第200話 「ちょっと脅すだけだ」


「――フィオナ! 皆さん!」


 正門からキルケーの敷地に足を踏み入れ、戦闘で荒れ果てた庭園と、所々倒壊している家屋の様子に視線を向けながら、ガロンの先導で屋敷へ向かう。


 そうして建ち並んでいる屋敷のまだ無事な棟へ入っていくと、俺たちが来たことの報告を受けたのか、あるいは魔法か何かで気づいていたのか、ちょうど奥からやって来たエヴァ嬢が小走りに近づいてきて、飛び込むようにフィオナに抱きついた。


「エヴァ! 無事だったみたいね!」


「フィオナこそ! ……無事……ですわよね?」


 と、フィオナの服装を見て首を傾げる。


 まあ、コートのボタンを全て止めた姿ではあるが、いつもとは服装違うしな。今は双剣すら装備していない状態なので、何かあったのかと思ったのだろう。


 まさか、コートの下が下着姿だとは夢にも思うまい。


 ……いや、もしかしたら抱きついた感触で薄々気づいているかもしれんな。そんな顔だ。


「無事よ。怪我もないわ。……ここに来るまで屋敷の様子を見たけど、だいぶ酷かったみたいね、襲撃」


「これでもマシな方ですわ。ガロンたちが来てくれなかったら、確実にもっと被害は大きくなっていましたもの」


「あー、エヴァ嬢、感動の再会に水を差すようで悪いんだけどよ」


「あら、アーロンさん?」


 俺はここに来た用件を果たすため、エヴァ嬢に声をかけた。


 そもそもここに来たのはフィオナがエヴァ嬢を心配していたからというのもあるが、他にも二つばかり理由がある。その内の一つが――、


「ローガン、こっちに来てくれ」


「ああ」


「――ッ!? ローガン!?」


 前に出てきたローガンの姿に、エヴァ嬢が驚きを露にする。それは失踪していた旧知の人物が無事だったことに対する安堵ではなく、むしろ警戒するような表情だ。


 それも当然だろう。スタンピード直前にネクロニア中へ響き渡った「あの声」は、エヴァ嬢もまた聞いていたはずだからだ。


 だが、俺は驚愕するエヴァ嬢を落ち着かせるように口を開いた。


「エヴァ嬢、今のローガンは捕虜だ。とりあえず危険はない。んで、エヴァ嬢に頼みたいことがあるんだが……」


「頼みたいこと、ですの?」


「ああ、ローガンと、ローガンが担いでいる奴の身柄を預かってくれねぇか?」


 ローガンとノア。


 秘密結社クロノスフィアの構成員であり、その事情を知る二人。


 こいつらからは色々と情報を聞き出し、秘密結社のことについて喋ってもらう必要があるだろう。だが、今すぐとはいかない。スタンピードが完全に終息し、混乱が収まり、落ち着いて話をできるようになるまで、少なくとも数日は待つ必要がある。


 それまで、エヴァ嬢に身柄を預かっていてもらえないか、ということだ。


 正直【封神四家】は信頼に値しないが、エヴァ嬢は別だ。家門の意向に逆らって俺たちに協力してくれたエヴァ嬢なら、余計な手出しをさせることなく、ローガンたちの身柄を預かってくれるだろうと思った。


「それは……構いませんけれど、でも、それならそれで、アーロンさんたちで預かっている方が安全ではありませんの?」


「まあ……そりゃそうなんだが、こいつらは二人とも『スタンピードの黒幕一味』で、どっちも強すぎる。市街地にある俺の家や、クランの工房とかに置いとくわけにはいかねぇだろ? さすがに何かあった時の被害がデカすぎるからな」


 まかり間違ってローガンやノアたちと戦いになれば、それを鎮圧するにも周辺への被害がでかくなるだろう。いや、アンチ・マジック・リングを嵌めておけば無力化はできると思うんだが、それでも万が一を考えるとこいつらを市街地に置いておくのは心配だ。


 その点、四家ならば文字通り密室になっている地下牢とかあるしな。


 だが、エヴァ嬢としては別の考えもあるようだった。


「なら、ギルドに協力を要請してみては?」


 まあ、そうなるか。


 ギルドならば拘束するための場所も、監視しておくための人員も簡単に用意することができるからな。エヴァ嬢が提案するのも無理はない。しかし――それは却下だ。


 俺は首を振って答えた。


「ギルド長は四家の犬だ。勝手にローガンたちの身柄を引き渡される可能性もあるし、信用はできねぇよ」


 拷も――もとい、脅して斥候部隊を借りることには成功したが、所詮はジジイだ。信用することなどできないし、よしんば信用できたとしても、やはりギルドよりは四家で拘束してもらった方が色々と安全だろう。


「はあ……私としましては協力するのは構いませんけれど……次期当主と目されているとはいえ、キルケーを掌握しているのは飽くまで私の父ですわ。あのハ――父が、強引に介入してきたら、残念ですけれど今の私では抗うこともできませんの」


 と、エヴァ嬢は申し訳なさそうに言う。


 まあ、それはそうだろうな。俺もそれは分かっていた。だからこそ、ここに来た用件のもう一つを果たせば良い。


「じゃあ、俺をそのキルケーの当主殿と会わせてくれ。話をつけよう」


「えーっと……参考までに伺いたいのですけれど……何をするつもりなんですの?」


「なぁに、ちょっと脅すだけだ」


「…………ッ」


 俺はうっすらと笑いながら言った。それにエヴァ嬢は怯えたような顔をする。


【封神四家】はスタンピードを起こした側ではなかったかもしれない。しかし、スタンピードの黒幕が四家の人間であったのも事実だ。そして今の俺には、ローガンという証人もいる。


 本来は迷宮を踏破することで確固たる証拠を掴み、四家を問い質す予定だった。しかし、今はもうその必要すらない。


 確固たる証人が二人もいるのだから。


「もうこれ以上は、しらばっくれさせねぇよ」


 ローガンともども、知っていることを全て話してもらう。


 もしそれが嫌だと言うなら――――俺と四家で戦争だ。


「…………!!」


 エヴァ嬢はごくりっと喉を鳴らして、それから、


「……分かりましたわ」


 と、覚悟を決めた顔で頷いた。


「それでは、ローガンと、そちらの方……」


 エヴァ嬢はローガンに担がれているノアに視線を向け――――そして、首を傾げた。


「あら……? その方は……?」


「お嬢」


 ノアは俯せの状態で担がれていた。そのため、エヴァ嬢からはその顔が見えていなかったのだろう。ローガンが僅かに体勢を変え、ノアの顔をエヴァ嬢に見せるようにする。


「…………ッ!!」


 その瞬間、エヴァ嬢が両目を見開いた。


「お兄、様……ッ!?」


 その言葉に、周囲で聞いていた俺たちも驚いた。


 髪と瞳が同じ色だったから、もしかしたら親戚かもしれないとは思っていたが、まさかエヴァ嬢の兄貴だったとはな。


「生きて……いえ、それより……!!」


 と、確認するようにエヴァ嬢は真剣な眼差しでローガンを見上げる。


「お兄様は……敵側の人間……ということですの?」


 こうして気絶した状態で運ばれ、身柄を預かって欲しいと言われたのだ。ノアがどういう立場なのかは、簡単に察することができたのだろう。


「お嬢……ああ、そうだ」


 ローガンも隠すことなく肯定する。


「そう……そう、ですの……やはり、お父様方が口を濁していた相手は……」


 エヴァ嬢はしばし瞑目し――それから程なく、目を開けた時には動揺の欠片さえ見せず、こちらを振り向いた。


「アーロンさん、今ちょうど、アロンとグリダヴォルの当主様もウチにやって来ておりますわ。四家に対して話をするなら、お二方にも話をされた方が良いかと。……お会いになりますかしら?」


「ああ、会う」


「それでは……私について来てくださいまし。お父様たちは、外にいらっしゃいますわ」


 エヴァ嬢は頷き、俺たちの入って来た玄関から、屋敷の外へ出ていく。



 そして……。



「はあーっはっはっはっはあッ!! ≪極剣≫と呼ばれて増長したなぁッ!! この数に囲まれてはどうにもなるまい!! 幾ら強いと言っても所詮は空間魔法の使えない存在よ!! 四家にあらずんば人に非ず!! 【封神四家】キルケーが当主ッ、このアイザック・キルケーを怒らせてネクロニアで生けていけるとは思わないことだ!! 死にたくなければ今日、目にした全てに関して口を閉ざしッ、ローガンを置いて立ち去れぇえいッ!!」



 キルケーの敷地内。


 敵味方犠牲になった者たちが集められた庭園の一角で、俺は転移魔法で現れた大勢の空間術師たちに囲まれていた。


 どうしてこうなったのか、順を追って説明しよう。






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