきではない。少なくとも、今は。


  それ」は静かに、侵入者が管理領域から立ち去るまで気づかれないように待ってから――――満を持して、ようやくに、転移した。


 場所は51層、『管理者の高座』へと。


「…………」


 生成された空気が満ちる屋内に移動したところで、「  それ」は繭のように全身を覆っていた翼を広げた。


 純白の六対十二枚の翼を広げる。


 その下から現れたのは、月の光を紡いだような銀色の艶やかな髪と、金色の瞳を持った美貌。女神のように豊満な肢体を惜し気もなく晒し、ふわりとガラスの床に降り立った。


  それ」は中央まで歩くと、上を見上げる。まるでミニチュアの恒星のように、けれど眩しくはない優しい光で輝く巨大な球体を。


 程なく、部屋の何処からか、柔らかい女性の声が降ってきた。


『ようこそ、フリズスキャルヴへ。現在、テラフォーマー007は正常に稼働しています。当該装置を操作するにはパンゲア政府発行の管理権限コードの提示が必要です』


「…………」


『……最上級管理権限コードを確認いたしました。おかえりなさい、ルシア・アロン。貴女はテラフォーマー007の全ての機能をご利用いただけます。何をなさいますか?』


「…………」


『……要請を受諾。人造亜空間、暫定名称【霊廟】を亜空間ごと破棄いたします。…………処理を完了。【霊廟】の完全消失を確認しました。……さらに操作を続けますか?』


「…………」


『……要請を受諾。「管理者の高座」を資源生産領域第50層へ移動します。51層が消去されますが、よろしいですか? また、その場合、50層と51層を封じていた外部魔導機【封神殿】の機能が、一部停止しますが、よろしいですか? ……要請を受諾しました。実行……領域の移動、および消去を完了しました。……さらに操作を続けますか?』


「…………」


『……要請を受諾。資源生産領域の再構築を開始いたします。領域設定を行ってください』


「…………」


『……要請を受諾。領域設定を保存設定ファイル【物理神界】へと変更…………注意! 現在、【神界】とのネットワーク接続が断絶しています! 【物理神界】を構築しても、【神界】の機能は使用できません! それでも再構築を実行しますか?』


「…………」


『……要請を受諾しました。閉鎖系資源生産領域を【物理神界】へと再構築します。再構築完了予定時間は、およそ720時間後です』


「…………」


『……続けて、要請を受諾しました。中枢階層に【神界防衛機構】を実体化します…………注意! 現在、【神界】とのネットワーク接続が断絶しています! 【神界防衛機構】を構築しても、【神界】の機能を使用することができず、性能が著しく制限されます! それでも実体化を実行しますか?』


「…………」


『……要請を受諾しました。……またのご利用をお待ちしております』


 全ての操作を終え、「  それ」は優しげな笑みを浮かべて頷いた。


 全ては善き未来に向かって進んでいる――と。



 ●◯●



 ビシリッ、バシリッ、ビキリッ!! ――と。


 破滅的な軋み音は、その間隔を徐々に短くしていった。そうしてアーロンたちがクロエの転移魔法によって姿を消してから数分が経過した頃、【封神殿】地下千五百メートルに建造された【神殿】は、遂に崩壊を迎える。


 ドォォオオオオオオ――ッッッ!!!!


 と、凄まじい轟音と共に崩落する【神殿】。


 膨大な荷重を一身に受け止めていた最後の柱も、限界を超えて亀裂が走り、その半ばから折れ、砕けることになる。だが、内部の【神骸】から供給される膨大な魔力によって、完全に崩壊するより先に、柱は修復される――――かと思われた、その寸前。


 表面に走っていた無数の魔力の光が不自然に途絶え、巨大な柱は為す術もなく崩壊した。


 ただ、その素材の強度ゆえに、ほんの数十分ばかり、崩落した【神殿】内部で小さな空間を支えることになる。崩落した天井を砕けた柱が、わずかに支えて生み出された小さな隙間。


 その空間に、柱のそばで血溜まりに倒れ伏していたアイクルの体はあった。


 両断された下半身は瓦礫に押し潰され、すでに形を失っている。残った上半身も、放っておけば、すぐに押し潰されることになるだろう。


 だが、そこへ。


 ずるりっと。


 砕けた柱の内部から、何かが蠢き出し、姿を現した。


 そこはすでに柱が発していた光もなく、暗闇に包まれている。しかし、もしも光源があるならば、砕けた柱から這い出したナニかが、赤と金色の二色から成る、不定形のナニかであると判っただろう。


 ナニかは、ずるりずるりと、蠕動し、蠢きながら柱の中から這い出して、そばに倒れていたアイクルの体へと迷うこともなく一直線に向かった。


 やがて、ナニかはアイクルの上半身を捕食するように、不定形の体を伸ばして包み込むように己の内部へと取り込んだ。


 アイクルの上半身を取り込んだナニかはグネグネと蠢き、形を変えていく。


 ソレが小柄な人型となるまで、ほんの一分足らず。


 床に手をついて、のそり、とソレは立ち上がった。その金色の瞳が、頭上――大地を透かして遥か地上を見通すかのように、上を見上げる。


「アーロン・ゲイル…………フィオナ・アッカーマン…………」


 薄紅色の小さな口唇から、幼くも、感情の読めない声が紡ぎ出された。


 それから何を思ったのか、次の瞬間、彼女は魔力を放出し、何処かへ向かって――――転移した。





 ★★★あとがき★★★


 ――というわけで、二重の意味でのサブタイでした。

 おかえりなさい&ハッピーバースデーです!

 コメント欄で度々予告していました通り、ようやくロリ神様が降臨なさいました。

 いやぁ、降臨までとっても長かった……(  ̄- ̄)遠い目

 ロリ神様はこれから積極的に絡んでくる予定です!


 とまぁ、これにて「スタンピード編」は終了となります。お付き合いくださりありがとうございました!


「スタンピード編」で書くべきところは、これで全て書いたので、このまま終了でも良いのですが……エピローグ的なアレというか、スタンピード編のリザルト的なアレとか、次に繋がる日常的なアレとか、何か色々書くかもしれません。数話くらい。


 そういうのを挟みつつ、次の話を本格的に投稿し始めるのは1月12日辺りを予定しています。


 というか、遅くても12日には更新再開するつもりですので、よろしくお願いします!


 あと来年初週あたり、「極剣のスラッシュ」のSS付きフォロワーメールが皆様に送信される……予定ですので、もしもフォローしてねぇやって方がいましたら、フォローしていただけるとSSが読めますのでお願いします!m(_ _)m



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