第92話 「情けねぇな」


 イオの語るところを要約すると。


 どうもイオは昨日、ギルドに呼び出されて≪迷宮踏破隊≫解散のことを、ギルド長から直接告げられたらしい。


 理由を問い質してみると、【封神四家】から圧力がかかった、ということだった。


 考えてみれば当然ではあるのだが、ネクロニア探索者ギルドは【封神四家】の要請を断ることはできない。というのも、そもそも【神骸迷宮】そのものが法的には【封神四家】の所有物という扱いであり、ギルドは【封神四家】に許可を得て活動しているに過ぎない。


【神骸迷宮】の探索許可証を発行するのは探索者ギルドだが、それだって建前上は四家の代理として許可を出しているだけだ。


 探索者たちの仕事場である【神骸迷宮】の所有権を握られている以上、ギルドは四家に逆らうことなどできないのである。


 もちろん、探索者が全く活動しなくなれば四家や【評議会】も困ることになるから、通常は強権を行使することはない。


 探索者がいなくなれば都市としての防衛能力が著しく減少するし、迷宮でも魔物が増えて「大発生」が起こるだろう。それに四家にとっては探索者たちが回収した迷宮資源を売ることでギルドから支払われる上納金もなくなるし、ネクロニアとしては税収だって大幅に減ることになる。


 なので探索許可証の全面取り消しなどのような、大きな干渉をされることは心配する必要もないのだが……数十人程度の探索者に限れば、それは別の話だ。


 つまり……、


「ギルド長を拘束して締め上げてみたのだがね、迷宮の踏破を目的に我々が活動すれば、探索許可を取り消すと暗に脅されたらしい。だからギルドが子飼いの斥候を貸してくれることはないだろうね」


 と、イオは言った。


 まあ、ギルド側の事情も分かる。


≪迷宮踏破隊≫に所属しているのは全員が最上級探索者であり、ギルドにとっては稼ぎ頭だ。そんな探索者たちを一気に数十人も失うことになれば、影響は一時的に収入が大きく減るだけではない。


 一番の問題は探索者たちからの信用を失うことだ。


 いざという時に自分たちを守ってくれない組織に尽くす者など少ないだろう。おそらく、多数の探索者たちが他都市に流出することになる。


 それは【封神四家】にとっても痛手のはずだが、スタンピードの黒幕が明らかにされるよりはマシだと考えているのだろうな。


 なので、ギルド長が四家の意向を汲んだ事情は理解できる……のだが、


「チッ、ギルド長め……情けねぇな」


 俺は舌打ちして、吐き捨てるように言った。


「探索者ギルドの長ともあろうもんが、簡単に権力に屈するとはよ……」


「まあ、確かに、見た目と違って神経は図太くないんだね、とは思うけど」


 俺の言葉にグレンは苦笑した。


「でも、ゲイル師、【封神四家】にそこまで言われたら、逆らえないと思うよ?」


「ふんっ、グレン、お前は間違ってるぜ」


「え?」


 不思議そうに首を傾げるグレンに、俺は説明した。何が間違っているのかを。


「探索者ってのは所詮は暴力を生業にする野蛮な職種だ。だが、だからこそ簡単に相手の言いなりになってちゃダメなんだよ」


 弱腰では組織を守れない。特に探索者の長が弱腰で対応すれば、全ての探索者が舐められることになる。


 他人に舐められるというのは大抵の場合、不利益しかもたらさない。商売や交渉、色々な面で足元を見られ不利になる。そして相手は平気で無茶を言うようになる。


 少なからず武力を売りにしているような探索者にとって、その影響は決して小さくないのだ。


 だから……、


「もし俺がギルド長だったら、毅然とした態度で対応し、ビシッと一発言ってやったはずだ」


「へぇ! 流石はゲイル師だね。何て言ってやるの?」


 グレンが目をキラキラさせて聞いてくる。


 何て言うか、だって?


 そんなの決まってる。俺は答えた。



「二度も三度もこんなことがあったら困る。こういうのは、これっきりにしてくれよ――ってな!!」



 一回だけは受け入れるけど、次も受け入れるとは限らないからね――と、ビシッと言ってやるつもりだ。


「「「…………」」」


 俺の力強い言葉に感動しているのか、全員が黙ってこちらを見つめてきた。なぜか胡乱な目をしているようにも見えるが、たぶん気のせいだろう。


 程なくして、グレンがぽつりと言った。


「結局、権力には屈するんだね」


 俺は肩を竦めて返す。


「当たり前だ。俺は善良な一般市民だぞ? まさか【封神四家】に喧嘩を売るわけにもいかないしな。よほどの理由がない限り、そんなことはしないさ」


 まあ、とはいえ。


 だからといって、大人しく引き下がるつもりは、俺にはない。


「まさか【封神四家】がここまで強引に圧力をかけてくるとは、予想外だったが……俺は一人でも続けるぜ」


 スタンピードの黒幕をはっきりさせてぶちのめす――だけでなく、なぜそんなことを起こしたのか、その理由も知りたいと思っていた。


 その理由が、あいつらが死んだ理由が下らないものだったら、その時は……。


「当然、私も引き下がらないわよ」


 と、フィオナが言った。


 続けて、今度はイオが、


「もちろん、私もだ。ローガンとエイルが死んだとは思っていないが、今も行方不明なのだしね。ここで降りるつもりはない」


「私も、ですわ」


 イオに続いてエヴァ嬢が言う。


「カドゥケウスがスタンピードを起こしたというなら、如何なる理由があろうと、それは法で裁かれるべきですわ。【封神四家】だとて、例外であって良いはずがありません」


 自らの考えを言い終えた後、エヴァ嬢は問うようにガロンへ視線を向ける。


「ガロン、あなたはどうしまして?」


「……僕は、姫様に従いますよ」


「姫様はやめてと言ってるでしょう」


「……お嬢様に従いますよ」


 そして最後に、全員の視線がグレンに集中する。


 代表して俺が聞いた。


「お前はどうすんだ、グレン?」


 グレンは困ったように笑い、


「いや~、ボクとしては無理に続ける理由もないし、ここで降りても全然構わないんだけどね。【封神四家】に逆らうなんて怖すぎるし。でも……」


 と、なぜかフィオナと俺に視線を向けてくる。


「エヴァ様から聞いたよ? ゲイル師が本物の≪極剣≫だったってね。そして、ボクは≪極剣≫に興味があるんだよねぇ」


「――ッ!?」


 なぜかフィオナがぴくんっと反応し、グレンを睨み始めた。


 それに対して、グレンが慌てたように弁明する。


「あ! 勘違いしないでね、フィオナ嬢! ボクは貴女にも興味があるんだ、とてもね。ノルド討伐でフィオナ嬢が使った【神体】という技? にも興味がある。≪極剣≫に対する興味はそれと同じだよ。安心して。ボクが恋愛的な意味で興味があるのは、今はフィオナ嬢だけさ」


「……」


 フィオナはスッと視線を逸らして身を引いた。


 とにかく視線を逸らして距離を取る。苦手なタイプの人間に対するフィオナの処世術である。


「まあ、そういうわけだから」


 と、グレンは何事もなかったかのように続けた。


「もしもゲイル師が本物の≪極剣≫だっていうなら、その証拠を見せてくれないかい? あの時のフィオナ嬢みたいな技、ゲイル師も使えるんだろう? スタンピードの時に≪極剣≫が使っていたような技をさぁ……! 君が本物の≪極剣≫なら、ボクも君たちに協力するよ」


 その言葉を要約すれば、つまり、俺に【怪力乱神】を使って≪極剣≫であることを証明してみせろ――ってことだろうな。


 なるほど、と俺は頷いて、グレンに答えた。



「あ、じゃあ、いいです」



「「「…………」」」


 なぜかは分からないが、俺が断ると空気が凍った。


 それから愕然と目を見開いていたグレンが身を前に乗り出して、


「ど、どうしてだいッ!? ちょっと使ってくれればボクが協力するって言ってるんだよ!? あの技が色々危険だっていうことは分かってるさ! だからボクも戦えとは言わない! この場でちょっと使って見せてくれるだけで良いんだよ!?」


「ああ、そういうことか」


【怪力乱神】で戦ったりすれば反動がキツいが、ただ発動するだけならそれほどでもない。


 確かに、それくらいなら危険もないな。


 なるほど、と俺は頷いて、グレンに答えた。



「でも、いいです」



「「「…………」」」


 なぜかは分からないが、俺が断ると空気が凍った。


 それから愕然と目を見開いていたグレンが身を前に乗り出して、


「どうしてだよッ!?」


 と叫ぶ。


 あまりの声の大きさに俺は顔をしかめながら答えた。


「いや、別に本物の≪極剣≫であることに拘りとかないしなぁ。わざわざ証明するのも面倒っていうか……どうでも良いっていうか……。あ、何だったらグレン、これからはお前が≪極剣≫って名乗ってみるか? 欲しいならやるぞ、この二つ名」


「≪極剣≫に興味があるってそういう意味じゃないよ!? それにボクは弓士だけど!?」


「それは今さらだろ」


 少し前まで、弓士どころか魔法使いも≪極剣≫と名乗っていたわけだしな、勝手に。


「確かにそうだけどッ!! ゲイル師、君は自分の手柄が他人に横取りされても良いっていうのかい!?」


「いやぁ、今さら褒賞金とか請求できる雰囲気でもないし……」


 金額によっては名乗り出るのも吝かではないが、果たして≪極剣≫を名乗ることによるデメリットを、上回る金額が貰えるかどうか……。


 ……やっぱり、いらないかな。


「お金のことじゃないよ! 名誉とか名声とか、そういうのだよ!!」


「名声? おいおい、俺を誰だと思ってんだ? それはもうすでにある。帝国の辺境伯と手紙のやり取りができるくらいの、地位と名誉と名声がな」


「父上ッ!!」


 グレンが叫んだ。騒がしい奴だ。


 っていうかもう、無理してグレンに協力してもらう必要はないのでは? 本人も【封神四家】怖いとか言ってるし……。


 そう考え、俺がグレンに「貴殿のこれからのご活躍をお祈りしています」的な言葉を告げようとしたとき。


 スッと、ガロンが手を上げると、全員の注目を集めてから言った。


「すまない、僕もアーロンが本当に≪極剣≫であるのなら、それはハッキリさせておきたい。これからの活動のためにもね。できれば証拠になる技を見せて欲しいんだが……」


 少々遠慮気味に歯切れ悪く言うガロンに、俺はふむと頷いて、答えた。



「まあ……ガロンが言うなら、仕方ねぇな」



「――何でだよッ!!」


 グレンが立ち上がって叫んだ。


「いきなり何だよ、うるせぇな、もう」


 今日のグレンは情緒不安定だな。


「ボクとガロンで態度が違いすぎるだろ!? 何でガロンは良くてボクはダメなのさ!?」


「何でって……ガロンのことは、一目置いてるからな。強いて言えば……人間性の違い?」


「なぁッ!?」


 誠実そうな人間には誠実に対応したくなる。そういうもんだろ、人間って。


 そう言われたグレンは、ガロンを睨んだ。


「ぐぅ……ッ! ガロン……ッ、この屈辱は、絶対に忘れないよ……ッ!!」


「その怒りは理不尽すぎるぞ……ッ!?」


 そんなわけで、俺は≪極剣≫であることを証明することになった。


 いやまあ、と言っても大したことはしないんだけどな。パッとやってパッと終わるだろ。



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