第17話 「圧倒的に勝つ」
クランの初顔合わせで自己紹介したら、ペテン師呼ばわりされた。
なので、今後もクラン≪迷宮踏破隊≫に所属するために、俺の実力に疑いを持つクランメンバーたちに文句を言わせないだけの実力を示す必要がある。
そんなわけで、集まっていた51人全員でやって来たのがギルドの地下訓練場だ。
実力を示すのなら実際に戦ってみせるのが良いし、全員の前で戦うなら迷宮に行くより訓練場の方が都合が良い。
なので訓練場に移動するのは決まっていたのだが、そこから具体的に何をするかは決まっていなかった。
どのように実力を示すのか。戦うと言っても誰と戦うのか。
「さて、ここからどうするつもりかね、アーロン?」
ローガンに問われたので具体的に考えてみる。
とはいっても、そう難しいことをする必要はないだろう。要は、俺の実力に疑問を抱いている奴らに、十分な実力があると認めさせてやれば良いのだ。
「そうだな……俺に文句がある奴らと実際に戦う。そうすれば俺がこのクランに相応しいかどうか、分かるだろ?」
「まあ、それが妥当か。良いだろう。では、そうしようじゃないか」
一応はクランマスターであるローガンが認めたので、そういうことに決まった。
俺は訓練場の中央まで進み出て、鞘から黒耀を引き抜く。それからクランメンバーたちを振り返り、言った。といっても、視線は特定の人物に向けているのだが。
「で? 誰からかかって来る? 面倒だから何人かいっぺんにでも良いぞ?」
「ち、調子に乗るなよペテン師野郎ッ!!」
怒鳴ったのは、俺が視線を向けていたカラム君とかいうツンツン頭だ。
まあ、最初に俺に対して文句を言ったのが彼なので、やはり彼に戦ってもらうのが一番収まりが良いんじゃないかな。
ただし、カラム君だけを相手にするとインパクトが弱い。
ここは誰が見ても分かるほど圧倒的に勝ち、それで実力を認めさせる必要がある。このクランに相応しいと思わせるだけでは足りないのだ。エヴァとの約束では、それ以上の役割が俺には求められている。ただの一クランメンバーではダメなのだ。
すなわち、このクランでも重要な役割を任せられるほどの、圧倒的な実力を示さなければならない。
だから俺は、こう言った。
「確か君のパーティーは≪バルムンク≫だったか? なら、≪バルムンク≫全員対俺でどうだ?」
「ッ!? てめぇ……ッ、舐めるのも大概にしろよ……ッ!!」
カラム君が今にも飛びかかって来そうな表情でこちらを睨む。
彼らからすれば当然の怒りだろう。だが、残念ながら舐めているわけではない。挑発はしているが。
「さっきの自己紹介で聞いてたんだが、君らはまだ40層を突破していないんだろ? なら、これくらいでちょうど良いと思うが」
≪バルムンク≫の最高到達階層は40層だった。つまり、40層の守護者を倒せていないということ。
俺がソロで40層を突破できる実力があるとこの場で証明するには、これくらいする必要があるだろう。
「…………そこまでデケェ口叩くなら、良いぜ。やってやるよ……! だが、もう前言撤回しても遅ぇぜ、おっさん!!」
こちらを殺しそうなほどに憎々しい視線で射貫きながら、カラム君が言った。
少々穏やかではないが、両者の合意は成り、俺たちは戦うことになった。
●◯●
探索者パーティー≪バルムンク≫は四人パーティーのようだ。
リーダーのカラム君は槍を使って戦う戦士職、その更に固有ジョブである≪剛槍士≫。
他のパーティーメンバーは二人が男性で、一人が女性。
内訳は大きな盾と片手剣を装備した大柄な青年が≪上級盾士≫、弓を装備した長身だが細身の青年が≪上級弓士≫、そしてローブを身に纏った小柄な女性が火術師の固有ジョブ≪フレア・ウィッチ≫――だったはずだ。
訓練場の中央付近で、それなりの距離を開けながら対峙した彼らは、盾士を前衛にカラム君が中衛、そして弓士と火術師の女性が後衛という編成。
少しばかり後衛に偏ってはいるが、バランスの良いパーティーだと言える。
(さて、どうするか……)
訓練場の中央でそんな彼らと対峙しながら、どのように戦うべきかと考える。
とはいえ、ただ勝つことを目的とするなら選択肢は一つだ。≪バルムンク≫の編成を見る限り、距離を取って戦っても良いことなど一つもない。だから最善は、戦闘開始と共に【瞬迅】で一気に距離を詰め、接近戦に持ち込むこと。
当然、弓士と火術師は距離を取ろうとするだろうが、前衛と接近戦になれば誤射を恐れて、あまり派手な攻撃はできなくなるはずだ。
あちらの攻撃より先に【瞬迅】で間合いを詰める――その自信はある。だが、
(いや、それじゃあダメだな)
圧倒的に勝つと決めたのなら、それではダメだと感じた。
真正面から叩き潰す。それくらいのことができなければ、圧倒的とは言い難い。
「それじゃあ双方、準備は良いかね?」
俺たちの中央付近に立ったローガンが確認する。
ちなみに他のクランメンバーたちは、訓練場の壁際辺りで俺たちの戦いを観戦することになっている。
「ああ、大丈夫だ」
「こっちも構わねぇぜ」
俺とカラム君が頷いた。
「よろしい。では……」
ローガンが手を振り上げ――そして、振り下ろした。
「……始めッ!」
瞬間、カラム君と弓士の二人が、同時にスキルを放った。
槍技スキル――【ホーミング・ジャベリン】
弓技スキル――【オーラアロー・レイン】
どちらのスキルも実体はない。オーラで形作られた槍と、矢の雨だ。
追尾機能を備えたオーラの槍が真っ直ぐに飛翔し、曲射されたオーラの矢は、空中で弾けて無数の矢に分裂し、広範囲に矢の雨を降らす。
着弾は槍の方が僅かに速い。
槍だけなら【化勁刃】で弾くことは造作もないが、無数の矢を全て弾き返すのは、【化勁刃】では流石に無理だ。そして槍を防いだ後に別の剣技を発動する時間的余裕もない。
つまり、回避ができないのなら一度に全てへ対処するしかない。
そんなことができるか?
――できる。
俺は薙ぎ払うように、大きく剣を振る。虚空を掻いた剣線から飛び出した膨大なオーラが、瞬時に無数の刃と化して、竜巻のように俺の周囲で逆巻いた。
我流剣技【連刃】、【化勁刃】――合技【連刃結界】
俺を中心に逆巻く無数の刃の竜巻。その小さな刃一つにでも触れたものは、その軌道をいなされ、あらぬ方向へと飛んでいく。
【ホーミング・ジャベリン】は地面へ激突し、無数の矢の雨は傘に弾かれる雨粒のように、周囲へ散っていった。
「――はあッ!? なんだそりゃあッ!?」
こんな防がれ方は予想外だったのか、カラム君が目を見開いて叫ぶ。
しかし、彼が驚いたのも一瞬だ。すぐに気を取り直したように、その顔に勝ち誇った笑みを浮かべた。ちょっと頬が引きつっているが。
「だけどよぉ! 選択をミスったなペテン師野郎ッ!!」
何をミスったのかは、もう分かっている。
いや、ミスったわけではないのだが。
先の攻撃に対処している間に、俺の周囲に膨大な魔力が照射されているのを感知していた。
これは遠隔地に魔法を発動する際に行われる魔力照射だ。つまり、カラム君と弓士の攻撃は魔法を発動するまでの時間稼ぎに過ぎなかった。
俺の周囲で魔法が発動する。
広範囲を対象とした大規模魔法だ。魔法は御伽噺の魔法使いのように詠唱を必要とはしない。だが、魔法発動のための術式という工程を踏むには、難易度に比例した時間がかかる。大規模魔法ともなれば、どれだけ熟練した者でも数十秒はかかるだろう。これは戦闘開始から数秒に満たない間に発動できる魔法ではない。
つまり、戦闘開始前から術式を構築しておき、発動一歩手前で保持していたのだろう。遅延術式と呼ばれる手法だ。
卑怯とは言うまい。勝利を目指すなら当然の策だ。
むしろ、この規模の魔法で術式を保持するのは並大抵の技量ではない。流石は最上級探索者といったところか。見事だ。
そして発動したのは、炎の竜巻。
火炎魔法――【ファイア・ストーム】
超高温の炎の竜巻は、模擬戦で使うには殺意の高すぎる魔法だ。大人しそうな顔してずいぶんとえげつない魔法を躊躇なく使うもんだな。
今も俺の周囲に展開されている【連刃結界】でも、この炎の竜巻を散らすことはできない。
だが、【連刃】は体外に放出したオーラを操作する性質の強い剣技であり、技の途中からでもある程度の変化を起こすことができる。
【連刃】を覚えたばかりの頃なら軌道を変化させる程度しかできなかったが、以前よりも遥かに熟練した今ならば、それ以上のことができた。
我流剣技【連刃結界】変化――伏技【轟連刃】
逆巻く刃の結界が、途端にその性質を変化させる。
弾く性質から、爆発する性質へと。
無数の刃たちが炎に触れ、一斉に爆発した。
「なッ!? 自爆ッ!?」
炎のカーテンの向こう側で、カラム君たちが驚愕する声が聞こえた。
だが残念ながら、これは自爆ではない。確かに【轟連刃】の爆発に俺自身も巻き込まれているが、爆発にはある程度の指向性を持たせている。すなわち刃の向いている方向――つまり渦の外側がそうだ。
加えて――、
我流戦技――【気鎧】
全身にオーラを纏い、炎と爆発の余波を完全にやり過ごす。
これはリッチーと戦った時にも使った技だが、あの時は見様見真似の不完全な技だった。だが、あの後鍛練して技として昇華したのだ。元は盾士系統のジョブで覚えるスキル、【オーラ・アーマー】の模倣。
「さて……そろそろ良いか」
火炎魔法を凌いだので、そろそろこちらから攻撃しても良いだろう。
足の裏にオーラを集束する。
我流戦技――【瞬迅】
炎が晴れた瞬間、俺は一気に間合いを詰めた。接近したのは盾士の青年。
「あ、えッ!?」
一瞬で距離を詰めたこちらの姿に驚きつつも、盾士の青年は迅速に反応して見せた。
前へ構えた盾と、彼の全身を大量のオーラが包み込む。
盾技スキル――【オーラ・シールド】
盾技スキル――【フォートレス】
一瞬で二つのスキルを発動し、かなり堅固な守りを固める。
そんな彼の眼前に移動した俺は、大量のオーラに覆われた盾へ向かって、剣を振り下ろした。
我流剣技――【閃刃】
「ええッ!? 嘘でしょッ!?」
オーラの盾を斬り裂いた。
驚く盾士の青年へ、手首を返してさらに一歩踏み込み、剣を斬り上げる。
我流剣技【轟刃】変化――【轟衝刃】
盾に剣が接触した瞬間、低くこもったような爆音がした。
爆発の性質を吹き飛ばすものから、浸透する衝撃力へと変化させる。彼の盾から衝撃が全身へ伝播していく。
「がッ――!?」
衝撃によって気を失った青年が、糸の切れた人形のように倒れ伏す。
その背後、直前まで盾士の体に隠れて死角になっていた場所から、カラム君がこちらの不意を突くような一撃を繰り出した。
「くたばれペテン師野郎ッ!!」
槍技スキル――【オーラ・スラスト】
螺旋を描くオーラの矛先が、こちらを抉り貫こうと迫り来る。
その先端に俺は剣を合わせた。
我流剣技――【化勁刃】
オーラとオーラの反発が槍先を大きく弾き飛ばした。体勢を崩したカラム君が大きく両目を見開く。そんな彼へ向かって、俺はその場で剣を振り抜いた。
「く、くそぉおおおおおおおッ!!」
●◯●
カラムとかいう男が十分に手加減された【フライング・スラッシュ】……いや、一応は師であるアーロンの言葉を信じるなら、【飛刃】という独自の剣技によって吹き飛ばされた。
そこへ距離を取っていた弓士と火術師の攻撃が降り注ぐが、アーロンは消えるように移動し、二人の範囲攻撃を悠々と回避する。
確か【瞬迅】とかいう高速移動の技だったはずだ。
しかし、端から見るとそれが何のスキルでもないなどと、信じられる者は少ないだろう。
「おいおい、あのアーロンとかいう奴、絶対『初級剣士』ではないだろ……」
「あの移動スキルって【縮地】じゃないか? ってことは、確実に固有ジョブだな」
「あん? 何のためにジョブを偽ってんだ? 手の内を隠すためか?」
「何で隠す必要があるんだよ? 同じクラメンの仲間だろ?」
「実力は認めるけど、仲間に隠し事をする人って、私はちょっと好きになれないわね」
「ソロで41層か……あの実力なら、行けないこともない、のか……?」
「何にせよ、あのおっさん強ぇわ。少なくとも口だけじゃねぇな」
周囲で戦いを観戦している探索者たちが口々に言い合う。その予想はやはりというべきか、真実とは程遠い場所へ向かっていた。
だが、それも無理はないか、とフィオナは思う。
「まあ、誰もアイツが『初級剣士』だなんて信じられるわけねぇか」
「――え?」
突然、後ろから声がしたので振り返る。
そこにいたのは左目を眼帯で隠した、隻眼の鋭い目つきをした男だった。クランメンバーではないが、フィオナも知っている人物だ。
「……リオンさん? 何でここに?」
隻眼の男はアーロンがずいぶん昔にパーティーを組んでいたという元探索者で、アーロンの数少ない友人の一人だったはず。
地下訓練場は現在、≪迷宮踏破隊≫によって貸し切られているから、部外者は入れないはずなのだが。
問われたリオンはあっけらかんと答える。
「やあ、フィオナちゃん、久しぶり。いやなに、アーロンが戦ってるって耳にしたもんでね、職員の特権を使って入らせてもらったのさ」
リオンは現在、探索者を引退してギルドの職員として働いていた。それはもちろんフィオナも知っていたが、だからといって勝手に入って来て良いわけではない。
「良いんですか? 職権乱用なんじゃ?」
「まあ、大丈夫だろ。俺も
「はあ……」
確かにそうだろうとは思いつつ、曖昧に頷いておく。
それから視線を訓練場の中央に戻した。
「んで、戦いの方はどんな感じ?」
「もうすぐ終わりますよ」
たった今、弓士の青年が倒された。
距離を保ちつつ遠距離からの攻撃で接近を防ごうとしていたが、アーロンは最初のように敢えて受けに徹することもなく、普通に回避しつつ距離を詰め、これまた手加減した一撃で相手を気絶させた。
残る一人となった火術師の女性は、少し可哀想なほどに狼狽えている。
前衛のいなくなった魔法使いが本領を発揮することはない。勝敗はもはや決まったようなものだろう。周囲で観戦しているクランメンバーたちも、すでに戦いは半ば以上終わったものとして考えている。
だが、最上級探索者としての意地か、火術師の女性は最後まできっちりと戦った。
素晴らしい速度で術式を組み上げ、火炎魔法の【ファイア・バレット・ヘビーレイン】を発動する。
無数の炎の弾丸が豪雨のごとくアーロンへ向かって降り注いだ。だが――、
「まあ、足止めなしに当たるわけねぇか」
「ですね」
アーロンは【瞬迅】により炎弾の雨を回避し、そのまま火術師へ接近。首筋に剣を突きつけて何事かを言った。そしてそれに頷く形で、火術師が降参を宣言する。
戦いは終了した。
見ている者も、実際に戦った者も、はっきりと分かるほどの完膚なき勝利だ。
「おいおい、マジで一撃も喰らわずに勝っちまったぞ」
「何モンだよ、あのおっさん……」
「確か剣舞姫の師匠なんだよな? なら、キルケー家の秘匿戦力か……?」
「それだけ【封神四家】も本気ってことか」
たぶん、アーロンが手加減した上で勝ったことも、ここにいる者たちならば理解しているだろう。実際、それらしき囁きも周囲から聞こえてくる。
だが、どうやらアーロンの友人であるリオンだけは違う感想を抱いたようだ。
「あーあー、あんなマジになっちゃって、嫌だねぇ。何考えてんだか……」
「え? ……どういう、ことですか?」
マジとは何か。今の戦いがギリギリの勝利だったとは思えない。
背後を振り返って問うフィオナは、リオンが友に心配そうな視線を向けているのを見た。
つまり、リオンが心配しているのはアーロン。
何がそんなに心配なのか、リオンは答えなかった。
ただフィオナを見返すと、ニヤリと笑って言う。
「……フィオナちゃんってさぁ、気を許してる相手ほど、口調が荒くなるよねぇ」
「――――は?」
何だコイツいきなり、とフィオナは思った。
「いや、俺とアーロン相手じゃ口調が全然違うのが面白くてね」
「……喧嘩売ってるんですか? 買いますよ」
ドスの効いた声で言うフィオナに、リオンは背を向けてひらひらと手を振った。
「悪いんだが、後でアーロンに俺んところに顔出せって言っておいてくれ。頼んだよ」
「ちょっ、勝手に――ッ!?」
リオンは振り返ることなく、訓練場から立ち去って行った。
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