第126話 「気負う必要はありません」
★★★重要なおしらせ★★★
前話での主人公の「スープ一杯」発言について、読者の皆様に誤解を与えてしまったことを報告いたします。
ギルド長が食べたスープは一人用の小鍋であり、一人分の分量しか入りません。
そして主人公に作られたスープもまた一人分であり、ギルド長と主人公が食した量は完全に同じということになります。
スープ皿も相応の大きさで想像していただければ幸いです。
以上、重大な設定に対する描写が曖昧かつ誤解を招く表現だったことを深く反省し、ここにお詫びいたします。
大変申し訳ございませんでしたm(_ _)m
★★★以下、本編始まります★★★
『闇鴉』の10人は≪極剣≫アーロン・ゲイルを先頭にして雪原階層を進んでいく。
そのルートは数多くの魔物たちの住み処である森や、フロスト・ドラゴンの巣を突っ切っていく最短ルート――――では、なかった。
アーロンはその類い稀な【魔力感知】にて魔物たちを避けつつ、さらに遠回りになっても安全なルートを選択した。
それは時に正規ルートよりも遠回りな道のりだ。
「あの、極剣殿」
そういった道を敢えて選択していることに気づいて、隊長は声をあげた。
≪極剣≫が狂ったように何度も繰り返し、雪原階層を攻略していることは知っている。『氷晶大樹の芯木』で木剣を作るために集めていることも。
つまりそれは、この階層に慣れているということだ。
「極剣殿ならばもっと時間効率の良いルートをご存知なのでは? なぜ、このような遠回りのルートを進まれるのですか?」
対するアーロンの回答は簡潔だった。
「魔物との遭遇が少ない、最も安全なルートを選択していますので」
予想していた回答。だがその言葉は、隊長たちにとって望むものではなかった。
自分たちが足手まといだから、そうしていると言われているようで。
「……確かに私たちは戦闘でお役に立つことは難しいでしょう。しかし、もしも私たちに気を遣われているのでしたら、お気遣いは無用に願います。極剣殿のお邪魔にならない程度には、上手く立ち回れるつもりです」
少しばかりむきになって隊長は言った。
だが、それにアーロンは「ふふ」と子供をあやす大人のように笑う。
「……っ!?」
一瞬、何もかもを見透かされているような気がした。
「なに、気負う必要はありません。ゆっくりと進みましょう。無理をしても良いことなどありませんよ」
「……分かりました」
そう言われては返す言葉などない。隊長は完全に納得したわけではないものの、反論を胸の内に仕舞い込んだ。
一抹の不安。
今の≪極剣≫が戦えるのかどうか。
それはいざ戦いになった時に判明するだろうと思いながら。
そして――。
「……む? これは、いけませんね」
数時間後、その機会はようやく訪れた。
足を止めたアーロンが警戒したように呟き、空の彼方を睨む。
「極剣殿、どうされました?」
「どうやら、フロスト・ドラゴンに気づかれてしまったようです。……間もなく、こちらに来ます」
それを聞いた瞬間、不謹慎ではあるが、隊長は密かに喜んでしまった。
これでようやく、≪極剣≫の戦いぶりを見れると。
そしてもしも戦えない体調にあるならば、引き摺ってでも帰還しようと決意する。
「……来ましたな。極剣殿、私たちに指示を」
程なく、隊長たちの目にも、空を飛んでこちらへ向かって来るフロスト・ドラゴンの姿が見えた。
指示を仰げば、アーロンは迷う様子もなく頷いて告げる。
「では皆さん、隠形を保ったまま、ここから動かないでください」
「――は?」
ただ、その指示は隊長たちの予想とは違うものだった。
隠形を保つのは分かるが、ここから動かないのは危険ではないか。そんな疑問を言葉として発するよりも前、まだフロスト・ドラゴンが遠くにいる段階で、アーロンはスキルを――――いや、技を発動した。
模倣斥候技――【陽炎】
それは薄いオーラを体外に放つことで光をランダムに屈折させ、陽炎のようなゆらめきを生み出すスキルだ。
オーラ自体が放つ光と、ランダムに屈折する光。それは【陽炎】を纏った部位の目視を困難にさせる。
通常は自分の体全体に纏うか、敵と自身の間に展開することで、こちらの動きを目視できなくさせる。あるいは熟練者になると、戦闘中ずっと腕や足などへ限定的に纏わせることで、常に攻撃の軌道や間合いを読みづらくさせたり、移動する方向や予兆を捉えづらくさせたりもする。
だが、アーロンのそれは隊長たちの知る、どの【陽炎】の使い方とも違っていた。
「――――ッ!?」
オーラが迸る。
【陽炎】で発現するのは攻撃性のあるオーラではない。しかし、膨大なオーラの量は隊長たちを本能的に身構えさせた。
アーロンが発したオーラはアーロン自身だけではなく、隊長たちをも包み込んで、そのさらに先へと広がっていった。
あまりにも広範囲の【陽炎】
スキルに許された範囲を大きく逸脱したそれは、もはや隊長の知る【陽炎】とは全くの別物だった。
(何ということだ……!! 何も……見えんッ!!)
周囲が暗闇になった、というわけではない。目に映る光景の全てが、ぐにゃぐにゃと大きく歪み揺らめいて、ありとあらゆる物の輪郭が崩壊しているのだ。
目を開けているだけで気分の悪くなるような光景。三半規管が弱い者なら、まともに歩くことさえできないだろう。そしてそれは、隊長たちでさえ大きな違いはない。
視覚が当てにならない以上、下手に動くのは危険だ。
(それだけではない。これは、魔力とオーラに対する知覚も阻害しているのか……)
加えて、辺り一帯にばらまかれた薄いオーラが、魔力とオーラを知覚しにくくさせていた。
つまり、これは視覚と魔力とオーラ、三つの感覚を阻害しているということ。おそらく、こちらへ接近していたフロスト・ドラゴンは、自分たちがどこにいるか、正確には把握できなくなったはずだ。
(私に分かるのは、数十メートル先まで【陽炎】が展開されているということくらいだが……)
阻害された知覚範囲をつぶさに観察することで、そのくらいのことは把握できた。
(しかし、ここからどうするつもりだ? フロスト・ドラゴンは【陽炎】が展開された領域全てを警戒しているはず……奇襲の効果は薄い)
ここから動かなければ、上空からブレスを吐かれて一網打尽にされるだけだろう。
フロスト・ドラゴンに攻撃を仕掛けるにしても、わざわざ【陽炎】を広範囲に展開する必要はないように思えた。
そう、攻撃するならば。
模倣斥候技――【空蝉】
直後、隊長たちはアーロンの体から幾つもの気配が発生し、三方向へ疾走していくのを感じた。
気配の数は非常に多く、【陽炎】によって感覚を阻害された隊長たちでは、正確な数を把握することはできなかったが、それは33人分の気配だ。
33人分の気配が11人ずつの三つの組に分かれ、別々の方向へ疾走していった。
その意味を察することができない斥候などいないだろう。
敵の意識を逸らす、混乱させる。期待できる役割は一つではないが、自分たちが動かない以上、おそらくは敵を見当違いの方向へ誘導する――それが目的のはずだ。
(だが、可能なのか?)
隊長がそう疑ったのは、本来、【空蝉】は遠くまで移動させられるスキルではないからだ。
薄いオーラの塊を放ち移動させることで、自身の気配、その動きを欺くのが【空蝉】というスキルだ。謂わば、それはオーラで作ったデコイである。
しかし、当然ながら遠く離れるほどデコイの操作や維持は難しくなる。熟練者でも100メートルを超えて維持するのは至難の業だ。
ましてや、アーロンが放ったデコイは一つだけではないのだ。
そして、如何に気配の動きに釣られても、【空蝉】それ自体を目にすれば、それがデコイに過ぎないと簡単にバレるはずだ。なにせ見た目は、ただのオーラ塊にすぎないのだから、注意を逸らせるとしても数秒が限度。
(無理だ……)
隊長たちには、どう考えてもアーロンの企みが成功するようには思えなかった。
だが……、
「良かった。どうやら、成功したようですね」
程なく、展開していた【陽炎】を解いて視界が元に戻った後、振り向いたアーロンは穏やかに微笑みつつ、そう言った。
「バカな……!!」
「本当に……?」
「嘘だろ……!?」
空を見上げて確認すれば、こちらに背を向けて遠くへ飛んでいくフロスト・ドラゴンの姿が辛うじて見えた。
それは斥候スキルに精通している彼らだからこそ、余計に信じがたい光景であった。
「いったい、何をなさったのです……?」
「ああ、それは……」
愕然と隊長が問えば、アーロンは何でもないように種明かしする。
アーロンの説明によると、【陽炎】を展開したところまでは隊長たちが把握している通りだ。しかし、疾走させた【空蝉】にフロスト・ドラゴンの目を惑わす秘密があったのだという。
「こういう感じで、雪を巻き上げつつ疾走させ、さらにデコイ内部に雪を取り込んで偽者だと分かりづらくさせたんですよ」
と、実際に隊長たちの目の前で実演してみせる。
アーロンはいとも簡単に作り上げたデコイを高速で疾走させつつ、その余波で雪を巻き上げていた。すると通り道に一筋の雪煙が舞い上がる。これはたぶん、デコイに実体があると錯覚させるためだろう。
さらに同時、舞い上げた雪の一部をデコイ内部に取り込むことによって、人ほどの大きさのデコイを白く染め上げてみせた。
それは遠くから見れば、雪を利用して姿を隠しつつ、高速で疾走する人影に見えるかもしれない。おまけに不意をつくように広範囲の【陽炎】から三方向別々に、かつ人数分のデコイを走らせたのだ。三つの組のどれかに姿を隠して逃げようとしている――敵が咄嗟にそう判断する可能性は高いように思えた。
「あとはまあ、二つのグループのデコイを程々のところで解除して、残る一つのグループをできるだけ遠くに走らせて、フロスト・ドラゴンに追わせた……という感じですね」
簡単に言うが、もちろんそれは簡単なことではない。
そもそも遠くまでデコイを維持しつつ疾走させるなど、普通はできないのだ。
「なん、という……ッ!!」
ぶるり、と隊長は震えた。
いや、隊長だけではない。今目の前で繰り広げられたあまりにも高度な技術に、『闇鴉』全員が驚愕に体を震わせる。
アーロンは戦ってはいない。しかし、戦わずにして、自分たちを46層まで連れて行くに十分な力量を示してみせたのだ。体調は悪いように見えるが、その影響は軽微なのかもしれない。
(いや、もしかすると体調が悪いからこそ、こうまで戦闘を避けることに固執しているのか?)
だとしても、それは自身の調子を正確に把握している、ということになる。その上で今回の探索に問題はないと言い切ったのだから、やはり自分たちが心配するようなことはないのだろう、と隊長は思った。
(それに、わざわざあんなやり方でフロスト・ドラゴンを欺いて見せたのは……もしや、私たちを教え導くつもりなのでは……?)
隊長は想像の翼を広げ、妄想の世界へと飛翔する。
これまでの≪極剣≫に対する調査と、クラン≪木剣道≫に対する調査から、アーロンが様々なジョブのスキルを模倣できる可能性については、すでに把握していた。
しかしまさか、斥候スキルにも精通しているとは予想外だった。
隊長は推測する。おそらくアーロンは純粋な斥候としてではなく、普段は戦闘をする者の立場から、斥候スキルの新たな可能性について自分たちに教えるつもりなのではないか。だから戦闘を避け、自身も斥候のように立ち振る舞っているのではないか。
(【陽炎】の領域拡張に、【空蝉】の応用……あれらをそのまま真似するのは至難にしても、私たちに利用できそうな技術は幾つかあった……)
雪をデコイに取り込み欺く方法など、環境に左右されそうな技術もあるが、固定観念を覆し、新たな可能性の扉を開くには十分すぎるほどの光景だった。
「さて、それでは先へ進みましょうか」
「……ええ、そうですね、極剣殿」
フロスト・ドラゴンの脅威を取り除いて、再び進み始める一行。
だが、先頭を行くアーロンの背中を見つめる『闇鴉』たちの表情は、そこに宿る熱量ははっきりと変化していた。
もはや不安はない。それどころか、ここから先、何を見せてくれるのか楽しみですらある。
彼らは≪極剣≫の底知れぬ実力に、魅了され始めていた――。
――いや。
別の言い方をしよう。
彼らの目はアーロンの非常識な実力を前にして、曇り始めていたのだった……。
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