第93話 「俺に良い考えがある」


 俺は全員が注目する前で、椅子に座ったまま右腕を前に差し出した。


 その状態で右腕だけに【怪力乱神】を発動する。


 魔力をオーラに変換し、性質を変えて自分の肉体に浸透させていく。骨、筋肉、血管、神経、皮膚、果てはそれらよりもずっと小さい細胞の一つ一つに至るまで。


 すぐに右腕は輝き始めた。


 表面にオーラを纏った時とは違う、あたかも右腕全体がオーラそのものと化したかのような輝き方で。


 右腕全体に【怪力乱神】を展開するのにかかった時間は数秒だが、やはり以前よりもだいぶスムーズに発動できた。それでも今回は敢えてゆっくりやって見せたのだが。


「……これで良いか?」


 その場の全員が声もなく右腕に注目している。


 俺の問いに誰も答えない。


 程なくして、最初にグレンが唸り声のような声を発した。


「ぅ、ぉお、おお……ッ!! これだ……!! スタンピードの時にボクが見たのは、確かにこの輝きだよ……!! ――ゲイル師!」


「どうした?」


 こちらを勢い良く振り向くグレン。


「これ全身に広げることができるんだろう!? やって見せてよ!!」


「いやだよ」


 俺は即答する。


「何で!?」


「別に全身にやって見せる必要ねぇだろ」


 証明なら、これで十分なはずだ。


【怪力乱神】は維持するだけでも結構な魔力を消耗する。それに戦闘時じゃないと言っても、肉体への負担が皆無というわけでもないしな。無駄に疲れるようなことはしたくない。


「っていうか、もう良いか?」


「待って!!」


 さっさと腕を元に戻そうとすると、グレンが止めてきた。


「何だよ?」


「ちょっと触ってみても、良いかい?」


 興味津々の顔で聞いてくる。


 正直ちょっと嫌だったが、それくらいなら良いかと許可した。


【怪力乱神】は一部の放出系魔法などを体表で弾くことができるが、それは【龍鱗】のように触れた物を弾き飛ばしているからではなく、質量のほぼない魔法攻撃においては、肉体に浸透させた高密度のオーラを侵食できないだけだ。


 偽天使との戦いで、【神体】を発動したフィオナの服が雷撃を受けるまで無事だったように、【怪力乱神】状態の体に触れたからといって、【龍鱗】のように指が飛ぶような危険はない。


「……ほらよ」


 グレンの方に腕を差し出すと、すかさず両手で右腕を触ってくる。


「おお……!! 何かちょっと熱いよ!? それにすっごく硬い!! どうなってるのこれ!? この状態で動かせるのかい!?」


 腕を撫でたり強く握ったり軽く叩いたりしながら、グレンが聞いてくる。


「……そりゃあ、動くだろ」


 俺は手を閉じたり開いたりしてみせた。


「わあっ! 動いた! 動いたよ!?」


「……もう良いだろ」


「あ! ちょっとゲイル師!!」


 俺はなおも触ろうとしてくるグレンの両手から、腕を引き抜いた。


 それから元に戻そうとして――、


「ちょっと待って、アーロン!!」


「……何だよ?」


 今度はフィオナが声をあげた。


 そして少し恥ずかしそうに聞いてくる。


「私も、触ってみて、良い……?」


「えぇ……」


 興味があるのは分かるが、なぜ触ろうとするのか。


 俺は仕方なくフィオナの方に腕を差し出した。フィオナはソファから身を乗り出して両腕を伸ばしてくる。


「わ、何これ……本当に熱くて硬いわ……!!」


「……おい、フィオナ。あんまり乱暴に触るなよ?」


「言われなくても分かってるわよ」


 俺の腕を両手ですりすりと撫でながら、興味深そうに言うフィオナ。


 っていうか、え? 何だその撫で方は?


 わざとではなさそうだが、フィオナの撫で方は独特な撫で方だった。いや、別に嫌ってわけではないんだが……。


「…………」


「ふぅん……私の時も、こんなふうになってたのかしら?」


「…………」


 ふと、フィオナは何かに気づいたように首を傾げた。


「あれ……? さっきよりも、もっと硬くなった……わよね?」


「……そんなわけねぇだろ。気のせいだ」


「そうかしら……? 確か、ここを、こうした時に……」


 すりすり。なでなで。しゅっしゅっ。


 ビキビキ……ッ!!


「……やっぱり硬くなってるわよ? それに、ちょっとずつ熱くなってきてるような気もするし」


「は? 全然、そんなことねぇし」


「……もしかして、(【怪力乱神】を維持するのが)辛いの?」


「辛いって何がだ? 余裕だが?」


「何怒ってるのよ? ――って、あ、ちょっと!?」


 俺は腕を引っ込めた。


 ……ふぅ、危ないところだったぜ。


 もうさっさと元に戻そう。再度そう思った時――、


「あの、アーロンさん」

「すまない、アーロン」

「私も、ちょっと気になっていてね。……触らせてくれないか?」


「…………」


 俺の右腕は、エヴァ嬢、ガロン、イオにも弄ばれることになった。


「あら……? フィオナが触っていた時よりも、ちょっと元気がないような気がしますわ」

「本当に硬いな……不思議な感触だ」

「まさか人間の体がこのように変化するとは……興味深いな」


「…………」


 俺は天井の染みを数えながら、全員が触り終えるのを待った――。



 ●◯●



「――で、本題に戻るぞ」


 好き勝手弄られた右腕を元に戻して、そう告げる。


 本題とはもちろん、クランを解散された後、どうするかだ。


「ああ。しかし、どうするべきか……あまり派手に動けば、それこそ探索許可証を取り消されかねない」


 イオが難しい顔で懸念点を呟くと、同意するように全員が眉間に皺を寄せた。


 確かにそれは大きな問題だ。しかし、解決方法は比較的簡単である。イオはたぶん、難しく考えすぎなんじゃないか?


「ふむ……それについてだがな、俺に良い考えがある」


「何か策があるのかね、アーロン?」


 自信満々に告げる俺に、全員の視線が集中した。


「俺たちが活動するに当たって、大きな問題は人員の不足だ。特に斥候ジョブの不足が深刻だが、これに関しては後で説明する。とにもかくにも未踏階層を早期に攻略するには、46層以降を探索できる人員が大勢必要だ。だがこれは、新しくクランを設立することで解決できるだろ?」


「いや、クランの設立が認められるとは思えないぞ? それよりはパーティーごとに協力者を募って、レイドを組むような方式で迷宮を攻略した方が良いんじゃないかね?」


 イオの反論も尤もだ。


 しかし、と俺は首を振った。


「いや、俺も最初はそう思ってたんだがな、別にクランを設立するのは難しくないと気づいてな。要は迷宮踏破を目的としないクランであれば、文句はないはずだろ?」


【封神四家】は俺たちに迷宮を踏破されたくない。だから≪迷宮踏破隊≫を解散した。


 なので俺たちは、迷宮の踏破とは全く関係のない目的を掲げたクランを新しく作る、ということだ。


「それに、クランにはクランのメリットもある。【封神四家】に逆らって迷宮の踏破を目指す以上、不特定多数のパーティーを束ねるにはクランという形の方が良いのは確かだろ」


 多くの探索者パーティーが通常、レイドという形で迷宮探索や守護者討伐に協力し合わないのは、ドロップなどの回収した迷宮資源の分配や、そもそも探索目的の相違、あるいは他パーティーを信用できない、などの理由がある。


 だから探索階層を更新するには協力し合った方が効率的だと理解していても、レイドが組まれることはなかなかない。


 多くのパーティーを統制するには、やはりクランという組織形態は有用なのだ。


 加えて俺たちの目的が【封神四家】に逆らうものである以上、すぐに裏切ったり、情報を流出させてしまう懸念のある、不特定多数のパーティーに頼ることはできない。


 きちんと同じ組織に所属させ、メリットもデメリットも共有して縛る方が良いだろう。


 だが、イオは同意しつつも疑問を呈した。


「理屈の上ではそうだが……≪迷宮踏破隊≫のメンバーがそのまま新しいクランに所属すれば、何を考えているのかは隠しようがないだろう。四家も必ず警戒するはずだし、踏破しようとすれば容赦なく探索許可を取り消すと思うぞ?」


「なら踏破しようとしなければ良い。……しばらくはな」


 それで気づいたらしい。イオの顔に理解の色が浮かぶ。


「……ふむ、まさか……一気に踏破してしまうつもりか?」


「当たりだ」


 イオの推測に、俺は笑みを浮かべて頷いた。


 つまりは、適当な目標を掲げたクランを設立し、しばらくは表向きの目標に邁進しながら、裏では迷宮攻略の準備を進めておく。


 そして来る日に全員で迷宮に潜り、一気に階層を更新し、最下層まで到達してしまえば良い。「天空階層」が固定階層だという事実から、最下層はそう遠くない場所だと予想できる。ならば不可能ではないはずだ。


 それにこれであれば、【封神四家】が探索許可証を取り消す前に迷宮を攻略できる。


「だがアーロン、斥候ジョブはどうする? 糞ジジイはあの通りだぞ?」


「斥候ジョブはギルドに出させる。四家に何か言われる前に最下層まで行っちまえば、【封神四家】もギルドを責めるどころじゃなくなるだろ」


「なるほど……そう説明して、ギルド長を頷かせるわけだな?」


「ああ、無理矢理な」


 ギルド長の立場も分かるが、それはそれだ。貸しに貸しまくった巨大な貸しを取り立てる事とは、何の関係もない。


「しかし一気に攻略するとなると、相当の日数を迷宮で過ごすことになるな。最低限、ストレージ・リングと野営用の結界魔道具が必要になるのだが……その点、どうかね、お嬢?」


 イオがエヴァ嬢に問う。


 迷宮の攻略速度が何十年スパンという超長期にならざるを得ないのは、通常、魔物蔓延る迷宮の中で長期の野営などできないからだ。


 普通はその日の内に地上に帰還するし、何日か迷宮で過ごすとしても三日くらいが限度だろう。


 しかし、ストレージ・リングと結界魔道具があれば、長期の探索も可能になる。エヴァ嬢たちを46層まで連れて行った時みたいにな。


 エヴァ嬢はしばらく考えて、それから答えた。


「ストレージ・リングに関しては……お父様たちにも後ろめたいところがありますから、たぶん回収まではしないと思いますわ。それほど高品質のリングではありませんし……」


 どうやらリングは回収されずに済みそうだ。正直助かるぜ。便利過ぎて、もはやストレージ・リングのない迷宮探索など面倒臭すぎるからな。


 今さら武器やら食料やらドロップアイテムやらを背負っての探索行などしたくない。


 もしも回収されるなら、新しいストレージ・リングを自腹で買おうと思っていたくらいだ。


「それから結界の魔道具ですが……家の物はおそらく使用許可が下りないと思いますわ。ですが……魔道具職人と協力して、私が自作することはできます」


【封神四家】の収入源は多岐に渡るが、影響力の拡大という意味では空間魔法を使える魔道具の存在が最も大きいだろう。ゆえに、四家の人間は魔道具の作り方も習うそうだ。


 といっても、魔道具の筐体は魔道具職人が作るらしいが。


「お嬢、作るとしたら、どれくらいの時間で作れるかね?」


「作れる職人が限られますので……一つにつき、一月はかかるかと……」


「なるほど……確かに長いが、それくらいならば、何とかなりそうですな……」


 エヴァ嬢の答えを聞いて、イオが問題はなさそうだと頷いた。


 俺の提案に成算があると判断したのか、全員がこちらを見た。代表してイオが言う。


「我々もアーロンの案に乗ってみようと思う」


「よし!」


 その言葉に俺は力強く頷いて、立ち上がり宣言した。




「――それじゃあ、俺たちは新しいクラン、≪木剣道≫を設立することにする!!」




「分かったわ!」



「「「…………え?」」」



 ――忙しくなるぜ!!



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