第33話 「絶対に口は割らねぇぜ!!」


 ジューダス君が意識を取り戻したのを皮切りに、襲撃者たち全員が目覚めた。


 俺たちはそれを取り囲み、これからどうするかと見下ろしている。


 一方でジューダス君たちは、まだ完治していないはずの傷の痛みを我慢しながらも、その顔にふてぶてしい笑みを浮かべていた。


 ちなみに瞳は金色から元の色に戻っている。


 なぜかは分からないが、「アンチ・マジック・リング」を装着した時点で元に戻ったのだ。


「ハッ! 俺たちはいくら拷問されたところで、絶対に口は割らねぇぜ!!」


 どうやら拷問されたところで、何も話す気はないと言いたいらしい。


 俺は「ほう」と感心したように声を出す。


「良く言った。敵ながらその覚悟は嫌いじゃねぇぜ」


「あ……?」


 俺のそんな反応に、訝しげな表情を浮かべるジューダス君。


 対する俺は、にっこりと優しげな笑みを浮かべる。


「じゃあ、どれだけ口を割らないのか試してみるとするか」


「……ぇ」


「そうだな、ならば私も試してみよう」


 俺の提案にローガンも追随する。


「こう見えて少し前まで騎士団長だったのでね。ネクロニアは戦争とは無縁だが、一応、捕虜に対する拷も……尋問の手管も修めているのだよ、私は」


「へぇ、そいつは心強いな」


「興味があるなら、アーロンにも教えよう。なに、ここには12人も教材がいるし、治癒ポーションはまだまだ余っている。ちょっとやそっと失敗したくらいじゃ、数も減らないさ」


「そうか。そこまで言うなら、折角だし教わってみるとするか。……手元が狂って人数が減るかもしれないが」


「ふっ、そう気にすることもないだろう。半分減ったところで6人もいるんだ。遠慮なく彼らで練習させてもらうと良い」


「それもそうだな。……じゃあ、そういうわけで、よろしくな、ジューダス君」


 ローガンと白々しい会話をしていると、さすがにジューダス君たちの顔色も悪くなってくる。


 それでもこの程度では口を開く気にはなってくれないのか、反抗的な目つきで俺たちを睨みつけるだけだ。


 これは尋問を継続するしかないようだな。俺はこれ見よがしに黒耀を鞘から引き抜いて――、


「お前たち、待て」


 エイルが呆れたような顔をして、口を挟んできた。


「何だ? エイルが代わるか?」


 ジョブ的にも得意そうだし。


 そう思ったのだが、どうやら違うらしい。


「こいつらから情報を引き出すのは当然だが、今ここでやることではないだろう。基本的に、守護者のテリトリーに魔物が侵入してくることはないとはいえ、ここは迷宮の中だぞ? 尋問するにも地上に戻ってから行うべきと思うが?」


「ふむ……まあ、確かにな」


 エイルの言葉にローガンも納得したように頷いた。


 俺としても、どうしてもここで尋問を続けるつもりはない。確かに魔物に襲われる心配は低いとはいえ、迷宮の中だし、何よりここはメチャクチャ熱いからな。


 ジューダス君たちも簡単には口を割りそうにないし、地上に戻ってから時間をかけて尋問すべきだろう。


「俺も異存はないぜ」


「よし、では皆! 当初の目的を果たすため、46層に移動することにしよう!」


「「「はい!」」」

「「「了解!」」」


 そうして俺たちは一旦尋問を中止して、46層へ移動することに決まった。


 今日は色々とあったが、それでもクランメンバーたちは初めて46層に足を踏み入れることになり、早くも期待に胸を高鳴らせているような雰囲気が漂いつつある。


 そんな中、それぞれが次の階層へ移動するために動き始めようとして――、


「ゲホッ、ゴホッ……!!」

「ぅ、おえ……ッ!?」

「……に……入れ…………な……ッ!?」


 未だ地面に座らされていたジューダス君たちが、一斉に咳き込み、あるいは嘔吐えずき始めた。


 思わず視線を向けて――俺たちは一斉に目を見開く。


 ジューダス君たちは例外なく、喀血、あるいは吐血していた。


「まさか、毒を飲んだのか!?」


「自害するつもりか!?」


 などと叫びつつも、そんなバカなという思いは消えない。


 ジューダス君たちが自害する可能性など、最初から考慮していた。それゆえに彼らを拘束する際には口の中に毒を仕込んでいないことは確認済みだし、体の何処かに自害用の暗器が仕込まれていないことも確認した。その上でストレージ・リングも回収しているから、自害などできないと判断していたのだ。


 そもそも治癒ポーションがあるのだ。多少の自傷行為でみすみす死なせる可能性はないはずだった。


「解毒ポーションを飲ませろ!!」


 俺たちはすぐさまジューダス君たちに駆け寄り、ストレージ・リングから解毒ポーションを取り出し飲ませようとした。


 普段は使わない解毒ポーションだが、「竜山階層」には毒を持つ魔物もいるし、そもそもクランの消耗品は【封神四家】からの支給品だ。ストレージ・リングがあることも手伝って、大抵のポーションは全員が携行していた。


 それゆえにポーションを飲ませようとする俺たちの動きは迅速だった――のだが、


「ダメだ……もう死んでる」


 倒れたジューダス君たちの体を抱え起こした頃には、すでに彼らは事切れていた。


 苦痛に顔を歪め、両目を見開いている。


「バカな……!!」


 ローガンが愕然としたように呟いた。


 その気持ちは手に取るように分かる。何しろここまでの苦労が全てとは言わないが、何分の一かは水泡に帰したのだ。≪迷宮踏破隊≫の大きな目的の一つは、間違いなくジューダス君たちを捕獲し、そこから「敵」についての情報を引き出すことだったのだから。


 それがいまや、不可能になった。


 ここまでの苦労を思えば、凄まじい徒労感に気力が萎えそうになっても仕方ない。


 そう思っていたのだが、ローガンの考えは少しばかり違うようだった。


「……エイル、アーロン」


「何だ?」


「どうした?」


 ローガンに名前を呼ばれて、エイルと俺は振り返る。


 ローガンは非常に険しい顔をして、俺たちに問うた。


「彼らは、自殺だと思うか?」


 その言葉に、改めてジューダス君たちの死に顔を見下ろす。その顔は苦痛に苛まれながらも、それだけではない、別の感情が混じっているようにも見える。


 すなわち――――彼ら自身も、どこか驚いているような。


「自殺じゃなく、他殺ってことか? まあ、言われてみれば、自分たちが血を吐いたことに驚いているようにも見えるな……」


 俺はローガンの考えに同意した。


 一方で、エイルは懐疑的な意見を口にする。


「ふむ……そう決めつけるのも危険だと思うがな。血を吐いてから、あれだけ短時間で死に至るような毒だ。こいつらにとっても想像以上の苦痛で、驚いただけ、という可能性もある」


「なるほど……言われてみれば、そんな気もするな……」


 死に至る毒がどれほど苦痛なのかは、実際に体験するまで分からない、ということか。


 俺はエイルの意見に考えが揺らいだ。


 いや、こういうの専門じゃないし。


 だが、ローガンは納得できていないようだった。


「いや、だがな……それに彼らが死ぬ瞬間、どこか……いや、誰かを見ていたような……」


「今ここで考えても仕方ないだろう。とりあえず、こいつらは迷宮に吸収されてしまう前に、死体ごと手分けしてストレージ・リングに収納してしまおう。事の真相を調べるにしても、迷宮を出た後の方が良い。忘れているかもしれないが、ここは超深層だぞ?」


「……そうだな……そう、するか……」


 完全に納得してはいない様子ながら、ローガンは頷いた。


 エイルの言うことも正しい。


 今ここで考えたところで、答えが出てくるとも思えないし、決定的な証拠が見つかるとも思えない。それにここは迷宮の深層で、断じて安全な場所ではないのだ。


 色々と調べるにしても、地上に戻った後の方が都合が良いのは確かだ。


 俺たちは、どこか意気消沈した空気を漂わせながらも、次の階層へと移動するべく動き出した。



 ●◯●



【神骸迷宮】46層。


 火山の山頂にある階段を下りた先は「竜山階層」と同じような洞窟になっていた。そしてその洞窟を抜けると、遮るものなど何もない大空が広がっていた。


 俺たちがいるのは小さな島の一つで、どうやらこの島は空に浮かんでいるらしい。


 というのも、島の端から下を見れば、遥か眼下に雲海が広がっているのが見えるのだ。この島自体も何かに支えられているというふうではなく、重力に逆らって空中をぷかぷかと浮いている。


 そんな島が一つだけではなく、見える範囲だけでも100近い数の島があった。


 島の上には植物が繁茂していたり、遺跡のような建物があったりと様々だ。島の大きさもクランメンバー全員が乗ったらギュウギュウになりそうなものから、城のような巨大な建造物が建っているものまで色々とある。


「すごい……」

「綺麗ですね……」

「幻想的な光景ですわ……」

「この島から落ちたらどうなるんだろうな?」

「普通に死ぬんじゃないか?」

「風も結構強いし、気をつけないとやばいな」

「幸い、移動するのは困りそうにないが……本当にあの上に乗って大丈夫なのか?」

「ちょっと怖いよな……」


 46層を見渡しながら、クランメンバーたちが口々に言う。


 この世のものとは思えない幻想的な光景にため息を吐く者もいれば、島から落ちることを心配する者もいる。風も結構強いし、考えなしに戦っていたら足場から足を踏み外してしまいそうだ。


 だが、どうやって探索すれば良いのかと戸惑う者はいない。


 島と島の間隔は近い場所でも数十メートルは離れており、空中を移動する手段を持たない者にとってはどうしようもないのに、だ。


 その理由が、空に浮かぶ島と島を繋ぐ「階段」の存在である。


 見た目をそのまま言うなら、「淡く光輝くガラスで出来た階段」といった感じだろうか。わずかに発光しているからすぐに分かるが、透明な構造材で作られた階段や橋らしきものが、島と島の間を繋いでいるのだ。


 よくよく観察すれば階段や橋で繋がっていない浮島もあるが、ほとんどは繋がっているため移動の手段に困ることはないだろう。


 たとえ次の階層へ続く階段がどの島とも繋がっていない単独の浮島にあったとしても、≪迷宮踏破隊≫には空を飛べる魔法使いが何人かいる。俺とローガン辺りが魔物から護衛し、その間にクランメンバーを運んでもらえば問題なく先に進めるはずだ。


 ――とまあ、46層の探索に思いを馳せるのはこのくらいにして。


「では、皆さん!」


 エヴァ嬢がきりりっとした顔で注意を集め、場の空気を引き締めた。


「これより私たち【封神四家】の術者は、この島に……というか、洞窟の中に転移陣を設置することになります。その間、洞窟に魔物が侵入してくることはないでしょうが、警戒を怠らないようにお願いします」


 エヴァの言葉にクランメンバーたちが頷いた後、ローガンが前に一歩出た。


「洞窟の中には術者の方々と、その護衛に≪鉄壁同盟≫の者たちだけが入る。他の者たちは洞窟の外で周囲の警戒に当たってくれ」


 とのことだった。


 どうやって転移陣を設置するのか、ちょっと見てみたい気持ちもあったが、秘匿したい技術でもあるのかもしれない。まあ、秘匿したところで【封神四家】以外に使える技術ではないはずだが。


 ともかく、この一時間後、無事に新しい転移陣は46層に設置されることになった。


 俺たち≪迷宮踏破隊≫は12人のメンバーを喪いつつも、表向きの目的を果たし、設置したばかりの転移陣から地上へと帰還する運びになるのだった――。



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