第102話 「一人も逃がさねぇよ」
クラン≪木剣道≫が設立されてから1ヶ月、本格的に活動を始めてからとなると、3週間が経過していた。
その日、俺は来る47層探索へ向けて、タイラー氏のツテで大量に仕入れることに成功した『地晶大樹の芯木』を加工していた。
場所は工房の中で、クランメンバーたちはそれぞれの作業台の前に立ち、今も死んだ目で木剣その他を作り続けている。
いや、全員がそんな感じではなく、一部の木剣マニアたちは意欲に溢れた真剣な眼差しで木剣を作っているのだが。
さすがにやる気が違うと上達の早さも違う。木剣マニアたちはそろそろ鞘の製作を教えても良い頃だろう。
とはいえ、今は俺も少しばかり忙しい。
常に入って来る「黒耀」と「白銀」の納品日に追われながら、クランメンバーたちの指導も行いつつ、数多くの「岩鉄」や「地晶盾」なども作っているのだ。ようやく終わりが見えてきたとはいえ、まだまだ忙しいことに変わりはない。
なので黙々と、ひたすらに作業を続ける。
そうして正午を少し過ぎた頃、昼休憩に入った。
各々が持ってきた弁当を食べるなり、どこかに食いに出かけるなり、好きに散っていく。俺も飯を食いに行くかと思ったところで、イオが近づいてきた。
「――アーロン」
「ん? ……どうしたんだ?」
イオの少しばかり困ったような表情に、何かがあったのだと察する。
案の定、イオは「ここでは話せん。場所を移動しよう」と言ってきたので、「分かった」と頷いた。
二人で工房の隣にある住居――今は何人かのクランメンバーが暮らしている――に移動して、使っていない空き部屋に入った。
ここまでするからには、他のクランメンバーには聞かれたくない話なのだろう。
実は――と、イオは重々しく口を開く。
「一部のクランメンバーから、クランを脱退したいという相談があった」
「ふむ……」
遂に来たか、と俺は頷く。
まあ、本格的に活動を始めてから3週間。最初に想定していたよりは、だいぶ長く持った方だろう。最悪、初日に言われることも覚悟していたからな。
「具体的には、誰だ?」
聞けば、イオは答えた。
「≪バスタード≫の連中だな」
「他には?」
「今のところはいない……が、不満の声をあげている者は他にもいる。比較的若い連中に不満が溜まっているようだ」
「なるほどな……」
その話を聞かされても、俺に動揺はない。実のところ、イオも動揺しているわけではないだろう。やっぱりこうなったか、くらいには思っているだろうが。
そもそもこの流れは当然であり、最初から想定していたのだ。
それまで探索者として迷宮に潜りまくっていたような奴らが、修行のためとはいえ、突然地上で木剣を作らされ、たまに迷宮に潜ったと思えば草原階層で木製武器を片手にトレント狩りだ。そりゃあ不満も抱くだろう。
木剣マニアたちは例外として、これで不満を抱かなかったら、そちらの方が頭の中身を疑ってしまうくらいの話だ。
「それで、アーロン……やるのか?」
「ああ、やる。1日や3日じゃ効果もクソもねぇが、3週間ならそれなりに成長してるだろうしな。不満を抱いている奴らには……如何に木剣が素晴らしいか、思い知らせてやろうじゃないか」
「…………」
「クックックッ……一人も逃がさねぇよ……ッ!!」
「……クランメンバーたちの前では、その外道な笑顔は見せないようにな」
俺が楽しいピクニックに思いを馳せながら笑っていると、イオが呆れたようにそう言った。
クランメンバーたちがクランから脱退したいと言ってきた場合の対処法は、すでに相談済みで準備済みなのだ。おまけにクラン設立から1ヶ月が経ち、エヴァ嬢からもアレが一つ出来上がったと連絡があった。
なのでこの際、不満のある奴ら全員連れて、楽しいピクニックに洒落込もうというわけである。
「んで、イオ」
「何だ?」
「≪バスタード≫以外に不満が溜まってる奴らを教えてくれ。そいつらも連れて行くからよ」
「分かった。では……」
と、イオがクランメンバーの名前をあげていく。
ここでクラン≪木剣道≫のメンバーについて、改めて説明しておこう。
≪木剣道≫のクランメンバーは、全部で72人。その内訳は――、
クランマスター・俺。
サブマスター・イオ。
そしてソロ探索者のフィオナ。
この3人以外は、全員がパーティー単位でクランに所属している。それで、所属しているパーティーだが……、
ガロンたち≪鉄壁同盟≫6名。
グレンたち≪グレン隊≫5名。
クレアたち≪火力こそ全て≫6名。
カラム君たち≪バルムンク≫4名。
以上が≪迷宮踏破隊≫の生き残りであり、俺やイオたちを含めて、全部で24名だ。
その他、≪木剣道≫を設立して新しく加わったパーティーが……、
変態どもの≪剣舞姫に蔑まれ隊≫4名。
変態どもの≪剣舞姫に踏まれ隊≫4名。
木剣マニアたちの≪ウッドソード愛好会≫5名。
アル中のおっさんどもが集まる≪酒乱の円卓≫6名。
正義ごっこ大好き≪ホーリーナイツ≫6名。
ねちっこい狩人どもの集い≪シルフィード≫5名。
英雄志望の鉄砲玉率いる≪バスタード≫6名。
格好良い女性が好みな乙女たち≪白百合乙女団≫6名。
性癖の闇鍋≪紳士同盟≫6名。
――の、計48名で、合わせてクラン全体で72名となる。
……改めて思い返すと、変態の含有率が高すぎるッ!! 他の奴らも癖の強い変人ばかりだし、クラン全体を見渡しても常識人が俺を含めて数人しかいないの、マジで危機感を覚える。
早く
まあ、ともかく。
これらクランメンバーの中から、イオが告げた不満を持つメンバーはと言うと……、
「≪バスタード≫と≪ホーリーナイツ≫と≪シルフィード≫だな」
この三つのパーティーが、特に不満を溜め込んでいるらしい。
「変態どもは何も言ってないのか? 割と俺に対する当たりがキツいんだが」
気になった俺は、他のメンバーについても確認することにした。まずは蔑まれ隊と踏まれ隊の連中について。ちなみに、クラン内でこいつらは変態と言えば通じる。
「ああ、奴らはフィオナ嬢と同じクランに所属して、たまに罵声を浴びたり邪険にされるだけで概ね満足のようだな。クランに対する不満は言っていないようだ。クランマスター殺害計画については頻繁に話し合いの場を設けているようだが、まあ、許容範囲内だろう」
「ちょっと待て! そこ一番重要じゃないか!? 何だその計画ッ!?」
さらっと重要なところを流すんじゃない!!
だが、イオは俺の問いを無視して勝手に続ける。
「他にアーロンに対して当たりがキツいメンバーとしては、≪酒乱の円卓≫と≪紳士同盟≫があるが、こいつらはクランマスターの無茶振りに対して野次を飛ばしているだけだ。特に問題はないだろう」
「俺の質問を無視しないで!?」
「奴らの構成メンバーは年齢層が高めだし、クランの真の目的についても、すでに内々に説明を済ませて同意を得ている。クランから離脱することはないだろう。比較的年齢が高いだけあって、精神的にも落ち着いている。彼らは話が分かる常識人枠だな」
「常識人の定義がガバガバすぎるんだがッ!?」
そいつらアル中と変態紳士だぞ!
最近のイオは正気じゃないよ!?
「≪白百合乙女団≫はフィオナ嬢とグレンがいる限り、脱退はないだろう。今のところ、不満を口にしている様子もないな。フィオナ嬢派のメンバーがクランマスター殺害計画に荷担しているようだが、これもまあ、大した問題ではない」
「お前らはクランマスターの命を何だと思ってるんだ!?」
俺を殺そうとする奴らが多すぎるッ!!
もしかしてイオとかも殺害計画に荷担しているんじゃなかろうな!?
「それで、アーロン」
「普通に話を続けようとするの、本気で危機感を覚えるんだが?」
「連れて行くのは3パーティーだけか?」
「…………」
これからはイオにも気をつけよう。
内心でそう決意しつつ、俺は改めて考えてみた。
現在使える結界魔道具は一つ。
件の3パーティーを合わせて人数は17人。俺が先導役として同行すると18人。結界魔道具一つでも、この人数なら長期の探索が可能だろう。
確か40層を突破していないのは≪バスタード≫≪ホーリーナイツ≫≪シルフィード≫の他に、変態どもの2パーティーと、≪ウッドソード愛好会≫≪白百合乙女団≫だ。
≪酒乱の円卓≫と≪紳士同盟≫は40層を突破済みである。
いずれは全員を46層以降まで連れて行くにしても、一気に全員で動くと【封神四家】が過剰に反応するかもしれない。だから数パーティーずつ、何回かに分けて突破させなければならない。
面倒だが、今回は不満のある3パーティーだけをピクニックに誘うことにした。
とりあえずの目的地は41層だが、1パーティーずつ≪氷晶大樹≫と戦闘させるとなると、たぶん1日では終わらないはずだ。
「今回は3パーティーだけを連れて行くことにしよう。結界魔道具も一つしかないしな」
「了解した。私の方から伝えておくかね?」
「……いや、俺から直接ピクニックに誘おう」
従業員のメンタルケアも、工房長の役割だからな。
奴らにはいずれ、「木剣最高!」と叫ばせてやる。
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