第16話 「目的は【神骸迷宮】の完全踏破となる」


 俺がエヴァ・キルケーの屋敷で話をしてから、おおよそ1ヶ月が経った頃。


 ネクロニア探索者ギルドに所属する全探索者を驚愕させる、幾つかの衝撃的な発表があった。


 まず一つ。


 現在の【神骸迷宮】攻略最深層である46層を攻略した≪剣聖≫ローガン・エイブラムスをはじめ、現役を退いていた何人かの伝説的な探索者たちがギルドに再登録した。


 そして、そんな彼らを含む名の知れた「最上級」探索者51名で、一つのクランを結成するという発表があったのだ。


 クランとは――複数の探索者と、それを支援する非探索者たちから構成される組織形態の一つであり、組織として役割の細分化と専業化を行うことで、迷宮探索や迷宮資源の回収などを効率化しようという目的の下、結成される。


 このクランの名称は≪迷宮踏破隊≫で登録され、瞬く間に探索者たちの間に知れ渡った。


 理由は伝説的探索者たちが何人か所属していることでも、最上級探索者ばかりが所属していることでもない。


 もちろんそれらの事実も注目されるには十分な理由なのだが、それ以上に探索者たちを驚かせたことがある。


 それは、この≪迷宮踏破隊≫が【封神四家】主導で結成され、その支援も【封神四家】が行うと発表されたからだ。


 しかも、【封神四家】のどこか一家が――という話じゃない。四家全てが協力して事に当たると明言されているのである。


 こんなことは前代未聞だ。


 それだけに、これが冗談でも何でもなく、クランの目的を必ず達成するのだという【封神四家】の本気が窺える。


 ――クランの目的。


≪迷宮踏破隊≫というクラン名からも分かる通り、このクランが結成された目的は「迷宮の踏破」だ。


 無論言うまでもなく、この場合の迷宮とは【神骸迷宮】のことを指す。


【神骸迷宮】最深層は長い人類の歴史上、誰も到達したことがないとされている前人未踏の領域で、探索者ならば自分がそこへ辿り着くことを一度は夢想するだろう。


 そんな場所を、一探索者の戯れ言ではなく、【封神四家】の支援を得て本気で目指そうと言うのだ。


 もしも最深層へ到達したなら、間違いなく英雄になる。その知名度と名声は凄まじいものになるだろう。


 ゆえに当然というべきか、多くの探索者たちが「俺もクランに入れてくれ!」と殺到することになった。


 だが、この全てをクランマスターに就任したローガン・エイブラムスは一蹴する。


≪迷宮踏破隊≫は【封神四家】の意向によって結成されたクランであり、そのメンバーは全て、【封神四家】の各家から推薦された人材のみだ。


 クランに所属するにはいずれかの【封神四家】から推薦を受けなければならず、これに例外はない。


 そんなクランの一員に。


 12年もソロで活動してきた俺が所属することになったのは、何の因果かね。



 ●◯●



 ネクロニア探索者ギルド三階、大会議場にて。


 集まった50人の探索者たちを前に、剣聖ローガンが堂々とした口調で話し始めた。


「諸君、本日はお集まりいただき、ありがとう。私は≪迷宮踏破隊≫のクランマスターを任ぜられたローガン・エイブラムスだ」


 探索者たちは、それぞれ何人かのグループ毎に分かれて席に着いている。


 元々パーティーを組んでいた探索者たちが、パーティー毎に纏まっているのだ。


 ここにいるのは全員が≪迷宮踏破隊≫のクランメンバーだが、どうやらソロで活動していた探索者はほとんどいないらしい。


 いやまあ、ほとんどと言うか、二人だけだ。


 一人は言うまでもなく俺で、もう一人はフィオナ・アッカーマン。


 ちなみにフィオナは、俺の横の席に座っている。両腕を組んだ姿勢で、実に堂々とローガンの話を聞いていた。こいつにはぼっちだからという理由で気後れするような繊細さはないようだ。


「【封神四家】のご意向によって、こうしてクランが結成されたわけだが、我々が勢揃いして迷宮攻略に望むのは、45層の守護者戦からになる。そこまでは各自パーティーを組んで攻略してもらうことになるが、安心して欲しい。【封神四家】による支援もあるし、パーティー同士でレイドを組んでもらっても構わない。どうしても45層まで辿り着けないという場合には、私を含めた他クランメンバーが支援に入ることもある。まあ、ここに集まった者たちならば、おそらくそんな必要はないと信じているがね」


 ローガンの言葉に、当然だという雰囲気が会議場内に漂う。


 クランメンバーは全員、「最上級」探索者だ。


 現在、ネクロニア探索者ギルドによる探索者の区分には「下級」「中級」「上級」「最上級」の四つがあり、これは【神骸迷宮】での到達階層によって区分されている。


 10層以下なら「下級」

 20層以下なら「中級」

 30層以下なら「上級」

 そして31層まで到達していれば、「最上級」だ。


 これは10層ごとの守護者を倒せるかどうかで、かなりの部分、実力が選別されるからだ。たとえば同階層の魔物は倒せても、その階層の守護者には全く歯が立たないということも多い。それだけ10層ごとの守護者は格が違う。


 俺も30層の守護者リッチーを相手にした時には、本気で死にかけたしな。


 いやまあ、普通、ソロで挑むような相手ではないのだが。


 ともかく。


 そんな強敵を降して最上級探索者になった者たちには、「自分たちは強い」という確かな自負がある。それに加えて【封神四家】の「支援」があるなら、40層も突破できると確信しているのだろう。それにクランならば、複数パーティーでレイドを組むことも容易だ。


【封神四家】が音頭を取り、結成された最上級探索者だけのクランだからこそ可能な、力業とも言える。


 そして40層を突破できる実力があるならば、45層まで到達することは難しくない。


「さて――一応、改めて説明しておくと、だ。我々のクランとしての目的は【神骸迷宮】の完全踏破となる。だが、その前には幾つもの難関があり、まず最初に超えるべき難関が45層の守護者だ。とはいえ、これだけの探索者がレイドを組んで挑むのだから、倒すことは問題ないとも思っている。難しいのは46層に転移陣を設置してもらうため、同行していただく【封神四家】の方々を被害なく守りきることと、彼らを46層まで護衛しながら連れて行くことだ。まあ、後者は私と他数名の探索者によって行うので、安心して欲しい」


 ローガンがクランの結成目的と当面の目標について説明していく。


 その内容に少し触れておくと、【神骸迷宮】を探索する者たちにとってなくてはならない転移陣だが、現在、46層には設置されていない。転移陣がある最も深い階層は41層だ。


 転移陣は【封神四家】の血族だけが持つ、特別な力によってしか設置することはできない。そして設置するためには、術者本人がその場所に足を運ばなくてはならないのだ。


 以前、ローガンたちが46層に到達した時には術者は同行していなかったし、たとえ同行していたとしても守りきることはできなかっただろう。


 守護者相手に他人を守りながら戦うなど、圧倒的な戦力差がなければ難しい。


 そしてこれだけの実力ある探索者が一つの組織に集い、目的を同じくして活動することは今までなかった。


 大きい組織というのはそれだけで運営が難しいものだし、その主となる構成員が探索者のような荒くれ者どもとなれば、なおさらだ。ドロップの分配、利害関係の調整、組織内抗争、揉める理由は幾らでもある。


【封神四家】のような、金も権威もある存在が音頭を取らなければ、このようなクランが実現することはなかっただろう。


「まあ、長々と説明ばかりしていてもしょうがない。我々が全員集まる機会はそう多くないと思うので、顔合わせの意味も含めて自己紹介でもしようか。そうだな、まずは私から名乗ろう。先も名乗ったが、私はローガン・エイブラムス。ジョブは固有ジョブの『剣聖』で、先日まではキルケー家で魔鷹騎士団の団長を務めさせてもらっていた。今はクランに参加するため、一時的に休職中だ。迷宮の最高到達階層は46層。探索者としてのブランクは長いが、騎士として活動している間も鍛えていたし迷宮には潜っていたから、腕の方はそんなに鈍っていないと思うので安心してほしい。まあ、こんなところかな? それでは次に――」


 と、ローガンが他の探索者を指名し、指名された探索者たちが次々と自己紹介していく。


 内容は名前、所属しているパーティー、ジョブ、迷宮の到達階層などだ。


 さすがに最上級探索者たちだけはあって、半数以上も固有ジョブに覚醒していた。まるで固有ジョブのバーゲンセールだぜ。


 そして固有ジョブ以外は、当然のように上級ジョブだ。


 ソロ探索者で横の繋がりが薄い俺でも聞いたことのあるビッグネームばかりで、俺の場違い感が凄いんだが。


 それぞれの到達階層については、ほとんどが36層以降に到達しているようだ。だが、41層まで到達している者たちは全体からすれば少ない。それだけ40層の守護者が手強いということでもある。


「――ありがとう。それでは次は、フィオナ嬢ちゃん、よろしく頼むよ」


「ええ、分かったわ」


 他の探索者たちを観察したりしていると、あっという間に自己紹介の順番が隣のフィオナにまで回ってきた。残るは俺とフィオナだけなのだが、何となく、これにはローガンの作為を感じざるを得ないな。


 ともかく――促されて頷いたフィオナは立ち上がり、堂々としているんだか淡々としているんだか分からない感じで自己紹介を始める。


「私はフィオナ・アッカーマン。ジョブは固有ジョブの『剣舞姫』よ。普段はソロで活動してるけど、守護者戦の時は他所のパーティーに入れてもらったりもするわ。迷宮の最高到達階層は40層よ」


 フィオナは基本的にソロだが、守護者と戦う時には知り合いのパーティーに入れてもらっているらしい。


 まあ、そうじゃないと30層のリッチーを倒すのは、さすがに無理だったからな。今なら立ち回りさえ工夫すれば、ソロで倒すのも不可能じゃないと思うが。何と言ってもリッチーに対して剣舞姫のスキルは相性が良いのだ。


「――ありがとう、嬢ちゃん。じゃあ次で最後だな。アーロン、頼む」


「ああ」


 意味深に笑うローガンに促されたので、立ち上がって自己紹介する。


 会議場中の探索者たちから視線が集中するのを感じながら、俺は口を開いた。


「俺はアーロン・ゲイルだ。ソロの探索者で、ジョブは『初級剣士』。迷宮の最高到達階層は41層だ」


 実はエヴァ・キルケーと出会う前までは36層が最高到達階層だった。しかし、エヴァたちに協力するには迷宮深層へ行く必要があると知って、この1ヶ月をかけて41層まで進んでいたのだ。


 付き合ってくれる探索者の仲間がいれば良かったのだが、残念ながら誰もいなかったのでソロで攻略した。


 まあ、俺も2年前よりはだいぶ強くなっていたのか、不思議とリッチーほどは苦戦しなかったな。


 とはいえ――、


「おいおい、ソロで41層だって? 何の冗談だそりゃ?」

「しかもジョブが『初級剣士』って嘘だろ?」

「っていうか、アーロン・ゲイル? 誰かあのおっさんのこと知ってる奴いるか?」

「あ、俺知ってるぜ。確か剣舞姫の師匠とかいうおっさんじゃねぇか? 地下訓練場で戦ってるのを見たことがある」


 大会議場はたちまちざわめきに包まれた。


 どうも俺を知っている奴らもいるみたいだが、大半は……というか、9割くらいは懐疑的な表情だな。


 まあ、そりゃ信じるわけないか。ソロで41層って、我ながら結構な無茶をしている自覚はある。っていうか誰がおっさんだ。俺はまだ27歳なんだが。もしかして二十歳そこそこの連中からすると、27歳はおっさんなんだろうか? そんなバカな。


 ――何にせよ、俺は嘘を吐いているわけじゃないのだから、後ろめたく思う必要もない。自己紹介は終わったことだし、さっさと着席した。


「――ありがとう。これで全員の自己紹介は終わったな」


 そしてローガンは何事もなかったかのように司会進行を再開する。


「さて、これからどうしようか。せっかく皆で集まったのだし、今日は全員で宴会でもして、親睦を深めるのはどうだろう? 幸い、軍資金は我が主からたんまりと預かって来ているので安心してほし――」


「――ちょっと待てよッ!!」


 ローガンの言葉を遮って、立ち上がり大声をあげた男がいた。


 茶髪でツンツン頭の鋭い目つきをした青年だ。


「うん? 君は確か、≪バルムンク≫のリーダーのカラム君だったね。どうかしたかね? 何か疑問でも?」


「どうかしたかじゃねぇだろッ!!」


 白々しいローガンの言葉に、憤慨したようにカラム君が叫ぶ。それから後ろを振り返り彼が指差したのは――俺だった。


「『初級剣士』なんてクソザコジョブで41層まで行けるわけがねぇッ! そんなふざけたことを抜かすペテン師野郎が何でこのクランにいるんだよ!!」


 残念ながら、カラム君の言葉に異を唱える探索者はいなかった。


 そりゃそうだよなぁ、という顔や、さっさとペテン師野郎を追い出せよ、という顔、あるいは何でアイツ嘘吐いてんの? という困惑の顔。


 誰一人として俺が真実を話したと思っている者はいない。


 まあ、俺だって他人が俺と同じことを言ったら彼らと同じように思うだろうし、責める気にはなれない。揉める原因になるかもと思っていたが、やはりこうなったか。


 予想通りとはいえ、どうするべきかと考え始めたところで、隣の奴が勢い良く席を立った。


「何よアンタ! 何か文句あるってのッ!?」


 まるで噛みつくような怒声。フィオナである。


 一方、フィオナに睨まれたカラム君は「え!?」という顔をした。


「い、いや、今のはアンタに言ったわけじゃ……」


 関係ない奴が怒ればそうなるよね。


「っていうか、おい、フィオナ。何でお前が怒ってるんだ?」


 と、俺が問えば、


「はあッ!? そんなことも分かんないわけ!?」


 なぜか俺も怒られることになったんだが。いや、分かんねぇよ。


「アンタは一応私の師匠ってことで知られてんのよ! それに私がアンタに負けてるところを訓練場で見ている奴らもいるんだから、アンタの実力がバカにされたら私までバカにされたことになるじゃない!!」


 ということらしい。


 まあ、言ってることは分かるが。


「ふぅ~む、カラム君」


 そこで話に入って来たのは、ローガンだった。


「ここにいる者たちは全員、【封神四家】の方々によって推薦された者たちだ。その実力は推薦者が保証しているとも言える。それに異を唱えるということは、推薦者を疑うことにも等しいのだが……分かっているのかね?」


 お前は【封神四家】が実力を見る目もない無能だと、そう思っているのか?


 ローガンの言外の問いに、カラム君は流石に口ごもった。だが、それでも自分は間違ったことを言っていないという確信があるのだろう。反論するように口を開く。


「う……ッ!? で、でもよッ!? あんなホラ吹き野郎を信じろってのか!? 45層からは全員で活動するんだろ!? 足手まといのせいで死ぬのは俺は御免だぜッ!?」


 その言葉に、同意するような雰囲気が会議場中に漂う。


 ローガンはそんなクランメンバーたちの考えを見て取ってか、「ふむ、これは困ったな」と俺に顔を向けた。


「【封神四家】の方の推薦を疑うのは問題だが、探索者として、実力が疑われるのはもっと問題だと思わないか、アーロン?」


「困ってるなら、そのにやけ面を引っ込めろよ、ローガン」


 面白いことになったと笑いながら言うんじゃない。


「アーロン、全員を納得させるくらいの、実力を示す必要があると思うのだが、どうかね?」


 まあ、やっぱりこうなるか。


 いつもなら、いくら実力が疑われようと気にする理由はないのだが、今回ばかりは事情が異なる。このクランに所属しなければ、スタンピードの犯人どもをこの手で追い詰めることができないからな。


 今、クランから外されるわけにはいかない。


 俺は立ち上がって、言った。


「良いぜ、全員が納得する実力を見せてやる」



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