第32話 「こいつらが、あの……」
ローガンたちと対峙する襲撃者ども。
両者の間に、なぜか微妙な沈黙が流れる。
沈黙は十秒以上も続いたように思えた。なぜか敵対しているはずのローガンが、襲撃者どもに屠畜場に送られる豚を見るような眼差しを向けているのが気になるところだ。
まあ、ともかく――最初に口を開いたのは、≪スレイヤーズ≫のリーダーをしている男だった。
「くはっ、ひゃははははははははッ!!」
なぜか奴は呵呵大笑した後、その場で素早く踵を返すと、
「――ずらかるぞ!!」
仲間たちに告げるやいなや、即座に火口の出口へ向かって走り出す。
そんな彼を一瞬、唖然とした表情で見つめた仲間の一人が、焦ったように声をあげた。
「お、おい! ジューダス!? そんなこと上の奴らが許すはずがッ!?」
「うるせぇッ!! 死んだら元も子もねぇだろうが!! 死にたくなかったら走れ!!」
「チッ、くそッ!」
しかし反論もそこそこに、全員がローガンたちに背を向けて走り出した。
いっそ清々しいほどに見事な逃走っぷりだ。
彼らは素晴らしい脚力で逃げようとして――――だが、すぐに立ち止まることになった。
「なッ!? てめぇはッ!?」
自分たちの逃げ場を遮るように、出入り口に立ち塞がっている者がいたからだ。
「よお、どこ行くんだ?」
まあ、誰あろう、俺なんだが。
いや、実はイグニトールを倒した後、しっかりとドロップを回収してから【空歩】を使って俺だけこっちに回り込んでいたんだよ。
魔力感知で探ったら、まだ戦いもせず対峙したままだったので、逃げ場だけでも塞いでおこうと思ったのだが……どうやら正解だったらしい。
もしかして、ローガンはこいつらが逃げ出すことを予想して、俺たちがイグニトールを倒すまで時間を稼いでいたのか……?
だとしたら、さすがはローガンと言わざるを得ない。
ただのヤバイ戦闘狂ではなかったらしい。
「ん? っていうかこいつら、目ん玉が金色なんだが。……おーい、エヴァ嬢! こいつらもしかして……親戚か!?」
「全然違います!!」
違うらしい。
ならば遠慮なく叩きのめせるな。
「チッ、クソがッ! おいてめぇら! 相手は一人だけだ! ――殺れッ!!」
一方、仲間にジューダスと呼ばれた男は俺を倒して逃走することに決めたらしい。
襲撃者どもが一斉に武器を振り、魔法を放ってくる。
「おお? さっきと全然違ぇじゃねぇか」
その威力たるや、一番最初にローガンと防いだ奇襲時よりも数段上だった。
視界を埋め尽くすようなオーラと魔法の暴力。
この攻撃だけで、44層以下のフロアボスなら倒せてしまえそうだ。
奇襲の一番最初にこれを放たれてたら、ちょっとまずかったかもな。
だが、あの時とは違い、俺の後ろに仲間はいない。つまり自分の身だけを護れば良いのなら、どうとでもできる。
俺は白銀と入れ替えておいた黒耀を振るった。
我流剣技【連刃】、【化勁刃】――合技【連刃結界】
放たれた無数の刃が、俺の周囲1メートル以内の場所で竜巻のように渦を巻く。
【連刃結界】を展開する範囲を絞れば、高速で渦巻く刃の密度は高まり、より強力な防壁と化す。
襲撃者どもが放った攻撃は【連刃結界】に衝突し、衝撃と爆音を盛大に撒き散らした。地面を抉り、土煙が舞い上がる。
視界を塞ぐ土煙を【連刃結界】の範囲を外側へ広げることで風を起こし、吹き飛ばした。
ちらりと地面を見やれば、結界の外側で地面が大きく抉れている。ドラゴン・ブレスでも叩き込まれたかのような有り様だ。
イグニトールを利用して俺たちを殺そうとしていたから、そんなに強くはないのかと考えていたが、そこそこ強いな、こいつら。
ローガンやイオならば無傷で勝利しただろうが、あのまま戦っていれば他のクランメンバーには被害が出ていた可能性は高いし、躊躇なく逃走に移ったことからも、大部分逃がしてしまう可能性も高かった。
だからローガンもこっちが終わるまで時間稼ぎをしていたのだろう。
ローガンめ、何という老獪さだ。
っていうか俺を働かせ過ぎじゃないか?
「な、何なんだ……てめぇ……ッ!?」
ジューダス君が目を剥き、頬をひきつらせる。
「何で今ので生きてやがる……ッ!?」
「え? あー……死にたく、ないから……?」
なぜ生きているかとは、哲学的な問いじゃないか。
俺は頭を捻ってインテリ風な答えを探したが、思いつかなかったので正直に答えた。
「ふ、ふざけやがって……!! おいてめぇら! もう一度だ!!」
「いや、そういうのはもう良いから」
イグニトールと戦ったばかりなのだ。
ここから先、ジューダス君たちと死闘を演じるつもりはさらさらない。
こいつらは間違いなく俺の敵だが、組織の中枢に位置する重要人物だとは思えない。組織の人間を、下っ端構成員一人一人まで「復讐」の相手と思うほどには熱くなってはいないつもりだ。
だいたいそんなことをしていたら、何人斬れば良いのか分からないからな。それに生け捕りが目的だし。
ここはローガンたちに譲ろう。っていうか、働いてもらおう。
そんなわけで、俺は周囲で緩やかに旋回させていた【連刃】を操作すると、一斉に彼らへ向かって撃ち出した。
我流剣技【連刃結界】――伏技【轟連刃】
「クッ……!?」
ジューダス君たちに降り注いだ無数の刃が次々と爆発を起こす。
その威力は一度彼らの攻撃を防いだせいでオーラが消費され、大したものではない。ジューダス君たちはそれぞれ、武器でガードしたりスキルを放って相殺したり、盾士ジョブの者が前へ出て防いだりした。
「ハッ! い、威力は大したことねぇなッ!!」
俺の攻撃を無傷で凌いだことに笑みを浮かべるジューダス君。
そんな彼に、俺は至極真っ当な忠告をする。
「俺を気にしてたらダメじゃないか?」
「――は?」
ジューダス君たちの背後で、≪迷宮踏破隊≫の面々が全ての準備を終えていた。
すなわち、スキルと魔法を放つための準備だ。だいぶ時間はあったから、大技を放つ準備が整っている。
それに気づいたジューダス君たちが慌てて振り返った瞬間、
「彼らはだいぶ頑丈そうだ。殺すつもりで放って構わない。――撃て」
ローガンたちクランの面々が、一斉にスキルと魔法を放った。
イグニトールとの戦闘から戻って来ていたフィオナたちもいる。最上級探索者38人分の手加減のない攻撃だ。
「ふ、防げぇええええええッ!!」
ジューダス君たちは防御し、スキルと魔法を放ち、相殺しようとした。
彼らのスキルや魔法の発動速度には目を瞪るものがあったが、如何せん、相手が多すぎるし相手が悪すぎる。ローガンにイオにエイルも混じっている時点で、さすがに12人で相殺できるレベルの攻撃ではなかった。
オーラと魔法の破壊の嵐に呑み込まれ――ジューダス君たちは為す術もなく吹き飛ばされた。
●◯●
結論から言うと、ジューダス君たちは死ななかった。
瀕死であり、ギリギリ原型を留めている――という者が数人いたが、治癒ポーションを使えば危機を脱するくらいには回復してしまったのだ。
少しばかり人間離れした頑丈さと生命力である。
とはいえ、ほぼ全員が瀕死だったから拘束するのは容易だった。
現在、こんなこともあろうかとエヴァ嬢が用意していた特殊な拘束具と縄を使って、ジューダス君たちは拘束されている。
本来、高位の戦闘ジョブに就いている者にとって、縄など何の意味もない。スキルや魔法を使えばどうとでもできるし、何だったら力任せに引きちぎる者だっているだろう。
ゆえに、そういった者たちを拘束する場合には、特別な拘束具が利用される。
それがエヴァ嬢の用意していた「首輪」だ。
正式名称は「アンチ・マジック・リング」。
この首輪は一種の魔道具であり、装着すると対象の体内魔力を強制的に掻き乱す効果がある。こうすることによって魔力を使用することが不可能となり、魔法使いは言うに及ばす、他の戦闘系ジョブであってもオーラを使うことができなくなる。
オーラも結局は魔力を変化させたものだから、体内魔力を乱されると、オーラを生み出すこともできなくなるのだ。
さらに言えば、戦闘系ジョブ特有の高い身体能力も発揮できなくなり、身体能力は一時的に一般人レベルまで落ち込むことになる。
そういうわけで首輪をはめて全員をギリギリ瀕死から回復させた後、意識を失っているジューダス君たちが起きるまで、俺たちエイル組はローガンたちから色々と事情を聞いていた。
ジューダス君たちがなぜ金色の瞳をしているのか、とか、こいつらは結局何者なのか、とかだ。
ローガンの説明によると、瞳の色が変化したのは変なポーションを飲んだから、らしい。その際、一緒に魔力や身体能力が上昇し、さらにオーラの制御力が上昇してスキルの威力も格段に強くなったのだとか。
そしてこいつらの正体についてだが……、
「今のところ、組織については一切口を割っていない。その代わり、自分たちを≪極剣≫だと名乗っていたがね」
「≪極剣≫だって……?」
「こいつらが、≪極剣≫だって言うんですの……?」
カラム君やクレアたち、エイル組の面々が、拘束されて地面に転がるジューダス君たちを見下ろしながら戸惑いの表情を浮かべた。
一方俺も、仲間たちの顔をそっと見回しながら、深刻な表情を浮かべる。
――と、なぜかローガンがこちらを真っ直ぐに見つめていた。
「どう思う、アーロン?」
「そうだな……」
どうして俺に聞く? という内心の疑問はおくびにも出さずに、俺は真剣な面持ちで呟くように言った。
「まさかこいつらが、あの……≪極剣≫だったとは、な……」
そう答えつつも、俺は内心で別のことを思う。
――いや、≪極剣≫て何?
俺知らないんだが?
たぶんこいつらの二つ名的何かだと思うのだが、≪極剣≫なんて二つ名、俺は聞いたこともないのだ。ほら、俺って基本的にソロだから横の繋がりが薄いし、探索者界隈の新しい情報がなかなか入って来ないんだよなぁ。木剣界隈の情報なら、「木剣道」から何度か取材を受けているという繋がりもあって、結構入って来るんだが……。
かなり有名な探索者なら二つ名も知っているんだが、それだってギルドや酒場で他の探索者が噂しているのをたまたま聞いたからとか、そんな理由だ。
だいたい、こいつらって別の二つ名を持っていたはずじゃないか? 自己紹介の時に、得意気に名乗っていたのを聞いた覚えがあるし。
とはいえ、俺以外のクランメンバーは戸惑った様子を見せつつも、俺のように≪極剣≫という二つ名自体を知らないわけではなさそうだ。
たぶんざっと見た感じ、全員知っているっぽい雰囲気。
ならば俺も、ここは空気を読もう。
なぜかまだ俺のことをガン見しているローガンに向かって、こくり、と頷く。
「こいつらのあの強さ……さすがは≪極剣≫と呼ばれるだけはある……と、思い、ます……うん……」
どうしてだろうか?
俺が喋る度にローガンをはじめ、何人かの眼差しが胡乱なものへと変わっていくのだが。俺、何か変なこと言った?
ちょっと不安に思っていると、ローガンが口を開いた。
「いや……彼らが≪極剣≫というのは、おそらく、嘘だろう。≪極剣≫にしては弱すぎる」
嘘なんかいッ!?
ああ、もしかして皆が戸惑っていたのは、こいつらが≪極剣≫だという話を疑っていたから、なのか。
っていうか話の流れからすると、≪極剣≫って何処の誰か分かっていない感じ? だから疑いつつも、はっきりと否定はできなかった、ということか。
俺は全てを理解した。
「そうだと思ったぜ。こいつらが≪極剣≫だなんて、まったく、≪極剣≫さんをバカにしてやがる」
「…………」
≪極剣≫さんが何をしてそんな二つ名を貰ったのかはさっぱり分からないが、たぶん強い奴なんだろう。
なぜかローガンとエヴァ嬢が揃って物問いたげな顔をしていたが、俺は何もおかしいことなど言っていないはずだ。
しかし、泰然自若に構えているとエヴァ嬢が俺に向かって口を開いた。
「あの、アーロンさん……ちょっと聞きたいのですけれど……」
「ぅ、ぐぅう……ッ!」
と、その時。
気を失っているジューダス君が苦しげに呻き、そして目を覚ました。
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