第79話 「ちょっと確認するぞ」


 足の裏からオーラを放って落下の勢いを殺し、雪上に着地した。


 するとそこへ、イオやガロン、グレンなど、討伐作戦に参加していたメンバーが駆け寄って来た。


「アーロン…………勝ったのか?」


 一同を代表してイオが問う。


「ああ、見ての通りだ」


 俺はそれに頷いた。


 イオはふぅ……と深く息を吐き、「そうか」と口にする。


「倒せたか……」


 そこには深い安堵が籠っていたが、それも無理はない。


 ノルドに寄生していた時はともかく、宿主を捨てた後の偽天使はヤバかった。


 何がヤバイかと言えば、空間魔法を使ったことと【断界四方陣】を破ったことだ。空間魔法を攻撃に利用されれば甚大な被害が出ただろうが、それでも討伐自体はできただろう。しかし【断界四方陣】を破られた時には、誰もが背筋を凍らせたはずだ。


 結界魔法を破られれば、倒すことは一気に難しくなる。なぜなら偽天使の逃走を防ぐ手段がないからだ。


 結果的にはフィオナが突然、何らかの力を得たことで、偽天使に長距離転移魔法を発動させる余裕を与えず、むしろ一人で討伐一歩手前まで追い込んだから勝利できたが……それがなければ、ほぼ確実に偽天使を取り逃がしていただろう。


「ゲイル師、フィオナ嬢のあの姿はいったい……?」


 グレンが真面目な顔をして聞いてくる。


 さすがに、あれが普通ではないことはその場の全員が察しているようだった。他の面々も何か知っているのかと、興味深げな視線を向けてくる。


 ――が、俺だって正確に把握しているわけじゃない。所詮は全て推測だ。フィオナのあの状態が何だったのかは、フィオナ自身に聞くまでは分からないだろう。ただ……、


「フィオナの左手に『限界印』が浮かんでいた。だからたぶん、何かのスキルに目覚めたんだろうな」


「スキル……? スキルというには、普段のフィオナ嬢とは違いすぎるように見えたけれど?」


「それは知らん。後でフィオナに聞けよ」


 フィオナは偽天使との戦いの際、それまでは使えなかったはずの技を幾つも使っていた。あれが一つのスキルによって可能になった――とは、普通は考えがたいだろう。突然幾つものスキルを修得するはずもない。俺もそう思うし、俺だって何が何だか分からないのが本当だ。


 しかし、なぜかグレンはそうは思っていないようだった。


 というのも――、


「さっきゲイル師が寄生体にトドメを刺した時だけど、フィオナ嬢が使っていたのと同じ技だったよね? ……本当に何も知らないのかい?」


 どうやらフィオナと同じ技を使っていたから、何か知っているのではないかと疑っているようだな。


 妙にしつこいグレンに、俺は面倒くさそうに答える。


「あれはフィオナの技を真似しただけだ。便利そうだったんでな」


「いや……真似しただけって、そんなことできるはずが……」


 今はのんびり会話している場合じゃない。俺はイラッとした。


「ああ、うるせぇうるせぇ! 質問は後にしろ! イオ、討伐は終わったんだから、帰還の準備を進めてくれ。俺はフィオナを診てくる」


「あ、ああ。分かった」


 一方的に宣言して、俺は踵を返した。


 早足でフィオナのところへ向かうと、そこにはエヴァ嬢と8人の護衛たちがいた。


 護衛が周囲を警戒するように立ち、雪上に座ったエヴァ嬢が、枕代わりか、自身の膝の上にフィオナの頭を乗せていた。フィオナの体を包んでいたコートも着せ直したのか、ボタンもしっかり止められている。


 俺が近づいてきたことに気づいてか、エヴァ嬢が顔を上げた。


「アーロンさん、フィオナが……」


「…………アーロン、勝ったの?」


 心配そうなエヴァ嬢の様子に反して、フィオナはさっきよりも元気そうだ。おそらくポーションが効いてきたのと、魔力の枯渇状態からほんの少しは回復したからだろう。


「ああ、勝ったぞ」


「そう……」


 安心したように頷くフィオナの隣に膝をついてしゃがんだ。


「フィオナは、大丈夫ですの?」


「たぶん、大丈夫だとは思うが……」


 俺の返答にもエヴァ嬢の顔色は晴れない。仕方ないだろう、俺にだって断言はできないのだから。


 だから本当に大丈夫かどうか判断するために、確認することがある。


 俺はどこか眠そうなフィオナの顔を覗き込むようにして、聞いた。


「フィオナ、俺の質問に正直に答えろ。重要なことだ」


「なに……?」


「お前、戦ってた時、どんな攻撃を受けた? 雷撃を受けたのは見てる。それ以外のやつだ」


「ん…………」


 フィオナはしばらく考えて――――それから弱々しく首を振った。


「ごめん、あんまり、覚えてないわ……。あの時は、意識がぼんやり、してたから……。自分がどんな攻撃をしたかは、覚えてる、けど……」


 意識が曖昧だったのか?


 それにしては自分がした攻撃は覚えている……?


 なぜそこだけ? ……よく分からん。


 分からないが、そこは今考えたところで仕方ないか。重要なのはフィオナが自分が受けた攻撃を覚えていないということだ。


「分かった。じゃあ、ちょっと確認するぞ」


「ぇ……?」


 俺は言って、フィオナが着ているコートに手をかけた。


 上からボタンを外していく。


「は……? …………はあっ!?」


「ちょっ、アーロンさん!?」


 なぜかフィオナが身動ぎし、ようやく動くようになったのか、コートを脱がされまいとするかのように、両腕で自分自身を抱くように腕を回して抵抗する。


 だが、その力は弱々しい。本来のフィオナは俺より怪力だからな。だいぶ弱っているようだ。


「こら、大人しくしろ」


 俺は抵抗する両腕を掴んで、腕を退ける。


「な、ななっ、い、いきなりっ、何すんのよっ!!」


「怪我してないか調べるって、さっき言ったろうが」


「け、怪我なんて、してないわよ! エヴァにコート着せてもらったとき、何も言われなかったし! そうでしょ!? エヴァ!!」


「そ、そうですわよ! 一見したところ、傷はありませんでしたわ!」


 フィオナとエヴァ嬢はそう主張するが、傷が見えないのは分かっている。


 だから・・・、確認するんだ。


「傷はないように見えても、特定の攻撃を受けてたら傷付いてんだよ。その傷が後で開く可能性がある。フィオナ、たぶんだが、お前が使ってたのはそういう技だ」


「な、なんで、そんなこと知ってんのよ!?」


「それは後で教えてやる。今はお前の体を確認するのが先だ」


「か、体っ!? ……な、なら! エヴァに確認してもらうからぁ!!」


「さっきエヴァ嬢が言ってただろうが。一見して無傷に見えんだよ。だから慎重に確認する必要がある」


「エヴァに! 慎重に! 確認してもらうからぁ!!」


「悪いがエヴァ嬢じゃ気づかないかもしれん。知ってる俺が確認した方が良い」


「で、でもっ…………今っ、わたし……コートの下、裸、だから……」


「ああん?」


 俺は眉間に皺を寄せた。


 まったく、何でこんなに抵抗するんだ? 往生際が悪すぎる。


「お前、さっきは恥ずかしがってなかっただろうが」


 応急処置にポーションをかけた時のことである。


「それはっ……意識が、はっきりしてなかったからで……っ!」


「そうか。……じゃあ、確認するぞ」


「何が、じゃあ、よ!? やめなさいよ!?」


 もう許可を取るのも面倒くせぇ。早くしないと傷が開くかもしれん。


 俺は無理矢理確認することにした。


「エヴァ嬢、動かないように掴んでてくれ」


「ふぇええっ!?」


 フィオナの両手首を交差するようにして頭上に腕を持ち上げると、膝枕しているエヴァ嬢にそう言って突き出した。


 だが、エヴァ嬢は慌てたようにわたわたと手を振るだけだ。


 俺は少しばかり気が急いていた。再度掴んでいる両腕を突き出して、強めの口調で告げる。


「早くしてくれ! モタモタしてる暇はねぇんだ!」


「ひゃ、ひゃいっ!」


 ようやくエヴァ嬢がフィオナの腕を掴み、拘束する。


 フィオナは、


「お願い! エヴァ! 腕を放して!」


 などと懇願していたが、俺はエヴァ嬢に絶対腕を放さないよう念押しして、コートのボタンを外していった。


 フィオナの裸体が半分以上露になったところで、エヴァ嬢はハッと何かに気づいたように顔を上げると、慌てて周囲を見回して告げる。


「殿方は全員後ろを向いていなさい!!」


「「「イエッサー!!」」」


 男どもが一斉に体の向きを変えた。


 俺はコートの前を全て開け放つと、すぐにフィオナの体を確認していく――が、


「横からじゃ確認しにくいな……」


 俺は場所を変えることにした。


「ちょっ、ばか……! 足を、開くなぁ……!!」


 フィオナの足の間に体を滑り込ませるように陣取って、真正面から確認していく。


 頭部に致命的な攻撃を受けていたら、こんなに意識がはっきりとはしていないだろうし、さすがに生きてはいないはずだ。だから頭に傷はないはず。


 俺は首筋から下へと、皮膚を撫でるようにして確認していく。


「んっ、やめっ……そこ、触る、なぁ……っ!!」


 フィオナの体温が急上昇していく。顔なんか真っ赤だ。飲ませたポーションはちゃんと効いているようだな。


「あわわ、あわわわわ……ッ!?」


 エヴァ嬢が変な声をあげながらこちらの様子を凝視してくるが、何かを答えている余裕はない。目を皿のようにして、集中して確認していく。


「ばか、だめっ……見る、なぁ……ッ!!」


 力の入らない体で暴れようとするフィオナを押さえつけながら確認していくと、徐々に抵抗が弱まってきた。


 顔を横に向けて、何かを堪えるような表情をしている。目の端には涙が浮かんでいるようにも見えた。


 ……裸だからな。寒いのかもしれん。


 俺は少し急ぐことにした。


 胸から腹部、腰、太ももから足先へと順に確認していく。肌を撫でる指には微かな引っ掛かりも感じ取れない。例えば斬撃を受けて切断面が癒着していたなら、その周辺が赤くなっていてもおかしくはないが、不自然に赤くなっている部位はなかったし、腫れ上がっている部位もない。


 強いて言えば全身の肌が赤く上気していたが、これは違うと判断できる。


 急ぎながらも丁寧に、上から下へと確認していき――足先まで確認し終えたところで、俺は顔を上げた。


 ふぅっと息を吐き、


「どうやら、何ともないみたいだな……」


 と、判断する。


「大丈夫、なんですのね……?」


「ばかアーロン……!! はやく、前、閉じろぉ……!!」


「ああ、たぶん、雷撃とか、放出系魔法以外に攻撃は喰らってないみたいだな」


 俺はエヴァ嬢の問いに答え、それからギッと睨みつけるように見上げてくるフィオナに言った。


 寒さが辛いらしく、早く服を着たいみたいだが…………、


「フィオナ、次は後ろも確認する」


「……………………はあ!?」


「あと、後ろにも念のため、ポーション塗るからな」


「は、はぁああああッ!!?」


 すまんがもうちょっと時間がかかるんだ。


 あとこれは必要な治療だ。文句は受け付けん。



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