第18話 「【封神四家】の護衛役は手に入れた」
ギルドの地下訓練場でカラム君たちと戦った翌日。
ギルドから程近い場所にある安酒場で飲んでいると、ようやく待ち人が現れた。
「よう、待ったか?」
「ああ、だいぶ待ったわ」
俺が座っているテーブル席に近づいて来たのは、左目を眼帯で隠した隻眼の男――かつて俺が所属していた探索者パーティー≪栄光の剣≫のリーダーをしていたリオンだ。
去年のスタンピードを機に今は探索者を引退して、ギルドの職員として働いている。
引退前は最上級探索者にまで上り詰めていたのが関係しているのか、新人職員とはいえ幹部候補生になっているらしい。なかなかの出世頭だと聞いた。
「おう、悪いな。仕事が長引いちまってよ」
リオンは同じテーブル席に座り、店員にエールとツマミを頼むとこちらに向き直った。
昨日、フィオナからの伝言を聞いてリオンに会いに行った時、用件は飲みに誘われただけだった。昨日は結局、あの後クランメンバー全員で酒場を貸し切って飲むことになったので付き合えなかったから、約束は今日になったというわけだ。
「何かあったのか?」
「何かあったって程じゃねぇよ。バカどものクレーム処理と、強突張りの商業ギルドとの折衝が忙しかっただけさ」
「なるほど。いつも通りだな」
しばらくは他愛のない会話を続ける。
「……で、今日はどうしたいきなり?」
店員が注文の品を運んで来たところで、ようやく本題に入った。
ただ飲みに誘ったというわけではないだろう。長い付き合いなんだ。そんなことはコイツの顔を見れば言われなくても分かる。
「…………まあ、なんだ」
案の定、俺の予想は当たっていたらしい。
それを証明するかのようにリオンは重苦しい沈黙を経た後、やがて、躊躇うように切り出した。
「アーロン、お前…………誰か良い人はいないのか?」
「――は? ……何、言ってんだ、お前?」
さて、いったいどんな厄介事かと思ってみれば、全然違ったわ。
良い人って何だよ。いや、たぶん付き合ってる相手はいないのか、という問いなのは辛うじて分かる。
しかし、何でそんなことをコイツに聞かれなきゃならないんだ。お前は俺のお袋か親父かよ。
俺の呆れた視線にも構わず、リオンは真剣な顔で語り出した。
「いや、ちょっと、お前の将来が心配になってな。お前、まだ独身だろ? どうするつもりなんだ、この先? ちゃんと結婚して早い内に子供作らねぇと、色々困るだろ。子供を育てるにも金がかかるんだし、あんまり歳とってから子供ができちゃったら働くのも大変だろうが」
俺はめちゃくちゃ嫌そうに顔を歪めてリオンを見た。
だが、リオンは言葉を止めない。
「一生独身でいるつもりか? 死ぬ時に嫁さんや子供に看取ってもらいたいとは思わないのか? 一人で孤独に老後を過ごすなんて、寂しいと思わな――」
「――だぁあああああッ!! うるせぇ!! 何だいきなり!? そんな話するために呼んだのかよ!?」
マジで嫌だよ、ダチにそんな心配されるの!!
やめろやめろやめろォッ!!
聞きたくねぇッ!!
「おいおい、真面目に聞けよ。父ちゃんは真剣な話をしてるんだぞ」
「誰が父ちゃんだ! 俺とタメだろうがボケッ!!」
「まあ、父ちゃんは冗談としても、だ。……お前、フィオナちゃんとはどうなんだ? ん?」
こいつ、まだこの話続けるつもりなのかよ。
ホント何なんだいったい?
「どうって何だ。どうもしねぇよ。何だ、まさかお前、自分のことを「仕留める」だの「くたばれ」だの言う奴と結婚しろと? 頭沸いてんのか?」
「良いと思うんだけどなぁ、フィオナちゃん。ほら、お前ってケツのエロい女がタイプだったろ? フィオナちゃんピッタリじゃん」
「それはっ…………ぬううっ」
リオンの言葉に俺は呻いた。
こいつの言う通り、性格はアレだがフィオナのケツはエロいと常々思っていた。探索者で剣士だから、良く鍛えられた良いケツをしているのだ。
くそっ、反論を封じられたぜ……ッ!!
「確かに、アイツのケツは素晴らしいものだが」
「だろ?」
「いやだが待て! 性格はアレだぞ!」
「いやでも待て! お前ってマゾっ気あるし性格の相性もピッタリなんじゃないか!?」
「ッ!? ……バカな……論破されただと……ッ!?」
俺は、どうすれば良いんだ……!?
――って、バカか俺は! どうもしねぇわ!
気を取り直してリオンに真意を問う。
「リオン、お前はこの話をいったい何処に持っていくつもりなんだ? 俺にフィオナと結婚しろとでも?」
「うん」
「うん、じゃねぇよ……。だいたい向こうが嫌がるだろうが」
「そうか? お前が真剣に頼めばいけると思うが」
「ねぇよ。お前の目は節穴だな」
「結婚もしてない奴に言われたくないんだが」
既婚者の余裕のつもりなんだろうか? ぶん殴りてぇ。
ちなみにリオンの奴は妻子持ちだ。子供が二人いる。
「土下座と泣き落としでプロポーズした男が何を言うか」
「青いなアーロン。男の甲斐性は土下座の数で決まることを知らないのか?」
そんなわけあるか。
「で? マジで何なんだよ? こんな話するために呼んだんじゃねぇだろ?」
「いや、今日の目的は九割この話だったんだが……まあ、お前がこの話は嫌だっつぅなら、別の話するか」
九割て。
俺を結婚させて、こいつに何の得が?
「そうだ、クランの方はどんな感じなんだ? 確か昨日は、お前が年下のムカつく探索者に因縁つけてボコボコにしたんだったか?」
「全然ちげぇわボケ。俺はどんな外道なんだよ。……俺が『初級剣士』だって事と、ソロで41層行ってることが信じられなかったみたいでな。本当だって証明するために、模擬戦することになったんだよ」
「ほぉん。で、信じてもらえたのか?」
「いや、それが誰も信じてくれなかった。ああ、いや、41層行ったってことは信じてくれたみたいだが、『初級剣士』の方は嘘扱いだな。「限界印」も入れ墨だって思われた……」
本当のことしか言っていないのに信じてもらえないのは、正直ちょっと悲しい。
「まあ、だろうなぁ。覚えてもいねぇスキルを自力で再現するなんてこと、普通はできねぇし。俺だって昔のお前を知ってなかったら信じらんねぇよ」
やっぱりというか当然というか、問題はそこだな。
どうも端から見たら上級ジョブや固有ジョブのスキルを使っているようにしか見えないので、常識的に考えて『初級剣士』の方が嘘だと思われるらしい。
「ん? そういや、フィオナちゃんはお前が『初級剣士』だって信じてるよな? 何で?」
「ああ、それは――」
と、俺はリオンの問いに答える。
実はフィオナも最初は俺が『初級剣士』だとは信じちゃいなかった。だが、あまりにも俺が『初級剣士』だと言い張るために、ある日、教会に連れて行かれたのだ。
教会ではジョブを授かれる他、ジョブの変更も行うことができる。そしてほとんどやる奴なんていないが、ジョブを鑑定してもらうこともできる。
つまり目の前で鑑定してもらうことで、俺が本当に『初級剣士』だと神官に証明してもらったのだ。
――ということを、リオンに説明した。
「ああ、まあ、そこまですりゃあ、流石に信じるか……。っていうか、そこまでしないと信じてもらえないの笑えるな」
「俺は笑えねぇよ。おかげでクランメンバーとは妙に距離ができちまった」
「お、何だ? 昨日の宴会でハブられでもしたか?」
「いや……どうもクランメンバーに俺のファンが数人いたみたいでな。そんなことにはならなかったが」
「――ファンんんッ!?」
俺がそう言った途端、リオンが腹を抱えてゲラゲラと笑い出しやがった。
「おいおい、ファンって何だよ! 自意識過剰か!」
「違ぇ! ウッドソード・マイスターのファンだ!」
そこまで説明してようやく、リオンは苦しそうに笑い声を抑える。
「……ああ、そうか、木剣の。っていうか、探索者にもいたのか、木剣好き」
「お前、木剣を舐めるなよ? ネクロニアには現在、木剣マニアが8000人はいるんだからな」
なお、月刊木剣道調べ。
「ふっ、木剣マニアて」
「…………」
リオンは今にも笑い出しそうにニヤついていた。
殴りたい、その笑顔。
ムカついた俺は、こいつのニヤケ面を消すために最終兵器を出す。
「俺の顧客には他国の貴族もいる。ローレンツ辺境伯とかな」
「はいはい、他国の貴族様ね。ローレンツ辺境は――って、え? マジ? お隣さんの大物じゃん」
実のところ、マジだ。
エルダートレントの芯木から削り出した黒耀シリーズは、その実用性もさることながら、美術品としても高い評価を得ている。
このウッドソード・マイスターの顧客には他国の貴族が何人もいるのだ。ネクロニアでは【封神四家】の一角、グリダヴォル家の現当主にも売ったことがある。
――ということまで、きっちり説明してやった。
「ま、マジかよ……! 俺ぁてっきり、お前が木剣なんて作り始めた時には遂に頭がおかしくなったもんだとばかり……そ、そんなに売れてるのか」
「ようやく気づいたか。この俺に金もコネもあるということに。頭が高いぞ」
「…………なあ、先生よ。ウチの娘二人が、先生の木剣が欲しいって言ってるんだが」
「流れるように嘘吐くな」
お前の娘たち(5歳と3歳)とは何度も会ってるが、そんなこと一度も言われたことねぇよ。
ともかく、話を戻す。
「まあ、そんなわけで仲良くなった奴も何人かいるんだよ。俺が戦ってたパーティーのリーダー、カラム君って言うんだが、どうも彼も木剣マニアだったらしくてな。俺が黒耀を持ってることに嫉妬して、つい喧嘩を売ってしまったらしい。俺が黒耀の作者だと知ったら懐いてきた……」
「マジか、そいつチョロ可愛いな。ん? でもその青年って槍士じゃなかったか?」
「元々は剣士になりたかったんだと。ジョブは自分じゃ選べねぇからな」
「ほぉん。……で、実力を示した成果はあったのか?」
「ああ、とりあえず、【封神四家】の護衛役は手に入れた。表だって反対する奴はいなかったな」
「だろうな。……クラメンに怪しい奴は?」
「それはさすがに分かんねぇよ。昨日、顔合わせしたばっかだぞ。っていうか、向こうもすぐに分かるようには動かねぇだろ」
「だな。動くなら、迷宮の中でか……」
まあ、何にせよ全ては予定通りに進んでいる。
俺とリオンはその後も他愛のない話に興じていたが、リオンが何のために俺を呼んだのか判明することもなく、やがて店を出る時間になった。
店の外に出ると、途端に夜の涼やかな空気が肌を撫でる。酔って火照った顔に夜風が気持ち良かった。
「んじゃあな、リオン」
「おう」
店の前でリオンと別れ、家路につこうと踵を返した――ところで、リオンが呼び止めた。
「アーロン!」
「あん?」
振り返ると妙に真剣な顔で、リオンがこちらを見ていた。
「どうした?」
「お前、死にたがるんじゃねぇぞ」
「…………」
「そんなことはあいつらだって望んじゃいねぇんだからな」
「……ああ、分かってる」
なるほど。
頷きつつ、ようやく合点がいった。
リオンが今日、俺を飲みに誘った理由は、俺を心配してのことらしい。突拍子もなく結婚を勧めたのも、理由はそれだ。
結婚すれば無茶はしないとでも思ったのだろう。
そこまで俺が思い詰めているように見えたのか。
「ありがとな。大丈夫だ、無茶はしねぇよ」
柄にもなく深刻になっていたのだろうか、俺は。
何となく自分の顔を撫でてみた。
少し強張っていた表情筋が、ほぐれていくような気がした。
そこで、ようやくリオンが安心したように苦笑する。
「ま、お前がバカなこと考えたら、ぶん殴って止めてやる。だから、生きて戻って来いよ、アーロン」
そう言ってこちらに背を向け、ひらひらと手を振りながら帰っていく。
俺はその背中を見送って、憑き物が落ちた気分で呟いた。
「……今さら復讐って柄でもねぇか」
それでも、やるべきことはやると決めた。
何が何でもという気分ではなくなったが、俺の数少ないダチたちの、落とし前をつけるくらいは良いだろう――。
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