第26話 「才能の限界だというのか……ッ!?」


 ――197本目。


 指先から放たれる細長い円錐状のオーラが、『氷晶大樹の芯木』を削る甲高い音が響いている。


 ヂィイイイイイイイイッ!!


 ピキッ、パキンッ!!


「ぬぅああああああああああああああッ!!」


 亀裂の入る音。そして真っ二つに割れる音。


 直後、俺は剣身が途中で割れた木剣もどきを、盛大に投げ捨てた。


「ぬあッ、ぬあッ、ぬああああああああああッ!!」


 それから作業台に両の拳を何度も叩きつけ、この憤懣やる方ない気持ちを吐き出した。


 エヴァたちを41層に連れて行ってから、すでに2週間近くが経過しようとしている。


 ここは俺の自宅。その一室を改装した木剣製作のためのアトリエだ。


 俺が何をしているかというと、『氷晶大樹の芯木』を使って新たなる木剣を完成させようとしている。


 本来、『氷晶大樹の芯木』は武器に利用されるような素材じゃない。その多くは魔法薬の素材だったり、大規模魔法の触媒だったり、魔道具の部品だったりと、そのまま木材を利用することはないのだ。


 その理由は単純。木材のままだと自由自在に形を弄ることが難しいからだ。


 正確には、一度薬品で溶かさないと加工が難しい。溶かした後は比較的簡単に固めることが可能で、色んな形に加工することができるのだが、薬品で溶かした場合、強度が著しく落ちるという欠点もある。おまけに白く濁ってしまい、≪氷晶大樹≫特有の透き通るような美しさが損なわれてしまうのだ。


 だからこれを木剣という芸術品に仕上げようとする場合、必ずそのままで木剣の形に加工しなければならない。


『氷晶大樹の芯木』は硬い。ハチャメチャに硬い。だが、硬いことと頑丈さはイコールではない。


 この素材は凄まじい硬度を持つが、弾性や粘性に欠ける。そのため脆いとも言えるのだ。


 どういうことかと言うと、ほんのちょっと加工に失敗しただけで亀裂が走り、割れる。


 それでいて物自体は硬いから、粉砕したり、薬品で溶かしたり等しない場合、とてつもなく大きな力で削る、あるいは長い時間をかけてゆっくり削る、の主に二種類の加工方法になる。


 だが、前者だと高い確率で割れる。≪氷晶大樹≫を削れるような力を加えると、たちまち亀裂が入ってしまう。


 後者に至っては削るというより、もはや宝石を布で研磨して複雑な細工物を生み出すレベルだ。


 とはいえ、木剣業界における加工方法としては、時間をかけて研磨していくのが常道だろう。


 実は、すでに≪氷晶大樹≫の木剣は存在するのだ。


 俺が作った物ではないが、15年という長い歳月をかけて削り出した≪氷晶大樹≫の木剣が、とある国の王家へ献上されたという有名な話がある。


 つまり、先駆者がいるのだ。


 俺も先駆者に倣って長い時間をかければ、≪氷晶大樹≫の木剣を作ることはできるだろう。だが、それでは俺の持ち味たる【ハンド・オブ・マイスター】を殺すことになる。


 それではダメだ。


 常識を打ち破り、業界に革新を起こす、全く新しい手法で≪氷晶大樹≫の木剣を完成させなければならない。そう、それが一人の巨匠として俺に課せられた使命だと思うのだ。


 そんなわけで、俺は短期間で≪氷晶大樹≫の木剣を完成させるべく、幾度もの失敗を重ねながらも諦めることなく製作作業に没頭していた。


 幸い、一回のドロップで得られる『氷晶大樹の芯木』は木剣換算で数十本分の量になる。一度失敗したからと素材を頻繁に採りに行く必要はないが……。


「これが……俺の才能の限界だというのか……ッ!?」


 さすがに失敗が優に100を超え200に近づきつつあると、自信も失おうというものだ。


 思えば、木剣作りでここまで苦戦した経験はない。俺は職人として、初めてのスランプを体験していた。


 鬱々とした感情が湧き上がってくる。


 もうこんなこと、辞めてしまおうか。


 人より少し上手く木剣が作れたからって、何になると言うんだ。もう十分に金は稼いだはずだろう。隠居するには少し早いが、それでも清貧に暮らせば余生を送れるくらいの金はあるはずだ。


 俺が木剣を作らなければいけない理由など、何処にもない……。


 ――だが。


 と。


 俺の内側からもう一人の自分――『ウッドソード・マイスター』が言葉を投げかけてくる。


 おいおい、アーロン・ゲイルよ。


 お前は何か理由を求めて木剣を作っていたのか?


 金、地位、名誉、そんなものが欲しくて木剣を作っていたのか? ――と。


 俺はぎゅっと拳を握った。


「――違うッ!!」


 ――いな


 否否否否ッ、断じてッ、否ぁああッ!!


 俺が木剣職人を志したのは、そんな理由じゃないはずだろ!?


 俺は……俺が木剣職人を志したのは、単に木剣を作ることが楽しいから……そして、いつか至高の一振を完成させたいと夢見たから……そのはずだろッ!!


 俺はもう一度立ち上がる。


 いや、パキンッという破滅の音が鳴り響く度に「ぬぅあああああああああああああッ!!」と心を折られそうになりつつも、だが俺は何度でも立ち上がった。


 もっと、もっとだアーロン・ゲイル……!!


 お前なら必ず出来る。


 指先から細長い円錐状に飛び出す【ハンド・オブ・マイスター】のオーラを、より精密に、より正確に制御するべく集中する。汗が目に入っても瞬き一つしないほどの深い深い集中状態。


【ハンド・オブ・マイスター】で、木材に対して垂直に近い圧力をかけると、途端に割れてしまう危険性が高くなるのは、もう分かっている。他にも一気に削りすぎてもダメだ。木材の声に耳を澄まし、一度に削って良い限界を見極めるんだ。


 円錐状のオーラを僅かな狂いもなく、外から見れば静止しているように見えるくらいに歪みなく維持しながら、削るというよりは研磨するように、超々高速で回転させるのだ。


 オーラの僅かな揺らぎが『氷晶大樹の芯木』に負荷をかけ、亀裂を入れてしまう。


 ならば僅かな揺らぎもなく制御されたオーラならば、『氷晶大樹の芯木』さえも自在に削ることが可能となる。


 言葉にすれば簡単だが、およそ人間に可能とは思えないほどの神業だ。


 並の職人なら諦めるだろう。


 だが、できる!


 俺ならば、やれるッ!!


 集中して集中して集中して集中するッ!!


 頭部の血流が過度に増加し、頭痛がするほどの集中力。


 ヂィイイイイイイイイイッ! と響いていた音。【ハンド・オブ・マイスター】のオーラと『氷晶大樹の芯木』が奏でる悲鳴のような音が、次の瞬間、澄んだ音色へ変化した。


 チィイイイイイイイイイッ!!


 そして俺の集中力が限界を超えた極限に到達した時――――世界が、広がる。


「――――ッ!?」


 それまで限界だと思っていたオーラの制御力。厳然として存在する高く強固な限界の壁。それが一瞬にして取り払われたかと思えるほどに、滑らかにオーラが流れ出す。


 壁を、乗り越えた。


 その確信がある。


 手足よりもなお精密に、自らのオーラを操ることができる。


 ――覚、醒……ッ!!



 我流木剣工技――【真・ハンド・オブ・マイスター】



 俺はその日、203本目にしてようやく、≪氷晶大樹≫の木剣――「白銀」を作り出すことに、成功した。



 ●◯●



 苦心して削り上げた「白銀」は、しかし木剣としては欠陥品と言えるだろう。


 強い力で叩きつければ簡単に割れてしまうからだ。だから普通の木剣と同じように扱うことは不可能。


 ただし、俺は元々木剣を直に叩きつけていたわけじゃない。剣に纏わせたオーラで対象を斬り裂き、相手の武器や魔法をオーラで弾いていたのだ。


 ゆえに、俺が使う分には大きな問題もなく、黒耀と同じ感覚で振るうことができるだろう。


 おまけに「白銀」には特別な能力が一つあった。


 それはオーラを白銀に通すと、氷雪属性が付与されるということ。


 具体的に説明すると、要は斬った対象が凍るのだ。


 一撃で倒せる相手なら不要な能力と言えるが、一撃では倒せない相手で、かつ人間のように体温を持つ魔物であれば、これは非常に有効な能力になる。


 というのも、当然の話ではあるのだが、体の一部が凍ればその部分には血が巡らなくなるし、体温も低下する。そして体温が低下すれば身体能力が下がり、敵の動きが鈍化する。


 つまりは持続的にデバフをかけられる、ということに他ならない。


 しかし、そんな能力は余禄に過ぎなかった。


「白銀」を生み出すことで俺が得た一番大きなもの――それは極めて精密かつ強力な、オーラの制御力だろう。


 エルダートレントの芯木を採りに【神骸迷宮】15層に向かった際、感じていた調子の良さ。


 そして今までは不可能だった、【重飛刃】によるエルダートレントの討伐。


 白銀作成において感じた手足よりもなお精密にオーラを操作できる感覚は、あの瞬間ほどではないにせよ、今も続いていたのだ。


 要するに、オーラの制御能力が今までよりも一段階上昇したのだった。


 そのことがオーラを操って戦う俺にとって、戦闘能力の向上に直結した――というわけなのだ。


 いやまさか、俺も木剣を作っていたら強くなるとか想像もしていなかったが、思い返してみれば、【ハンド・オブ・マイスター】で木剣を作り始めた頃から、急に色んな剣技や戦技を修得していったようにも感じる。


 もしかしたら……これからは剣士の修行方法として木剣作りがスタンダードになる時代が、やって来るのかもな……。



「――いや、ねぇよ」



 探索者ギルドから程近い場所にある、いつもの安酒場。


 対面の席に座った隻眼の眼帯男――リオンが、呆れたような顔でそう言った。


 明日にクラン全体での探索を控えたこの日、俺は久しぶりにリオンと飲んでいた。その際に、木剣を作ると強くなれるという世紀の発見を教えてやっていたのだが……下らない常識に凝り固まったリオンは、どうにもこの新発見を信じることができないらしい。


「やれやれ……先駆者というのは、いつの時代も孤独なもの……か」


 友人の理解を得られないことに寂しげな微笑を浮かべる俺に、リオンは深いため息を吐きながら言う。


「アーロン……お前のことは前々からイカれた奴だとは思っていたが、まさかここまで常識がないとはな……」


「おい、失礼だぞ。この常識人中の常識人に向かって」


「常識人っていうより、もはや良く分からないナニカになりつつあるぜ、お前。頼むから人間だけは辞めてくれるなよ?」


 リオンの言葉に、俺は「何言ってんだか……」と首を振る。


 はっきり言って、初級ジョブの俺よりも固有ジョブに覚醒しているリオンの方が、身体能力的には余程人間離れしているのだが。


 人間というやつは、自分のことほど分からないものであるらしい。


「んで、それよりどうだった? 見つかったか?」


 まあ、それはともかく。


 俺は話題を変えるようにリオンへ問う。


 主語を省略した問いに対しても、リオンは戸惑うことなく答えた。


「ダメだな。怪しいパーティーは何組かあるが、はっきりとした証拠は掴めなかった。キルケーのお姫様にも報告しちゃいるが、あっちも確証に足る情報は手に入れてないみたいだな。明日からの探索次第になるだろうぜ」


「なるほど。最初の予定通りってことだな」


 リオンは何人もいるキルケー家の協力者の一人であり、≪迷宮踏破隊≫の運営を手伝う傍ら、ギルド職員という立場を利用して諜報員じみた活動も行っていた。


 まあ、調査の対象は≪迷宮踏破隊≫内部に対してなので、諜報というより監査みたいな感じかもしれないが。


 俺はクラン結成から今日に至るまでを思い返して、若干拍子抜けしたように呟く。


「結局、個別にクランメンバーを襲っては来なかったな」


 昨年のスタンピードを起こしたという「敵」


 エヴァの話からすると、こいつらには探索者に先へ進んで欲しくない理由があるらしい。それゆえに≪迷宮踏破隊≫というクランを結成すれば、これを潰すべく襲ってくる可能性も考慮されていた。


 だが、ここまで一人も襲われたクランメンバーはいない。


 このクラン自体が「釣り餌」であると看破されているから、とも考えられるが。


「それだけ自信があるってことだろ。大勢を迷宮の中で一度に始末できるって自信がな」


 リオンの言葉が真の理由なのだろう。


 迷宮の外でクランメンバーを始末すれば、証拠を消すためには大変な手間を必要とするし、どれだけ証拠を消したと思っても完璧とは限らない。


 だが、迷宮には内部で人が死ぬと、急速に分解して吸収するという性質がある。死体の処理には困らない上、しかも深い階層であればあるほど、他人の目を気にする必要もない。


 証拠を残さず誰かを殺害するには、迷宮の深層というのは素晴らしく都合が良い場所なのだ。


「気をつけろよ、アーロン。相手は十中八九、少なくとも45層を越えるくらいの実力があるんだからよ」


「ああ、分かってる。無茶はしねぇよ」


 真剣な顔で忠告するリオンに、気負いなく答える。


 誰かさんのおかげで、復讐に我を忘れるほどには熱くなっていないのだ。


「ま、ぼちぼちやるさ」


 来ると分かっているなら、それは奇襲でも何でもない。


 釣糸の先の見えない獲物を確実に手繰り寄せるべく、落ち着いて冷静に行動しないとな。


 俺は逸りそうになる心を鎮めるように、エールを呷った。



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