第152話 「スラッシュ」


 剣聖最終スキル――【滅龍刃・零落】


 それは【神体】も【怪力乱神】も【神鎧】をもってしても、防ぐことも耐えることもできない技。喰らえば確実に死ぬと、刹那の攻防の最中、白金色の剣を目にしたアーロンは瞬時に直感した。


「その時点」において、アーロンにそれを防ぐ術は一つもない。唯一生き延びる可能性はローガンの攻撃を躱すことのみ。


 ――だが。


 この戦いにおいて、限界の限界の限界を幾度も乗り越えたのは、ローガンだけではなかった。


 この戦いを楽しんでいたのは、ローガンだけではなかった。


 まるで遊びに夢中になる子供がみるみると上達していくように、アーロンは生まれて初めて、戦いというものにのめり込み、その全ての感覚がかつてないほどに研ぎ澄まされていた。


 ――覚醒。あるいは、才能の開花。


 純粋な闘争に関して、アーロンのそれが真に開花したと言えるのは、今この瞬間だった。



 ――見える。



 刹那をさらに細切れにしたような、奇妙な時間感覚。



 ――解る。



 オーラの粒子、その一つ一つの流れさえ把握できそうなほどに感覚は鋭敏となり、ローガンの一挙手一投足のみならず、オーラの挙動を介してその思考さえ理解できてしまいそうなほどに。


 ローガンという砥石によって、アーロン・ゲイルという一本の剣が研磨されていく。


 鋭く。どこまでも鋭く。


 自分自身への果てしない憎悪。喪った友たちを想う悲痛。スタンピードを止めなければという焦り。仲間たちへの心配。黒幕どもへの殺意。自分たちを欺いていたローガンへの激怒。


 ありとあらゆる感情が、死線を潜り抜ける度に削ぎ落とされていき。


 今この瞬間、初めて、純粋な剣士として自身が完成されていく。


 ――だから。


「死」を目前にして、アーロンは凄絶に笑った。



「――――!!」



 神憑り的に鋭敏な感覚が、刹那の攻防の最中、ローガンに訪れた変化を嗅ぎつけていた。


 オーラの流れが、密度が、オーラの粒子の挙動が、それら全てがアーロンに「それ」が何かを教えている。


 白金色の剣が、どのように形成され、何を為すため剣なのか。


 未来予知にも等しい精度で、これから繰り出される技がどのようなものなのか、予測した。


 予測して、自身も剣にオーラを注ぎ込んだ。


 それはかつてないオーラの注ぎ方。剣とオーラの完全なる融合。初めての試み。だが、失敗の可能性は頭に浮かびすらしなかった。


 キンッ――と、鋭い音が鳴って。


「黒耀」は白金色の剣へと生まれ変わる。


 ――【瞬光迅】


 ローガンとほぼ同時、互いに距離を詰めた。間合いを喰らうのは、もはや思考と同じ速さだ。


 両者、互いを一刀に捉える至近で。


「ロォオオオオオオオオガアアアアアアアンンンン――ッッ!!!」


 叫び、アーロンは剣を繰り出した。




 模倣剣聖技――――【滅龍刃・零落】




 二人の中間で、両者の剣が激突する。


 キンッ――――と、技の高度さに比べると酷く軽い音を立てて、二人の腕は振り抜かれた。


「「――――」」


 瞬時、どちらも手の中から剣が消え失せている。


 互いの剣が、互いの剣を消滅させた。


 ならば、影響は何もないのか?


「「――――」」


 ――否。


 剣の消失から次への行動。そこへ移る刹那の時の中で、二人は見た。


 剣は消滅したわけではない。一瞬だけ、そう見えただけだ。


 互いの剣が互いの剣を喰らい合い、刹那の間にゾッとするほどの圧縮が繰り返され、小さく、小さく圧縮されただけだ。


 直後。


 両者の中間、剣が激突した虚空、その何もない空間にて、ポッ――と小さな、白い白い火の玉が生まれた。


 物質と融合したオーラの剣が内包するエネルギーが、圧縮され、凝縮され、一点に集束されたそれが、臨界に達してエネルギーの向きを反転する。その莫大な熱量を瞬時に解放する。


 すなわち、爆発。


「「――――」」


 それは白い閃光となった。


 音は極大の衝撃波と化し、1500メートルの地層を隔てた遥か地上、ネクロニアの街全体を微かに――それでも確かに、揺らした。



 ●◯●



「「――――」」


 意識を失っていたのか、それとも失っていなかったのかすら判然としない。


 視界が白く染まった次の瞬間、肉体は凄まじい速さで弾き飛ばされ、自覚した頃には互いに正反対の壁面を砕き、その内部に埋まっていた。


 意識の空白。


 それを感じさせるのは、喪失があったからではなく、吹き飛ばされ壁面に埋まるまでの経過が、あまりにも速すぎて認識できなかったからだ。


 だから、我に返った次の瞬間には、二人同時にオーラを爆発させ、壁の中から飛び出した。


 ダメージは共に極大。なぜ生きているのか、不思議ですらある。爆発の瞬前、二人ともが防御のためにできる限りのことをした。


 背後に跳躍し、迫る爆発の衝撃波に向けてオーラを噴射して相殺し、全身を遮二無二オーラで覆った。


 二人ともが同様に、生き延びるために瞬時に行った本能的防御行動。


「「――――」」


 それを持ってしても、ダメージは深い。壁から飛び出し床へ降り立ち――だが、痛みではない何かが膝から力を失わせる。


 これ以上はまずいと肉体が訴えている。痛みを無視してもなお、痛みを無視したからこそ、ここがボーダーラインだと告げている。


 だから二人は……、



 ――黙れ。



 と、本能を意思で捩じ伏せた。


 変わり果てた【神殿】内部。五本あった柱の内、四本はすでに影も形もない。天井も床も壁も、無事なところなど見つけることはできなかった。空気は高熱で揺らめき、地獄の様相と化している。


 その対角線上に、アーロンとローガンは互いの姿を見つけた。


 立っている。まだ戦うつもりだ。当然。どちらもそう考えて。


 二人同時に、ストレージ・リングから剣を取り出し、握った。


 ローガンは本日五本目の剣。用意した物はこれで最後だ。そんな事情をアーロンが知っていたわけではないが、それでもこれが最後になるだろうと、どちらも予感していた。


『活性剤』によるダメージの高速治癒も、【怪力乱神】によるダメージの無視も、互いに限界だ。


 すでに肉体は、どちらも悲鳴をあげていて、本能を無視してもなお、機能は停止する寸前にある。


「「――――」」


 二人同時、距離を詰めることなく、その場で剣にオーラを込めた。



 ローガンは――。



 ローガンはその瞬間、さらに、十数秒前の自分を乗り越えた。


 剣聖最終スキル。だがそれは、古の英雄の技ではない。ジョブとスキルという形をとって、ローカライズされた劣化版に過ぎないということを、誰に教えられるでもなく理解していた。


 だから。


 キンッ――と、手の中でオーラと融合した剣が実体を失い、白金色の光を発する剣と成り、それを振りかぶる。


 もはや、それに距離を詰める必要はないと知っていた。本来、空を高速で舞う龍を相手に、接近して斬る技など、不合理極まりないからだ。


 ゆえに、これこそが真に剣聖と謳われし神代の英雄が編み出した、正真正銘、龍殺しの剣。




 剣神技・第一位――――【滅龍閃・無見零落むけんれいらく




 その剣閃を見ること能わず、距離など無意味。刹那よりも速く刃は斬り裂き、何者も朽ちたように塵へと還す。



 対し、アーロンは――。



 振り上げた剣にオーラを注ぐ。


 どこか夢現な意識の中、それを選択した。



 初級剣技――――【スラッシュ】



 最後の最後、とことんまで追い詰められたその時、自身が頼るべきものはそれしかないと分かっていた。


【スラッシュ】剣にオーラを込める【スラッシュ】ただ斬り裂くことを目的として【スラッシュ】もはや何度使ったかも分からない【スラッシュ】最も基本的なスキル【スラッシュ】だが、そこには全ての剣技に必要な極意が秘められていて【スラッシュ】だからこそ。


 ――【スラッシュ】【スラッシュ】【スラッシュ】【スラッシュ】【スラッシュ】!!


 いったい幾つの【スラッシュ】を重ねたのかも分からない。いや、あるいは重ねたのではないのかもしれない。


 純粋に、研ぎ澄ましたのだ。


 キンッ――と、音を立てて黒耀が白金色の光を放つ剣へと変わった。




 極技――――【スラッシュ分かつ




 二人同時、距離を詰めることなく、その場で剣を振り抜いた。



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