第182話 「貴様らのせいだッ!!」
「何だこれはッ何だこれはッ何だこれはぁあああああああああッ!!? 何なんだこれはふざけるなぁああああああッッ!!!」
理解しがたい――いや、到底受け入れることなどできない現実を前に、ノアは両手で髪を掻きむしりながら叫んだ。
「貴様らがぁあああッ!! 貴様らがやったのかぁああああああッ!!?」
激しく顔を歪めて叫ぶその姿には、常日頃の余裕に満ちた雰囲気は微塵もない。それだけにどれほどの怒りをノアが抱いているのか、向かい合うローガンは理解したのだろう。
僅かに緊張した様子で、ごくりっと喉を鳴らして答えた。
「ええ、そうです。
「いやちょっと待てッ!」
だが、そのローガンの返答に横のアーロンが口を挟む。
「まだあまり状況を理解できてねぇが、これだけは言っておく。俺はローガンに利用されただけだ。俺に非はない。……そこんとこ、間違えんなよ?」
ローガンから聞いた話では、ここはクロノスフィアの重要施設らしい。それを破壊することに罪悪感など微塵もないアーロンではあるが、ローガンに「二人でやった」みたいに言われるのは、そこはかとなく受け入れがたいものがあった。
アーロンとしては壊そうとして壊したわけじゃないのだ。
全裸のおっさんに襲いかかられて、仕方なく応戦した結果だと言いたい。
それに――酒場などで絡まれ乱闘し、何かを破壊してしまった時、たとえどれほど自分が悪くても決して非を認めないことが、自分に降りかかる責任を軽減する方法だと、アーロンは学んでいた。言わばアーロン流処世術であった。最低である。
しかし――、
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいぃいいいッッ!!! 黙れッ!!」
ガリガリと激しく頭を掻きむしりながら、ノアはヒステリックに叫ぶ。
彼にとってアーロンの言い訳など、どうでもいいことだった。
「おいローガンッ!! なぜここに『神殿長』がいないッ!!?」
血走った目をローガンに向けて、問い質す。
【神殿】が破壊された原因があるとしたら、それはここにいて【神殿】を守っているべき『神殿長』がいないことだ。『神殿長』――クロノスフィア神が予定通りにここにいれば、たとえこいつらが何らかの手を使って【神殿】に侵入したところで、ここが破壊されることなどあり得なかった。
今、一番重要で絶対に守るべきなのは【神殿】だったはずだ。
そんなことは『神殿長』とて百も承知のはずだった。だというのに、なぜ、『神殿長』はここにいないのか?
ローガンは答える。
「さて……私たちがここに転移してきた時には、すでに『神殿長』の姿はありませんでしたよ」
「なんッだとぉ……ッ!!?」
その答えに、ノアは頭を抱えて考える。
(なぜここを放棄した!? 何か緊急事態が起きたのか!? それならばなぜ僕に何の連絡もない!? いやッ、仮に連絡する暇すらなかったとしても、ここの【空間凍結】を維持するだけで良いじゃないか!? それすらしなかったのはなぜだ!? まさかクロノスフィア神が死んだ!? いや、あり得ないッ!! インターフェイスのネットワーク接続は失われていない! クロノスフィア神が死んだのなら、僕らの能力が消滅するより先に、奴が核となって再構築した四家のネットワークが最初に失われるはず!! ならばクロノスフィア神が死んでいないのは確実だ!!)
ガリガリガリガリガリッ!! と、考える。
(ならばなぜッ!!? まさかクロノスフィア神が僕らを裏切った!? いやそれこそあり得ない!! 奴が今さら僕らを裏切っていったい何の得があるっていうんだッ!! それならばまだ、奴の自我が限界に達して正気を失うくらい痴呆が進行したとでも言われた方が納得がいく!! くそくそくそくそくそッ!! あのジジイッ、どうして僕の呼び出しに応じねぇんだよぉおおおおおおッ!!!!)
ブレイン・サポート・インターフェイスには、同様のインターフェイスを持つ者同士でしか使えないが、通話用アプリケーションが内蔵されている。
それを用いて先ほどからクロノスフィア神に連絡を試みているが、相手は一向に通話に応じる気配がなかった。
デバイスが頭蓋内に形成されている仕様上、ノアの呼び出しに気づいていない、などということはあり得ない。
――気づいていて、意図的に無視しているのだ。
「むぅううううううううううううッッッ!!!!」
と、髪ごと両手で頭を強く抱えながら、ノアは呻く。
諸々の疑問点に対して、今、この場では答えが出ないと結論付け、ならば現状を打破するために何をするべきかを思考する。
(【神殿】は柱一本残してほぼ全壊状態……だがッ、まだだッ、まだ何とかなるッ!! 「テラフォーマー007」は【神殿】からさらに数十メートル地下にある! 神器が無事ならまだやりようはあるッ!! そうだ! クロノスフィア神さえここに戻ってくれば、破壊されたばかりの今ならばまだッ! 【神殿】を大規模な【状態復元】の魔法で修復できるはずなんだッ!! いや!! それどころかここを【空間凍結】で現状保存しておけば、時間の制約はどうとでもなるッ!! ならばまだ、まだ終わっていないッッッ!!!)
希望はまだある。
まだ、巻き返しは十分に可能なのだ。
そう結論し、自身に言い聞かせて、ノアは今この場で自分がするべきことに思考を傾けた。
(【神殿】を修復するにしても、これ以上壊されるのも、修復した後こいつらにまた壊されるのも防がないといけない……ッ!! つまり、このクソどもをまず始末しなければ……ッ!!)
と、激しい憎悪と殺意を滾らせた視線で、ローガンたちを射貫いた。
思考の終わり。やるべきことは明確になった。ならば後はやるだけだ。
ノアはさっそく二人をぶち殺そうと動き出そうとして。
「――――?」
ふと、違和感。
そっと頭から手を外して、確認してみる。
「あ、……ぁあ……ああ……!!」
無意識に頭部を掻きむしっていた両手を、眼前に持ってきた。
そこには――、
「ぁあぁあぁあ…………どう、して……ッ!?」
あるはずのない物があった。
あってはいけない物があった。
それは金色の、細い糸のようなもの。
髪。
『適合者』化処置を自らに施してからは、とんと見なくなっていた光景。夥しいほどの、思わずぞっとするほどの――――大量の抜け毛。
「あり、得ない…………ッ、僕は……キルケーの呪いを、克服したはずだ……!!」
どうして。なぜ。こんなことに。
ノアは愕然とした顔で、見下ろした両手から視線を上げ、呆然と対面の二人を見つめた。
そして――、
「――――。――――貴様らのせいだッッッ!!!!」
激昂し、叫んだ。
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