第64話 「よぉしッ! 全員集まったなッ!!」


 探索者ギルド三階、大会議場。


 そこに集まった70人を超える探索者たちを見回して、会議場の前方に立ったギルド長が叫んだ。


「よぉしッ! 全員集まったなッ!!」


 かなりの広さを誇る会議場の隅々まで声が届くようにと叫んだのだろうが、俺を含めて前の方に座る者たちはその大声に眉をしかめた。


 そんなにデカイ声出さなくても聞こえるっての。


 現在、クラン≪迷宮踏破隊≫を始め、他にもノルド討伐に参加することになった探索者たちが、こうして一堂に集められているのは、いよいよ明日に控えた討伐作戦の全体ミーティングを行うためだ。


 ちなみにフィオナと訓練場で大勢の野次馬たちに見守られながら戦った翌日のことである。


 まあ、全体ミーティングと言っても既に大まかなところは各自頭に入っているだろう。要はノルド討伐における作戦の最終確認の意味合いがある。


「これから明日の討伐作戦の役割分担や作戦の流れについて話していく! 良い子にして静かに聞けよ! んじゃあ、イオ!」


「はいはい」


 呼ばれて前に出たのが俺たちのクランマスターであるイオ・スレイマンだ。


 説明はギルド長ではなく、イオがするらしい。


 イオは会議場に集まった探索者たちの前に立ち、ごほんっと一つ咳払いをしてから話し始めた。


「≪迷宮踏破隊≫のクランマスターをしている、イオ・スレイマンだ。明日の作戦について、私から説明させていただく」


 そこで一度言葉を切り、会議場を見回した。イオは一つ頷き、続ける。


「といっても、難しい話は何もないから、安心してくれ。まずは討伐の流れについて説明する。……明日早朝、作戦に参加する探索者全員で【封神殿】に集合し、そこから転移陣を使って36層へ転移する」


 今回、作戦に参加する探索者は総勢で72人になる。


 他にも協力者が4人いて、これを含めると76人で36層へ転移することになる。


 全員が36層に転移できることを前提としていることから分かる通り、ここに集まっているのは全員が最上級探索者だ。


 元々クランに参加していなかった数少ない最上級探索者もいるが、多くはついこの間まで上級探索者だった者たちである。というのも、今回の作戦のためにギルドが主導し、上級でも特に実力の高い者たちにレイドを結成させ、36層まで強引に突破させたのである。


 まあ、討伐作戦のためというのは、実際のところ口実に過ぎないみたいだが。


 というのも、ノルド発見から36層突破までの期間が短すぎるからだ。おそらくギルドとしては、失った戦力を早急に補充するため、事前にレイドを組ませて探索階層を強引に上げることを計画していたのだろう。


 実力に見合わない階層で探索などさせても、普通は死亡率が上がるだけだからこんなことはしないのだが、今は平時とは言えないからな。ギルドもかなり切羽詰まっているようだ。


 もしかしたら、≪迷宮踏破隊≫のようなクランをギルドが支援することで設立するつもりでは――という噂もまことしやかに流れていた。


 ――ともかく。


 それゆえに、ここにいる72人がネクロニアに存在する最上級探索者のほぼ全て、ということになる。


 ほぼ、なのは重要な作戦に参加させるには身辺の怪しい者が何人か存在しているからだ。要するに信用できない者たち、ということだな。


「現在、特異個体のノルドは36層に移動している。ゆえに、階層を跨いで移動する必要はない」


 ノルドが見つかったのは38層だ。しばらくはそこから移動してはいなかったのだが、とある理由があってノルドは階層を移動することになった。


 その理由というのは――、


「知っての通り38層で発見された特異体ノルドだが、討伐作戦を立案するに当たり、その戦闘能力を事前に調査することになった。そのため私を含む何人かで戦いを挑むことになったのだが――」


 ノルドの力を見るために、一当てしてみよう、ということになったのだ。


 ちなみに実際に調査のために駆り出されたのはイオと俺、そしてガロンたち≪鉄壁同盟≫とギルドから派遣された斥候職の者たちだった。


 当然、俺たちだけでは倒せないと判断すれば、すぐに逃走するつもりだったぞ。


「――結論から言えば、私たちはノルドと交戦することができなかった」


 しかし、俺たちはマトモに戦うこともできなかったのである。なぜならば――、


「ノルドは、今回迷宮内に発生した一連の特異個体と異なり、どんな相手にも逃走という手段をまずは選択するようだ」


 特異体ノルドは、相手の強い弱いに拘わらず、襲われると全力で逃走を開始する。


 もちろん攻撃もするのだが、その全ては自身が逃走するための足止め、反撃に過ぎない。


 色々な相手で試してみたが、ノルドは相手が一人だろうが弱かろうが、まず第一に逃走を選択するのである。そもそも戦おうとしないのだ。


 かなり徹底している。


 他の特異個体は自分より弱い相手とみれば、積極的に襲いかかって来ていたというのに。


 だが、だからこそ――、


「他の特異個体とは違う行動原理で活動するノルドは、今回発生した一連の特異個体の発生源、または本体である可能性は非常に高いと思う」


 ノルドの特異な行動が、ノルドこそが本体であるという可能性の裏付けになり得る。


「そして話は戻るが、ノルドが逃走を続けたことによって、38層から36層へ移動したわけだ」


 これは俺たちが意図した結果ではないが、不幸中の幸いと言えよう。


 何しろノルドとの戦いまでに、余計な戦闘も探索も、極力減らすことができるのだから。


 とはいえ、だ。


「しかし、このままではどれだけ人数を集めても、ノルドとマトモに戦うことさえできない」


 特異体ノルドに逃げに徹されては、それを防ぐのは極めて難しい。何しろ今までの特異個体同様、生半可な攻撃では動きを鈍らせることさえできないのだ。「翡翠」を使って足を文字通り斬り飛ばし・・・てみたところ、切断面を癒着するのではなく、新しい足を斬られてから二歩目・・・で生やされた時には、さすがの俺も目を疑ってしまった。


 おそらく、ノルドの元々の能力もあり、再生能力は今までの特異個体と比べても高いはずだ。


 守護者としての巨人王ノルド自体、高い再生能力を持っていたからな。それがさらに強化された結果だろう。


「魔物の「大発生」の原因と目される特異体ノルドの討伐は、探索者ギルドだけでなく、ネクロニア全体にとって非常に重要な作戦だ。そこで――」


 イオは大会議場の最前列に座っていた、討伐作戦への「協力者」たちを紹介した。


「今回の討伐においては、【封神四家】の方々にご協力いただけることになった」


 そう、協力者というのは【封神四家】の術者たちのことだったのだ。


「改めて言うまでもないが、これは極めて異例なことだ。それだけ、今回の問題が重く受け止められていると考えてもらいたい」


 ネクロニアの支配者たる【封神四家】の術者たちが、特異個体とはいえ、いち魔物の討伐に自ら協力することなど、本来ならばあり得ない。


 集まった探索者たちもそんなことは重々承知であり、事前に【封神四家】の協力があると知らされていても、驚愕は隠せないようだった。


「おいおい、本当に【封神四家】が参加すんのかよ……」

「魔物の討伐に? ……マジ?」

「それだけノルドがヤバイってことなのか……?」


 会議場内にうるさいほどのざわめきが起こる。


 それが静まるのを待ち、イオが続けた。


「では、今回ご協力いただく方々を紹介しておこう。……では最初に、アロン家御四男、カイル様」


 イオに名を呼ばれ、一人の青年が立ち上がる。


 銀色の髪に金色の瞳を持ち、見た目だけなら神秘的な貴公子といった風情の、有名な放蕩息子だ。


「私がカイル・アロンだ。美しい私に傷一つ負わせることのないよう、皆には必死になってもらいたい。よろしく頼むよ」


「ありがとうございますカイル様。それでは次に――」


 と、イオはすぐに次の人物を紹介する。


「グリダヴォル家御三男、ライアン様」


「おうッ!!」


 暑苦しい感じに頷き、立ち上がったのは短く刈り上げた赤髪に金色の瞳をした、大柄な少年だ。魔法使いとは思えないほど筋骨隆々だが、あの筋肉が見せ掛けだけということは、残念ながら既に判明している。


「俺がライアン・グリダヴォルだッ!! 前回の探索では情けないところを見せたが、あれからずいぶんと鍛え直したッ!! 今度こそ俺は迷宮に勝つッ!!」


「はいありがとうございます座ってください。では次に――」


 イオはライアン君をすぐに座らせ、次の紹介に移った。


「カドゥケウス家御養子、クロエ様」


 次に立ち上がったのは、長い黒髪を一本の三つ編みに纏め、金色の瞳の上に眼鏡を掛けた気の弱そうな少女だ。


 クロエは少し猫背気味に立ち上がり、両目に涙を浮かべながら小さな声で挨拶した。


「ぁ……クロエ、です……。よ、よろしく……です。……ぅう……っ、何でまたこんなことに……ッ! 不幸ですぅ……!!」


「はい、頑張りましょう。では最後に」


 イオはぞんざいにクロエを励まし、最後の紹介に移った。


「キルケー家御長女、エヴァ様」


 最後に立ち上がったのは艶やかな金髪に金色の瞳を持ち、やたらとスタイルの良い女性。


 言うまでもなく、エヴァ嬢だ。


「エヴァ・キルケーです。皆様、どうぞよろしくお願いしますわね?」


 優雅な所作でそれだけ言うと、エヴァ嬢は自分から着席した。


 この四名が、今回の協力者だ。≪迷宮踏破隊≫の者ならば当然知っているが、この四名は46層に転移陣を設置する時も迷宮に潜った者たちである。


 なぜエヴァ嬢たちが協力者として選ばれたかというと――その理由は実に単純だ。


 ノルド討伐において【封神四家】の助力が必要となった際、36層の転移陣に登録している者たちがエヴァ嬢たちしかいなかったからである。他の術者に協力を仰ぐとなれば、その術者を1層から36層まで案内しなければならなくなる。それでは非常に手間だし、時間も掛かってしまう。


 そういった理由があり、エヴァ嬢たちに白羽の矢が立った、というわけだ。


 そして、なぜ【封神四家】の助力が必要なのかというと――、


「――以上、紹介した四名の方々にご協力いただけることになった。それで、なぜ【封神四家】の力が必要なのかというと、先ほども説明した通り、特異体ノルドがすぐに逃げてしまうことが理由だ。今回の討伐作戦においては、戦闘開始前にエヴァ様方によってノルド含む広範囲の領域を結界にて囲ってもらうことになった」


 ノルドが逃げるのなら、逃げられないように事前に檻で囲もう――ということになったのだ。


 そのために【封神四家】の結界術が必要となったのである。


 ちなみに広範囲の結界を展開する理由は、近くでは結界を展開できないからだ。まず間違いなく、結界術を発動する前にノルドに気づかれ、逃げられてしまう。


 ゆえに、ノルドが逃走に移らないほど離れた地点から巨大な結界を展開し、閉じ込める必要がある。


 そして今回、俺たち≪迷宮踏破隊≫以外にも多くの探索者が動員されたのは、エヴァ嬢たちがいるからでもあった。


「エヴァ様方は結界を展開する際、四方の頂点でそれぞれ結界術を発動、維持する必要がある。当然、結界術を発動している間は無防備だ。迷宮の深層ということもあって、他の魔物に襲われることもあるだろう。今回の作戦に参加する者たちの内、32名はエヴァ様方の護衛役に就いてもらう。その内訳だが、カイル様の護衛役には――」


 と、イオがどのパーティーが誰を護衛するのかを告げていく。


 探索者側には事前に説明してあったことだが、エヴァ嬢たちにはまだ説明していなかったはずだ。というのも、ギルド側でギリギリまで探索者たちの適性を考え協議していたから、決まったのが昨日なのだ。


「――で、クロエ様の護衛役は、≪剣舞姫に蔑まれ隊≫と≪剣舞姫に踏まれ隊≫が担当します。そして最後にエヴァ様の護衛役が――」


「はぇええええッ!? ちょ、ちょッ! あのぅッ!? わ、私の護衛役ちょっとおかしくないですかぁっ!?」


 自分の護衛役となる探索者たちに不安を感じたのか、クロエが席を立って叫んだ。


 イオは説明を一時中断すると、不安がるクロエにしっかりと視線を合わせ、深々と頷いてみせる。


「ご安心ください。彼らは生粋のマゾですので、護衛役としての適性は高いと判断しております。……まあ、女性が護衛対象の場合限定となりますが……」


「それ聞いて何が安心できるんですかっ!?」


「――ご安心召されよッ!!」


 その時、会議場の一画で探索者たちが立ち上がった。


 クロエは後ろを振り返って背後を見る。そこにいたのは、クロエの護衛役となる探索者たちだ。


 小太りの魔法使いが自信満々に胸を張って言う。


「クロエ様は拙者らのタイプではござらんが、仕事に私情は挟みませぬ! その女体に傷一つ付けることなく、見事守りきってみせましょうぞ!!」


「…………あの、護衛の人を代えてほしいんですけど」


 クロエが珍しく、強めな口調で発言した。


「その、で、できれば……アーロンさん、とかに、護衛してもらえると、あ、安心できるんですが……」


 その瞬間、俺の隣から「チッ!!」という音が盛大に響いた。


 隣を見るとフィオナが足を組み、腕を組み、澄まし顔で座っている。


 何だ空耳か……って、そんなわけはない。今舌打ちしただろ。フィオナの奴、クロエのこと嫌いなんだろうか……?


「ひ、ひぃ……っ!!」


 クロエの方に顔を戻すと、フィオナの方を見ながら怯えていた。その視線を追ってフィオナに再度視線を戻すと、澄まし顔で前を見ている。


「ふむ……申し訳ありませんが、アーロンはノルド討伐の主力になるので、護衛に回すことはできないのですよ」


「はひぃ……っ、も、もう、良いですぅ……!!」


「そうですか? ……まあ、彼らもああ見えて35層まで突破した猛者です。実力はギルドが保証しますので、ご安心を」


「ふ、不幸ですぅ……っ!!」


 どうやらクロエは納得……したかどうかは分からないが、受け入れたようで着席する。


 イオは話を続け、エヴァ嬢の護衛役を発表したところで説明をノルド討伐のことに戻した。


「結界術によりノルドを囲んだ後、残り40人で討伐を開始する。他の特異個体もそうだったが、特異体ノルドは非常に高い再生能力を持ち、全身を灰になるくらい焼却しないと討伐できないものと思われる。ゆえに、討伐方法は拘束してから肉体を細切れにし、その後に焼却する――というのが基本になるのだが……ノルドの場合、その巨体ゆえ、一度に全身を細切れにするのは非常に難しい。なので拘束した後に私を含む魔法使いたちが集団魔法でノルドを高温の炎で包み、焼却しながら他の者たちで肉体を刻んでいくことになる」


 ノルド討伐のおおまかな流れは、最初に拘束し、次に高温の炎で包み、魔法を維持。最後に探索者たちが手分けして炎の中のノルドを刻むことで、完全に焼却していく――という流れになる。


 特異個体と何度も戦っている俺やイオにとっては今さらだが、他の者たちにとってはそうではなかった。


 まるで魔物との戦いとは思えない奇妙すぎる討伐方法に、会議場中で困惑と不安のざわめきが生じた。


「話に聞いてはいたが、そこまでしないと殺せねぇのかよ……」

「どんなバケモンだ」

「本当に討伐できるんでしょうね……?」

「っていうか、それだと攻撃している間もずっと拘束しておくってことでしょ?」

「……無理くね?」

「誰が拘束すんだっけ?」


「あー、説明を続けるぞ?」


 戸惑う探索者たちの声を遮るようにして、イオが注目を集める。


「エヴァ様方を護衛するのが8人4組の32人。そして、それ以外の残り40人の内訳を改めて発表しておく。まず拘束役だが……アーロン・ゲイルとガロン・ガスターク率いる≪鉄壁同盟≫及び、盾士抽出部隊、計13人が行うことになる。そしてノルド焼却については、私を含む火術士及び風術士抽出部隊11人が。それ以外の残り16人が切断部隊となり、拘束中のノルドを刻んでもらう」


 内訳は、こうだ。


 俺、ガロンたち≪鉄壁同盟≫6人、他6人の盾士を加えた13人が拘束部隊。


 イオ、クレアたち≪火力こそ全て≫6人、他4人の魔法使いを加えた11人が魔法部隊。


 フィオナ、カラム君、グレンなど、残りの16人がノルドの肉体を刻む、切断部隊――となる。


 今回はジョブによって役割が違うので、パーティー単位での活動ではない。例外は同種のジョブで揃えている≪鉄壁同盟≫と≪火力こそ全て≫だけだ。


「拘束部隊の指揮はガロンが執る。アーロンは遊撃要員だ。そして魔法部隊の指揮は私が、切断部隊の指揮はグレン君が執る」


 作戦の流れ、各員の内訳としては、こんなところだ。


 イオは他、不測の事態が起きた時の対応など、細々としたところを説明していった。


 そうして一時間が過ぎた頃、探索者たちからの質問にも答え終え、会議は終了となる。


「――それではこれで全体会議を終了とする。明日は各自、【封神殿】へ直接集合してくれ。くれぐれも遅れないように頼むよ。……それでは、解散しよう!」


 途端、会議場内にざわざわと声が飛び交い始め、集まっていた探索者たちがぼちぼちと退出していく。


 俺も特に用事はないし、さっさと帰ろうかと思ったところで、隣から声があがった。


 フィオナではない。フィオナの、さらに隣の席からだ。


「フィオナ嬢、今日この後、時間はあるかい? 貴女さえ良かったら、ボクと一緒にディナーでもどうだろう? 黄金亭のインペリアル・スイートを予約してあるんだ。明日は同じ部隊で動くことになるんだし、是非、今夜はボクと親睦を深めないかい……?」


 見れば、そこにいたのは金髪碧眼の貴公子然とした優男――ではなく、男装の麗人たるグレンだった。



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