第63話 「君の見解としては、本物かね?」


 二人の戦いを観戦している者たちは、一様に口をあんぐりと開け、視線を上に向けていた。


 訓練場の空中へ満遍なく配置されたオーラソードを足場に、アーロン・ゲイルが高速で移動したかと思うと次の瞬間にはフィオナへと斬りかかり、再び距離を取る。まるで時間を切り取ったかのように消えては現れる凄まじいスピードで、ヒット&アウェイを繰り返していた。


 一方のフィオナも攻められるばかりではない。


 自身で生み出したオーラソードを足場に危うげなく空中を移動し、アーロンの攻撃に対して双剣で防御する。そしてアーロンが距離を取ればすかさず【フライング・スラッシュ】を飛ばして追撃を加える。


 空中を縦横無尽に移動しながら激しい戦闘を繰り広げる両者に、観戦している探索者たちはしばし、言葉もなく見入っていた。


 やがて、ぽつぽつと言葉が溢れ出す。


「最上級探索者って、ここまで強いのか……」

「空中戦もこなせるんだな……」

「いやいや! 最上級探索者なら全員できるってわけじゃねぇからッ!!」


 呆然としたような顔で呟く探索者に、他の探索者が突っ込んだ。


 他にも、特にフィオナの戦いぶりに関してあちらこちらで言葉があがる。


「誰だよ? 最近の『剣舞姫』は落ち目だなんて言ってた奴は……」

「いや、それって『剣舞姫』が『木剣姫』なんて呼ばれ出したのが原因じゃなかったっけ?」

「今使ってるのも、木剣……なんだよな?」

「まさか、木剣使って戦うと強くなれるのか……?」

「どういうこと? わけが分からないよ……ッ!!」


 驚きと困惑の声。


 それには理由があった。


 ここ最近、多くの時間を木剣製作に割いていたフィオナであるが、アーロンから二振りの黒耀を貰って以降、迷宮で魔物相手に実戦訓練を積む時間も増えた。


 ただしそれは、黒耀を手に浅層の魔物を相手にすることから始まった。


 一見して木剣には見えないフィオナの黒耀だが、見る者木剣マニアが見れば、それが木剣であることは一目瞭然だ。『剣舞姫』が木剣で戦っているという奇妙な噂は、すぐに広まった。


 加えて戦っている場所が、その噂に小さな悪意を潜ませる。


 何しろ最上級探索者たる『剣舞姫』が、木剣を手にして【神骸迷宮】一桁層という、かなりの浅層で戦っていたのである。それは端から見れば単なる奇行でしかなく、奇異な視線がフィオナに寄せられるようになるのも必然だった。


 そしてアイドル的な人気を持つ『剣舞姫』と言えど、全ての人々に好かれているわけではない。


 中には当然、嫉妬などからフィオナに悪意を持つ者たちがいた。


 そんな者たちが噂を流したのだ。嘲笑混じりの『木剣姫』という二つ名と共に。


 曰く、『剣舞姫』は落ち目。

 曰く、『剣舞姫』は最上級探索者であることを諦めた。

 曰く、『剣舞姫』は精神に異常を抱えている。

 曰く、『剣舞姫』は変な男に捕まり、道を踏み外してしまった――などなど。


 だが。


 目の前で繰り広げられる激しい戦闘を見れば、それらが根も葉もない噂話に過ぎなかったのだと、誰もが理解するだろう。


 その日、『剣舞姫』に纏わりついていた悪意ある噂は、一部を除いて払拭されることになった。


 呆然と戦いを見守る一同の前で、二人の戦いはさらに激しさを増していく。


 フィオナが訓練場中に浮かんでいたオーラソードを壊し始め、アーロンの足場を潰していく。対するアーロンはこれ見よがしに何かのスキルを使ったのか、何もない空中を蹴って移動し始める。そしてそれまで静止させていたオーラソードを動かし、フィオナを四方八方から狙い始めた。


 優勢なのはアーロン・ゲイルだ。


 いや、それどころか楽しげな笑みを浮かべてフィオナを攻撃する様には、どこか余裕さえ窺える。だからこそ――、


「悪魔だ……」

「悪魔的だ……」

「何て野郎だ……」


 見る者にそんな印象を抱かせた。


 というのも、二人の戦う姿が、非常に対比的だったのだ。


 圧倒的な力で敵対者を弄ぶ悪魔のようなアーロン・ゲイルと、一方で――、


「戦乙女だ……」

「いや天使だ……」

「私のお姉様は、天使だった……?」


 何とかアーロンの猛攻に抗うフィオナ。彼女の背には、光輝くオーラソードが6本、追随していた。それは少し遠目に見れば、三対六枚の翼を生やしているようにも見える。


 フィオナとしては単に、事前に足場とするオーラソードを生み出しておき、戦闘の邪魔にならないように背中へ浮かべているだけでしかない。


 しかしそれを見た者たちからは、天使の翼のようにも見えた。


 だから二人の戦いの印象を述べるならば、こうなる。


 邪悪なる悪魔の猛攻に抗う戦乙女か天使の戦い――と。


「おいおい……」


 そして、二人の戦闘を眺めていたリオンも顔を引きつらせながら呟いた。


「もしかして、フィオナちゃん……俺より強くね?」


 何となく、眼帯を撫でた。


 片目を失う前、全盛期の自分と比べても、明らかに強いと感じられたのだ。


 そんなリオンの呟きを拾ったのか、隣でイオも感嘆のため息を吐いて、口を開く。


「今のフィオナ嬢なら、ローガンと戦っても良い勝負をするかもしれないな」


 イオとしては、最大級に近い賛辞だ。


「それで――」


 と、今度は目を輝かせながらフィオナを見つめているグレンに視線を向けて、イオは問うた。


「グレン君、アーロンについてだが、どう思う?」


「――ん? ゲイル師について、ですか?」


 グレンは夢から覚めたようにハッとして、隣のイオに顔を向けた。


「あ、ああ……ゲイル師? いや、アーロンが≪極剣≫と思うかどうか、ということだよ。君の見解としては、本物かね?」


「そうですね……」


 グレンは少し考え、それから迷う様子も見せずに答えた。


「分かりません」


 と。


「……分からないかね?」


「単純に戦闘能力としては、ゲイル師が≪極剣≫であってもおかしくはないと思うんですよ。ただ……」


「……ただ?」


「あの時、ボクを含めて≪極剣≫を目撃した者たちが、誰一人、≪極剣≫の容姿を確認できなかったのには、理由があります……イオさんなら、聞いてますよね?」


「ふむ……君の目を持ってしても、見えなかったらしいね?」


 グレンのジョブは弓士系の固有ジョブ――『精霊弓士』だ。


 ジョブの性能もあり、グレンの視力は他の探索者と比べてもずば抜けて高い。そんなグレンでさえ、≪極剣≫の容姿は知らない。


 なぜならば、≪極剣≫が戦っているところを目撃はしたが、その容姿は「見えなかった」――からだ。


 グレンは探索者ギルドや【評議会】、そして【封神四家】へと、このように報告をあげている。


 ――≪極剣≫の体は強く発光しており、その容姿を確認することは叶わなかった、と。


 そしてそれは、たとえば盾士ジョブにある【オーラ・アーマー】などの、全身にオーラを纏うスキルとは全く違う光り方だった、と。


 グレンは戦う二人に視線を戻して、言う。


「ゲイル師が戦う姿は何度か見てますが、常軌を逸した強さですよね、あれは。でも」


 それから少し興奮したように頬を上気させて、イオに視線を戻した。


「あの時に垣間見た≪極剣≫の強さに比べれば、まだ色褪せて見えます」


 そばで聞いていたリオンには、それがアーロンが≪極剣≫であることの否定なのかは、分からなかった。


「いえ、もしかしたら、≪極剣≫は人間ではないのかも。それほどに……神々しいほどの強さでしたから」



 ●◯●



 空を蹴り宙を駆け抜ける。


 フィオナと幾度も剣を交える。


 俺の想像以上に長く続いたこの戦いだが、そろそろ決着が近いことを感じていた。


 というのも、フィオナの背に配置されていた6本のオーラソードが、いまや2本しか無くなっているからだ。


 それは単に、足場として使ったから減ったということではない。フィオナは使った先からオーラソードを補充していた。しかし、今はそれができなくなった――ということだ。


 すなわち、それは魔力の限界が近いことを意味する。


 新たなオーラソードを生み出すだけの魔力が、もう残っていないのだ。


 だが、ただ魔力が尽きるのを、黙して受け入れるフィオナではないだろう。


 ゆえに――、


「――――いくわよッ!!」


 フィオナはオーラソードを足場にこちらへ跳んだ。


 足場としたオーラソードは一本。残る一本は、俺の移動を妨害するように先んじて飛翔してきた。


 俺はそれを黒耀で弾き跳ばし、接近するフィオナを待ち構える。


「来い!」


 フィオナが何をするつもりかは分かっている。


 一か八か、最大の威力を持つ攻撃を叩き込んで来るはずだ。


 そして予想は現実となった。


「――はぁあああああああああッ!!」


 叫び、空中で体を捻る。


 両の双剣から噴き出すオーラの光条が、足場もない空中でフィオナの体をくるくると回転させた。



 剣舞姫スキル――【終閃の舞】



【剣の舞】と【神捧の舞】によって積み重なった膨大なバフ効果が、オーラへと再変換されて強力無比な斬撃と化す。


 閃光のように瞬く鮮烈な幾条もの光が、空間を斬り裂くかのような鋭い刃となって殺到する。


 この連撃を真正面から相殺するには、こちらもかなり強力な一撃を繰り出す他はない。


 かと言って極技では強すぎるし、何よりオーラを溜める時間が足りない。


 そして時間が足りないのは【飛閃刃】も同様だが、【飛閃刃】では相殺するにも威力が足りないはずだ。【終閃の舞】は発動までにかなりの準備を必要とする代わりに、その威力は凄まじく高く、容易く相殺できる技ではない。


 ならばどうするか?


【化勁刃】で弾き、いなす?


 ここが地面であればそれもできたかもしれないが、踏ん張りのきかない空中でこの密度の攻撃をいなすのはかなり難しい。弾く刃の威力が高すぎて、不完全にしか逸らせないか、こちらの体が逆に弾かれる可能性もある。


【連刃結界】ならば防げたかもしれないが、技を放ち、形にするまで僅かに時間が足りないだろう。


 ゆえに、一瞬で発動できて、【終閃の舞】を相殺するに足る威力を持つ剣技が必要だった。


 何が良いか? どれなら可能か?


 いや、どれも選ばない。俺は既存の選択肢を捨てた。


 深く考えることもなく、躊躇することもなく、自然と体が動く。失敗するかもという不安はなかった。



 我流剣技【閃刃】、【閃刃】――超技【裂光閃】



【重刃】と【閃刃】の合技である【重閃刃】でも良かったかもしれない。


 だが、同一の剣技を重ねることは、今まで試したことがなかった。


 だからこそ、やってみようと思った。


 フィオナがここまで著しい成長を見せたのだ。俺の立場としても、新しい何かを見せるのは悪くない。


 大上段から下段へと、まっすぐに剣を振り下ろした。


 空間に光が残るような鮮烈な一閃。重さではなく鋭さを追求した、ただただ鋭い斬撃。


 俺の放った一閃はフィオナの放った連撃と衝突し、これを斬り裂いた。


 砕けたオーラの破片が周囲に舞う。


「お、できた」


 ぶっつけ本番だったができて良かった。


 まあ、できるとは思ってたんだが。


「~~~ッ!? な、何よそれぇッ!!」


 そして魔力を失ったフィオナは、両目を見開き、地面へ向かって落ちていった。



 ●◯●



 フィオナが着地した後に、少し遅れて着地した。


 先に地面に足を着いた方が負けなので、この立ち合いは俺の勝ちだ。


 フィオナは膝に手を当て、荒い呼吸を繰り返している。激しい戦闘と魔力の枯渇で息が苦しいのだろう。それでも意地なのか、地面に腰を下ろすことなく立っている。


 そして俺が近づいて来たのに気づくと、俯けていた顔を上げて、


「はあっ、はあっ…………ッ、どう?」


 今の戦いがどうだったのか聞いてきた。


 俺は「そうだな」と考えて、


「オーラの制御も終始安定してたし、戦い方も……特に最初の方なんか、性格の悪さが感じられる厭らしい攻め方で、かなり良かったと思うぞ」


 と、素直に褒めた。


 フィオナとの立ち合いでここまでベタ褒めしたのは初めてのことなのだが……いったい何が気に入らないのか、なぜかジト目でこちらを睨んでくる。


 それから息を整えたのか、それとも単なるため息なのか、深く息を吐いて、


「性格が悪いって何よ…………まあ、でも、褒め言葉として受け取っておくわ!」


 そう言うと、嬉しそうに笑った。


「ああ、それで良い。……ギャラリーも満足してるみたいだしな」


 俺は頷き、野次馬たちを見回した。


 フィオナも同じように周囲を見回す。


「うぉおおおおおおおッ!! 『剣舞姫』凄かったぞぉおおッ!!」

「『木剣姫』強ぇえええええッ!!」

「フィオナお姉様ーッ!! 抱いてぇええええッ!!」

「踏んでくだされぇえええええッ!!」


「これは……喜べば、良いのかしら……?」


 集まった探索者たちも、今の戦いに感じるところがあったのか、フィオナの健闘を讃えるように歓声を上げていたのだ。


 当のフィオナは歓声に混じる変な言葉に、微妙そうな顔をしていたが。


「素直に喜んでおけよ」


 と、俺は返す。何しろ――、


「≪極剣≫!! テメェはもちっと手加減しろぉおおおッ!!」

「この悪魔! 外道!」

「フィオナちゃんに怪我でもさせてたら死なす!!」

「月のない夜には背後に気をつけるでござるよッ!!」


 なぜか俺への称賛はなく、むしろ非難の声が多いようなのが解せないが。何だ、悪魔とか外道って。どういうことなの?


 ともかく、歓声はうるさいほどに鳴り響いていた。


「……ま、これで変な噂も消えただろ」


「――え? 何か言った?」


 フィオナがこちらを振り向いて聞くのに、俺は肩を竦めて答えた。


「いや、何も」



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