第149話 「俺は、戦闘狂じゃねぇ」


 ローガンを取り囲んだ【連閃刃・籠目牢】。


 幾つものオーラの刃が、ローガンに向かって殺到した。奴は斬撃を弾いた直後であり、迎撃も回避もできないタイミングだった。ゆえに、完全に勝利したと確信した次の瞬間。


 パァンッ!!


 と――奴の纏う全身の衣服が、内側から弾け飛んだ。


 そこへ殺到する無数の斬撃。しかし、オーラの刃はローガンの肌を斬り裂くことなく、ヌルリと、まるで表面を滑るように受け流され、足元へと流れ落ちていった。


 斬ッ!! と斬り裂いたのは、奴の足元――床の表面だけだ。


 見る。


 奴の体表をうっすらと覆う、オーラの輝きを。


 それは龍の鱗のような形をしていた。


「――【龍鱗】……ッ!?」


 思わず呟いた。その名を。


「ああ、君はこれを【龍鱗】と呼んでいるのだったな……どうかね? ちゃんと再現できているかね?」


 ローガンは笑う。


「言っただろう? 君のことは姿を消している間も調べていたと。君の戦い方、そして君の技も、目撃したのはクランメンバーだけではない」


 それでも、ローガンが直接この技を見たことはないはずだった。


「伝聞だけで再現するのは難しかったがね……君が使える技を一つ一つ思い返せば、そして、この服が弾け飛ぶという特性を考えれば、どの技をどんなふうに応用したのかは推測できる……」


「…………ッ!!」


 全身を、怖気にも似た戦慄が走り抜けた。


 たったそれだけで、見たこともない技を再現したというのか。そして、全身に一瞬で展開できるまで、技の練度を高めたというのか。姿を消していた僅かな期間に。



 ――――天才。



 ジョブが優秀だとか、変な組織に体を改造されたとか、変な薬を飲んでドーピングしているとか、そんなことが些末に感じるほどの、凄まじい才能。


 なぜなら【龍鱗】は、能力ではなく磨き抜かれた技術によって、初めて使えるようになる技なのだ。


 理解する。


 ――ああ、なるほどな。


 ローガン・エイブラムス……こいつは確かに、戦いの天才って奴なのだろう。


 奴は続けて、こう言ったのだから。


「この技……【龍鱗】のさらに先の技も、私は開発したのだがね。アーロン……本気を出さない君相手には、使う必要を感じないな」


「て、めぇ……ッ!!」


 挑発。


 かつてギルドの地下訓練場で立ち合った時には、いくら挑発されようが何とも思わなかった。


 そりゃそうだ。俺は、戦闘狂じゃねぇ。本当は、戦いなんて嫌いなんだ。だけど――、


「アーロン、出させてくれないのか……私に、本気を」


「――――ッ!!」


 ぶるり、と全身が震える。


 ローガンはスタンピードを起こした憎い敵。そのはずなのに……胸の奥が熱くなり、無意識に口角がつり上がる。


 ぞくぞくするような高揚感。


 こんな感覚は初めてだ。


 ただただ純粋に、目の前の敵に勝ちたいと思うような気持ちは。


 実力伯仲した相手とギリギリの勝利を競い、それをもぎ取りたいという欲求は。


「良いぜ……やってやるよッ!!」


 獰猛に笑い、叫んだ。


 その瞬間、俺の頭の中から、この地下空間が崩落するかもしれないという懸念は、綺麗さっぱり消え去った。そんなことを心配しながら、勝てる相手じゃないのだ。


 俺は全身にオーラを纏う。


 ――【龍鱗】


 パァンッ!! と、身に着けていた衣服が、全て弾け飛ぶ。


 それを見たローガンが、


「待て、なぜ裸になる?」


 とボケたことを聞きやがるから、俺は正直に教えてやった。


「分からねぇか……? 拘束具を、外したんだよ……!!」


「……。……いや、分からないが……」


 おいおい、お前が本気を出せと言ったんだぜ、ローガン。


「まさか、俺が伊達や酔狂で全裸になったとでも、思ったか……? これから先の領域じゃあ、服なんて動きを阻害する枷にしかならねぇんだよ」


 凄まじい高速で動き回る時、どうしても服は邪魔になる。空気から受ける僅かな抵抗すら、高速になればなるほど、飛躍的に上昇してしまうからだ。


 だから服は、要らない。


「分かんだろ、ローガン……お前も、全裸の領域に至ったのなら」


 俺の全裸は伊達じゃねぇんだ。意味もなく服を脱いだことなんて…………一度もないッッ!!


 それをローガンも理解したのだろう。「なるほどな」と頷いた。


 さもありなん。ローガンは【神降ろし】をしたフィオナ以外で、唯一、同じ全裸領域に至った者だ。俺の言葉の意味が理解できないはずもなかった。


「出してやるよ……!! 正真正銘、全力全開、全身全霊の本気をな……ッ!!」


【スラッシュ】を起動し、魔力をオーラに変換する。


 変換したオーラを剣ではなく、自身の肉体、全身へ浸透させていく。


 皮膚、筋肉、神経、血管、骨格、脂肪組織――それらよりもさらに小さな、肉体を構成する細胞の一つ一つまでも、オーラでコーティングするように。


 自身の肉体を、あたかもオーラで置換するように。


 これから肉体にかかるだろう、極大の負荷にも耐えきれるように。


 あるいは、肉体が破壊されたとしても、継戦能力を失わずに済むように、無理矢理に正常な肉体の形を保つために。


 やがて、俺の全身は肉体それ自体が光り輝くオーラと化す。




 我流戦技――――【怪力乱神】




 この状態ならば、手加減する必要はない。


 自分の体が保たないからという理由で、手加減する必要はない。


「なんッ、という……ッ!!」


【怪力乱神】を前にして、ローガンは凄絶な顔で笑った。


 戦慄するような、恐怖するような、だがそれ以上に歓喜するような顔で。


「素晴らしいぞ、アーロン……ッ!! ならば、君の本気に応え、私も本気を出そう……!!」


 次の瞬間、ローガンは全身から、莫大なオーラを放った。


 それは奴の全身を覆うように集束し、凝縮し、形を成していく。


 その途中、オーラ光に包まれたローガンが説明する。


「先ほど、【龍鱗】のさらに先の技と言っただろう? だが正確には、少し違う。これは【龍鱗】を含む様々な技の複合であり、それら全ての昇華系だ。私はこの技を――」


 目も眩むような光が、徐々に収まっていく。


 だが、光は完全には消えない。



「――【神鎧】と、名付けた」



 現れたのは、莫大なオーラで構築された全身鎧。


 ローガンは一糸纏わぬ全裸に、光り輝く全身鎧だけを身に纏い、そこに立っていた。


 まるで神話の中の英雄のような、尋常ならざる出で立ち。


 その威圧感は、俺がこれまでに相対したどんな敵をも上回る。


「「…………」」


 もはや互いに、言葉など必要ない。自分の全力をぶつけ合うことのできる敵がいる。自分の全力をぶつけても壊れない敵がいる。ただそれだけで十分だった。


 ――だから。


 次の瞬間、俺たちは同時に動き出し。


 そして空気が爆ぜた。



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