第151話 「歓喜する」


 オーバースキル――【龍の息吹】


「――――!!」


 その破壊の光輝に呑み込まれる瞬前、アーロンは迫り来るオーラの奔流に向かって剣先を突き出した。


 我流剣技――【巨轟刃】


 巨大なオーラの剣が【龍の息吹】に突き込まれ、瞬時に爆発する。


 その爆風によって、【龍の息吹】が瞬間、裂けた。裂けて真っ直ぐな「道」が生まれる。


 おそらく半瞬も持たずに閉じてしまうだろうその道へ、アーロンは躊躇うことなく突入した。


 突入して――突き抜ける。


「ガァアアアアアアアアアアアアアア――ッッ!!!」

「!?」


 至近。


【龍の息吹】の奔流を真正面から引き裂いて、後先考えない餓えた獣のようにアーロンは現れた。対するローガンは無手。対し、アーロンはすでに剣を振りかぶっている。その剣身に宿る大量のオーラが、リィインッ!! と涼やかに鳴った。



 極技――【絶閃刃】



 至近距離からの【絶閃刃】に、ローガンは咄嗟に腕を交差する。



 我流戦技【神鎧】――変化【神鎧・龍鱗鎧】



 オーラの鎧の表面に【龍鱗】を展開。そこへ衝突した【絶閃刃】との間で、激しいオーラの火花が散る。


「ゥォオオオオオオオオオオオオオオ――ッッ!!?」


【龍鱗】といえど、至近距離からの【絶閃刃】を完全に防ぐことはできない。龍のような巨体ではなく、人間のような大きさ、そして脆弱さならば、【龍鱗】を断ち割った後の余力だけでも両断することは容易だ。


 だから。


 ローガンが両断されなかったのは、耐え切れないと瞬時に判断したからだ。


 踏ん張らずに足を浮かせた。


 激しい衝突は一瞬。その瞬間だけ耐えれば良かった。【絶閃刃】を受けてローガンは高速で吹き飛び、砲弾のような勢いで壁面に激突。壁を砕きながらめり込んだ。


「――ゴアッ!!?」


【神鎧】を貫いて全身に走る衝撃。盾にした腕は半ばまで斬り裂かれ、出血。ダメージは計り知れない。それでも移植された細胞と『活性剤』による桁外れの再生能力が、無数の損傷を凄まじい速さで癒す。


 戦いの興奮はすでに痛覚を限界まで軽減し、無視することを可能にしている。


 ゆえに――まだ、戦える。


 刹那の判断。その直後には、【神鎧】の背部からオーラを噴き出して、ローガンは壁の中から飛び出した。


「オオオアアアアアアアアアアアアア――ッッ!!」

「!? ヂィイイイイイイイイイイイ――ッッ!!」


 飛び出したその先で、追ってきたアーロンが野獣のように拳を振りかぶっていた。突進の勢いそのままに突き出されるその拳に、ローガンも瞬時に拳を合わせる。


 我流戦技――【真・轟衝拳】


 我流戦技――【爆龍拳】


 激突した拳と拳の間で、凄まじい爆発が生じた。


 再度――いや今度は、両者ともに吹き飛ばされる。広大な【神殿】内部の端から端まで容易く飛翔し、再び壁面にめり込んだ。


「「――――ッ!!?」」


 全身がバラバラになるのではないかという衝撃。


 どちらも、もはやそんなものに行動を制限されたりはしない。痛みもダメージもなかったかのように、当然のように動き出す。


 一瞬後、壁から飛び出すのも同時。ストレージ・リングから予備の剣を取り出したのも同時だった。


 半瞬すら停滞することなく、二人は床を踏み込み、消えるような速さで疾走を開始した。


 ――【瞬光迅】

 ――【天駆瞬動】


 三次元の立体的な機動で跳び回り、場所を移動しながら剣を交えていく。


「ゼェアアアアアアアアアアアアア――ッッ!!」

「グルァアアアアアアアアアアアア――ッッ!!」


 柱の側面に着地し、天井に降り立ち、壁面を疾走し、床へ向かって跳躍し、虚空を蹴りつけて間合いを詰める。幾度も幾度も剣を交え、オーラの雷が二人を中心として幾条も周囲に散乱する。


 すでに五本の柱の内、二本は砕け、さらに単なる攻撃の余波で龍鱗で覆われた柱が砕けていく。


 我流剣技――【裂光閃】

 我流剣技――【龍斬り】


 この戦闘中、ほとんどの時間使い続けた二人の剣技は、もはや極技にも近い領域へ練磨されつつあった。


 弾け飛ぶオーラの欠片でさえ、信じられないほどの高密度に圧縮された凶器と化し、それは龍鱗が拡散し、無害化できる閾値をすでに超えていた。


 荒れ狂うオーラの雷によって、その奔流によって、【神殿】内部が破壊されていく。


 その要である、五本の柱が次々と砕けていく。



 ――そうだ。これで良い。



 思う。


 それこそが、これこそが、エイルの望んだ状況であり、ローガンの果たすべき役割。【神前契約】によって秘密結社クロノスフィアに害なす如何なる行動も封じられたローガンが、柱を砕き得る龍殺しのスキルを持つローガンが、アーロンという敵を倒すために戦い、戦場となった【神殿】が、ローガンの意思とは関係なく仕方なく破壊されていくという状況が、エイルとローガンが望んだクロノスフィアを止めるための唯一の策だ。


 ただそれだけが、【神前契約】による制限に背かず、【神殿】を破壊できる唯一の策だ。


 クロノスフィアの蛮行を止め、世界の平和を守るための唯一の――



 ――ああ、本当に。



 思う。


 肉体も血液も脳髄も思考も、自分自身の何もかもが限界を振り絞り、即座に限界それを乗り越えていくような激しい戦いの最中、ローガンは歓喜する。歓喜して、確信する。



 ――ああ、本当に、世界の平和とかどうでもいいッッ!!!



 と。


 今、自分は、そんなことのために剣を振るっているのでは、断じてなかった。


 最初からそうだ。エイルの悲願に同調し、エイルの言葉を信じ、エイルのために協力した――と、ついさっきまで、自分自身でさえそう勘違いしていた。


 違うのだ。


 ただ自分は、野生の勘じみた直観によって、エイルに協力したその先に、この戦いがあると予感していただけなのだ。だからこそ、エイルに協力し、剣聖ローガン・エイブラムスとして得た数々の名声も地位も擲って、ここに来たのだ。


 アーロン・ゲイルと戦うために。


 きっと、この戦いに辿り着くために、自分は生まれてきたッ!!


 そう確信するほどの多幸感。


 今も。


「ジャァアアアアアアアアアア――ッッ!!!」

「ズゥァアアアアアアアアアア――ッッ!!!」


 高速で移動し接近し、一合、斬り結ぶ度に、まるで金槌で叩かれた鉄塊から鋭い剣が打ち出されていくかのように、実戦の中でローガン・エイブラムスという一本の剣が鍛錬されていくのを感じる。


 その誕生の産声が、弾けるオーラの欠片が、【神殿】内部を粉々に打ち砕いていく。三本目の柱が遂に砕け、無数の瓦礫と化して飛散する。


 だが――そんな光景は、もはや意識の端にも上らない。


 使命とか、世界の平和とか、友の願いとか……そんなものさえ、この戦いの中では必要のない不純物だ。


 ただひたすらに強く。


 ただひたすらに高みへ。


 鍛錬された力を即座に実戦の中で試し、その結果をもってさらに鍛錬と成す。


 それが、それだけが喩えようもない快楽なのだ。



 ――なぜ。



 微かに思う。


 それはこれまでの長い人生で、幾度も幾度も疑問に思ったこと。


 なぜ、自分はこんなにも強さに執着し、戦いに焦がれるのか。なぜ普通の人間のように、平和と平穏を愛し穏やかに生きる道を選ぶことができないのか。


 今、答えが分かった。


 愚問だった。


 そこに明確な理由など何もないのだ。


 ローガン・エイブラムスという人間が、きっと、そういう生き物なのだ。


 あるいは真理を目指す学究の徒が、至高の作品を求める芸術家が、音楽家が、絶え間なく研鑽を積む職人たちが、何の分野でも良い。何かの頂点を極めんとする多くの人々がきっとそうであるように、ローガンが強さを求めることに、名声や金、それらだけでは決して説明などできない、憧憬にも似た理由なき感情によって、自分はそうしているのだ――と。


「オオオオオオオオオオオオオ――ッッ!!」


 叫ぶ。疾走する。跳躍する。斬りかかる。


 一撃一撃に、確かな殺意を、ただ純粋に相手に勝利するために殺すという意思を込め、幾度も幾度も剣を振るう。


 それは自分だけではなく、互いがそうだった。


 もはや、野生動物じみた闘争本能だけが肉体を動かし、そこに何か高尚な理由や感情など、そんな「下らないもの」は介在する余地さえない。


 一瞬の油断が、偶然が、即座に死へ繋がるような死線しかないような場所で。


 それを幾度も幾度も乗り越えて。


 互いが互いを研磨する砥石のように、互いの鋭い刃を削り出していくような戦いの果てに。



「――――!!」



 その日、ローガン・エイブラムスは、遂に至った。


【神鎧】に覆われた左手の甲。今は誰の目にも触れないそこに、突如として「限界印」が浮かび上がったのを、ローガンは感じた。


 それが『剣聖』というジョブの成長の終わりであり、最後のスキルの修得を意味することも。


 ――【天駆瞬動】


 駆ける。


 駆けながら剣へオーラを込めていく。


 それまでの不格好なオーラの込め方ではない。ただオーラの内圧によって剣を崩壊に導く込め方ではない。剣が耐えきれないのは前提として、しかし、剣に浸透、あるいは融合させるように、さらにさらにオーラを込め、剣士として自身の願望を具現するための剣を生み出す。



 キンッ――!!



 と、一瞬、鋭い音が鳴って。


 次の瞬間には、ローガンの握っていた金属剣は消滅していた。


 だが、剣を失ったわけではない。


 それは薄青いオーラの光ではなく、幻想的な白金色の光で構成された、実体のない剣だった。


 固体、液体、気体の三態、あるいは物質の五態のいずれにも属さない、魔力が変じたオーラというエネルギーと結合した、物質でも魔力でもオーラでもない奇跡の状態。


 かつて。


 神代の英雄が編み出し、その強力さから「剣神技」としても上位へと列せられた剣技の到達点。


 適性のあるローガンですら、その困難さから、スキルの修得が今の今まで不可能だった、それ。




 剣聖最終スキル――【滅龍刃・零落】




 ――ありがとう。


 と、思う。ただただ思う。


 ありがとう、アーロン・ゲイル。


 君は、最高の男だ……!!


 自分をここまで至らせてくれたアーロンへの感謝、万感の想いを胸に。


「ォオオオオオアアアアアアアロオオオオオオオオンンン――ッッ!!!」


 ローガンは再び至近へと接近したアーロンに向かって、その奇跡の刃を振り抜いた。


 龍鱗ですら刹那も耐えることを許さず、万物を抵抗もなく斬り裂く防御不可の一撃。


 斬り裂いた者、物問わず、一切を塵と化し、消滅させる至高の刃を。



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