第27話 「≪迷宮踏破隊≫……行くぞッ!!」
その日、【封神殿】内部にて大勢の探索者たちが集まっていた。
密集する群衆の中心にいるのは、51人の最上級探索者と4人の術師――つまり、≪迷宮踏破隊≫と【封神四家】から転移陣設置のために派遣されたエヴァ・キルケーたちだ。
すでに俺たち≪迷宮踏破隊≫が全員41層を突破し、これから46層へ向かうことは一般にも知れ渡っている。
数十年ぶりとなる完全新規の転移陣設置という偉業を前にして、群衆たちは期待に沸き立っていた。
そんな中、俺はフィオナを見つけたので声をかける。
「よう、フィオナ。40層は突破できたのか?」
「ふん、当然よ」
フィオナは得意気に胸を張るとそう答えた。
実はエヴァたちを41層まで連れて行った後、フィオナはまだ40層を突破していない他のパーティーに混じって≪氷晶大樹≫に挑んでいたのだ。
というのも、あの時はフィオナはほとんど戦っていなかったし、あの時点で≪氷晶大樹≫を倒した経験もなかったからだ。
あのままマトモに≪氷晶大樹≫戦を経験していなかったら、他のクランメンバーから寄生して40層を突破したと陰口を叩かれかねない。フィオナがそう思ったかどうかは知らないが、戦ってもいないのに40層の先へ進むことは、フィオナのプライドが許さなかったのだろう。
そんなわけで、こいつはこいつで40層突破を目指していた、というわけだった。
会うのも久しぶりなので直に聞いてみたのだが、どうやら無事に突破できたようで何よりだ。
「そうか。もしかして、俺の秘策が役に立ったのか?」
「役に立つわけないでしょ。アンタの戦い方はまるで参考にならなかったわよ」
もしかして俺がやった倒し方を参考にしたのかと聞いてみたが、呆れた調子で返された。
なぜかと考えて、すぐに答えに行き着く。
「そういえば、お前はまだ空中を移動できないんだったな」
「そういう問題でもないし……普通、剣士ジョブは空中を移動できないのよ?」
「まあ、『剣舞姫』ジョブで空中移動のスキルを覚えるかは分からんが、いつかはできるようになるんじゃないか?」
「簡単に言ってくれるわね……」
フィオナには【フライング・スラッシュ】を積極的に使うように言っているし、熟練すればオーラの制御はできるようになるはずだ。何せオーラの制御に才能が必要ないことは、俺自身が体現してるしな。
いや――っていうか、待てよ?
もしかしてフィオナにも木剣を作らせてみたら、強くなったりするんじゃないか?
たぶん、最低限ただの木材を削れるくらいのオーラ制御ができれば、修行になると思うのだが……。
「…………」
俺はフィオナをじっと見下ろした。
「……何よ?」
「……なあ、フィオナ」
訝しげに首を傾げるフィオナに、提案してみる。
「お前……木剣を作ってみないか?」
「――は?」
「たぶん、強くなれると思うぞ」
もしもこれでフィオナが強くなれば、俺の理論が正しかったことが証明される。学会に発表したら、歴史に名が刻まれてしまうかもしれない。どこの学会に発表すれば良いのかは分からないが。
「…………」
俺はフィオナの返事を待っていたが、奴は胡乱な眼差しを向けるばかりで、結局、答えは返って来なかった。
その前に、会話もできないくらいの大歓声が【封神殿】に響いたから、会話が中断されてしまったのだ。
うるさいほどの声援が俺たち≪迷宮踏破隊≫に向かって、無秩序に浴びせられる。
群衆の期待感がどんどんと際限なく高まっているようだ。
だが、≪迷宮踏破隊≫のクランマスターであるローガンが一歩前へと進み、それから周囲をゆっくりと見渡したことで徐々に声援が小さくなっていった。
それを見計らったように、ローガンが口を開く。
「諸君! 我々≪迷宮踏破隊≫はこれから、41層へ転移し、45層を突破、その後46層に転移陣を設置してくる予定だ! これは間違いなく困難なミッションとなる! しかし! 我々はこの偉業を成し遂げられることに疑問を持たない!! なぜならば! 我々の目的は46層よりも更に先にあるからだ! そう! 神代から続く【神骸迷宮】の完全踏破である!!」
ローガンは朗々と通る声で、堂々と演説を開始した。
その演説はクランメンバーというより、周囲の群衆へ向けられたものだ。本来はこんな演説などする予定はなかったのだが、想像以上に興奮した群衆の熱気を鎮めるため、急遽演説をすることになっていたのだ。
まあ、客観的に見ても今回の探索はネクロニア全体にとって重大な影響を及ぼすし、集まった者たちも≪迷宮踏破隊≫の言葉を聞きたいという思いがあるのだろう。
「さすがは元騎士団長ね……」
横に立っていたフィオナが感心したように言うのに、俺も同意した。
「だな。人前で話すのも手慣れたもんってわけか」
よくもまあ、台本もないのにスラスラ喋れるもんだと感心するぜ。しかもこの人数の前でだ。
そんなふうに感心しているのは俺たちだけじゃない。他のクランメンバーたちからも尊敬の眼差しを向けられながら、ローガンは威風堂々とした態度で演説を続けている。
「先の≪大変遷≫から、まだ僅か78年だ! かつてこのようなペースで46層の開拓に成功したことはない! 時には40層も攻略できず、≪大変遷≫を迎えてしまった時代も多くあることは、誰もが知っているだろう! だが、ここにいる≪迷宮踏破隊≫は皆、すでに41層へ到達している!! ゆえに! 今の時代には神代の英雄たちにも劣らぬ強者たちが集っていると、私は確信する!!」
おおおおおおおおッ!! と、群衆が歓声をあげる。
ローガンは手をあげ、巨獣の唸り声のような歓声が静まるのを待って、再び話し出す。
「【神骸迷宮】を完全踏破することによって≪大変遷≫の発生は抑制されるだろう。それは長く続く黄金の時代の到来に他ならない! その伝説の幕開けは、我々≪迷宮踏破隊≫がネクロニアにもたらす! その伝説への確実な一歩を刻むため、我らはこれより46層へと転移陣を設置してこよう! 諸君らには期待して吉報をお待ちいただきたい!!」
おおおおおおおおおおッ!! と、一際大きい歓声が轟いた。
あまりにも大きい声に【封神殿】の床すらビリビリと震えているようだった。
その歓声を背に受けて、踵を返したローガンがクランメンバーたちに告げる。
「では、≪迷宮踏破隊≫……行くぞッ!!」
「「「おおおおおおおッ!!」」」
クランメンバーたちが口々に声をあげ、ローガンの後に続いて転移陣に乗っていく。
転移先は41層。
遂にクラン全体での探索が開始される。
●◯●
55人が一斉に転移してもかなり余裕のある、広々とした洞窟。
41層への転移先でもあるそこで、ローガンが改めてクランメンバーたちを見回した。
「さて――最上級探索者である諸君も、41層から先へ進んだ経験がある者は少ないだろう。もちろん事前に説明はしてあるし、各自で情報を調べてもいると思う。だが、確認も兼ねて「竜山階層」について、私からもう一度説明させてもらおう」
そう言って、ローガンは話し始める。
【神骸迷宮】41層から45層までは、「竜山階層」と呼ばれる階層が続く。
その名の通りに竜の住まう山となっており、階段を下りた先は山腹に開いた洞窟となっている。そこから外に出ると階層ごとに異なる環境の山が広がっている。
下の階層へ続く階段がある場所はシンプルで、どの階層でも必ず山頂に階段がある。
41層は深い森林の広がる山。出現する魔物はワイバーンや、比較的小型の地竜種が多い。
42層は巨大な岩山。出現する魔物は大型の飛竜種が多い。
43層は土砂降りの山。出現する魔物は水竜や雷竜、風竜などの属性竜が多い。
44層は雪山。フロスト・ドラゴンなど、氷雪系統の属性竜が多い。
45層は火山。炎系統の属性竜が多い。
ちなみに、いわゆるドラゴンには多種多様な種類があるが、より高位のドラゴンとなると「属性竜」と呼ばれ、非常に強力なブレスを使うようになる。
さらにより強力な力を持つ場合、他の個体と区別するために固有の名称が与えられる。いわゆるネームドモンスターだ。
そんなネームドモンスターが、「竜山階層」には全部で5体いる。
41層~44層までの山頂に待ち構えるフロアボスと、45層の守護者がそれだ。
「竜山階層」では他の階層とは異なり、一層ごとに階段を守護する魔物が配置されているのである。
「各階層での探索ルートは、すでに最短ルートを選定してある。踏破難易度としては多少高くなるが、これは非戦闘員が4人いるため、彼らの体力に配慮してのことだ」
「竜山階層」について一通りの説明を終え、ローガンは次に探索ルートと戦闘時の役割分担などについて説明していく。
「≪鉄壁同盟≫には非戦闘員の護衛に専念してもらうことになる。これは45層の守護者戦でも同様だ。戦闘に関しては他の者たちで対処することになるが、大規模レイドを組んで戦うのは各フロアボス及び45層守護者戦でのみ。道中の雑魚に関しては一斉に動いても効率が悪いため、三つの組に分かれて交代で戦うことになる」
もちろん、道中の戦闘で組むメンバーはすでに決まっている。
ローガン、イオ、エイルの三人がそれぞれ暫定のリーダーとなり、三つの組を率いて動くことになる。
俺はエイルの組に入ることになっており、メンバーはエイル、俺、フィオナ、他に二組のパーティーが加わることになっている。それぞれ≪バルムンク≫と≪火力こそ全て≫だ。
≪バルムンク≫はクランの初顔合わせで戦うことになったカラム君たちのパーティーで、≪火力こそ全て≫は魔法使い6人のパーティーというキワモノ……失礼、珍しい構成をしたパーティーだった。
「――それでは、そろそろ出発することにしよう。各組分けの者たちでそれぞれ集合してくれ」
ローガンの説明が終わり、事前に通達されていたメンバーで集まることになる。
エイルがこちらの方に近づいて来たので、俺とフィオナもそちらへ向かって歩き出した。
「アーロン、フィオナ、今日からしばらく、よろしく頼むぞ」
「ああ、こっちこそよろしく頼む」
「よろしくお願いします」
「――アーロン先生!」
エイルと合流し挨拶を交わすと、やけに元気の良い声で名前を呼ばれた。
振り向くと、そこにいたのは≪バルムンク≫の面々だ。その先頭に立つカラム君が、以前とは見違えるほどの笑顔を浮かべている。
「おお、カラム君たちじゃないか。今日からよろしくな」
「こちらこそよろしくお願いします! アーロン先生と一緒に探索できるなんて……俺っ、光栄っス!」
カラム君たち≪バルムンク≫の面々と挨拶を交わす。
ちなみにカラム君とは初日の顔合わせで行われた宴会で打ち解けることができた。彼は木剣マニアで、俺のファンだったのだ。なので俺のことは職人として敬意を込めて「先生」と呼ぶようになった。なかなか可愛い奴である。
俺はストレージ・リングから「とある物」を取り出すと、それをカラム君に差し出した。
「カラム君、以前の模擬戦の時は悪かったな。お詫びも兼ねて、君用に作ってみた。受け取ってくれ」
「こ、これって……ッ!?」
カラム君が両目を見開いて驚愕する。
彼に差し出したのは、エルダートレントの芯木で作った長槍だ。もちろん柄から矛先まで木製で、一応実戦で使うこともできる。とはいえまあ、カラム君の持っている槍の方が強度は上だから、訓練用だな。
「訓練の時にでも使ってくれ」
「こ、こんなっ……良いんスかッ!? こんな凄い物っ、いただいちゃっても!?」
「ああ、もちろん」
「あ、ありがとうございますッ! 俺っ、家宝にして子々孫々伝えていくっス!!」
カラム君は感極まったような顔で槍を受け取った。
喜んでもらえたようで何よりだ。ファンは大事にせねばならないからな。
俺としてもカラム君のリアクションに大変満足していると、残るメンバーがこちらにやって来た。
「――フィオナ! 先日ぶりね!」
「クレア! 今日からまた、よろしく頼むわね」
魔法使いの6人パーティーである≪火力こそ全て≫だ。
如何にも脳筋そうなパーティー名に対し、メンバーは全員がフィオナと同年代か、少し年下の女性たちばかりだ。パーティーリーダーはフィオナからクレアと呼ばれた黒髪の女性で、全員が同じデザインのローブを身に纏っている。
どうも彼女たちの会話から察するに、フィオナとクレア嬢たちが顔見知りなのは、一緒に40層を突破した仲だから、らしい。
一緒に探索していたパーティーって≪火力こそ全て≫だったのか。
…………。
まあ、脳筋同士で相性は良かったのかもな。
ともかく。
全員が集まり互いに挨拶を交わす。それから俺はエイル組の面々を見回して、傍らのエイルに言った。
「なあ、エイル」
「どうした?」
「この組……タンク役が一人しかいないんだが」
盾士ジョブは≪バルムンク≫のパーティーに一人いるだけだ。
ちょっとバランス悪すぎないだろうか?
ローガン組とイオ組には、ちゃんとタンク役が何人かいるのに。
「…………」
エイルは腕を組んで顔を逸らした。
それからポツリと言う。
「……問題児どもを押し付けられたから、仕方なかったんだ」
「問題児……か」
俺はフィオナと≪火力こそ全て≫の面々を見る。
っていうか、≪火力こそ全て≫がいる時点でバランスが悪くなるのは必然なのかもしれない。
ここは広い心で受け入れるしかないか。
「…………一番はお前なんだがな」
「ん?」
エイルが何か呟いたような気もしたが、目を合わせないので気のせいだったようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます