第12話 「俺が権力に屈するような男に見えるのか」
「やっぱり剣舞姫は接近戦より遠距離の方が合ってるジョブだな」
「はぁっ、はぁっ……!」
「色んなスキルに手ぇ出すくらいなら、大人しく【フライング・スラッシュ】を鍛えてた方が良いんじゃないか? 【剣の舞】と遠距離スキルだけで大抵の魔物は倒せるようになると思うが」
「はぁっ、はぁっ……うる、さい……っ! ちゃんと、鍛えてる、わよ……っ!!」
肩で息をするフィオナを前に、ポンポンと木剣で自分の肩を叩きながら模擬戦の総括をする。
剣舞姫の強みは【剣の舞】で斬撃の威力を高められることだ。ゆえに、途中で舞を中断される可能性のある接近戦よりも、ひたすら距離を保って遠距離スキルを放つのが効果的だ。
そこら辺は何度か注意しているのだが、接近戦を挑みたがる癖は直っていないようだ。まあ、元々ガチガチのインファイターだし、急に戦い方を変えるのは難しいのだろう。【剣の舞】で強化したところで、遠距離スキルより近接スキルの方が威力が高いのは間違いないし、近づいて叩いた方が手っ取り早いとか考えてるんだろうな。
「まあ、【フライング・スラッシュ】の練度は上がってるみたいだな」
一方で、ちゃんと俺の助言を受け入れて【フライング・スラッシュ】の熟練度は上げているようだった。以前より威力が上がっていたから間違いない。
短期間でここまで威力が上がるってことは、かなり集中的に使い込んでいたのだろう。
こいつ口は悪いが、言われたことはちゃんと聞くんだよな。
猪突猛進に突っかかってくるだけだったら、俺だって何度も付き合ってはいない。
「んで、今日のお前は一段と無茶してたわけだが、その理由は、あれか?」
「はぁっ、はぁっ、お前って……呼ぶな……ッ!」
いつもなら、ここまで魔力が枯渇するまで模擬戦を続けることは、流石にない。だが、今日は何から何まで全力で挑んで来たという感じだった。
その、いつもと違う理由らしき存在に、俺は顔を向ける。
模擬戦の終わった俺たちへ真っ直ぐ近づいてくる、二人の人物。
一人は四十代半ばくらいの大柄な男だ。中堅探索者みたいな何の変哲もない装備に身を包んでいるが、着なれている感じがしない。おそらく普段は別の装備をしているんだろう。明らかに装備品が本人に比べて見劣りしていた。
もう一人はフード付きのローブで全身を隠した怪しい風体の女。だが、ゆったりとしたローブのはずなのに妙に胸元が盛り上がっていて、否が応にも野郎共の視線を集めてしまうような、妖艶なプロポーションを隠しきれていない。
どちらの人物も俺の知り合いではないはずだ。いや、女の方は顔が見えないけど。
強いて言えば、大男の方は何だか見覚えがあるような気もする。知り合いとかそういうのではなく、昔、どこかで見た気がする、くらいのものだが。
「やあ、素晴らしい戦いだったね」
大男が開口一番、そんなことを言った。
いったい俺に何の用があるのかは知らんが、こう朝から立て続けにスケジュールを乱されるのは困る。迷宮に潜る時間が短くなるからな。
いや、別に金に困ってるわけでもないから、今日くらい仕事を休んだところで問題はないが。
「そいつはどうも。で、このバカをけしかけたのはアンタらってことで良いのか?」
「誰がバカよッ!!」
ひょいっと木剣の先でフィオナを指しながら確認すると、当の本人がどうでも良いところに異を唱えた。
それはまあ、無視するとして。
「ああ、実は嬢ちゃんとはちょっとした知り合いでね。君と戦っているところが見たいと、無理を言って頼んだんだ。できるだけ本気で戦ってほしい、ともお願いしたかな」
なるほど?
それで今日は一段と殺る気が高かったわけか。
確認するようにフィオナに視線を向けると、光速で顔を背けて視線を合わせようとしない。つまり肯定、と。
「嬢ちゃんはこちらのお願いを聞いてくれただけだから、あまり責めないでやってくれると助かる。まあ、お願いした私たちが言える義理ではないが」
何を勘違いしたのか、大男がそんなことを言ったので、俺は肩を竦めてみせた。
「別に気にしちゃいないさ。こいつが俺の迷惑も考えずに突っかかってくるのは、いつものことだしな」
「ほう、なるほど。だいぶ仲が良いようだ」
大男はずいぶんと明後日の感想を述べた。
「それで、そろそろ本題に入ってほしいんだが? それとも、もう帰って良いか?」
「ああ、すまない。帰るのはちょっと待ってくれ」
そう言って、大男はローブの女へ視線を向ける。対する女が一度頷くのを確認して、こちらに視線を戻した。
「今日は君に、ちょっとしたお願いがあって来たんだ。ただ、そのお願いというのはここで話すわけにもいかなくてね。できれば、我が主の屋敷に足を運んでもらいたい――のだが」
そこで大男の雰囲気が一変する。
紳士的な仮面を脱ぎ捨て、その下に隠していた野獣の本性を露にした。
すなわち、次の瞬間にでもこちらに襲いかかって来そうな、猛々しい笑み。
「我が主の屋敷に招くのに、良く分からん男を連れて行くわけにもいかなくてね。そこで、私と手合わせしてもらえないだろうか? ちょうど私も剣士でね。剣士同士ならば、実際に剣を交える方が、百の言葉を交わすよりも互いの人となりを分かり合えるだろう?」
こちらの肌をひりつかせるような激しい戦意を叩きつけてくる。
お前も剣士ならば、当然受けるだろう? という言外の圧力。それは挑発にも等しく、ここで退けば「漢」が廃る。
こんな挑発をされて、勝負を受けない探索者は稀だろう。当然だ、探索者なんて何処までいっても所詮はヤクザな稼業だ。こちとら自分の力だけを恃みに魔物と殺し合いをする日々なのだ。相手が誰だろうと舐められるわけにはいかない――それが探索者の共通認識。だから俺は――、
「え? 嫌だけど?」
――普通に断った。
かつて「才なし」や「バカ」などと、謂われなき誹謗中傷を受けていたこの俺が、今さらこの程度の挑発で頭に血がのぼるわけもない。
というかこの大男、明らかに強いし。
見ず知らずの強者と特に理由もなく戦うとか、俺はそんな戦闘狂ではないのだから当然だ。
「…………。いや、あの……そこを何とか、頼めないかね?」
気が削がれたような顔をしつつも、食い下がってくる大男。
「嫌だよ。疲れたし」
「……嬢ちゃんとの戦いで、それほど魔力は消費していないはずだよね?」
「魔力はそうかもしれんが、体力は別だろ。疲れたんだよ、俺は」
「……そうは見えないが?」
「なに、弟子の手前、痩せ我慢してるだけさ」
「――誰が弟子よッ!!」
弟子が何か言ったが、当然の如く無視だ。
「……こいつは、困ったな。お嬢」
本当に困ったような顔をして、大男がローブの女に視線を向けた。
それを受けて何を思ったのか、女が一歩前へ進み出る。そしておもむろに、深く被っていたフードを脱いだ。
「初めまして、アーロン・ゲイルさん。私はエヴァ・キルケーと申します。不躾なお願いで申し訳ないのですが、こちらのローガンと立ち合ってはいただけませんか?」
「――――!?」
現れたのは艶やかな金髪に金色の瞳をした美貌。
エヴァ・キルケー。
その名前を聞く前から、目の前の女が何者かを悟るのは容易だった。なぜならば、金色の虹彩を持つ人間など、大陸全土を探し回っても【封神四家】の血筋にしか存在しないからだ。
つまり目の前の女は【封神四家】の一角、キルケー家の御令嬢なのだろう。
「……ずいぶんと、大物が出てくるじゃないか」
俺は顔をひきつらせる。
【封神四家】は貴族でも王族でもないが、その立場と権力、そして影響力は、小国の王にすら引けをとらない。
たとえば自国の貴族の「お願い」を、断れる平民などいるだろうか?
「っていうか、キルケー家に仕えてるローガンだと?」
そしてエヴァ・キルケーの発した言葉で、俺はもう一つの事実に気づいた。
御令嬢の横に立っている大男――何処かで見たことがあると思ったが、それもそのはずだ。たしか10年前までは現役の探索者だったはず。
「まさか、≪剣聖≫ローガン・エイブラムス……か?」
確認すると、大男はにんまりと笑った。
「おや、私を知っているとは、光栄だな」
――知らねぇわけねぇだろ!!
探索者の間で「剣聖ローガン」と言ったら、もはや伝説的な存在だ。なにせ、かつてローガンがリーダーとして率いていた探索者パーティーが、現在の迷宮攻略最深層である第46層に到達した唯一のパーティーだからである。
そんな超大物と戦えだって?
嫌に決まっている!!
「ふぅ……俺も、舐められたもんだな……」
「え?」
予想外のことを言われたというように、きょとんとするエヴァ嬢に向かって、俺は告げる。
普通ならば、俺のような一般市民がキルケー家御令嬢の「お願い」を断ることなど、できるはずもないだろう。だが……、
「まさか、この俺が……権力に屈するような男に見えるのか?」
「それは……私のお願いを断る、ということでしょうか?」
エヴァ嬢が目をすがめてこちらを見る。
他者に命令することに慣れた者の態度。自分の「お願い」を断ることを許さないという、無言の圧力。
そんな威圧を俺にしても無駄だ。だからこそ、俺は言ってやった。
「一回だけだからな」
「…………え?」
「一回だけだ。一回だけしか戦わないからな」
「え? ……えっと、それは……は、はい。い、一回だけで、大丈夫ですわ」
まあ、言うまでもないことだが。
権力には、勝てなかったよ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます