第83話 「二度とすんな……ッ!!」
フィオナからの問い。
それに俺はしばらく沈思黙考して――口を開いた。
「その質問に答える前に、フィオナ、お前が迷宮で何をやったのか教えてくれないか?」
「何って……知ってるんじゃないの?」
怪訝な表情を浮かべるフィオナに、俺は静かに首を振る。
フィオナが口にした【神体】という名のスキル(?)らしきもの。
当然と言えば当然というべきだが、その名称は俺が頭に思い浮かべた名称とは全く別のものだった。
まあ、あれは俺が勝手に名付けたものだし、違っていて当然なのだが。むしろ名称が一致している方が恐い。
フィオナはどこか納得いかないような表情をしながらも、迷宮で偽天使を前にしたあの時、自分の身に何が起こったのかを語り始めた。
「えっと……あの時、突然左手に『限界印』が浮かび上がって、スキルを覚えたのよ」
と言って、左手の甲を見せる。
そこには俺の『初級限界印』とは全く異なる紋様が浮かんでいた。
「私が覚えたスキルは【神降ろし】って言って、『剣舞姫』ジョブで修得できる最後のスキルだったみたい」
「まあ! フィオナ、凄いわ……!!」
傍らで話を聞いていたエヴァ嬢が口に手を当てて驚きを露にした。
予想していた事とはいえ、俺も思わず息を呑む。
固有ジョブの途中で成長限界が訪れる者はたくさんいるが、固有ジョブの最後までスキルを修得できた者は、かなり少ない。現在は、という意味ではなく、記録されている歴史上で数えても凄まじく稀少な例だ。
フィオナに戦い方を指導していた経緯から、俺は『剣舞姫』ジョブについて一通り調べたことがある。
ジョブ適性に見合わない戦い方を指導をしても、意味がないからな。
そんなわけでかなり詳しく調べたんだが、記録上、『剣舞姫』を最後まで成長させた人物は存在しなかった。なので『剣舞姫』の最終スキルが何であるのかも、記録にはない。
フィオナは続ける。
「咄嗟に【神降ろし】を使ったら、自分に降ろすことのできる神々の名前が頭に浮かんで……あの寄生体を倒したいって思ったら、剣神が選択された……の、たぶん」
「たぶんって何だよ?」
自信なさげに語るフィオナに問う。
「その時にはもう意識がはっきりしてなかったのよ。だから夢でも見ているような感じで、自分が何をやったのか覚えていないところも多いわ」
「……スキルの名称が【神降ろし】ってことは、本当に神が降りてきて、お前の体を動かしてたってことか?」
「…………たぶん」
神は実在する。
そのことを疑う者は少ないだろう。
だが、実際に神を見たとか、神に会ったという者はほとんどいない。いたとしても、そいつは十中八九詐欺師の類いか、幻覚を見ていただけだ。
しかし、フィオナの場合は事情が異なる。何しろスキルによる現象だからだ。
ジョブやスキルというのは、神々が人間のために作ったものと言われており、実際、これらのシステムがどのように作られたのか、具体的にどうやって人々にジョブやスキルを与えているのか、正確に説明できる者は存在しない。
まさに神の奇蹟としか言いようがないのだ。
その神の奇蹟の発露であるスキルによって、神が降りてきた――となれば、誰にも否定することなどできない。否定するための根拠を示すことができないのだから。
「それで、どうなったんだ? どこまで覚えてる?」
話を先に進める。
【神降ろし】を発動した後、フィオナの身に何が起こったのか。「剣神」とやらがフィオナに降りてきて、どうなったのか。
フィオナは考えを整理するように、ゆっくりと答え始める。
「えっと……あいつとの戦いの記憶は、全部、夢でも見ていたような感じなんだけど、自分がどういう技を使ったのかは不思議と覚えてるのよね。ほら、スキルを覚える時って、突然スキルの名称や使い方が頭の中に入ってきて、一度覚えると忘れないじゃない? そんな感覚よ」
「…………ふむ」
そんな感覚とか言われてもな。
俺ってスキルを覚えた経験、一度しかないし。その時の記憶もすでに曖昧だぞ。だいぶ昔のことだからな。
だがまあ、ここは当然理解しているように頷いておくか。
それより気になったのが、フィオナが自分が使った技を「スキル」と言わず、「技」と言った点だ。
「【神降ろし】をして、さらにスキルを覚えたってわけじゃないのか?」
「スキル……じゃないわね。技の名称は覚えてるんだけど、今は使える気がしないし、どうやって使ったのかもほとんど覚えてないわ。どういう技かは、何となく覚えてるけど」
「つまり、一時的に使えるようになってただけ……ってことか?」
「たぶん、そう」
【神降ろし】ってのは、かなり特殊なスキルだな。
まあ、特殊ということなら、『剣舞姫』の固有スキルは全てが特殊なのだが。そもそも【剣の舞】からして、かなり特殊なスキルだし、俺は『剣舞姫』の固有スキルを一つだって模倣することはできない。
あれらのスキルは全て、オーラの操作でどうこうなるスキルじゃないからだ。
「それで、戦闘中どんな技を使ってたんだ? さっき言ってた【神体】もそうなんだろ?」
「うん。えっと、私が使った技は――」
そうしてフィオナは一つ一つ思い出しながら、戦闘で使った技名を羅列していった。
それらを聞いて、俺は驚く。混乱にも近しい、大きな衝撃だった。
フィオナが使った技は、大別して三つの種類があった。
一つは「神技――【神体】」
一つは様々な種類がある「英雄戦技と剣技」
一つは偽天使を倒す時に模倣した技である「剣神技――【絶死冥牢】」
これらの中でもフィオナが一番最初に使った技が【神体】だったらしい。その詳しい効果は覚えていないようだが、あの全身が不思議な光り方をしたのが【神体】による効果なのは間違いないようだ。
しかし、俺が驚いたのはフィオナが口にした「英雄戦技」と「英雄剣技」、その技名だった。
【轟弾】に【重轟刃・衝波】に【瞬光迅】……俺の知らない技もあったが、先に挙げたものは全て、俺が開発した戦技に剣技である。
【轟弾】と【重轟刃】の名をフィオナが知っているのは、別に良い。今までに聞かれて説明したことがあるからだ。しかし、【瞬光迅】はフィオナの前で使ったこともないし、その名を口にしたこともない。
【瞬光迅】は特殊な戦技だ。動きが速すぎて普通の状態では発動できないし、仮に発動しても体が持たない。だから通常、俺が【瞬光迅】を使うことはないし、実際に使ったのもスタンピードの時が最後だ。
この奇妙な名称の一致が何なのかはともかく……フィオナが【瞬光迅】を使ったということは、やはり偽天使との戦闘でフィオナが使った【神体】という技は、俺がスタンピードの時に使った技と、そう大きな違いはないと思われる。
【神体】のオーラの使い方、魔力が切れた後の副作用、それに放出系魔法――偽天使の雷撃を受けても何ともなかった事といい、ほとんど同じだ。違いと言えばフィオナの場合は一瞬で【神体】を発動したことだろう。俺の場合は発動まで少し時間が掛かる。今ならスタンピードの時よりも短い時間で発動できるかもしれないが、それでもあんなふうに一瞬で発動できるわけじゃない。
とはいえ、注意点はほとんど同じだろう。
俺はフィオナの目を見つめて言った。
「フィオナ、その【神降ろし】ってスキルだが……【神体】って技が前提になるなら、できればもう使うな」
【神降ろし】イコール【神体】というわけではなさそうだが、戦いにおいて【神降ろし】を発動すれば【神体】も発動することになるだろう。
「…………私だって、そうそう使うつもりはないわよ」
フィオナは躊躇うような表情で、しかしきっぱりとそう言った。使わないと言ったわけではない。いざとなれば使う、と暗に言っているわけだ。
「……まあ、お前が危険な時に、その危険を切り抜けるためにどうしても必要なら、俺も反対はしないが」
「…………そう」
断固として反対されているわけではないと知って、フィオナは安心したように胸を撫で下ろした。
しかし本当に理解しているんだろうか? 俺を含めて、他人が危険な時でも【神降ろし】を使うのは反対だと言っているのだが。
「…………」
口を開きかけて――口を閉じる。
他人を助けるために使うな。自分が危ない時だけ使え。そう言うつもりだったのだが…………まあ、フィオナの性格からして絶対に承知しないだろうからな。
それなら無駄に口論するよりも、対処法を注意していた方が良いだろう。
「……どうしても【神降ろし】を使う必要がある時でも、一人の時はできるだけ避けろ。もしも一人の時に使う必要があったら、魔力が切れて【神体】が解ける前にポーションを飲め。常に最上級の治癒ポーションをストックしとけ」
「……わかった」
【神体】がどういう技かは、フィオナも理解しているのだろう。真剣な表情で頷いた。
それから、ふと、確認するように問われる。
「ねぇ、アーロン。【神体】が解ける前にポーションを飲めって言うのは、たとえば腕や足を切断されるくらい斬られた時、【神体】が解ける前だったらくっつくから……よね?」
「ん? ……ああ、そうだ。切断面がある程度綺麗ならくっつくはずだ。骨折や靭帯の損傷、筋肉の断裂……とかも、技が解ける前なら比較的簡単に治癒できる」
「【神体】発動中は、斬られても腕は切断されないし、平気……よね?」
「バカ言え。平気ってわけじゃない。【神体】発動中は斬られても切断面をオーラで繋げてるだけだ。余程酷い損傷じゃなければ機能も維持できるが、斬られたことには変わりないからな。技が解ければ腕が落ちるぞ。だから可能な限り攻撃は避けた方が良い」
アレは切断などのダメージを受けてもオーラで無理矢理人体組織の構造を正常な状態に維持する――という技だ。少なくとも俺が使った方の技は、そういう技として開発した。
体が壊れるような攻撃を喰らっても、体が壊れるような戦技を使っても、技が発動している最中は人体の形と機能を維持し、魔力が切れるまでは継戦能力を失わないようにするための技。
放出系魔法に対する有利や耐久力の強化、発動中の治癒が比較的容易になる事など、副次的に色んな効果が発生したのは、実は予想外だった。
「ふぅん……もう一つ質問なんだけど、【神体】って、発動中はダメージを無視して戦えるようにするための技……って認識で合ってる?」
「まあ、それだけじゃねぇが、そうだな。高密度のオーラで全身を満たすから、炎とか風とか雷撃とか、
体の耐久力は上昇するが、身体能力それ自体が上昇するわけではない。
まあ、別の戦技を使うことで筋力なども擬似的に強化することはできるが、使わないに越したことはないだろう。ダメージの蓄積が加速するからな。
――と。
「ふぅううううう…………で?」
深く深く深いため息を吐いたフィオナが、なぜか据わった目つきで睨んできた。
察するまでもなく……これは、マジギレ寸前って感じの状態だな。
え? いきなり何なの?
突然の変化に目を丸くする俺に、フィオナはドスの効いた声で聞いてくる。
「アンタは、なんでそんなこと知ってるわけ? その理由をまだ聞いてないんだけど?」
「…………」
それは、俺も同じような技を使えるからだな。
普通にそう答えようかと思っていたんだが、怒られると分かっていて正直に答える奴がいるんだろうか? いや、いない。
というか、答えたら怒りそうなのは見れば分かるんだが、その理由が分からんぞ。何を怒ってんだ?
「…………黙秘権を、行使する」
「――アンタも同じような技を使えるからでしょうがッ!!」
「…………まあ、そうだけど」
もうバレたので正直に答えた。
フィオナはじろりと睨んでくる。
「いつ使ったのよ?」
「…………スタンピードの時だな」
「そッ、……アンタの傷ッ!!」
「…………」
フィオナは悲鳴のように叫んだ。
俺の体には結構な傷痕がある。
ポーションや治癒術で傷を塞げば、ほとんどは傷が残ることはない。それでも傷が残るのは、たとえばポーションでは治癒し切れないほど大きな傷を負い、出血が止まったことを良しとしてそれ以上の治療をしなかった場合と――――あるいは、リオンの片目がそうであるように、治癒すべき部位の欠損があげられる。
この欠損とは、たとえば眼球の喪失や手足の喪失――だけを意味しない。
負傷部位の肉や骨が一定以上に失われれば、治癒術で傷を癒せても傷痕が残ってしまう。たとえば大きく抉られた肉を傷痕なく再生することは、治癒術を持ってしても難しいからだ。
そして、俺の全身にある傷痕の半分以上は、スタンピードで負った傷が原因である。
「左腕と右脚の傷……」
「まあ……そうだな……」
呟かれた言葉に、首肯する。
フィオナは俺の裸なんて何度も見ているだろう。
だからどうやら、さっき「腕や足が切断されるくらい斬られた時、【神体】が解ける前だったらくっつくから……よね?」と聞いていたのは、その確認だったらしい。
他の傷に紛れて一見しただけでは分かりにくいが、良く見れば、明らかに腕と足を一周する傷痕があると分かるからな……。
フィオナが言った。
「そんな無茶ッ……二度とすんな…………ッ!!」
ぽろぽろと涙を流しながら。
「あー……。……分かった」
「フィオナ……」
エヴァ嬢が気遣わしげにフィオナの背中を撫でている。
俺はどうしたら良いか分からず、ただ頷いた。
フィオナが泣いているから、言えなかった。スタンピードの時、俺は魔力が枯渇する前、つまり技が解ける前にポーションなど飲んでいなかったということは。
俺はあの時死ぬつもりだったし、実際、助かるような状態ではなかった。
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