第91話 「糞ジジイは権力に屈したよ」
――エヴァ嬢がキルケーの当主と話した一部始終を説明し終えた。
当主のもとから去った後、エヴァ嬢はイオやガロン、そしてグレンなどクランの主だった面々に事の次第を相談し、今日になって俺の家にやってきたそうだ。
ちなみに昨日の内に相談に来なかったのは、フィオナの体調を気遣ったからだ。
しかし、話を聞いていると当主も、結局は何を目的にしてクランを解散するのか、その本心を明かすことはなかったようだ。娘であり、次期当主候補筆頭であるエヴァ嬢に対しても。
「ですが、おおよその想像はつきますわ」
と、エヴァ嬢は言った。
「というと?」
「外部の人間を遠ざけて、自分たちだけで解決しようとしているのです。そんなことをする理由など、隠蔽以外に考えられませんわ」
「隠蔽って言うと……」
フィオナが呟き、そこでちらりとイオたちを見た。
この場で口に出しても良いのかと躊躇っているのだろう。俺がエヴァ嬢に伝えた、カドゥケウス家が怪しい、という話を。
それを察したエヴァ嬢は頷く。
「大丈夫。イオさんたちにはすでに伝えていますわ」
「――つまり、カドゥケウス家、あるいは四家のどこかが黒幕であることを隠したい……ってことよね?」
「ですわ」
同じ【封神四家】であるカドゥケウスが犯罪者になる……よりにもよって封印の役目を負った者が、【神骸】の封印を解くという世界への背信行為によって。
だとすれば、その影響は凄まじく大きいだろうな。
それを理由として周辺各国が【神骸迷宮】の管理や権利に口を出してくることも考えられる。今のまま【封神四家】だけに【神骸】の管理を任せておくのは危険すぎる、多数の国々で共同的に管理しよう――くらいは、言い出すだろう。
そうなれば確実に拗れるだろうし、もしかしたらネクロニア周辺三国やそれ以上を巻き込んだ戦争に発展するかもしれない。
――というか、これは過去、実際に何度も起きていることだしな。
それ以外にも理由があるのかもしれないが、それだけでも隠蔽しようとする理由としては十分だ。
「まあ、クランを解散しようとする理由は分かったが……」
と、俺は口を開いた。
そもそも、だ。
「クランを解散されて、何か問題があるか?」
「えっと、アーロンさん……それは、どういうことですの?」
首を傾げるエヴァ嬢に答える。
「すでに転移陣は設置してあるんだぜ? ある程度の人数がいれば、46層以降を攻略するのは可能だと思うんだが。別に≪迷宮踏破隊≫やクランという形に拘る必要はないんじゃないか?」
支援という面でも、ストレージ・リングさえ没収されないのなら問題はない。そして魔物だけならどうとでもなる戦力はすでにあると思うんだよな。
……まあ、フィオナに【神降ろし】を使わせる気はないが、それを抜きにしても、だ。もしも50層の守護者が特異体ノルドや偽天使並みの化け物だとしても、俺、フィオナ、イオ、ガロンたち≪鉄壁同盟≫や≪グレン隊≫だけで何とかなるだろう。他にもカラム君たち≪バルムンク≫やクレアたち≪火力こそ全て≫もいるのだ。この面子で倒せない魔物が現れるとも思えない
ありえんほどの再生能力を持つ相手でも、【絶死冥牢】を使えるようになった今なら、前よりも格段に楽に討伐できるだろうしな。
「確かにね」
と、同意したのはグレンだ。
グレンは意味ありげに俺とフィオナを交互に見ながら、言った。
「正直、ゲイル師やフィオナ嬢だけでも先へ進むには問題ないんじゃないかい? あの戦いを見てしまったら、誰でもそう言うと思うけどね」
あの戦い、というのは偽天使との戦いのことだろう。
グレンの言葉に俺とイオは視線を合わせ、ほぼ同時に口を開いた。
「「いや、それはない」」
「え?」
否定されてきょとんとするグレンに、まずは俺が説明する。
「あのな、俺が言ったのはある程度の人数がいれば、クランという形態に拘る必要はないってことだ。幾らでも時間をかけて良いなら別だが、早期に迷宮を踏破するなら、46層以降を探索可能な人員がそれなり以上に必要だ」
「えー? そうかな? だってボクたち、46層まで結構なペースで攻略してきただろう?」
「それは既踏階層だったからだ」
既踏階層――とは、そのまま、すでに踏破された階層のことだ。
既踏階層では、すでに次の階層へ行くまでのルートが判明している。初めてそこを踏破した先駆者以外は、最短ルートを迷うことなく進むことができる。
一方、まだ踏破されていない未踏階層ではそうはいかない。
41層以降、雪原階層、竜山階層と続いたことからも分かる通り、迷宮というのは基本的に、下層になればなるほど一層当たりの面積は広大になっていくものだ。
ならば46層から広がる天空階層の広さも推して知るべしだろう。
「でも、それっておかしくない? ゲイル師って、すでに47層まで行ってるんだよね? 確か「大発生」が起こるよりも前に。だとしたら、かなり速いペースで46層を攻略したことになるけど」
グレンが言ったことは本当だ。
正確にはヘレム荒野に拉致される前に、俺は47層に到達している。46層で『風晶大樹』を見つけて狩った頃の話だな。……いや、ローガンたちが消息不明になって捜索していた時、だったか?
まあ、どちらも同じ話ではある。
一度47層に降りて、引き返したのだ。ここまで、探索期間は正味10日にも満たない。
だがそれは――、
「46層が既踏階層だったからだ」
すでに次の階層へ向かうルートが、記録されていたのだ。
「え? いやいや、それこそおかしいよね? 確かイオさんたちは46層は攻略していないと聞いていたんだけど?」
「そうだ、私たちは攻略していない」
グレンの問いにイオが頷く。
イオたちは元々6人パーティーだったが、イグニトール戦で三人の仲間が命を落とした。だから46層には一度降りたきりで、ほとんど探索していないのだ。
そして俺たち≪迷宮踏破隊≫が46層に到達するまで、イオたち以外に45層を越えた者はいない。少なくとも表向きは、だが。
しかし――と、イオが答える。
「46層以降……天空階層は、≪大変遷≫の影響にない固定階層だと思われる」
【神骸迷宮】に限らず、多くの迷宮は一定周期で「変遷」と呼ばれる現象を起こす。
迷宮の内部構造や出現する魔物の種類まで、諸々をそれまでのものから一新してしまう現象だ。この時、すでに設置していた転移陣さえも失われてしまうことが確認されている。
――なのだが、最深層に近い階層では、この変遷の影響が少ないことも一部では知られていた。
設置した転移陣の消去など、全く影響がないわけではないが、階層の環境や構造、出現する魔物などが固定されることがある。
まさに「天空階層」がそれで、大昔には47層まで到達した探索者たちも少数ながら存在したのだ。
ゆえに、ギルドには46層の攻略ルートが残されていた――といっても、次の階層へ進むまでのルート以外には、まだまだ不明な点も多かったのだが。
そのため残されていた探索記録に≪風晶大樹≫の存在は記されていなかった。どうも先駆者たちは
ともかく。
前回の≪大変遷≫後、初めて転移陣を設置したのに既に「天空階層」と名付けられていたのは、何もその見た目でイオやローガンたちが名付けたわけでもなく、すでに名付けられていたからだ。他にもエンジェル・エクスシアなど、地上には存在しない魔物に名前が付けられていたりなど、その名残は色々とある。
そこまで説明し、一息挟んで、イオは続けた。
「だが、47層以降の攻略情報は全くない。ここからは完全に手探りになる。そして……未踏階層を攻略するのがどれほど大変なのかは、今さら説明するまでもないだろう?」
前回の≪大変遷≫から46層に転移陣を設置するまで、八十年近く経っている。
だが、これだって歴史的に見れば、ずいぶんと速い攻略ペースなのだ。
「ふぅん……なるほど。何をしようとしているかは分からないけれど、敵が目的を終える前に踏破するには人海戦術が必要ってことかい?」
グレンの言葉に、俺は頷いてさらに付け足した。
「ああ、特に優秀な斥候系ジョブが必要だな」
もちろん今のクランメンバーにも斥候ジョブの人間はいるが、それはグレン隊に所属する一人だけだ。新しくクランに勧誘しようと思っていた探索者たちも加えると、もう少しだけ増えるが、それでも必要な数には全然足りていない。
本来はエイルを筆頭に頑張ってもらう筈だったのだが、エイルはいなくなってしまったし、他にいた斥候ジョブはジューダス君たちの集団にいた敵側の人間と、襲撃にあって殺されてしまった者たちだ。
この深刻な斥候不足は、元々探索者界隈では斥候ジョブが貴重という事情もある。
何も斥候ジョブが発現しにくいレアジョブだという話ではない。斥候ジョブの需要が多すぎるせいでヘッドハンティングが絶えないのだ。
「大発生」の時に特異個体の討伐や、特異体ノルドの監視などで活躍していたのは探索者ギルドが雇っている者たちで、現役の探索者というわけではない。
このように斥候ジョブは、探索者ギルドだけでなく他の様々なギルドや【評議会】、【封神四家】など、大きな組織や権力者たちに囲われる傾向がある。
おかげで探索者界隈では斥候ジョブは万年人手不足だ。
それに斥候ジョブは既踏階層では役割が制限されるし、戦闘能力も他の戦闘系ジョブに比べて低い傾向にある。そんなわけで探索者として働くよりは、別の働き口を探した方が比較的安全かつ安定していて、さらに稼ぎが大きいのだ。
このように不足している斥候ジョブだが……まあ、問題はない。
俺には斥候たちの当てがある。
「ギルド長に言ってギルドで雇ってる斥候たちを貸してもらおうぜ」
それで万事解決だ。
普通に36層以降で活動していたことからも分かる通り、探索者ギルドで抱えている斥候たちは高いレベルの力量を備える優秀な者たちだ。
さすがに45層は越えていないだろうが、そんなのはどうとでもなる。問題はまた火山のイグニトールを倒さないといけないことだが、今なら俺一人でも倒せそうだ。
未踏階層――それも変遷後も情報の価値が失われない固定階層に関する情報を収集できるのだから、ギルド長も嫌とは言うまい。
だいたいギルド長には「大発生」関連で大きな貸しがある。それを少しは返してもらう良い機会だろう。
そう思っていたのだが……、
「残念だが、アーロン」
どこか皮肉げな笑みを浮かべて、イオが言った。
「糞ジジイは権力に屈したよ」
――と。
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