第40話 「たった一人相手に恥ずかしくないのかよッ!?」


「――アーロン・ゲイル」


 クロエの首筋にナイフを当てている者とは別の男が、代表するように一歩前に出て、俺の名前を呼んだ。


 ここまで俺を連れて来た5人の男どもも、いつの間にか荒野で待ち構えていた集団と合流し、一定の距離を取って、こちらを扇状に囲むように広がっている。


 扇状。


 その半包囲の形は、射撃系の遠距離技を一斉に使用する際、同士討ちしないための陣形だ。


 あまりにもあからさまな対応に、何をするつもりなのかはすぐに理解できた。


 予想通りすぎて失笑したいところだが、残念なことにそんな場合でもない。


「この女を殺されたくなければ、こちらの指示に従ってもらおう」


 にこりともせずに告げられた言葉に、「分かった」と頷く。


「良し。ならばまずは、腰の剣をストレージ・リングに収納しろ。他に武器があれば、それも収納しろ」


「…………」


 俺は剣帯で吊るしていた黒耀を、鞘ごと外してストレージ・リングに収納してみせた。一連の動作は男どもを刺激しないよう、ゆっくりと行う。


「……収納したぞ。他に武器はない。確認してみるか?」


「確認させてもらおう」


 俺の言葉に即座に頷き、男は仲間の一人に「調べろ」と指示を出す。


 俺は近づいて来た男の一人に、抵抗しないことを示すように両腕を上げてみせた。指示された男は入念に俺の体を調べると、リーダーらしき男へ向かって「他に武器はないようです」と告げる。


「良し」とリーダーの男は頷き、さらに指示した。


「そいつのストレージ・リングを回収しろ」


 指示された男が、俺の右腕からストレージ・リングを外し、回収した。それを見届けてさらに「良し」とリーダーの男は頷き、続けて指示する。


「そいつに「アンチ・マジック・リング」を装着しろ」


「――ちょ待てよッ!?」


 思わず叫びながら、一歩後ろに跳躍する。


 さすがに黙っていることはできなかった。


 焦った。めちゃくちゃ焦った。凄まじく焦っていた。


 言うまでもないが、「アンチ・マジック・リング」とは、装着した対象の体内魔力を掻き乱すことによって、魔力操作、魔力のオーラへの変換などを阻害する拘束具だ。ジューダス君たちを拘束した時にも使った、アレである。


 これを装着された者は、たとえ戦闘系ジョブであろうとも無力化されてしまう。


 俺の動きに反応して殺気立つ男どもに向かって、俺は依然として両手を上げて見せたまま、怒鳴るような大声で言った。


「さすがにそれはやり過ぎだろッ!? 武器も没収したし人質も取ってるし人数だってお前らの方が圧倒的に多いだろうがッ!? そこまでする必要なくないッ!?」


 焦る。焦る。焦る。


「その必要があるかないかは、こちらが判断することだ。……女の命が惜しくないというならば、こちらとしてはそれでも構わんぞ? 女を殺した後に、お前を囲んで殺すだけだ」


 貫くような鋭い眼光を向けて、男が言う。


 クロエを人質に取られている以上、結局は言うことを聞くしかない。それは分かっている。だが、それでも俺は一縷の望みにかけて説得せずにはいられなかった。


「た、たった一人相手に恥ずかしくないのかよッ!? お前らだって戦士だろ!? 戦士の誇りを無くしちまったのかよッ!?」


 頼むッ!! どうかこいつらが戦士の誇りを持つ高潔な人間であってくれぇ……ッ!!


 俺は自分でも全く信じていないことを、真剣に神に祈った。


「勘違いするな。俺たちは戦士なんかじゃない。仕事人だ」


 だが、どうやら神は俺の願いを聞いていなかったらしい。どうしてなの……!!


「今回の俺たちの仕事は、お前を確実に殺すことだ。そのためなら、どんな手段でも取る」


 本当にくそったれ!


 マジで俺の命が狙いだったのかよ……!? いったい俺が何したってんだ!! そんなに恨まれるようなことした!?


 焦る。焦る。焦る。


 ――まだ・・だ!!


 少しでも足を踏み外せば、即、命を喪いかねない綱渡りのように繊細な作業。


 俺は冷や汗を流し、顔をひきつらせながら、まだ言い募る。


「どっ、どうせ俺を殺したらクロエも殺すつもりなんだろうが!!」


「え、ええッ!? そ、そんなぁあッ!!?」


 絶望したような表情でクロエが叫ぶが、気にせずに続ける。


「そうなったら俺は単なる殺され損じゃねぇか!! クロエの安全が保証されない限り、「アンチ・マジック・リング」は絶対に着けねぇぞ!!」


 はあ、と男は面倒臭そうに嘆息した。


「これから死ぬお前に、それをどうやって証明しろと?」


「俺を殺す前に、クロエを解放して、帰せ……ッ!!」


「そんなことをするわけがないと、分かるよな?」


 はい、まあ、分かってました。


 内心でそんなことを思う俺に、男は最後通牒を突きつけるかのように、殺気を発しながら言った。


「お前を殺せれば、この女は殺さない。【封神四家】相手のカードとして使えるかもしれないからな。だが、優先順位としてはお前の殺害の方が上だ。お前がこちらの指示に従わないというならば、この女は邪魔だからこの場で殺す」


 俺の殺害の方が、【封神四家】相手のカードを手に入れる事よりも優先順位が上だと?


 おいおいおい、ずいぶんと高く評価していただいているようで、大変恐縮ですわ。一個人相手に過大すぎる評価を、どうもありがとう。全然嬉しくないけど。


 こいつら、アーロン・ゲイル絶対殺すマン過ぎて、自分の事じゃなかったら笑えてくるほどだぜ。徹底し過ぎだろ。


 ――だが。


 男の言葉は逆説的に、俺を殺せばクロエは【封神四家】相手のカードとして生かしておく価値があると、そう言っているに等しい。


 クロエを無事に帰すという当初の約束とは違うが、俺とてそんな約束が馬鹿正直に守られるとは微塵も思っていなかった。


「…………ッ!」


 顔を歪めて男を忌々しげに睨みつけて、喉の奥から唸るように声を漏らしながら、俺は必死に悩むふりをした。


 男を睨む。時間が過ぎる。


「あ、アーロンさんんん……!!」


 クロエが今にも倒れそうな顔で震えながら、涙目で助けを求めている。


 男を睨む。時間が過ぎる。


 男がチッと舌打ちして、クロエにナイフを当てている者に指示した。


「おい、もう良い。その女を殺せ」


「――待てッ!!」


 慌てて止めた。


 それから渋々と観念したように、言葉を詰まらせながら男に言う。


「わ、分かった……「アンチ・マジック・リング」を装着する……」


「ふんっ、最初からそう言え。――おい、リングを装着しろ」


 リーダーの男に指示された者が、俺の首に「アンチ・マジック・リング」を装着した。


 途端、魔力がオーラに変換できなくなったのが分かった。


 これを装着されるのは初めてだが、やっぱりこういう感じになるのか……まるで衣服を剥がれて極寒の地に放り出されたみたいに、心細い感覚がする。上位ジョブになればなるほど、この感覚は大きいだろうな。


「戻ってこい」


 俺にリングを装着した男が、俺から離れて半包囲の中に戻っていく。


「アーロン・ゲイル、お前はそこから動くな。少しでも妙な動きを見せれば、すぐに女は殺す」


 男どもはそう言って、全員がストレージ・リングから以前も見た赤いポーションを取り出した。


 っていうか、全員普通にストレージ・リングを持ってんのかよ。


「幾ら何でも、やりすぎだろぉ……!!」


 思わず小声で呟く俺の目の前で、男どもは赤いポーションをごくりと嚥下した。


 途端、クロエを拘束している者を除く、29人の魔力が膨張し、凄まじい圧力が荒野に満ちる。男どもの瞳の色が金色へと変化し、尋常ならざる気配を宿し始めた。


 もはや、人間を目の前にしているような気が全くしない。まるで29体の迷宮守護者が一堂に会したかのような、異常な気配。


 こいつらの一人一人が、「アンチ・マジック・リング」を装着された俺など容易に殺せるくせに、それでもなお微塵の油断も慢心もない。


 確実に殺す。


 そんな意思を体現するかのように、全員が武器を抜き、それぞれがオーラを、魔力を籠めて練り上げ始めた。


 そうして攻撃準備が万端整ってから、男が最後の指示を告げる。


「アーロン・ゲイル。最初に言っておく。決して避けるな。避ける素振りがあっただけで、お前の生死に拘わらず、女は殺す」


「…………」


 すでに一般人レベルまで弱体化された俺に対して、この期に及んで「避けるな」とは……いったいどれだけ警戒してるんだ、こいつら。


 ここまで来ると、もはやコメディだろう。


 たった一人の人間相手に、大袈裟すぎるにも程があるッ!!


「……なあ、最後に言って良いか?」


 俺は全てを諦めたような半笑いを浮かべつつ、男に言った。


「お前ら、俺のこと恐がりすぎだろ。少しは情けないと思わないのか? それとも、こうでもしないとマトモに喧嘩もできねぇってか?」


 奴らを挑発するための言葉。


 普通なら、大なり小なり怒りを覚えるはずだ。しかし奴らはただの一人も挑発には乗らなかった。むしろ冷笑さえ浮かべて、俺の言葉を肯定してみせる。


「そうだ。我々はお前のことを恐れている。だからこそこうやって、確実に殺すんだ。我々にここまでさせたこと、誇って良いぞ、あの世でな。――――やれ!!」


 そうして直後、29人が一斉に武器を振るった。


 膨大なオーラに満ちた強力なスキルの数々が、莫大な魔力に満ちた破滅的な威力の魔法が、俺の視界を埋め尽くすように発射される。


 その威力たるや、45層で受けたジューダス君たちの攻撃の比ではない。


 間違いなく荒野に巨大なクレーターが穿たれ、俺の肉体は肉片一つ残らないほど、木っ端微塵に粉砕された上で蒸発するだろう。


 ――避けることはできない。


 ――魔力をオーラに変換することさえできない。


 ――都合良く、誰かの助けが入ることもない。


 まさに絶体絶命。誰が見ても命運は決まっている。


 だから俺は、いまや視界を覆い尽くしたスキルと魔法の数々を見て、その過剰で執拗で偏執的とも言える攻撃方法を選択してくれたことに――――感謝した。



 ホント、助かるわぁ……。



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