第30話 「嘘、だろ……ッ!?」
イグニトールと対峙していたタンク役たちを後ろに下げ、エイルがさらに指示した。
「エイル組の魔法使いはイグニトールのブレスに対応しろ!! 後ろに通すな!!」
「無茶を仰いますわね!?」
クレアが目を剥きながら返す。
しかし、そうは言っても伊達に最上級探索者を名乗っているわけではない。すぐに自身のパーティーと≪バルムンク≫の火術師の女性を纏めて、後方のクランメンバーたちの盾となる場所に陣取った。
「ブレスには対応できますけれど、物理攻撃は止められませんわよ! それに長時間は無理ですわ!!」
「了解した!!」
杖に魔力を通しながら告げられた言葉に、エイルがそれで十分だと返す。
その直後、頷いたクレアたちが一斉に魔法を展開した。
「皆さん! 魔力を同調させてウォール系魔法を!!」
「「「はいっ!!」」」
火炎魔法――【フレイム・ウォール】
暴風魔法――【ゲイル・ウォール】
集団魔法――【炎嵐巨壁】
息を合わせて発動された二種類のウォール系上級魔法が、集団魔法と化して一つに纏まる。
瞬間、俺たちとクランメンバーたちを遮るように、火口の足場を横切る巨大な壁が顕現した。轟々と空気を貪る焼音が唸る、巨大な炎の巨壁だ。
これでイグニトールと対峙する俺たちも、後ろへ下がることはできなくなった。
だが、今さらそんなことに怖じ気づく奴はいない。
低い唸り声を発しながら、俺たちを金色の瞳で睥睨するイグニトールを前に、エイルが俺に向かって叫ぶ。
「アーロン! ここからはお前が必要なことを俺たちに指示しろ!!」
どうもエイルたちは、俺のサポートに徹するつもりらしい。
逆に言えば俺任せとも言えるが、元々ソロで活動している俺にとっては、こちらの方がやり易い。
ストレージ・リングに黒耀を収納し、代わりに白銀を取り出しながら答えた。
「まずは俺がイグニトールの龍鱗を砕く! その間、できるだけ奴の動きを邪魔するように各自で攻撃してくれ!」
――龍鱗。
竜がさらに上位の存在になると、「龍」の名を冠される存在となる。
「竜」は生物としての頂点に君臨するが、「龍」となると生物の枠を超えて、半ば精霊に近い特別な能力を有するようになる。その一つが「属性同化」と言われる能力であり、たとえば火龍ならば炎や高熱を吸収することによって、身体に負った損傷を短時間で急速に治癒してしまう。
この能力を十全に発揮できるかどうかは戦う場所の環境に左右されるため、火山で戦うイグニトールと、地上で戦うイグニトールでは倒しやすさが全く違うのだ。
イグニトールほどの上位龍ともなると、心臓を潰したところで死ぬ前に再生されてしまうほどだ。
確実に倒すためには脳を破壊するか、首を切断するしかない。
だが、そもそも「龍」には攻撃がまともに通らないという問題がある。
その理由が「龍鱗」だ。
ただでさえ硬くて頑丈な龍鱗だが、その
要するに、スキルや魔法での攻撃は無力化、ないしは弱体化されてしまうのだ。
それゆえに、龍を倒すならばまずは龍鱗をどうにかしないとならない。
「了解! それだけか!?」
「十分に龍鱗を砕いたら俺は一度後ろに下がる! その後は10秒時間をくれ!」
「分かった!!」
あまり時間をかけて意思の疎通を図る時間はない。
指示はそれで終わり。後は各自が臨機応変に対応するしかないだろう。
そして俺たちも素人ではないのだ。状況を見て最適とはいかないまでも、適切な行動をとることはできるだろう。
「――行くぞッ!」
エイルたちに告げ、戦闘を開始する。
足の裏でオーラを爆発させ、俺は跳躍した。
我流戦技――【瞬迅】
瞬時に高く高く跳び上がった俺を、イグニトールは金色の瞳で追っていた。長い首をもたげて空中の俺に向かって口を開く。その口腔の奥には光。
容赦なくドラゴン・ブレスが放たれようとした寸前、イグニトールの顎裏で爆発が起こった。
「――させねぇよ!!」
「ハッ!!」
カラム君が槍を突き出し、≪バルムンク≫の弓士の青年が矢を放つ。
槍士スキル――【バースト・ジャベリン】
弓士スキル――【バースト・アロー】
放たれたオーラの槍と矢が爆発し、イグニトールのブレスが中断される。
「グルル……ッ!!」
忌々しそうに金色の瞳が地上の二人を睨みつける。
邪魔な小虫を払うように、イグニトールはカラム君たちへ向かって大きく一歩接近し、巨大な前足を横薙ぎに振るった。
鋭い爪撃がカラム君たちを引き裂こうとした寸前、
「うおおおおおおおおおッ!!」
≪バルムンク≫のパーティーメンバー、盾士の青年がカラム君たちの前に立ちはだかる。
迫り来る爪撃に向かって構えられた大きな盾。そして自らの全身にもオーラを纏う。
盾士スキル――【オーラ・シールド】
盾士スキル――【フォートレス】
斜めに構えられたオーラの盾。その表面で巨大な爪を滑らせて、軌道を変化させる。
盾士の青年が、自身よりも遥かに重いイグニトールの攻撃を受けても吹き飛ばされなかったのは、【フォートレス】の効果だ。
【フォートレス】は全身をオーラの鎧で覆った上に、足裏からオーラの杭を地中深くに刺すことで、強い衝撃を受けても吹き飛ばされることがない。堅牢な城塞のように如何なる攻撃をも弾き返す。複合的な効果を備えた上位スキルだ。
「――――」
爪撃をいなされた直後、イグニトールの至近にエイルが姿を現す。
場所はイグニトールの頭の上だ。
声を発することもなく、気配さえ絶ちながら短剣を右目に向かって突き出す。
隠者スキル――【死毒殺】
体内に入れば毒のように生体組織を破壊していくオーラの毒を纏った短剣。
その切っ先がイグニトールの眼球に刺さろうとした寸前、しかし、奴は目蓋を閉じることで短剣を防いだ。目蓋にも龍鱗は備わっており、それを貫くのは容易ではない。
自らの攻撃を防がれたエイルは、残念がるふうでもなく、瞬時にイグニトールの上から姿を消した。
「グルルルルッ!!」
苛立たしげにイグニトールが頭を振る。
そこへ殺到する幾本もの【フライング・スラッシュ】。
【剣の舞】を発動させたフィオナが、距離を保ちながら矢継ぎ早にオーラの刃を放っている。着弾する場所は頭部に集中しているが、さすがに龍鱗を砕く威力はないようだ。ダメージはほぼ皆無。それでもイグニトールは鬱陶しいと思ったらしい。
「ガァアアアアアアアッ!!」
憤怒の雄叫び。
魔力の高まり。
瞬時にイグニトールから照射された魔力が、フィオナの足元で結実する。
火炎魔法――【エクスプロージョン】
地面が爆発し、爆炎が周囲に広がる。
一発でもまともに喰らえば人間の体など跡形もなく消し飛ばすほどの、凄まじい爆発。砕け散って周囲に飛散する石の礫でさえ、容易く命を奪う凶器と化す。
だが、フィオナは魔力が照射された瞬間、致死圏から離脱することに成功していた。
剣舞姫スキル――【神捧の舞】
【剣の舞】による強化がリセットされ、代わりにフィオナの身体能力が上昇する。その状態で瞬時に【スピード・ステップ】を発動し、魔法が発動する寸前に高速で移動したのだ。加えて――、
「そこッ!!」
雄叫びによって開かれたイグニトールの口。
その口腔の中へと、光輝くオーラの剣が高速で飛び込んでいく。
【ダンシング・オーラソード】によって生み出された2本のオーラソードが、イグニトールの口の中に突き刺さった。
「グゥウウウッ!!」
イグニトールの口から僅かに炎が漏れ出す。
口腔から炎を吐き出すことによって、口内に刺さったオーラソードを消したらしい。
自身の周囲を駆け回る小虫どもによる、立て続けの攻撃。
イグニトールの苛立ちが頂点に達する。
「――グルゥウアアアアアアアアアアッ!!」
大気が鳴動するほどの凄まじい叫び。
同時、イグニトールの全身から莫大な魔力が四方へと放たれようとした。
魔力に物を言わせて周囲の全てを吹き飛ばす極大の魔法。
だが、それが放たれることはなかった。
我流戦技――【空歩瞬迅】
イグニトールの意識が完全に俺から逸らされた瞬間、俺は空中を蹴って高速で移動していた。
最初の【空歩瞬迅】でイグニトールの頭上高くへ移動し、二度目の【空歩瞬迅】で奴へ向かって急速降下する。
狙うはイグニトールの長い首――その根本だ。
白銀には既に十分なオーラが溜まっている。オーラの形は刃ではなく戦鎚のような塊だ。
以前、奴と戦った時は龍鱗を剥がすのに苦労した。だが、今回はどうか。
落下の勢いを乗せて、オーラの塊をイグニトールに叩きつけた。
模倣剣聖技――【龍鱗砕き・氷牙】
幾重にも積層された爆発するオーラが、指向性を持って龍鱗に爆撃を叩き込む。
鱗に触れたオーラは拡散されてしまうが、表層の一枚が散らされたところで問題はない。下の層を形作るオーラが散らされるより先に爆発し、龍の鱗を強引に砕き、弾き飛ばしていく。
「グギャァアオオオオオオウッ!!?」
イグニトールが苦痛による叫び声をあげながら、激しく身を捩った。
【龍鱗砕き】で落下の衝撃を殺した俺だが、そのままイグニトールの上に立っていることはできず、【瞬迅】で移動する。
地面に足を着け、その場に留まることなく常に移動し続ける。
そうしながらも奴を観察した。
イグニトールの鱗を剥がすのは成功した。しかしながらその範囲は狭く、あと何度か【龍鱗砕き】を叩き込む必要があるだろう。
だが、想定とは異なり、龍鱗が再生する様子がない。
「属性同化」による龍種の異常な再生力は龍鱗にも適用される。本来ならば、すでに再生が始まっていてもおかしくないはずだが、今回は遅々として再生する様子を見せない。
なぜかは、もう分かっている。
俺にとっても少々予想外だったが、白銀の力だ。
白銀は≪氷晶大樹≫で作られた木剣であり、これに魔力やオーラを通すと、氷雪属性が付与される性質がある。その結果、白銀を通して放った【龍鱗砕き】のオーラが氷雪属性に染まり、ダメージを与えた部分を凍りつかせたのだ。
熱エネルギーを吸収して肉体を再生する火龍にとって、白銀はまさに天敵というやつらしい。
とはいえ、さすがに何時までも再生を阻害しておけるわけではないだろう。
あるいはイグニトールがマグマの中に潜ってしまえば、再生を阻害する氷は一瞬で溶かされてしまう。
いくら優位とはいえど、容易に盤面をひっくり返されてしまう程度でしかない。イグニトールの攻撃は脆弱な人間にとって、何もかもが一撃必殺だ。確実に奴を仕留めきるまでは、気を抜いた瞬間に死ぬ。これはそういう戦いだった。
しかし――。
(まさか、そんなことが……)
――【瞬迅】【瞬迅】【空歩瞬迅】
――【龍鱗砕き・氷牙】
高速で移動を繰り返しながら、エイルたちによってイグニトールの注意が逸れた瞬間、一気に接近し、二度目の【龍鱗砕き】を叩き込む。
それからすぐに距離を取り、また移動を繰り返して【龍鱗砕き】を叩き込む隙を窺う。
(嘘、だろ……ッ!?)
そうしながら、俺は信じられない事実に直面していた。
(
いや――弱い、と言ったら語弊があるだろう。
イグニトールは間違いなく強い。少なくとも俺には、奴の如何なる攻撃も真正面から耐えることはできない。長大な尾が鞭のように振るわれるのを【瞬迅】で飛び上がり回避しながら、これが服の裾にかすっただけでも死に直結しかねないと直感する。
だが、それでもなお。
弱いと断言できてしまう。
もちろん、俺一人で戦ったなら、相当に苦戦したはずだ。
今、俺がイグニトールを弱いと思えるのは、エイルたちが的確にサポートしてくれているからに他ならない。すなわちパーティーで戦うことによって、相対的にイグニトール討伐の難易度が低下しているからこそ、そんなふうに思えるのだろう。
他にも白銀があることによって、奴の再生能力を阻害できることも大きいし、ローガンの剣聖技を何度も近くで観察した結果、それを模倣できるようになったから、というのもある。
固有ジョブ『剣聖』は、神代の英雄の力を再現するためのジョブだ。
その英雄は「剣聖」の名の他に、「龍殺し」の名でも知られていた。それゆえに『剣聖』のスキルは竜や龍種に対して特効があるものが多い。まさに龍を殺すためのスキルだからだ。
――これは油断か?
自問しながら三度目の【龍鱗砕き】を叩き込む。
もう少しで首を落とせるほどに、鱗が剥がれた場所は広がるだろう。
イグニトールから距離を取りながら、俺は自答する。
いや、油断や慢心ではない、と。
間違いなく去年は殺されそうになった相手ではあるが、今の俺はイグニトールに対して、まるで脅威を感じていないのだ。
「ギャァアアオオオウッ!?」
イグニトールが情けない悲鳴をあげ、両翼を広げた。
空へ待避しようというのだろう。瞬時に飛び上がろうとしたイグニトールは、だが数瞬、その動きを制限された。
「――させるかぁあああああッ!!」
イグニトールの左後ろ足。
地面から離れそうになったそれを、盾士の青年が抱きつくように抱え、押さえ込んでいた。
おそらくは【フォートレス】だろう。地中深くに埋まるオーラの杭によって、地面と一体になった青年がイグニトールを釘付ける。
だが、さすがに彼我の質量差は大きい。青年の足元で地面が盛り上がり、ひび割れていく。オーラの杭を力ずくで引き抜いて、イグニトールは空へ飛び上がろうとしていた。
しかし。
「グッジョブ青年ッ!!」
俺は青年の素晴らしい働きに称賛を贈る。
彼が作り出した数瞬の時間は、まさに黄金にも等しい価値があったからだ。
必死に空へ舞おうと翼を広げたイグニトールへ、その場で二度、白銀を振るう。放った技はどちらも同じ。
模倣剣聖技――【飛龍断・氷牙】×2
幾重ものオーラが積層する、高密度の刃。
飛翔したオーラの刃は、イグニトールが広げた両翼を根本から斬り飛ばした。龍鱗の薄い翼くらいならば、こいつで断つことができる。
「グギャアッ!?」
浮かびかけていたイグニトールが、翼を失って地面に落下する。
だが、奴は悲鳴をあげつつも動きを止めることはなかった。すぐに強靭な四肢で地面を蹴り、移動を始める。
「チッ!!」
「おい、あいつを止めろ!!」
イグニトールの向かう先を悟って、フィオナが舌打ちし、カラム君が叫ぶ。そうしながらもエイルたち全員で一斉に攻撃を放っていた。
しかし、それら一切をイグニトールは無視する。それよりも優先すべきことがあるというように、眼球への攻撃だけに気をつけながら進んでいく。その先にあるのはマグマだ。
マグマの中に飛び込んでしまえば、イグニトールは全快してしまう。≪皇炎龍イグニトール≫の「属性同化」は、それほどにふざけた性能を誇る。
だからこそ、これまでこの階層を突破できたのは、たったの1パーティーしかいないのだ。
そして回復されてしまったなら、これまでの戦いの成果は、全て水泡に帰してしまう。
エイルたちの必死の攻撃も、イグニトールの足を止められたのは二秒に満たない短時間だ。
そんな中、俺は楽しさを感じて思わず笑ってしまう。
「パーティーで戦うのが楽しいと思ったのは、≪栄光の剣≫以来だな」
二秒。
おそらく俺がソロだったら、この二秒の差でイグニトールに回復されてしまっただろう。
だが、今はその二秒を稼いでくれる仲間がいる。その戦いやすさと言ったら、まさに別次元だ。
――【連刃】
使い慣れた剣技。オーラを練る時間は十二分にあった。
俺は剣を振るう。剣を振り続ける、何度も。
――【連刃】
――【連刃】!
――【連刃】!!
剣を振るうごとに放たれた膨大なオーラが、空中で無数の刃と化して飛翔する。それは上空に飛び上がり、一挙に落下へと転じる。
落ちる先はイグニトールではない。火口に広がる広大な足場。その周囲に溢れ流れ出す、マグマに。
我流剣技――【氷牙連刃・氷雨】
川のように流れるマグマの表面へ、氷よりもなお冷たい刃の雨が降り注ぐ。マグマは急速に冷やされて固体化し、マグマの湖に蓋をする分厚い岩盤と化した。
「グルルル……ッ!!」
固体化した溶岩に飛び乗って、イグニトールは忌々しそうにこちらを振り向き、睨んだ。
とはいえ、冷え固まった溶岩は
だが、それだけあれば十分だ。
イグニトールが固まった溶岩を叩き壊そうと、前足を振り上げる。
それを止めるために、俺たちは一斉に奴へ向かって疾走を開始した。
瞬間。
「――ガァアッ!!」
前足を振り上げた動作自体が誘いだったのだろう。
イグニトールの全身から魔力が噴出し、噴出した先から炎へと変じていく。
火炎魔法――【ファイア・バースト】
炎を噴き出すだけの、単純な魔法。その難易度は低く、中級火術師のジョブでも早期に修得できる魔法だ。
だが、その規模だけが異次元だった。
イグニトールの全身から噴き出す膨大な炎が、戦場全体を埋め尽くすように迸る。そして単純な魔法ゆえに噴出する炎は一瞬ではなく、持続的に辺り一帯を炙り続ける。
「――皆! 僕の後ろにッ!!」
盾士の青年が叫び、津波のような炎に対して盾を構えた。
比較的近くにいたエイルやフィオナ、カラム君と弓士の青年は間に合った。
盾士スキル――【ドーム・シールド】
半球状に展開されたオーラの盾が、炎を遮断する。
一方、俺は迫り来る炎に向かって白銀を振るった。
模倣剣聖技――【壊尽烈波・氷牙】
尽く全てを壊すオーラの奔流が、炎の津波を相殺し、前へと貫いていく。
炎の中に穿たれた一本の道を、俺はイグニトールへ向かって疾走した。
「そうすると思ったぜ……!!」
【壊尽烈波】が炎を貫いてイグニトールに衝突する。
さすがに奴に到達するまでに威力は減衰していたためか、ダメージは皆無。だが、奴が何をしようとしているかは確認できた。
今度こそ分厚い岩盤を砕こうと、再び前足を振り上げていた。
「――――」
声を発さず、イグニトールの視線がこちらに向く。
知能の高い生命は、感情表現が豊かだ。
金色の瞳と視線が合った瞬間、奴の感情が手に取るように解ってしまった。
「――怯えたな?」
恐怖。
怯え。
今まさに命のやり取りをしている瞬間、
俺は歯を剥き出しにして、獰猛に笑んだ。
――【瞬迅】
精神が高揚し、集中力が高まっている。オーラの一欠片まで掌握しているという感覚。それは白銀を作った時と同じ感覚だった。
あらゆる技のキレが、さらに一段階上昇する。
放たれた矢のように跳躍した。
イグニトールが反応するよりも遥かに速い。ドラゴンの動体視力をもってしても、反応できないほどの速さ。
イグニトールの巨体。首の根本へ急速接近。飛翔する勢いのままに剣を叩きつける。模倣剣聖技【龍鱗砕き・氷牙】。鱗を砕いた爆発の余波で、空中をくるくると回転しながら滞空。高速で入れ替わる視界の中、極度の集中力の為せる業か、なぜかはっきりと、龍鱗を砕いた場所を視認していた。
おそらくは先の【ファイア・バースト】の熱を吸収したのだろう。砕かれた鱗の部分で氷が溶け、鱗が再生し始めている。
だが、完治には程遠い。
――斬れる。
と、確信した。
時間にすれば一秒にも満たない一瞬のことだろう。
俺はくるくると宙を回転しながら、右手に握った白銀へとオーラを注いでいく。
魔力をオーラに変換し、オーラを注ぎ、放つ剣技のためにオーラを練り上げる。その一連の動作が、すべて同時にも感じるほど滑らかに行われた。
気がつくともう、剣技を放つ準備が整っている。
俺は回転しながら剣を振った。
我流剣技【巨刃】、【閃刃】――合技【巨閃刃】
断頭台の罪人へ振り下ろされたギロチンの刃の如く、巨大で鋭利なオーラの刃が振り下ろされる。
それは鱗を剥がされたイグニトールの首筋へスッと入っていき――次の瞬間、奴の首を両断していた。
イグニトールの頭部が長い首と共に宙を舞う。
それが地面に落ちるより僅かに先に、俺は着地した。
ドスンッ、と大質量の頭部が落下する。それへ向けてしばらく剣を構えていたが、イグニトールの首、それから倒れ伏した巨体が魔力へと還元され始めるのを見て、ようやく剣を下ろす。
間違いない。
俺たちの、勝利だ。
「ふうー……」
体内の熱を吐き出すように、深く息を吐き出した。
【ファイア・バースト】の炎も、すでに晴れている。
久しく戦闘では感じていなかった、心地好い疲労感があった。
俺は改めて白銀に視線をやり、しみじみと思う。
今回、イグニトールをこれほど簡単に倒せたのは、パーティーの力や剣聖技の力も大きいが、白銀の力もやはり大きかっただろう。白銀がなければ、もう少し苦戦らしい苦戦を経験したはずだからだ。
結局、極技を使うこともなく勝ってしまったし。
「木剣こそが最強で最高の武器だと、証明されてしまったか……」
やはり木剣には無限の可能性が秘められている。
そんなふうに感動に浸っていると、戦いが終了したことを悟ったのか、エイルたちが近づいてきた。
「おい、アーロン……」
顔を向けると、なぜか全員が呆然とした顔でこちらを見つめていた。それは声をかけてきたエイルも同様だった。
「倒した、のか……?」
「ああ、見ての通りだ」
魔力へ還元されていくイグニトールを手で示す。戦闘が終了したことは確実だ。
「お前……後ろに下がったら10秒時間をくれ、というのは、何だったんだ……?」
「ああ、それか……」
エイルの問いに、そういえばそんなこと言ったな、と思い出す。
本当は極技を使うつもりで、オーラを溜める時間を稼いでもらうはずだったのだ。
俺はエイルに頷いて答えた。
「いや……なんか、倒せたわ」
「「「…………」」」
誰も言葉を発しなかった。
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