第123話 「スープを完食した後で聞かせてもらおう」


 ギルド長を「説得」する数日前、俺はフィオナに夜食にしたいから小鍋に一人分のスープを作ってくれないかと頼んでいた。


 それだけではいつものミネストロを作られるかもしれないので、ここは目的を考慮して、条件を付け足す。


「何か珍しい料理をアレンジしたスープを飲みたいんだ」


 ――と。


 いきなりの無茶振りにも、フィオナは笑顔で応えてくれた。


「ふふんっ、仕方ないわね!」


 張り切って料理の準備を始めたフィオナは、大量の食材と大量のスパイスを買い込み、今日に合わせておよそ12時間もかけて小鍋いっぱいにスープを完成させてくれた。ちなみに調理工程の大部分は煮込み作業だった。


 明らかに鍋一つに収まらない量の食材とスパイスは、なぜか綺麗さっぱり消えていた。あまりに不思議な光景に、こっそりと様子を窺っていた俺は自分の目を疑ったものだ。


 ともかく、ギルド長の身柄を確保するために家を出る前、フィオナは俺に鍋を手渡しながら、自信作のスープがどんな料理なのか解説してくれた。


「これは南東の国で流行ってるカリーっていうスープよ。色んなスパイスと一緒に具材を煮込んで作る料理なの。今回はアレンジで、旨味を凝縮してみたわ!」


「そうか。ありがとな」


 礼を言って受け取った俺は、鍋の大きさにそぐわない重量に、思わず取り落としそうになってしまったが、何食わぬ顔でストレージ・リングに収納する。


 そうしてギルド長の「説得」に向かう俺を、フィオナは笑顔で送り出してくれたのだ。


「分かってると思うけど……残さないでよ?」


「…………当然だ」


 この瞬間、小鍋いっぱいのスープを(ギルド長が)完食することが決定した。


 そんなわけで入手したこのスープを、ギルド長に振る舞っていきたいと思う。


 大丈夫だ。具材の影も形もないし、水気なんてほとんど飛んでペースト状になっているが、全て食用の材料で作られていることは確認済みだ。


 俺はリングからスプーンを取り出すと、スープを掬ってみた。


 スッ……ヌ……ポンッ! と、そんな音がした。


 …………すごい、このスープ、粘土みたいな感触がするんだが?


「ふむ……アーロン、それがどんな毒物か知らないが、ここでギルド長に死なれるのは困るぞ?」


 イオが小鍋の中身を見ながらそんなことを言う。


 俺は眉をしかめて訂正した。


「失礼なことを言うな、イオ。これはとある人物に頼んで作ってもらったスープだ。材料はすべて、普通に食べれる食材だぞ」


「スープ……? まあ、君の戯れ言はともかく、命の危険はないのなら、お手並みを拝見しようじゃないか」


 実は今回の「説得」において、俺とイオは個別に説得手段を用意してきた。なので俺が何をするつもりなのかは、イオは知らないのだ。


 ちなみに、ガロンには協力を頼んだから事前に説明してある。


 俺の「説得」が不発に終わったのなら、次はイオの番というわけなんだが……、


「……まあ、イオの出番はないと思うぜ。ジジイはこのスープのあまりの美味しさに、涙を流して協力を約束することになるだろう」


「ほう……? ずいぶんな自信じゃないか」


「おいちょっと待て貴様らッ!! 俺を他所に不穏な会話をするなッ!!」


 我慢ならないというようにジジイが声をあげるので、俺はこれから何をするのか説明してやる。


「ジジイ、今からアンタにはこのスープを完食してもらう」


「それのどこがスープじゃい!!」


「俺たちに協力するか協力しないか、それはこのスープを完食した後で聞かせてもらおう」


「完食が前提なの怪しすぎるんだが!?」


 まったく、文句ばかりでうるせぇジジイだ。


 俺はせめて安心させるために、スプーンを持った反対の手で、リングから作業台の上に次々とポーションを取り出して並べていく。


 この日のために何件も店を回って買い集めた解毒ポーションと治癒ポーションだ。全部で百本以上ある。


 ちなみにポーションを取り出している間、結構動いていたのだが、スプーンからは当然のように一滴のスープも落ちてはいない。なんて安定感だ。


 ともかく、ポーションをこれでもかと並べた俺は、ジジイへ振り向いた。


「……これで、安心できただろ?」


「余計恐ろしいわッ!! 命の危険はないんじゃなかったのかッ!?」


「……危ない時は適切に治療する。つまり、命の危険はないということになる」


「ふざけるな!! そんなもん、俺は食わんぞ!!」


「おいおいジジイ、我が儘言うな。作ってくれた人に申し訳ないとは思わないのか?」


「そもそも頼んでおらんわッ!!」


 まったく、食わず嫌いしやがってこのジジイは。


 まあ、どれだけ拒否しても無理矢理食わせるんだが。


 俺はガロンに目を向けた。


「それじゃあガロン、ジジイの頭を拘束して、口を開けてくれ」


 ガロンに協力を頼んだのは、このためだ。


 最初から素直に食うとは思っていなかったからな。


「……罪悪感が凄いんだが」


「必要なことだ」


 気後れしているのか消極的なガロンに、きっぱりと断言してやる。


 ガロンはため息を吐きながらジジイの背後へ回った。


「やめろぉッ!! 貴様らこんなことしてただで済むと思っとるのか!? 俺を敵に回してこの都市で生きていけると思ったら大間違いだぞ!! 必ず後悔させてやあががががッ!?」


 ガロンは叫ぶジジイの頭を左腕で抱き込むようにして固定し、右手で無理矢理口を開けさせた。


 ジジイは拳士系ジョブで身体能力に優れているのだが、単純な力という意味では盾士系ジョブが最も優れている。つまり、さすがのジジイでもガロンに拘束されては抵抗できないのだ。


 俺は開かれた口の中に、スプーンを突っ込んだ。


 すぐにガロンによって口が閉じられ、俺はスプーンを引き抜く。


 そして……。


 ここから先の光景は、あまりに酸鼻極まる光景になるので、割愛させてもらおう。


 老人が拷問される様子や、泣き叫び命乞いする光景を、見たいと思う者は少ないだろう?


 いや、ただ単にスープを御馳走しているだけではあるが。



 ●◯●



「ふぅ……ようやくスープを完食したな。危なかったぜ、まさかあれだけ用意したポーションがほぼ底をつくとはな。多めに用意しておいて正解だった」


 一時間後、小鍋の中身はすっかり無くなっていた。


 そして大量に用意していたポーションも、残り2本まで減っている。本当にギリギリだったぜ。


「これは……国際条約で禁止すべきじゃないか? あまりに残酷すぎる」

「幾らなんでもやりすぎだろう……人の尊厳を踏みにじる行為だ」


 イオとガロンはここまでの様子を見て、ドン引きしていた。


 正直な話、俺も途中で何度も心が折れそうになった。我ながら、それほどまでに残虐な光景だった。


 しかし、スープを完食させないと俺の身が危ない。ゆえに覚悟を決めて、ギルド長の口へスープとポーションを交互に運び続けた。俺は途中で止めるわけにはいかなかったのだ。


 そうして現在……、


「……シテ……コロシテ……」


 あれだけ騒いでいたギルド長はすっかり大人しくなり、静かに涙を流しながらうわ言を発し続けている。


 その頬は食事をしたばかりだというのに、なぜかげっそりと痩せ細り、一気に十歳も老け込んだように見えた。


 俺は作業台の上を片付けると、ギルド長の正面に立ち、ぽんっと肩へ手を置く。


 びくりっと、ギルド長は震えた。


 俺は心の底から優しい声で、ギルド長に返答を問う。


「さて、ギルド長……俺たちに協力するのと、スープのおかわりを飲むのと……どっちが良い?」


 スープのおかわりなんて用意していないが、それがバレる心配はない。


 なぜならば、返答は分かりきったことだったからな――。



 ちなみに家に帰った後、スープを完食した小鍋をフィオナに渡すと、味の感想を問われた。


「スープ、どうだった?」


「ああ、(ギルド長が)涙を流すくらい衝撃的だったぜ」


「そう……じゃあ、また今度作ってあげるわね!(にっこり)」


「――――ッ!?」


 なん、だと……ッ!?


 俺はジジイを追い詰めることを考えるあまり、この展開を予想していなかった。


 フィオナに料理を作ってくれと頼み、それが美味かったと言えば(いや言ってはいないが)、こうなることは簡単に予想できたというのに。


 今から「本当は人間が食べれる味じゃないから作らなくて良い」と訂正するか?


 ……いや、ダメだ!


 そんなふざけたことを言えば、フィオナが本気でぶちギレる可能性もある。禁を破って【神降ろし】を発動されたら、俺の自宅含め周辺への被害はとんでもないことになるだろう。


 俺も果たして無事で済むかどうか。手加減して取り押さえられるような相手じゃない。


 ならば「ギルド長の拷問用に作ってもらっただけだから、もう作らなくて大丈夫だ」と本当のことを告げるか?


 ……いや、ダメだダメだッ!!


 そんなことを言えば確実にぶちギレるのは火を見るより明らか!!


「あ、う……あぁ……ッ!!」


 パクパクと口を開いて、何かを言おうとした。


 しかし、上手い言い訳は何一つ浮かんで来なかった。


 俺は……絶望した。



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