第13話 「アンタは疲労困憊の俺に勝って満足なのかよ?」
「よし! では、やろうかッ!!」
≪剣聖≫ローガン・エイブラムスと戦うことになった。
その直後、ローガンは猛々しい笑みを浮かべて腰に下げていた鞘から長剣を引き抜いた。
ちらりと視線を向ければ、現在の装備と違和感のないようにか、何の変哲もない鉄剣だ。
「ちょっと待て」
今すぐにも戦いを始めそうなローガンに、手のひらを向けて動きを止める。
「む? どうしたのかね?」
「戦うとは言ったが、普通に戦うとは言っていないぞ」
「それは……どういう意味だい?」
やる気に水を差されて不機嫌になったのか、ローガンが低い声で問う。
まったくこれだから戦闘狂は嫌なんだ。フィオナといい、ちょっとは「待て」くらいできないのか。
「アンタらはつまり、俺の実力が見たいってことだろ?」
フィオナとの模擬戦を見ていたのに、さらに戦わせるなど、それくらいしか理由が思いつかない。
人となりを知りたい?
そんなのローガンが口からでまかせを言っただけに決まっている。人となりを知りたかったら、俺の身辺調査でもするんだな。……いや、もうすでにされているかもしれんが、ともかく。
「ローガン、アンタは疲労困憊の俺に勝って満足なのかよ?」
「む……それは」
実際には特に疲労しているわけではないが、こう言っておく。
相手は探索者たちにとっての生ける伝説だ。そんな奴となぜ真面目に戦わなければならないのか。まかり間違って斬り殺されたらどうする。
絶対普通には戦いたくない。だから別の方法を提案する。
「一撃だ。俺は俺にできる全力の一撃を放つ」
まあ、嘘だけど。
「その一撃をローガン、アンタが避けるなり防ぐなりしたら、アンタの勝ちだ。アンタなら、俺の実力もそれで判断できるはずだ。違うか?」
「むぅ……まあ、違わないが……」
「よし、なら、それで決まりだ」
ぐだぐだ言われないように、これで決まりだと告げた。
「だが、それはあまりにも……何というか、もうちょっと真面目に戦ってみないか?」
しかし案の定ぐだぐだと言って来たので、俺は敢えて自信満々に返した。
どうもローガンはフィオナと同じタイプの人間とみた。普段は紳士の仮面を被っているようだが、挑発すれば割と簡単に乗ってくるはずだ。
「安心しろ。退屈はさせねぇよ。それより、俺の一撃でアンタが死んじまったら俺が殺人犯になっちまう。できるかは知らねぇが、どうか死んでくれるなよ?」
「……ほう? それは、なかなか面白そうだ……ッ!!」
途端に猛獣のような笑みを浮かべるローガン。
期待しているところ悪いが、俺には勝敗なんてどうでも良いんだがな。
●◯●
地下訓練場で、俺とローガンは向かい合っている。
ただし、その距離は30メートルほども離れていた。
移動用のスキルを駆使すれば一瞬で消えるくらいの間合いだが、それでも一対一の立ち合いとしては離れすぎている。
だが、これで良い。
俺が放つ予定の一撃は遠距離攻撃だし、これくらいの間合いは必要だろう。あまり近いと俺に有利すぎてフェアじゃない。
「――じゃあ、合図は私が出すわよ? この銅貨を弾いて地面に落ちたら開始の合図……で、良いわよね?」
俺とローガンの中間付近――といっても、もちろん邪魔にならない場所だ――に立っているフィオナが俺たち双方に確認する。
「ああ、それで良い」
「私もそれで構わんよ」
俺とローガンはほぼ同時に頷いた。
訓練場内には俺とフィオナの模擬戦で賭けをしていた連中も残っている。だが大半は模擬戦が終わった段階で帰っていったから、残っているのは数人だけだ。
興味深そうにこちらを見ている外野を意識から追い出して、俺は細く長く息を吐き出しながら集中した。
相手は剣聖。
流石に真面目にやらないと手抜きを見破られるのは間違いない。後でぐだぐだ言われるのも面倒だし、ここは真面目にやる必要がある。
――構える。
右足を前に、左足を後ろに、大きく足を開いて深く腰を落とした半身の姿勢。
そして右手に握った黒耀は左腰の横につけるように構えている。
一つ言えば、鞘に入っているわけではない。抜き身の状態だ。
その剣身の先端に近い場所を、左手で握っている。真っ当な剣術からすれば少々どころか、かなり奇妙な構えだろう。
東洋の島国には刀と呼ばれる斬撃武器が存在し、その武器を使用する剣術に抜刀術というものがあるらしい。
基本的には素早く鞘から刀を抜くための技術だが、納刀状態から戦闘を開始することで、敵に間合いを悟らせにくいという利点もある。
そして抜刀術の中には、居合い抜きという技術がある。
刀を抜く際、鞘の中で刀身を走らせることによって斬撃の速度を上げ、一瞬の内に敵を斬りつける技術。
これはその模倣……というわけではない。
構え自体は似ているが、そもそも黒耀は直剣だ。刀は刀身が弧を描いていて、その曲線がなければ居合い抜きはできない。だからこれは、居合い抜きではない。
敢えて言うなら、デコピンだ。
剣を振り抜こうとする右手に対して、剣身の先端近くを抑えつける左手。こうすることによって力を溜め、左手から剣身を解放すると同時に素早く振り抜くための構え。
もちろんそれだけじゃない。
構えながら、俺は斬撃を放つための魔力を剣に注いでいく。魔力をオーラに変換し、鍛造された刃のように幾重にも練り上げていく。
剣身に宿るオーラの刃だけで、生身の左手なんて容易に斬り裂かれてしまう。だから抑えつける左手にもオーラを纏う。
――ギ、ギギ、ギ、ギィ……。
強弓の弦を引き絞る時のような、何かが軋むような音が訓練場内に響き渡る。
剣身と左手の間で引き起こされるオーラの反発が、不吉な予感を覚えさせる鳴き声をあげているのだ。
この状態で、さらにオーラを注ぎ練り上げていく。
――ギギ、ギ、ギ、ギギ、ギィ……ッ!!
準備は整った。これでいつでも始められる。
ちらりとフィオナに視線を向けると、こちらの準備が整ったことを察して頷いた。そして次に、フィオナはローガンにも確認の視線を向ける。
遠くで相対するローガンも、長剣を大上段に構え、その剣と全身に膨大なオーラを巡らせている。どうやら回避するのではなく、真正面から迎え撃つ気らしい。
ローガンも準備は整ったとばかりに力強く頷き――フィオナが親指の上に銅貨を乗せた右手を前へ差し出した。
「じゃあ、始めるわよ」
――直後。
キンッという涼やかな音と共に硬貨が弾かれ、宙を舞い――地へ落ちる。
――瞬間。
左足で勢い良く地面を蹴る。それによって俺の体を駆け上がる反発力を、腰と背骨を回旋させながら肩、そして腕の先へと伝えていく。溜めに溜めた左手と剣身の間のテンションを、ぎりぎりで解放する。
――ギンッという音がした。
横一閃。
剣を振り抜く。その動作と共に虚空に刻まれたオーラの刃が、閃光のような速度で飛翔する。
近接武器の遠距離スキル攻撃は、距離が開くごとに威力が失われていく。その法則を覆す、近距離スキルの威力を保ったままの、遠距離攻撃。
我流剣技【飛刃】、【閃刃】――合技【飛閃刃】
さて、どうなる?
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