第28話 「ナイス火力でしたわよ?」
出現する魔物が全て竜種という「竜山階層」は、実際に探索したことがない者でも、その難易度が如何に高いかは容易に想像できるだろう。
だが、実際に探索してみると想像以上の難易度だった。
何しろこちらは最上級探索者が51人もいるのだ。いくら竜種が相手とはいえ、道中の雑魚など瞬時に一掃しながら進むことになると思っていた。
しかし、蓋を開けてみれば予想とは全く異なる結果が待っていたのだ。
地上に出現すれば一体でも小さな町なら滅ぶと言われる竜種。そんな奴らが群を成して襲ってくる。40層以下とは別次元と言えるほど、明らかに難易度が桁違いだった。
「ちょっ、マジっ、いい加減ッ、キリがないんだけどッ!?」
【神骸迷宮】42層。
巨大な岩山が広がる階層にて、足を止めた俺たちは、次々と襲い来るワイバーンの群と戦いを繰り広げていた。
必死に槍を振るうカラム君が泣きそうな顔で叫んでいる。≪バルムンク≫のパーティーメンバーたちが矢を放ち、火炎魔法を展開する。
「雑魚のくせにっ、硬いわねっ!」
フィオナが【剣の舞】を発動しながら【フライング・スラッシュ】を次々と放つ。すでに威力は上限まで強化されているが、それでも一撃で一体を倒すには至っていない。42層で最も弱いワイバーンが相手とはいえ、そこは腐っても竜種だ。鱗は硬く、斬り裂くことは容易ではない。
「無理に倒そうとするな! 一箇所に誘導しろ!」
エイルが【隠身】を発動して姿を眩ましたかと思えば、数秒後にはワイバーンの背中に出現し、鱗の薄い首元に短剣を突き刺している。一撃で一体のワイバーンを確実に葬る手際は見事だが、やはり元々は斥候系のジョブであり、討伐の効率は良くない。
そのため、エイルはもっぱら他のメンバーが取り零し、こちらに接近してくるワイバーンを始末することに注力していた。
「――皆さん! いきますわよ!」
意外と言って良いのか、あるいは妥当と言えば良いのか、判断は微妙なところだが、俺たちエイル組で大きな活躍をしているのが≪火力こそ全て≫の面々だ。
リーダーのクレアが合図を出し、パーティー全員で一斉に魔法を発動する。
≪火力こそ全て≫は火術師と風術師によって構成されていて、火炎魔法を風魔法で強化するのが
3人が火炎魔法を発動し、残る3人が風魔法で炎を強化して、さらに制御する。
火炎魔法――【インフェルノ・フレイム】
風魔法――【ウインド・コントロール】
【インフェルノ・フレイム】は火炎魔法の中でも飛び抜けて高温の炎を生み出すことができるが、発動した後に出現した場所から動かすことができないという欠点のある、使い勝手の悪い魔法だ。
しかし、それを補うのが単体では殺傷力のない【ウインド・コントロール】である。
ワイバーン3体を丸呑みにできそうなほど巨大な、超高温の炎球が出現する。
そこへ放たれた突風が炎を巻き上げ、さらに火力を増幅させながらワイバーンへ向かって幾条もの筋となって進んでいく。その様は、まるで炎で出来た
炎に呑み込まれたワイバーンは一瞬で体表を炭化させながら、地面に墜落していく。何体ものワイバーンどもが、羽虫のように燃やされていく光景は圧巻だった。
だが、彼女たちが6人で放つ魔法をもってしても、襲来するワイバーンの群を殲滅するには至らない。
数十体規模のワイバーンは広範囲にバラけており、その全てを攻撃するには大規模魔法といえど広すぎる。
ゆえに。
彼女のたちの目的は最初からワイバーンの殲滅ではなく、誘導だ。
四方八方から襲う炎の多頭竜の
「――アーロン!」
機が熟したことを見てとって、エイルが俺に合図を出す。同時に、ワイバーンどもへ攻撃を加えていたフィオナやカラム君たちが俺の射線を塞がないよう、左右へ散っていった。
一方、俺は右足を前に、左足を後ろにして両足を開き、半身の姿勢で構えていた。
左腰の横に黒耀を持ってくるようにして、その先端近くを左手で抑えている。周囲に響くのは強弓の弦を引き絞るような、軋むような不協和音。
――ギギ、ギ、ギギ、ギィ……ッ!!
剣に纏わせたオーラと、左手に纏わせたオーラの間で、反発した力が蓄積されていく。
放つのは【飛閃刃】……ではない。
極技でこそないが、オーラの制御が難しく、つい先日まで実現することができなかった剣技だ。
フィオナたちが左右に散ったのを確認して、俺は左手から黒耀を解放した。
ギンッ! という音と共に、一瞬の内に剣を大きく横薙ぎに振り抜く。
我流剣技【連刃】、【閃刃】――合技【連閃刃】
虚空を薙いだ剣線をなぞるように、一本のオーラの刃が高速で飛び出した。
前方へ飛翔する刃は、しかし、ワイバーンへ届くよりも遥か手前で「拡散」する。
もしもそれを捉えられる視力の持ち主がいたなら、オーラの刃が剃刀のような薄さを持った幾本もの刃に、バラリと分裂したのを確認できただろう。
一本の刃は無数の刃となり、網の目のように殺傷圏を広げていく。
次の瞬間には、刃はワイバーンの後方へと飛び去っていった。
静寂もまた一瞬だ。
羽ばたいていた全てのワイバーンが動きを止め、そして、鮮血が溢れ出す。
一箇所に誘導されたワイバーンの群、およそ40体余りが、例外なく肉体を細切れにされ、サイコロのような無数のブロック肉と化して地面へ落下した。
――戦闘終了。
だが、安堵の声はどこからも上がらない。
「ドロップは諦めろ! すぐに移動するぞ!」
ローガンが全体に指示を出し、地面に転がる魔石やワイバーンの素材を無視して、すぐに移動を開始することになった。
●◯●
「ここまで魔物の遭遇率が高くなるとか、マジ聞いてないっス……」
【神骸迷宮】43層。
42層の階段を下りた先にある洞窟の中で、俺たち≪迷宮踏破隊≫は野営をしていた。
ゴツゴツとした地面に腰を下ろし、ストレージ・リングから取り出した調理済みの食料やスープで夕食にする。あちこちに置かれた魔道ランタンの明かりが洞窟内部を照らし出しているが、エヴァたちを含めたクランメンバーの雰囲気は暗い……というより、疲労のために口数が少なくなっていた。
探索ルートが明確であるにも拘わらず、一日に2層しか進めないのは予定外だったのだ。その原因は、カラム君がうんざりしながら語ったように、探索人数が増えたことで遭遇する魔物の数が激増したことにある。
これは単純に人数が増えたことによって、発生する魔物の数が増加したわけではないらしい。
当然といえば当然のことなのだが、こちらが大人数で移動したことによって、魔物に見つかりやすくなったというのが理由なようだ。
特に42層は飛竜種が多い階層だったから、41層と比べても魔物の襲撃が一段と酷かった。
最悪なのがワイバーンだ。
ワイバーンは竜種の中でも下位に属する魔物だが、繁殖力が高く群の数が多い。卵から孵って繁殖しているわけではないだろうが、迷宮の魔物はそういった性質を反映されているのか、ワイバーンの数自体が呆れるほどに多かったのだ。
そのため、戦闘が終了した後も悠長にドロップを拾っている暇もなく、すぐに移動する羽目になった。
正直に言って、ワイバーンの群に比べればフロアボスであった≪飛龍アンフェスバエナ≫など単なる雑魚だ。
通常の探索者パーティーは4~6人で、この人数で戦えば真っ当に苦戦できる相手のはずなのだが……51人のレイドで戦えば途端に雑魚と化す。全員が一斉にスキルや魔法を放ち、それらが命中。フロアボスは死ぬ。言葉にすれば、たったそれだけの流れだった。
ネームドのフロアボスにあるまじき倒され方で、いっそ哀れに感じるほどだ。
「とはいえ、ウチの組はまだ楽な方だろう」
エイルが嘆くカラム君を励ますように言う。
実際、最初は不利と思われたタンク不足だが、相対的に火力偏重となったことが今のところは有利に働き、魔物の殲滅速度はエイル組が一番速い。その分、負担も少なくなっているのが現状だった。
「まあ、確かにそうっスね。クレアちゃんたちとか、凄かったですもんね……」
「うふふ。数が多いだけの相手でしたら、私たちにお任せくださいな」
「いや、一体でもそこそこ厄介なのはいたよ? それを他の雑魚と一緒に倒すんだから、過剰……じゃなくて、その、凄い火力だったよ……」
カラム君の言葉に、エイル組の面々がそれぞれに頷く。
確かに、文字通りの凄い火力だったな。
「あら、ありがとうございます。でも、私としては~」
と、食事を開始してからなぜか隣に座っていたクレア嬢が、俺にしなだれかかるように抱きついてきた。
「さすがはフィオナのお師匠様、といったところでしょうか? アーロンさんこそ、ナイス火力でしたわよ?」
ナイス火力?
良く分からんが、褒められたので頷いておこう。
「そうか。ありがとう」
「そうっス! さすがはアーロン先生っス! なんスかあのスキルは! マジパネェっス!」
「本当に。剣士ジョブであんなスキルがあったなんて、初めて知りましたわ」
まあ、スキルじゃないからな。
どうせ信じてもらえないだろうから、言わないけど。
というか、それより、だ。
俺は妙に距離感が近すぎるクレア嬢に、冷静に告げた。
「お嬢さん、お胸が当たっていますよ?」
するとクレア嬢はきょとんとした後、なぜかにぱっと笑った。
「当ててるんですわーっ!」
当ててんのかい!
なら、良いか!
とは、ならない!
俺は面には出さず、クレア嬢に対する警戒心を強めた。
残念ながら女性から屈託のない好意を向けられて、それを信じることができるほど俺の人生経験は優しくないのだ。
鋭い視線でクレア嬢を射貫き、率直に問う。
「何が、目的だ?」
たとえば酒場でひょんなことから意気投合した美女がいた。その日の内に彼女の自宅へ招かれた。俺はウキウキしながらついて行った。そうして彼女の自宅に手を引かれながら入ると、中には筋骨隆々なお兄さんたちが待っていた。
俺は純情を弄ばれたことに涙を流し、大金を巻き上げようとする彼らにお金の代わりに鉄拳をくれた後、部屋の隅で怯える美人局だったお姉さんを残して帰宅した。悲しい夜の出来事だった……。
これはまあ、少々極端な体験談になる。
だが、『ウッドソード・マイスター』として多額の収入を得るようになると、どこから話を聞きつけたのか、次々と「自称知り合い」たちが押しかけるようになったのだ。
いるはずもない親戚!
見たこともない友人!
会ったこともない恋人!
そんなはずがない嫁と子供!!
善人を装って笑顔で俺に近づいてきた者たちは多いが、特にそれが女性となると、ほぼ100パーセントに近い確率で俺の財産目当てだった。
そのような経験を積んできた結果、俺は初対面で「笑顔」「スキンシップ過剰」「妙に好意的」な女性には警戒するようになったのである。
「あら、話が早くて助かりますわ」
そして、俺の警戒は的を射ていたらしい。クレア嬢はにんまりとした笑みを浮かべた。
俺は彼女に問う。
「幾ら、欲しいんだ?」
この金の亡者どもめ。金額を言ってみろ、と。
だが、彼女は俺の想像以上に強欲だったらしい。
「うふ、お金なんていりませんわ」
「ッ!?」
この反応……間違いない。
お金なんていらないわ。だから結婚しましょ。でも結婚したらあなたの財産は私の物でもあるわよね? ――ってことか。
残念だったな、クレア嬢。
俺は今まで、そんなタイプの女とは片手の指じゃ足りない程度には出会って来てるんだぜ?
そんなふうに予想した俺だが、しかし、クレア嬢の言葉はさらに俺の想像を上回るものだった。
「アーロンさんには、私たちのパーティーに入っていただきたいんですの。剣士でありながらワイバーンの群を一掃したあの火力……私、惚れ惚れしてしまいましたわぁ……!!」
陶然とクレア嬢が言い、≪火力こそ全て≫のメンバーがうんうんと同意する。
「本当に、あれは凄かった」
「私たちの魔法より殲滅力高いって、相当だよねー」
「アーロン氏なら一人でも前衛できそうだし」
「もしパーティーに入ってもらえたら、すっごい安心できそぉ」
「頼りになる男の人って素敵ー」
ぞわりっと、俺の背筋を悪寒が走り抜ける。
こいつら……間違いない。俺を迷宮に放り込んで、文字通り死ぬまで搾り取る気だ……ッ!!
俺はしなだれかかるクレア嬢をすっと押し返し、無言で立ち上がった。
「あんっ! ……急にどうしたんですの?」
「すまん、エヴァ嬢と話があるんで、ちょっと行ってくる」
俺は返事も聞かずに歩き出した。
そして少し離れた場所に座っているエヴァのところまで行き、近くに腰を下ろす。
「はぁー」
「あら、アーロンさん。どうしたの?」
深いため息を吐く俺に、エヴァが聞いてくる。
「いや、やっぱり仲良くない女性には、邪険にされるくらいが安心できると思ってな……」
「…………アーロンさんには、そういったご趣味が?」
顔を上げると、エヴァがドン引きしていた。
気持ち悪いものを見るような眼差しだ……ふむ。
「そういえば、もう魔石を交換してるんだな。かなり燃費悪いのか、それ?」
「質問に答えてほしいのだけど……ああ、いえ、やっぱり答えなくて良いわ」
俺はエヴァの手元を指差して問う。
彼女が握っていたのは、腕輪型の魔道具だ。
といってもストレージ・リングではない。ストレージ・リングは今もエヴァの腕に装着されている。彼女が手に持ち、魔力のなくなった魔石を新しい物に変えているのは、「バリア・リング」と呼ばれる魔道具だ。
結界や障壁というのは空間魔法の一種であり、言うまでもなく「バリア・リング」は非常に稀少な魔道具となる。
その効果は攻撃を受けた時に強力な障壁を自身の周囲に展開する、というものだが、どのようにして攻撃を受けたと判断するのか、という問題がある。
この問題を解消するためにバリア・リングは常に微弱な障壁を展開していて、この障壁が破壊された瞬間に強力な障壁を展開する――という機能になっているそうだ。
微弱な障壁といっても、転んだ程度で壊れるほど脆くはない。そのため頻繁に強力な障壁が展開されることはないが、常に魔力が消費されるという欠点はある。要は消費の大きい魔道具というわけだ。
ストレージ・リングも魔道具である以上、魔石を動力源にしているし消費も相応に大きいが、バリア・リングと比べれば遥かにマシだろう。
「ええ、実際に発動しなくても、一日で特3等級の魔石が枯渇してしまいますわ。ですが……安全には変えられませんから」
魔石には内包された魔力量によって「下級」「中級」「上級」「特級」の大区分があり、さらにそれぞれが3等級から1等級の三つに分けられる。ちなみに最も高品質な魔石が「特1等級」となる。
エヴァが少しだけ声を潜め、言葉を濁しつつ答えたのは、バリア・リングを装備してきたのが、本当は魔物からの攻撃を想定しているわけではないからだ。
今回、【封神四家】の4人は全員がバリア・リングを装備している。
それだけ警戒しているということだ。
襲って来る魔物の数が多いのに、依然として三つの組に分かれて戦っているのも、戦場となる場所の広さや、効率なんかを考慮してのことではない。それらは表向きの理由であり、本当は魔物以外の襲撃にいつでも対応できるようにしているのだ。
「厄介なもんだな……」
そう言う俺も、まだ探索1日目にして結構疲れていた。
体力や魔力のことではない。確かに「竜山階層」に出現するドラゴンどもは厄介だが、正直、俺自身は苦戦しているという感覚はなかった。これは単なる気疲れだ。
いつ誰が襲って来るか分からない。そんな状況で周囲を警戒しながら探索するのは、精神的な疲労感が半端ないのだ。
いっそのこと、さっさと襲ってくれれば楽なのに、とさえ思う。
しかし、そんな俺の願いとは裏腹に、翌日に丸一日かけて43層を突破し、そのさらに翌日に44層、探索4日目にしてようやく45層の山頂に辿り着くまで、魔物以外の存在が俺たちを襲って来ることはなかった……。
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