第38話 「購入されていたのですか?」


 魂の叫びのごとき大声で、フィオナはタイラー氏の推測を否定した。


「…………」


 直後、場に舞い降りる痛いほどの沈黙。


 ゆっくりとこちらを振り返るタイラー氏の顔は、直視し難いほどの絶望に彩られている。フィオナの奴、上げて落とすとは何て酷いことをしやがる。空気を読んでほしい。


「……違うのですか?」


「ええ、まあ……」


 今にも死にそうな声音に、どう返したものかと迷った。だが、ここは正直に答えるしかあるまい。


「弟子と言っても、探索者として戦い方を教えている感じです」


「そう、だったのですか……私の、早とちりだった、ようですね……」


 タイラー氏は我がことのように大層なショックを受けておられる。その様子は、痛々しくて見ちゃいられない。俺は思わずフィオナに責めるような視線を向けた。


「な、何よ? ……わ、私が悪いっての!?」


「…………」


「はあ!? ちょっとそんな目で見ないでよ!! 作らないわよ木剣なんて!!」


 俺はタイラー氏へと視線を戻し、労るように告げる。


「まあ、俺も戦闘ジョブではありますし、【ハンド・オブ・マイスター】もオーラの扱いという点では戦闘ジョブにこそ適性があります。職人としては、これから…………という感じですね」


「おお……それは、つまり、こちらのお嬢さんには適性がある……と?」


 一寸先も見えない絶望の暗闇の中、一筋の希望の光を見出だしたようなタイラー氏に、俺は神妙な顔で、こくり、と静かに頷いた。


 するとタイラー氏は両目から涙を滂沱する。


「おお……!! 神よ……!! 感謝いたします……!! ――お嬢さんッ!!」


「――ぴぃッ!? ……な、何よこの人……こわ……」


 勢い良く振り向いたタイラー氏に、フィオナはドン引き……もとい、気圧されているようだった。


 対するタイラー氏はどこまでも真剣で真摯な眼差しを向けて言う。


「木剣業界の未来を……どうか、お願いいたします……ッ!!」


「…………」


 フィオナはすごく嫌そうな顔をしていたが、その口から否定の言葉が出ることはなかった。


 木剣業界の未来は今、フィオナの双肩に託されようとしていた……。



 ●◯●



 んで。


 何だか話も良い感じに纏まったので気分的にはお開きにしても構わない感じなのだが、何とまだ本題に入っていないことに気づいた。


 そもそもタイラー氏が俺のアトリエを訪れたのには、理由がある。


「――それでは先生、さっそくインタビューに入らせていただければ、と」


「ええ、構いません。始めましょう」


 何を隠そう、本日の目的は「木剣道」に載せる記事のためのインタビューなのだ。


 ここ最近ではほぼ毎号と言って良いほど、俺は「木剣道」の取材を受けている。しかし、今回のインタビュー内容はいつもとは一味違っていた。


 何と言っても、つい最近完成したばかりの新作木剣「白銀」についてのインタビューなのだ。今回のインタビュー内容が「木剣道」に収録されたら、おそらく業界に激震が走ることになるだろう。「白銀シリーズ」の誕生は、それだけ革新的な出来事なのである。


 本来ならばインタビューなど編集長の仕事ではないが、タイラー氏とは彼が一編集者であった頃からの付き合いであり、俺のインタビュー記事などは未だに彼が担当している。


 俺はタイラー氏に問われるままに答えていく。


「実用性と芸術性を兼ね備えた黒耀シリーズの発表により、一躍名を馳せたアーロン先生ですが、今回、新しいシリーズを発表することになったというのは本当ですか?」

「ええ、本当です」

「噂では≪氷晶大樹≫を素材とした木剣ということでしたが……」

「はい、その通りです。これをそのまま加工するのは骨が折れましたよ」

「なるほど……本来は薬品で溶かした後に加工されるのが一般的な素材ですからね。加工に当たって、特に苦労された点などをお聞きしても?」

「うーん、そうですね……今回素材にした『氷晶大樹の芯木』は、とにかく硬い。それでいて脆いんですよ」

「硬くて脆い……と? それは何だか矛盾するようなお話ですね」

「まあ、普通に考えるとそう思われるのは当然でしょう。しかし、ガラスのような性質を持つ、と説明すればご理解いただけるかと。あるいは金剛石も非常に硬い物質として知られていますが、ハンマーで思いきり叩けば砕けますよね? そういった感じです」

「ああ、なるほど。理解しました。それは確かに、硬くて脆いと言えますね。ちなみに製作期間は如何程で?」

「失敗を含めると優に一月以上は。ですが成功した作品を実際に作った時間で言えば、ほんの半日ほどでしょうか」

「なんとッ!? それは本当ですか!? それは何と言うか、今までの常識を大きく塗り替えるほど短いですね!?」

「はは、ええ、まあ。ここまで時間を短縮できた理由は、【ハンド・オブ・マイスター】で素材を加工したからなのですが、僅かでも手元が狂うと途端に亀裂が走ってしまいましてね。確か、二百本以上は失敗したんじゃなかったかな?」

「なるほど……数多くの失敗の上に、今回の成功があった、と?」

「はい。いや、今回は本当に苦労の連続でした。というのも――」



 ――そうしてインタビューは、三時間以上も続いた。



 途中で発狂したフィオナが「あ、頭がおかしくなる!!」と、家の外に出て行ったり、タイラー氏に実物の白銀を見せたら狂ったように興奮されたりと色々あったが、外に飛び出していったフィオナが戻って来た頃、ようやくインタビューは佳境に差し掛かっていた。


「――アーロン先生、ここまで、とても有意義なお話をありがとうございました」

「いえ」

「それでは最後に、先生の今後の活動について確認させてください。今回遂に完成に至った白銀シリーズが発表されれば、木剣伯爵ローレンツ卿やグリダヴォル家御当主様をはじめ、多くの方々から注文が殺到するかと思いますが……今後はそちらに専念されていく、ということでしょうか?」


 その質問に、俺はふっと笑みを浮かべる。


「もちろん、白銀シリーズの作成に注力していくことになるとは思います。ですが、実は先日、素晴らしい発見をしまして」

「発見……ですか? それはいったい、どのような?」


 予想外の言葉を聞いたように不思議そうな顔をするタイラー氏。


 俺はおもむろに立ち上がると、作業台の上にストレージ・リングから一本の材木を取り出してみせた。


 半透明かつ淡緑色のそれを見た途端、タイラー氏は両目を見開いて驚愕する。


 おそらく実際に目にしたことはないながらも、これが≪属性大樹≫系統の素材であるとは察したのだろう。俺はそう予想したのだが、彼の答えは少し違っていた。


「これは……『風晶大樹の芯木』ですね? アーロン先生、購入されていたのですか?」


「…………は?」


 あまりにも予想外な言葉に、しばし、思考が停止した。


『風晶大樹の芯木』は、つい先日、46層でようやく手に入れた素材だ。おそらく現代でこれを手に入れたのは、俺が初めてのはず。


 そこまで考えて――――いや、と思い直した。


 過去に迷宮で採取された物が、奇跡的に残っていた可能性を除外したとしても、おそらく俺よりも先に入手できた可能性のある者たちは存在する。


 ジューダス君たちが所属していた組織だ。


 奴らが確実に、俺たちよりも先に46層以降へ到達していたであろう証拠は、つい先日に発見しているのだから。


「……タイラーさん、少し伺いたいのですが、それはどういうことです? 購入? 何処かに売りに出されていたのですか、『風晶大樹の芯木』が? ちなみに、これは私がつい先日、迷宮で手に入れたものです」


「そうだったのですか? そういえば、【神骸迷宮】46層の探索を開始されているんでしたよね。もしかして、そこに?」


「ええ、まあ」


「なるほど……それは業界がより一層盛り上がりそうですね……と、すみません。先生のご質問の答えですが、だいたい3年ほど前になりますか……他国のオークション会場で、『風晶大樹の芯木』が出品されたことがあるのですよ。出品者の話では、蔵を整理していたら出てきた先祖伝来の品だという話でしたが……そういえば、ほぼ同時期に色々な国で≪属性大樹≫の素材が出品されたことがありましたな……」


 世間話のような口調で何気なく口にされたタイラー氏の言葉。


 しかし、ちょっとばかし聞き捨てならない情報が混じっていた。


≪属性大樹≫の素材と言うからには、色々な種類、ということになるのだろう。だが、そんなことがあり得るのだろうか? ≪属性大樹≫は地上では太古の昔に絶滅した生物だ。現在では一部迷宮の中でしか存在を確認することはできない。


「その話、少し詳しくお教えいただいても?」


「ええ、構いませんよ」


 そうしてタイラー氏に詳しい話を聞いたところ、以下のことが分かった。


 どうもネクロニア周辺三国(ネクロニアを囲むように存在する三つの国のこと)よりも、さらに遠方の国々で、場所も時期もバラバラに≪属性大樹≫の素材が市場に流されたことがあるらしい。タイラー氏は各地の木剣職人がオークションに参加したが落札することができなかったという話を聞いて、そのことを知ったようなのだが、中でも≪風晶大樹≫他数種類のオークションには自ら足を運んだこともあるらしい。


 それで実際に『風晶大樹の芯木』を目にしたことがあったようだ。落札はできなかったみたいだが。


 最近では市場規模が拡大しつつあるとはいえ、やはり木剣業界はまだまだマイナーな業界と言わざるを得ない。魔道具職人や錬金術師たちと競い合えば、資金力で負けてしまうのは自明の理である。口惜しい限りだぜ。


 まあ、ともかく。


 そうして一時期、総数としては結構な量の≪属性大樹≫の素材が売りに出されたらしい。しかもこの情報――同時期に大量の≪属性大樹≫の素材が各地で捌かれたこと――は、時期だけでなく場所も広範囲に及ぶため、特殊な木材の情報に関して、常に意識を研ぎ澄ましているような者でなければ気づくことはできないだろう。


 各地で出品された素材は、タイラー氏が把握しているだけでも現代では手に入らないものが多数あった。比較的容易に入手が可能な物となると、【神骸迷宮】の『氷晶大樹の芯木』と、北方の国にある【聖樹迷宮】の『地晶大樹の芯木』だけだ。


 だが、出品された物の大半は現代では手に入らない――――そう思われていた代物。


「…………」


 もしかして、出品者……おそらくは代理を立てているだろうが、本当の出品者は俺たちの追っている組織なのではないか?


 流された素材の豊富さを考慮すると、あながち的外れでもないような気がする。


 奴らが組織として活動している以上、どうあっても資金は必要なはずだ。その必要な一部を、46層以降の市場に流しても問題が少ない素材――例えば現在および過去に確認されている素材――を売却することで賄っていた……と考えれば、辻褄は合う。


「……タイラーさん、折り入って、お願いがあるのですが」


「アーロン先生のお願いとあらば、でき得る限りでお力になりますが」


 俺はタイラー氏にとあるお願いをした。


 雑誌の編集長をしているだけあって、タイラー氏は各方面に顔が広く、コネクションも多い。彼ならばもしかしたら、俺が求めている情報を手に入れてくれるかもしれない。



 ●◯●



「…………」


 玄関で取材を終えたタイラー氏を見送った後、アトリエに戻ってくるとフィオナは椅子に座ったまま虚空を見つめていた。


 眠っているのだろうか? と一瞬思ったが、目蓋どころか瞳孔まで開いているしなぁ。たぶん、起きてるだろう。そう思って声をかける。


「おい、こっちの用事は終わったぞ。お前の用件って何だよ」


「――――はっ!? ……ようやく、終わったの?」


 我に返ったように瞳の焦点を合わせるフィオナ。


「ああ、終わった。早くお前の用件ってのを聞かせろ」


「そう……えっと」


 寝起きのようにぼんやりしているフィオナが、記憶を掘り返すような間を開けてから口を開いた。


「木剣……じゃなくて、えっと……そう、会議の日にちが決まったから、伝えに来たのよ」


「おお、ようやく決まったのか。んで、何処でやるんだ?」


「三日後、キルケー家の屋敷で行うことになったわ。で、会議の前に新しいクランマスターを決めることになったから」


「そうか、了解した。……何か用意しておく物があるとか、聞いてるか?」


「そういうのは特にないわ。ただ、候補者には事前に演説してもらうらしいから、何を話すか考えておいたら?」


「ふむ……演説か。分かった」


「アンタ……柄じゃないとか言って、棄権するつもりじゃなかったっけ? 出るの?」


「まあ、確かにそうだったんだが……ちょっと思うところがあってな」


 フィオナの言う会議、とは。


 俺たち≪迷宮踏破隊≫と、それを支援する【封神四家】が当主含めて集まり、今後の活動方針の決定や、現在までに判明している情報などの擦り合わせを行うための場だ。


 そして新クランマスターを選出するための場でもある。


 フィオナがタイラー氏のいるところで話さなかったのは、おそらく今回の会議に、【封神四家】の当主が勢揃いするからだろう。護衛などの観点から、今回の会議についてはできる限り秘匿されている。


 実のところ、会議と新クランマスター選出については、一つの出来事が密接に関係している。


 というのも、今からおおよそ二週間前、≪迷宮踏破隊≫のクランマスターであるローガン・エイブラムスと、エイル・ハーミットの両名が忽然と姿を消したのだ。


 調べたところ、二人が共に【神骸迷宮】に潜ったことは確認できた。


 迷宮のある【封神殿】周囲は高くて分厚い塀(というよりも、もはや壁だが)によって囲まれており、【封神殿】へ続く道は一本しかない。その道中では探索許可証の確認が行われており、誰がいつ頃迷宮に潜り、そして戻って来たかは、すべて記録が残されている。


 その記録によると、ローガンたちが迷宮に潜った記録はあるが、出てきた記録がないのだ。


 つまり、普通に考えれば、ローガンたちは迷宮で死亡した可能性が最も高い。


 ローガンたちがなぜ二人だけで迷宮へ潜ったのかも謎であれば、その行方も謎だ。もしも死んでいるのだとしたら、死体は迷宮に分解されて残っていないだろう。こうなると本当に死んでいるのかも分からない。


 この事実に一番取り乱したのは、エヴァ嬢だった。


 子供の頃からの付き合いだというから、それも無理はないだろう。


 そんな彼女の要請もあって、≪迷宮踏破隊≫はローガンたちを捜索することになった……のだが、そもそもローガンたちが何層に転移したのかすら分からないのが現状だ。


 仕方なく、クランメンバーを幾つもの部隊に分け、1層から46層まで、虱潰しに探すことになった。


 俺はイオ・スレイマンやフィオナたちと一緒に、41層から46層までを探索したが、二人を見つけることはできなかった。代わりに見つけたのが46層を縦横無尽に浮島ごと飛行していた≪風晶大樹≫であり、46層に隠されていた、正体不明の先駆者がいたという確たる「証拠」だ。


 ローガンたちが消息を絶って10日目にして、探索者ギルドや【封神四家】の当主たちは、二人は死亡したものと判断を下した。


 そしてそれゆえに、新しいクランマスターの選出が必要になったのだ。


 しかし、上の考えではローガンたちが生きている方が問題だと思っているだろう。というのも、二人が生きているなら迷宮から脱出しているのは確実だが、誰にも知られずに迷宮から出る方法は一つだけある。


 それは46層で見つかった「証拠」――つまりは、とある浮島に隠されるように設置されていた、見覚えのない「転移陣」を使えば、迷宮から出ることが可能かもしれないのだ。


 しかしながらそうなると、ローガンたちは敵側の人間であった、ということになる。


 ……まあ、真実がどうかは分からないが、俺としてはローガンたちが死んだという説には懐疑的だ。


 どんなに腕の立つ探索者であっても、時にはあっさりと死にうるのが迷宮という場所だと分かってはいるが、ローガンたちが死んだと言われると、どうも釈然としない。


 たとえばローガンたちが勝てないほどの強敵――それが魔物か人間かはさておいて――がいるとしても、だ。二人の実力ならば逃げるくらいはどうとでもできそうなものだ。


 ローガンは言うに及ばず、エイルだってクランで探索していた際には実力を隠していたみたいだったしな。


 イグニトールと戦っていた時でさえ、本気を出していた様子はなかった。


 果たして、そんな奴らがあっさりと何の痕跡も残さず死ぬだろうか?


 確証など何もないが、何となく生きている気はする。だから正直な話、俺としては二人の安否を心配する気にはなれない。


 煮ても焼いても食えなさそうな、殺しても死ななそうな、そんなおっさんなのだ、二人とも。


 むしろ次に会った時、平然と俺たちを殺しに来ても驚かないかもしれない。


 その一方で、二人が消えたことによる影響は大きい。ただでさえクランの人数は12人も減ったところだったのだ。その上クランマスターとビッグネームの一人が消えたら、しばらくはマトモに活動することさえ覚束ない。


 早急に新たなクランマスターを選出する必要に駆られたのだが、その候補として挙げられたのは三名いる。


 一人はイオ・スレイマン。


 実力と経験、そしてネームバリューから第一候補とされた。


 二人目はガロン・ガスターク。


 集団戦闘における指揮能力の高さから選出された。


 そして三人目は、この俺、アーロン・ゲイル。


 基本的には脳筋な気質のある探索者の纏め役として、単純な戦闘能力から選出されたらしい。


 この三人で誰がクランマスターに相応しいか、クランメンバーと支援者である【封神四家】によって、多数決にて新クランマスターが選出されることになる。


 まあ、本来ならクランマスターなんてやりたくもないから、棄権一択なんだが…………。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る