第181話 「原初の巫女」
――ノアは右腕を除く、三つの手足を棺から取り出すことに成功した。
これで【封神四家】の持つ全ての【封鍵】が使用され、四つの棺の封印が解かれたことになる。
残る封印は一つ。しかし、鍵は四つしかなく、他に【封鍵】は存在しない。
ならば、最後の棺はどうやって封印を解かれるのか?
心配はない。
なぜならば、手足四つの封印を解くことそのものが、最後の封印を解くための「解錠の儀式」に他ならないからだ。
封印が解かれて消えた柱――【封棺】があった場所から、最後に残った一本の柱へ向かって、床と天井を光の筋が走る。
その光を追うように、精神的疲労から汗だくとなったノアも、最後の柱へと向かった。
そうして、最後の【封棺】――その中身を見上げる。
「これが…………【原初の巫女】ルシア・アロン……か」
そこには手足の存在しない、裸体の女性が封じられていた。
年の頃は二十代前半ほどだろうか。長く艶やかな銀髪を持ち、おそらくは金色の瞳をしている両目は、今は穏やかに閉じられていた。神が手ずからデザインしたように整った顔には、慈母のごとき優しげな笑みが浮かんでいる。
大きな胸の双丘も、全身の艶やかな肌も、腰のくびれも、細部に至るまで、体の全てが文句の付けようもないほどに整っている。
「なるほど……本物も、美しいね……」
きっと誰もが美しいと言うだろう、女性の姿だ。女神、というものを具現化したのなら、きっとこんな姿になるだろうと思うほどの。
【原初の巫女】――ルシア・アロン。
それがこの、棺の中に封じられた肉体の――元の持ち主の名だ。
だが今は、この肉体も巫女ルシアのものではない。【邪神】――そう呼ばれる古の神によって、ルシアは肉体を奪われた。
そう思って改めて見れば、美しいこの姿も、どこか禍々しく思える。緩く閉じられた瞼が、今にも開いてこちらを見下ろしてきそうな、得体の知れない怖さがあった。
「ふっ、まあ……エヴァちゃんの美しさには劣るけどね」
緊張を解きほぐすように、敢えてそう呟いてから、ノアは柱の表面に視線を向けた。
そこには光で作られた文字が浮かんでいる。
丸で囲われた、「開封」の文字。まるでそこを触れと言うかのように、文字と丸が明滅している。
「ふうぅー…………よし」
一つ息を吐いて、ノアはストレージ・リングから、足元に新たな【空間凍結】の魔道具を取り出し、置いた。
それは手足を収納した物よりも、さらにふた回りほど大きなケース型の魔道具だ。だが、大きいだけで機能は同じ。
側面の留め具を外して蓋を開けてから、ノアは立ち上がり柱に向き直る。そして――明滅する「開封」の文字に触れた。
「――――」
瞬間、柱が消失する。
宙に浮かぶ【邪神】の胴体。それに手を翳し、魔力で包み、転移で足元のケースの中へ。
一連の動作をまさに一瞬の内に終えて。
ダァンッ!! と、叩きつけるようにケースの蓋を閉じた。バチンッと留め具をはめて魔道具を起動する。
「――――」
凍りついたように数十秒、ノアはその場に固まっていた。
本当に大丈夫なのか? 【神骸】をこんなケースに容れた程度で、本当に短時間とはいえ抑え込むことができるのか?
そんな不安がノアの脳裡を過る。
しかし、幾ら待ってみても、ケースが内側から弾け飛ぶようなことも、蓋がひとりでに開くようなことも、ケースがガタガタと動くようなこともなく、何事もなかったかのように【邪神】が転移でケースの外に脱出し、こちらに笑いかけてくることもない。
異常は、ない。
そこまで確認して、ようやく、ノアは深く深く息を吐いた。
「ふうぅー…………よ、よし……!! これで、後は【神殿】の【模造封棺】に【神骸】を納めるだけだ」
胴体を納めたケースを亜空間に収納しながら、もうすぐだ、とノアは気を引き締める。
クロノスフィア神と協力し、多大な労力と金銭と犠牲を払って造り上げた、人造神器とも言うべき巨大魔道具――【神殿】。
それはとある神器と接続されることによって、本来の目的を果たす魔道具だ。
【神殿】がなぜ、【封神殿】直下千五百メートルという地下に建設されたのか?
その理由は、地下深くならば誰にも儀式が邪魔されないから――などという理由ではない。【神殿】を接続すべき神器が、その近くにあったからだ。
神器――「テラフォーマー007」が。
それは【神骸迷宮】と呼ばれる資源生産装置の核。地下深くに安置されたその神器に、【神殿】は機械的に接続され、「テラフォーマー007」の機能を利用することによって、【神骸】を操作、【神界】への道を開こうとしていた。
それがクロノスフィアの、ノアたちの目的なのだ。
最初から、神代よりも遥かに劣る技術で作った【神殿】ごときで、【神骸】をどうこうできるとは考えていない。しかし、神代の神器の中でも特に桁外れの力を持つ「神器テラフォーマー」シリーズを利用すれば、その可能性はある。
「神器テラフォーマー」シリーズを利用するための外部拡張装置こそが、【神殿】の役目なのだ。
ただし。
そのためには「テラフォーマー007」の全能力を集中する必要がある。要するに、迷宮を生成、維持、管理する余力がなくなってしまうということであった。
つまり、代償として【神骸迷宮】は完全に崩壊するかもしれない。それでも【神界】が解放されるならば全てが解決される。迷宮の崩壊など安い代償でしかない。
「さあ……!! これで、四家の長い歴史も終わる……!!」
万感の想いを胸に、ノアは最後の転移を行おうと、インターフェイスに登録した座標情報を読み出し、【神殿】内部に【空間感知】を発動した。
そして――、
「……………………は?」
脳内デバイスによって視界内に映し出された光景に、目を、疑う。
そこには瓦礫に腰掛け、夥しい汗を流しながら会話をする、二人の全裸のおっさんがいた。
――サウナかな……?
と、一瞬考える。もしかしてリストから読み出した座標が間違っていたのでは、と。
しかし、慌てて確認した【空間感知】の座標は、何度確認しても【神殿】のものだ。おまけに全裸のおっさんどもは、どちらも見覚えがある顔。
その内、片方に下された命令の内容からして、この二人がサウナで世間話をするおじさんたちみたいに、穏やかに会話しているはずもないのだが。むしろ殺し合いをしていて然るべき状況のはずだ。
それがなぜかてらてらと光を反射するほどの夥しい汗を流しながら、戦うでもなく会話しているという状況に、理解が追いつかないのだ。
「…………は?」
意味が、分からない……。
なぜ、こいつらがここにいる?
なぜ、【神殿】が、【模造封棺】が破壊されている?
なぜ、【神殿】にいるべき『神殿長』――クロノスフィア神の姿がない?
なぜ、なぜ、なぜ――。
「…………は?」
脳内を埋め尽くす無数の「なぜ?」に、しばし、ノアの思考は停止した。
こんなことはあり得ない。こんなことがあって良いはずがない。あと一歩で、あとほんの少しで【神界】を開くという神代以来の悲願を達成できるという段になって、こんなふざけたことがあって良いわけがない。
――僕たちがいったい、どれほどの労力と犠牲と代償を積み上げてここまで来たと思っている?
「…………」
血走った両目をわなわなと見開きながら、視界内に映る【神殿】の光景を凝視して――、
次の瞬間、ノアは【空間転移】を発動した。
浮遊感。そして視界が切り替わる。
肌寒いほどだった【霊廟】内部から、なぜか高温に熱されている【神殿】内部へと転移して。
「……ノア様」
ノアは自分の方を警戒しながら振り向いたローガンとアーロンの二人を無視して、ぎょろりとそれを――その【神殿】内部の惨状を、見回した。
そして放つ。
全力で。心から。魂の叫びを。
「――何だこれはぁあああああああああッ!!?」
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