第150話 「思考は言葉を結ばない」
二人の動き出しは同時だった。
我流戦技――【瞬光迅】
オーバースキル――【天駆瞬動】
どちらも人間の限界を超えたような速度。時間を切り取ったかのように姿は掻き消え、互いの間合いは刹那の間に喰らい尽くされる。
我流剣技――【裂光閃】
我流剣技――【龍斬り】
オーラを纏った互いの剣を、疾走の勢いそのままに叩きつけ合う。
剣と剣の衝突が爆発のごとき大音を生む。そして衝撃。剣から返る力により、互いの剣は弾かれ合う――のを、どちらも拒絶して。
「ガァアアアアアアアアアアアアア――ッッ!!」
「ゴォオアアアアアアアアアアアア――ッッ!!」
野獣のような雄叫びと共に、両者はさらに力を込めた。
手首に返る衝撃を捩じ伏せるように力を込め、無理矢理に剣を振り抜こうとする。鍔迫り合う剣と剣の間で、剣身を覆うオーラの攻防。喰らい、喰らわれ合うオーラを制御しさらにオーラを注ぎ合う。弾かれたオーラの一部は制御を失い、二本の剣の間から幾条もの雷のように周囲へ迸った。
地下施設――【神殿】の内部で、雷雲のただ中のような破壊の嵐が吹き荒れる。
二人の攻防の余波は、天井を、床を、壁を、柱を舐めていく。
柱だけはその表面でオーラの雷撃を弾いたが、床や天井は雷撃によって亀裂を生み、砕けていった。金属製の床や天井――だが、吹き荒れる雷撃は本物の雷ではなくオーラだ。
暴れ狂うオーラの雷は、至近にいる二人にも襲いかかっている。
「ヅゥウアアアアアアアアアアアア――ッッ!!」
「ゴゥアアアアアアアアアアアアア――ッッ!!」
だが、どちらも痛痒を感じた様子はなく、鬼のような修羅のような形相で叫びながら、力の限りに鍔迫り合いの攻防を続けていた。
アーロン・ゲイルは【怪力乱神】の特性によってオーラの雷条を無効化し、ローガン・エイブラムスは【神鎧】の防御力によってそれを弾く。
並みの上級探索者であれば、ただ一条だけで死んでしまうような雷撃の嵐の中心で、二人は力ずくで相手を捩じ伏せるような――だがその実、高度で精密なオーラ制御による攻防を繰り広げていた。
――数秒。
【神殿】内部が地獄のような様相に変化してから数秒。
遂に鍔迫り合いの攻防の中心点、噛み合う剣と剣の接触点で、二人でも抑え込めないほどにオーラの圧力が高まる。それは次の瞬間、臨界を迎えた。
ドッ――!!!
と、爆発。
無形のオーラが波となって爆ぜる。
それは地上であれば、幾つもの家々を根こそぎ基礎から吹き飛ばしそうなほどの、破滅的な爆風。
――だが。
「オオオオオオアアアアアアアアアアアアアアア――ッッ!!」
「ゼェエアアアアアアアアアアアアアアアアアア――ッッ!!」
中心の二人は吹き飛ぶこともなくさらに踏み込み、互いに剣を繰り出した。
此度の剣撃は鍔迫り合うことなく、互いが互いの鎬を削る。剣を覆ったオーラの表面で敵の剣を受け流し、あるいは敵の剣を覆うオーラを削り取る。そうして有効な一撃を加える隙を作り出すべく、互いに斬撃を重ねていく。
一合。
二合。三合。四合。五合。
六、七、八、九、十、十一合――――。
わずか数秒の間に十を超える剣撃を繰り出し合い、なおも止まらない。
一合、剣を打ち合う度に、どちらもその剣速が上昇していくという異常な状況。
オーラが爆ぜる剣撃音は、もはや継ぎ目も分からないほどの高速で連なっていく。爆ぜたオーラが雷のように飛散し、ついでのように【神殿】を破壊していく。
まるで剣舞のように繰り出される剣撃は、予定調和染みた精確さだ。そこだけを見れば、これが殺し合いであることを忘れそうになるほどに、美しい剣舞。
そう思うのも無理はない。
これは実戦の中における剣舞なのだ。
互いが互いの繰り出す一撃を、そのタイミングを、軌道を、相手の呼吸を理解し合いながら剣舞を重ねる。だが、それは一合ごとに死へ近づいていく死の舞踊だ。
一合打ち合う毎に、どちらも成長していく。次の一合は、どちらもより速い。
剣撃を繰り出すタイミングが、その軌道が、相手の呼吸が、常に変化成長していく剣舞において、その変化について行けなくなったどちらかが死ぬ。
どちらも敵の成長について行くために、そして敵を上回り引き離すために、さらにさらにさらに高速でと剣を繰り出していく。
まさに必死な状況が集中を際限なく高め、一瞬の間に自らの限界を超えていく。
血液が、脳が、思考が沸騰しそうなほどに高速で巡る。もはや、思考は言葉を結ばない。言葉では遅すぎる。
だから言葉による思考ではない。
激しい剣舞の裏側で、ローガンはこの奇妙な状況についての考察を重ねていた。
なぜ、アーロンはこの速さの戦闘について来れるのか、という。
アーロンのことについては調べた。調べに調べた。ゆえに、信じがたいことだが、アーロンが『初級剣士』ジョブであるということも、ローガンはすでに知っているし、信じている。
だから、そのジョブ補正による身体能力が、固有ジョブを持つ自身について行けるものでは到底ないことを知っているのだ。
加えて今の自身は、固有ジョブというだけではない。【邪神細胞】を培養して生み出した生体組織の移植により『適合者』となり、『活性剤』によりその機能を十全に働かせ、さらに【神鎧】を全身に纏うことで、自らの動作に外部から補助を加えてもいる。
それにより、ローガンは人間の限界を何段階も振り切ったような高速戦闘を成立させていた。
対し、アーロンがなぜこのレベルの戦闘について行けるのか。
ローガンは剣舞の最中にもアーロンを観察し、その異変に気づいていた。
まるでオーラの化身のように全身が淡く光り輝く姿へと変わったアーロン・ゲイルの、その輪郭が「揺らいで」いるのだ。
あまりの高速に輪郭を捉えられないというわけでも、残像を見ているというわけでもない。文字通りにアーロンの肉体は、その輪郭は揺らいで見えた。
特に、動き出しの節目節目でその「揺らぎ」は強くなる。
何のための揺らぎかはすぐに解った。
――オーラの放出だ。
全身からオーラを噴出させ、それを推進力として、動作を無理矢理に加速させている。
もしも生身で行えば、筋肉は断裂し、骨は砕け、皮膚は裂けて一瞬で肉体はバラバラになるだろう。おそらくは、それほどの負荷に耐えるための「オーラの体」なのだ。
これほどの神業を、すべて「オーラの利用と制御」だけで成立させているという不条理に――ローガンは笑った。
追いついたと思った。
追いつけていなかった。
――ならば、自分はまだまだ強くなれるッ!!
「ヂィイイイイイイイイイイイ――ッッ!!!」
「ガァアアアアアアアアアアア――ッッ!!!」
二人の剣舞はさらに激しさを増す。
もはや残光だけが閃くような速さで、音が奇妙にズレて聞こえるほどの。
だが、やがて至近からの斬り合いにも終わりは訪れる。成長に成長を重ね、さらに成長した二人の剣速が、今辿り着ける肉体の限界に到達して、なおも決定打を放てないという状況。
――埒が明かない。
そんな結論に辿り着いたのは二人同時。
そして――剣舞を止めて背後に跳び退いたのも二人同時だった。
間合いを開け、仕切り直し――などと、考える暇もない。
背後への跳躍。そして着地。それとほぼ同時に、どちらも高速での移動を開始する。
――【瞬光迅】
――【天駆瞬動】
床を、壁を、天井を、柱を――それどころか空中さえ足場にして、流星のごとき速さで二人は【神殿】内を乱舞する。
縦横無尽の三次元軌道。
床で、壁で、天井で、柱の側面で、空中で、二人は衝突し剣を叩きつけ合い、その度に攻撃の余波がオーラの雷となって爆ぜる。爆雷のごとき轟音が響き連なるその間隔が、激突を経る度に短くなっていく。
破壊されていく【神殿】
その中で続く攻防は、もはや上下の感覚すら曖昧になるほどだった。
砕けた天井の一部が、壁の一部が、柱の一部が下に落下するその前に、二人は高速で移動し剣を幾度も交えている。落下する瓦礫の行く先を見届けることもできない中、二人は完全に上下の感覚さえ失っていた。
だから。
もしも勝利の女神が微笑んだのだとしたら、それはローガンに、だったのだろう。
剣を交え、退避したその先に、ちょうど落ちてきた巨大な瓦礫。アーロンが床と天井を勘違いし、退避する先を誤った――のかは、定かではない。
「!?」
気づくのは刹那、回避は一瞬。
だが、現在の状況において、それは大きな隙となった。
「ゴォオオアアアアアアアアアアアアアアア――ッッ!!!」
剣にオーラを叩き込む。
ローガンは回避した先のアーロンへと、剣を振るった。
瞬間、剣は塵と化して砕け、莫大なオーラが奔流となって解き放たれる。
剣聖スキル【壊尽烈波】――オーバースキル【龍の息吹】
まさしく龍の息吹のごときオーラの津波が、光輝なる破壊の嵐と化して迸り、アーロンを呑み込んだ――。
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